毒舌アイドルは毒の魔物に転生する。

馳 影輝

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第二章 魔王と勇者

第十三話 ティアの思い、ロディアスの想い

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勇者パーティー・宿の一室

 夕食後、勇者パーティーは宿の二階にある大部屋でくつろいでいた。
 窓の外は夜の帳が降り、街の灯りがちらほらと見える。

 ロディアスはベッドに腰かけ、剣を磨いていた。
 その顔は珍しく上の空で、時折ニヤリと笑みが漏れる。

「……あー、まただ。あの顔は絶対、例の受付嬢のこと考えてるわ」
 机でお茶を啜っていたアリスが、呆れ半分で言う。

 マイクが槍を立てかけながら笑った。
「いや、もう顔に『惚れてます』って書いてあるもんな」

 ロディアスは顔を上げ、むっとした様子で反論した。
「ち、違ぇよ! 俺はただ……なんていうか、あいつ、他の奴らとは違う雰囲気があって――」

「惚れてんじゃん」
 マイクとアリスの声が重なる。

 年長のバレスティーが、椅子に座りながらひげを撫でた。
「ロディアス、女性に惹かれるのは自然なことじゃ。しかしのう……あの受付嬢、普通の娘には見えんかったぞ」

「師匠までそう言うのかよ!」
 ロディアスが声を荒げるが、バレスティーはおっとり笑うだけだった。

「お主は危機に突っ込むのが早すぎる。
戦場ならそれも良いが、相手が人間なら慎重さも必要じゃ」

「ぐ……」
 ロディアスが言葉に詰まると、アリスが畳みかける。

「そうよ! この前だって、毎日ギルドに顔出して迷惑がられてたじゃない。
あれ、こっちまで恥ずかしかったんだから」

 しかしロディアスは、肩をすくめて豪快に笑った。
「ははっ! 嫌われようがどうしようが、俺は行きたい時に行く! 
勇者ってのはな、やりたいことを全力でやるもんなんだよ!」

 マイクが笑いながら槍の柄で床を軽く叩く。
「そういうとこは嫌いじゃねぇけどよ、相手が本気で引いてんのに突っ込むのはただの脳筋だぜ」

 アリスも呆れたように肩をすくめる。
「ロディアス、あの娘に嫌われたくないんでしょ? だったら少しは頭使いなさいよ」

 しばし沈黙の後、ロディアスは剣を置き、天井を見上げた。
「……わかってる。けど、なんか放っておけねぇんだよ。あいつ、時々すげぇ寂しそうな顔するから」

 アリスとマイクは顔を見合わせ、バレスティーは小さく目を細めた。
「……まぁ、そこまで言うなら止めん。ただし、無茶はするな」

 ロディアスは力強く頷いたが、その笑顔の奥には、誰にも言えない小さな決意が芽生えていた。
 ――たとえ嫌われても、あの瞳の奥を見たい。
 勇者の男気と危うさが、静かに膨らみ始めていた。

深夜・麻薬製造工場潜入

 夜の街を抜け、さらに郊外の林を越えた先。
 月明かりも届かぬ谷間に、灯りの漏れる古い倉庫があった。
 セリアと並んで息を潜めたティアは、闇に紛れながら窓の隙間を覗く。

 ――中は、まるで地獄の一幕だった。

 錆びついた機械が動き、粉末状の麻薬が袋に詰められていく。
 作業員は全員、邪神教団の黒いローブを着ており、奥の部屋からは不気味な叫び声が響いてくる。
 ティアとセリアは互いに目を合わせ、小さく頷くとそっと奥を覗き込んだ。

 そこには鎖で繋がれた人間たちが並んでいた。
 教団員が一本の注射器を持ち、次々と腕に麻薬を打ち込んでいく。
 最初は震えていただけの者たちが、やがて白目を剥き、皮膚が黒ずみ、骨格が歪んで――
 人間から凶暴な魔物へと変貌していく。

 「……カインの報告と一致しますね」
 セリアの声は冷ややかだったが、その奥にわずかな嫌悪が滲んでいた。

 ティアは眉をひそめる。
 「やっぱり、あの森の魔物……元は人間か」

 変異した魔物を見て、教団員たちは狂喜乱舞していた。
 「これで儀式は進む! 生け贄が増えるぞ!」
 「邪神様がお喜びになる!」

 何のためにこんなことをしているのか――そこまでは掴めなかったが、ティアはすぐに引き返す決断を下した。
 「……、まあ、潰してしまうのは容易いけど。
もう少し様子を見ましょう。
帰りますよ。」

