妹を救うためにヒロインを口説いたら、王子に求愛されました。

藤原遊

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第29章 秘密の回廊

29-2

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窓の外から吹き込む夜風が、
ふたりの間をかすかに揺らした。

王と公爵。
立場だけ見れば、
本来こんな場所でふたりきりになるはずがない。

だが、この夜だけは――
奇跡と呼ぶには静かすぎる“偶然”が重なっていた。

アランは壁にもたれるようにしながら、
そっと息を整える。

その横で、シリウス陛下が視線を落とした。
王としてではなく、
ただの“彼”として。

「……元気そうだな」

その一言が、胸の奥に優しく落ちる。

「陛下こそ。
 夜会、お疲れでしょうに。」

「疲れはするが……悪くない夜だったよ」

「……そう、ですか」

アランは少し視線を逸らす。
“悪くない理由”に心当たりがありすぎて、
どこに目を置けばいいのかわからない。

シリウスは小さく息を吐く。

「君の姿が……見えたからだ」

「……やめてくださいよ。
 王がそんなこと言ったら、問題になります」

「ここには私たちしかいない」

その声は穏やかで、
柔らかくて、
耳に触れた瞬間に心臓が跳ねた。

(……そうなんだよ。
 その“私たちしかいない”が、一番困るんだよ……)

アランは窓の外を見た。
月が雲に隠れたり、出たり。
まるで気まぐれな心みたいだ。

「……陛下は、どうしてここに?」

問えば答えを聞くのが怖くなる。
そんな問いなのに、気づけば口をついて出ていた。

シリウスは、少し考えるように目を細めた。

「君が……ここにいるような気がしたからだ」

「……気がした?」

「ええ。
 夜会の終わりのあの空気の中、
 君はきっと人のいない場所へ逃げる。
 昔からそうだ」

「逃げてません。
 ただ……落ち着くだけで」

「落ち着くのは悪いことではないよ」

その言葉に、アランは思わず笑った。
少しだけ、自嘲を含んだ笑い。

「……俺なんかと話して、落ち着きますか?」

「君だから落ち着くんだ」

はっきりと言われて、
アランは喉が拒否反応を起こしたように声を失った。

嘘でも、建前でもない。
長い時間をかけて分かる、
“本物の言葉”だった。

声が出ない代わりに、
アランはゆっくりと肩を落とす。

「……陛下。
 俺は……そんな大層な人間じゃありませんよ」

「知っている」

「じゃあ、どうして」

「……君は自分が思っているより、ずっと強い」

やわらかな声が、夜気に溶けた。

「国も、妹も、周囲の者も……
 君が守ってきたものは多い。
 その度に、自分の想いを後回しにして」

アランは思わず口元を引き結ぶ。

胸が痛いほど、そのとおりだったから。

「だからせめて、
 こうして少し話す時間くらい……
 許されたいと思うんだ」

静かな声。
けれど“本音”だけがそこにあった。

アランは息を吸って、
ゆっくりと吐き出す。

「……陛下」

視線を合わせる。

その金の瞳は、
昔と何ひとつ変わらない光で満ちていた。

「……俺も、こうして話すのは……嫌いじゃないです」

「そうか」

シリウスが微笑んだ。
王ではなく、ひとりの男の顔で。

(……ああ、やっぱりこの人は……
 ずるい。ずっと、ずるい人だ)

静かな回廊に、
ふたりの呼吸だけが流れた。

次に言葉を落とすのは――
どちらなのか。

その答えは、すでに決まっているかのようだった。
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