毒舌アイドルは毒の魔物に転生する。

馳 影輝

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第十七章 楽園編

第百四十五話 鬼執事バアミル

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ティアに新たな執事を雇うと告げてから二日後。
セリアは町外れにある一軒家へと足を運んでいた。

その家は、裏手がすぐ森林に続く静かな場所に建っている。
セリアは木製のドアをコンコンとノックした。

しばらくして、ギイと音を立ててドアが開く。
現れたのは、白髪まじりの初老の男性だった。

「おお、これは……奥様。
いやはや、久しぶりですな。
こんな老いぼれの家まで、何の御用で?」

「バアミル殿。
その奥様という呼び方はやめてくださいと言っているでしょう。」

そう言いながらも、セリアの表情には懐かしさが滲んでいた。
促されるまま家に入ると、そこは驚くほど整っていた。

無駄な物は一つもなく、家具の上にも塵ひとつない。
床は磨かれて光沢さえあり、バアミルが現役だった頃の厳格さをそのまま表していた。

「まあ、お座りください。」

セリアが腰掛けると、バアミルは温かな飲み物を差し出した。

「お気遣いなく。」
軽く会釈して受け取り、セリアは一口含む。

「さて、何かご用件があるのでしょう?」
バアミルも椅子に腰掛け、静かに笑む。

「ええ。
私は今、ビントの屋敷で暮らしています。
そして……私にとって最も大切な方も、そこに住まわれているのです。」

「大切な方……と言えば、神ティア様で?」
バアミルはセリアが神の使徒である事も知っている。

「はい。」
セリアはゆっくりとうなずいた。

「今はビントの娘として人間界で暮らしておられます。
メイドはいるのですが……正直、主様の目に触れるところに雑さが目立ってしまって。
私が指示を出してきましたが、冒険者の仕事が忙しくなり、目が届かなくなってきました。」

