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交差
善意の懇願
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彼らと会ったのは、少なくともサーシャにとってはまったくの偶然だった。
隣国使者団と国内の貴族子息との交流会が行われたこの日、サーシャはライナスについて王女宮の広間に来ていた。
参加している子息のなかの二名が手洗いのため中座を申し出て、サーシャは彼らを先導して広間を出た。
案内の者に子息を預け、サーシャが会場に戻ろうとすると、彼らは「あなたに案内を頼みたい」と言う。
その申し出に、サーシャは特に疑問も抱かず頷いた。
彼らの歩く速さを気にかけながら廊下を進んでいると、後ろでひそやかな話し声がしてから、恐る恐るといった様子で話しかけられた。
「あの、ローディック姉妹のサーシャさん、ですよね?」
久々に聞いた名前にハッとする。
そうだった、自分を知っている人がいても何もおかしくはない。そう思い、返事をするために作った笑顔はまたすぐに固まった。
「ニックには、もう会いましたか?」
サーシャは息を切らせて早足で進んでいた。
後ろからはサーシャを呼ぶ声が聞こえる。
あれから彼らは「ニックがハンカチを返したがっているから会ってやってほしい」とサーシャに頼んできた。
「それは……私と約束を取り付けることを、ニック様が貴方様方に依頼したということでしょうか」
「いや、そういうわけではないけど……。でも、いつかあなたに返したいって、寮にいた時はいつも話していたんです」
サーシャは目を伏せ、少し逡巡してから言った。
「あれはニック様に差し上げたものですから、気になさらなくていいとお伝えいただけますか。私がお気に入りだったなどと言ったせいで、かえってご迷惑をおかけしました」
手洗いに到着したため、今度こそ案内を別の者に代わり、サーシャは一礼して去ろうとした。
「待ってください!」
「ニックは今は官吏になって、外務部にいるんです」
「そうだ、今から僕らと行きませんか。彼のいる部署は知っているので、案内しますよ」
彼らは手洗いに行く足を止めて、サーシャに近づこうとする。
サーシャは彼らの必死さに押され、一歩、二歩とあとずさる。
彼らが顔を見合わせている間に、サーシャは振り返ってその場をあとにした。
──落ち着いて、足をただ前へ
背後の気配に神経をやり、足を動かす。
彼らに追いつかれても、冷静に話せばいいだけのことだ。ニックと会うこと自体、サーシャは避けたいと思ってはいない。
けれどこんな風に誰かのお膳立てで再会の機会を作る、そんなことはしたくはなかった。
ニックの意思で、あるいはサーシャの意思で、再会は果たされるべきだと思う。
そんなことをとりとめもなく考えながら、いくつもの角を曲がり、前に進む。少しでも見慣れた方へ、安心できる方へ──
背後の声と足音は、近づいたり遠ざかったりを繰り返して、徐々に迫りつつあった。
「サーシャさん! 待って! 少しでいいんだ!」
背後の声がいよいよ角の向こうまで近づいたその時。
すぐそばの扉が慌ただしく開いた。
「サーシャ!!」
自身を呼ぶ声に目を見張る。
声の主はサーシャの腕をつかみ、部屋へと引き入れた。
素早く扉を閉め、施錠する。
カイは表情を固くしたまま、外の足音が遠ざかるのを聞いていた。
隣国使者団と国内の貴族子息との交流会が行われたこの日、サーシャはライナスについて王女宮の広間に来ていた。
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その申し出に、サーシャは特に疑問も抱かず頷いた。
彼らの歩く速さを気にかけながら廊下を進んでいると、後ろでひそやかな話し声がしてから、恐る恐るといった様子で話しかけられた。
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後ろからはサーシャを呼ぶ声が聞こえる。
あれから彼らは「ニックがハンカチを返したがっているから会ってやってほしい」とサーシャに頼んできた。
「それは……私と約束を取り付けることを、ニック様が貴方様方に依頼したということでしょうか」
「いや、そういうわけではないけど……。でも、いつかあなたに返したいって、寮にいた時はいつも話していたんです」
サーシャは目を伏せ、少し逡巡してから言った。
「あれはニック様に差し上げたものですから、気になさらなくていいとお伝えいただけますか。私がお気に入りだったなどと言ったせいで、かえってご迷惑をおかけしました」
手洗いに到着したため、今度こそ案内を別の者に代わり、サーシャは一礼して去ろうとした。
「待ってください!」
「ニックは今は官吏になって、外務部にいるんです」
「そうだ、今から僕らと行きませんか。彼のいる部署は知っているので、案内しますよ」
彼らは手洗いに行く足を止めて、サーシャに近づこうとする。
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彼らが顔を見合わせている間に、サーシャは振り返ってその場をあとにした。
──落ち着いて、足をただ前へ
背後の気配に神経をやり、足を動かす。
彼らに追いつかれても、冷静に話せばいいだけのことだ。ニックと会うこと自体、サーシャは避けたいと思ってはいない。
けれどこんな風に誰かのお膳立てで再会の機会を作る、そんなことはしたくはなかった。
ニックの意思で、あるいはサーシャの意思で、再会は果たされるべきだと思う。
そんなことをとりとめもなく考えながら、いくつもの角を曲がり、前に進む。少しでも見慣れた方へ、安心できる方へ──
背後の声と足音は、近づいたり遠ざかったりを繰り返して、徐々に迫りつつあった。
「サーシャさん! 待って! 少しでいいんだ!」
背後の声がいよいよ角の向こうまで近づいたその時。
すぐそばの扉が慌ただしく開いた。
「サーシャ!!」
自身を呼ぶ声に目を見張る。
声の主はサーシャの腕をつかみ、部屋へと引き入れた。
素早く扉を閉め、施錠する。
カイは表情を固くしたまま、外の足音が遠ざかるのを聞いていた。
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