妹を救うためにヒロインを口説いたら、王子に求愛されました。

藤原遊

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第30章 仮面の幸福、真実の愛

30-3

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春風が裏回廊を通り抜け、
魔法花の花びらをひとつ運んでいった。
昼の喧騒が嘘のように、ここだけは静かだった。

アランはひと息つくため、そっと壁にもたれた。
祭の熱気は楽しいが、胸の奥がふわふわして落ち着かない。

そのとき。
曲がり角の向こうから、聞き慣れた足音が近づく。

「……アラン」

振り返ると、シリウスがいた。
冠も外し、儀礼の笑顔もない。
ただ、春の日差しを柔らかく吸ったような、普通の顔。

「陛下も、逃げてきたんですか?」
「逃げたわけではない。散歩だよ」

ふたりとも、そんな言い訳しか言えなかった。
でもそれがちょうどよくて、アランは肩の力が抜ける。

しばらく、風と沈黙だけが流れた。

シリウスがふと花びらを拾い、アランに差し出す。

「……祭りの花だ。君に似合うと思って」
「え、俺、花の似合うタイプじゃ……ないですよ」
「似合うよ」

短い言葉なのに、やけに自然で、胸があたたかくなる。

アランが受け取ると、
シリウスはその手を軽く包んだ。

ほんの一瞬。
けれど、それで十分だった。

シリウスが小さく微笑む。

「君が笑ってくれているなら……私はそれでいい」

重さはない。
ただ“嬉しい”をそのまま形にしたような言葉。

アランは思わず目をそらす。

「……もう、褒め方がずるいんですよ」
「ずるさは、君から学んだ」
「えっ、俺そんなずるかったですか?」

「とても。気づかないうちに、人を動かすから」
「……やめてくださいよ。照れる」

と、笑い合った瞬間。

ふたりの距離が、
自然と、少しだけ近づいた。

触れるつもりなんてなかったのに、
気づけばシリウスがアランの頬へ手を伸ばしていた。

そして――
本当に軽く。
魔法花の花弁が触れるような、
ほとんど空気みたいなキスが落ちた。

フレンチ・キス。
甘くて、くすぐったくて、
痛みの欠片もない。

離れたあと、ふたりは笑った。

「……ありがとう、アラン」
「何もしてませんよ」
「いや。君のおかげで、今日が心地いい」

それだけで十分だった。

アランは笑い返し、ほんの少し頭を下げた。

「陛下。
 これからも……良い祭りが続くといいですね」

「続くさ。君がいるなら」

軽やかな言葉のまま、
シリウスはゆっくりと歩き出した。

アランはその背中を見送りながら、
胸の奥がぽうっと温かくなるのを感じた。

(……ほんと、ずるい人だ)

でも、それでいい。
今日くらいは、そんな甘さを受け取ってもいい。

裏回廊に、春風がまた吹いた。
二人の残した空気を、優しく撫でていく。
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