セリアは言葉を整え、静かに続けた。

「そこで……かつてクラウス家の執事であったあなたに、もう一度、執事をお願いできないかと思いまして。」

バアミルは目を細め、懐かしそうに息を吐いた。

「旦那様と奥様がご結婚されて、子はなくとも幸せそうで……。
あの家は、私にとっても誇りの場でしたな。」

そして、お茶を一口飲んでから静かに問い返した。

「しかし、こんな老いぼれに任せて本当に大丈夫なのですか?」

「問題ありません。」
セリアははっきりと言った。

「この家の中を見れば、あなたが昔と変わらず、己に厳しい方だと分かります。
そのような人物でなければ、我が主の側には置けません。」

「……私は、あなたの大事なお方にも厳しく接するやもしれませんよ? 
メイドたちにも高い基準を求めるでしょう。
それでも?」

「ふふ……相変わらずですね。」
セリアは微笑んだ。

「昔、何人のメイドがあなたの指導に泣いて私に相談に来たか……。
ですが、それで構いません。
主はまだまだ我儘な娘ですので、しっかり導いてください。」

バアミルは吹き出すように笑った。

「わかりました。
ではお引き受けしましょう。
ただ、私にも家族がいますゆえ、報酬はきちんといただきますよ?」

「もちろんです。」
セリアは小さく頷く。

「では、来週あたりから屋敷へ?」
「セリア殿の都合のよい時で構いませんよ。」

「では、明後日。
メイド達と主に紹介します。
主には事前に伝えてあります。」

「承知しました。」

こうして、旧き名執事・バアミルの復帰が決まり、交渉は穏やかに成立した。

明後日。
ティアの屋敷の門前に、一台の馬車が止まった。

軋む音を立てて馬車の扉が開くと、
そこから、背筋の伸びた初老の男性バアミルが静かに降り立った。

銀髪をきっちり撫でつけ、深い皺の奥の眼光には一切の曇りがない。
まるで空気そのものが「緊張」へと変わっていくような圧。

彼は一度だけ屋敷を見上げ、
数十年前に仕えていた豪邸を思い出すように、短く目を閉じた。

「……さて。
腕の鈍っておらん事を祈りたいところですな。」

コッ、コッ、コッ──。

静かに歩き出し、木製のドアをノックする。
すぐに扉が開き、セリアが出迎えた。

「バアミル殿。
本日はよろしくお願いいたします。」

「こちらこそ、セリア殿。
そして──」

バアミルは後ろに立っていたティアへ、完璧な所作で一礼した。

「初めてお目にかかります。
クラウス家元執事、バアミル・ローレンツと申します。
以後、お側でお仕えさせていただきます。
お嬢様。」

ティアは思わず背筋を伸ばした。
圧がすごい。声が渋い。姿勢が美しい。

「え、えっと……よろしくお願いします……!」

緊張しすぎて語尾が震えるティア。
隣でセリアは、何か安心したように小さく笑った。


その頃、館内のメイド休憩室では──。

「ねぇ……今日来るって噂の新しい執事さん……どんな人かしら?」
「セリア様がわざわざ呼ぶくらいだから、きっと厳しいのよ……」
「わ、私……怒鳴られたりしたら気絶しちゃう……!」

という不安な声でいっぱいだった。

そんな中。

ガチャッ──。

扉が開き、
バアミルがゆっくりと入って来た。

一瞬で室内の空気が凍りつく。

「……皆様。
初めまして。」

バアミルは静かにお辞儀したが──
その所作だけで、この場にいる全員の“立ち位置”が決まった。

「本日よりこちらの屋敷で、お嬢様のお世話をさせていただきます。
まずは皆様の仕事ぶりを拝見させていただきたく。」

メイドのミクとユリ
「え? 
あ、あの……わ、私たちの……し、仕事、ですか……?」

「ええ。
セリア殿より伺っております。
少々、掃除などに粗があると。」

全員、息を飲む。

「しかし、叱るつもりはありません。
問題があるなら正せばよいだけのこと。」

バアミルは微笑んだ。
が、その笑顔が、逆に怖い。

「さぁ。
案内していただけますかな。
皆様が普段どおりに掃除している場所を。」

メイド達
「ひ、ひぃぃぃぃ……!」

セリア(小声)
「ふふ……懐かしい反応ですね。」

ティア(小声)
「セ、セリア……あの人……まさか鬼とかじゃないよね……?」

セリア(微笑)
「鬼? とんでもない。
ただの完璧を求める優秀な執事です。」

ティア
「絶対ただじゃないでしょ……!」

まず案内されたのは、屋敷の廊下。

メイド達が緊張して見守る中、
バアミルはしゃがみ込み──

指で床をそっと撫で、
その指先を静かに見た。

白い、ほとんど見えないレベルの埃が指先にわずかにつく。

メイドのマーガレット(震)
「……っ!」

バアミル
「ふむ。
極めて微量ではありますが……
お嬢様のお足元に、この埃が触れる可能性がありますな。」

メイド一同
「ひやぁぁぁぁぁぁ!!!」

ティア
「えぇ!? 
そ、そんなレベルまで!?」

セリア
「ええ。
あの方は主の歩く一歩先の埃すら許しません。」

ティア
「セリアより厳しいじゃん!」

セリア
「私は優しい方ですから。」

ティア
「嘘つけ~!」


床の埃を確認したあと、
バアミルはゆっくり立ち上がると、メイド全員を見回した。

「皆様。」

「は、はいっっ!!」

「今日から、私が皆様の“基準”になります。
厳しくとも、必ず成長できます。
お嬢様の生活を守るため、共に励みましょう。」

その声には圧はあれど、怒りや見下しがない。

ただ、プロがプロに向ける本気の言葉。

メイド達は、震えながらも姿勢を正した。

「は、はいっっっ!! 
バアミル様!!」

ティア
(……なんか……すごい人を雇っちゃったなぁ……)

セリア
(ふふ……主様の教育にも、良い影響があるでしょう。)
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