 「御意。」
 二人は音を立てず、その場を離れた。



ギルド・翌日

 翌日の昼、ギルドは冒険者で賑わっていた。
 ティアはカウンターで事務をこなしながら、昨夜の光景を思い返す。
 ――魔王としては、邪神教団が何をしようと知ったことではない。
 だが、人間を魔物に変えるその行為は、なぜか胸の奥に小さな棘のような違和感を残していた。

 そんな思考を遮るように、カウンター前に立つ長身の影。
 「よ、ティアさん。今日も綺麗だな」
 顔を上げると、そこには勇者ロディアスがいた。
 どこか照れくさそうに頬を掻きながら、しかし目は真っすぐこちらを見ている。

 「……また来たの」

 「そりゃあ来るだろ。あんたに会いたいからな」

 「……」
 唐突すぎて言葉に詰まるティアをよそに、ロディアスは続けた。
 「なぁ、今度二人で飯でもどうだ? 
デートってやつだ」

 周囲の冒険者たちが、えっ!? と一斉にこちらを見る。

 部屋の奥からセリアが冷ややかな視線を送ってくるのも感じる。

 「え?」
 ティアは一瞬、断る言葉を探した。
 しかし、ロディアスの真っ直ぐすぎる眼差しに、妙な押しの強さと……ほんの僅かな可愛らしさを感じてしまう。

 「……わかったわ。一度だけよ」
ティアは少し照れくさくて赤くなっている。

 「よっしゃあ!」
 ロディアスは満面の笑みを浮かべ、周囲から妙な羨望と失笑の視線を集めていた。



 ロディアスがティアをデートに誘った――その噂は、ギルド内で瞬く間に広がった。

 翌日には、カウンター前に常連冒険者が列を作るほどだ。

 「ティアちゃん、本当に勇者とデートすんの?」
 「どこ行くの? やっぱ高級レストラン?」
 「いやいや、ティアちゃんはそんな俗っぽいとこ行かねぇだろ」
 「てか勇者なんかより俺のほうが絶対――」

 矢継ぎ早に飛んでくる質問と自己アピールに、ティアは困ったように笑いながらも、しっかり返す。
 「質問は一人ずつにして。
あと、デートの予定は内緒よ」
 「……あなた? 私のスケジュールを勝手に妄想で埋めないでくれる?」
 「はい、次の方。
用事が無いなら後ろ詰まってますよ」

 毒舌混じりの軽妙な応対と、屈託のない笑顔。
 その両方が彼女の人気を支えていた。
 笑顔を向ければ、相手は嬉しそうに耳まで赤くなり、毒舌を浴びてもなぜかさらに惚れ込む始末。

 ――正直、悪くない。
 そんなふうに心の中で思いながら、ティアは皆の視線を受け止めていた。
 冒険者の癒しの存在であることに、ほんの少し優越感すら覚えていたのだ。



裏路地・臣下たちの密談

 一方その頃、ギルドの裏手の人目につかない路地で、セリア、カイン、双子の姉妹リシェルとルシェルが集まっていた。
ティアには内緒で。

 「……あの勇者、やっぱり怪しいです」
 セリアの声音は冷たく、瞳には警戒の色が濃く宿っている。

 「怪しいっていうより……あいつ、ティア様にベタ惚れだな」
 カインが肩をすくめると、ルシェルが口を尖らせた。

 「ティア様は人質とかそういう危険な立場になったばかりなのに、デートなんて! ありえない!」
 リシェルも珍しく同意する。
 「しかも、ギルドの連中まで浮ついてる。あんなに囲まれて……」

 四人の間に、明確な共通認識があった。
 ――ティアは今、勇者だけでなく、冒険者全体の注目を浴びすぎている。

 セリアは腕を組み、静かに言った。
 「この状況では、ティア様は常に誰かの監視下にあるようなものです。
…我々が護衛を強化しましょう」

 「俺、さりげなく影から付いてくわ」

 「わたしたちはギルド内の情報を探るわ」

 「私は勇者の動きを調べる」

 それぞれが役割を決め、密かにティアの護衛と監視網を敷くことを決定した。

 ――ティア本人は、自分がすでに「全力で守られる姫」状態になっているとは、まだ知らない。
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