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仮番になってからも、特に関係は変わらなかった。
甘やかされ、キスをされ、療養を第一として日々はゆっくり過ぎていく。
リルトは締め切り前に切羽詰まって閉じこもるような想像する作家のタイプではなく、ペースを一定に保って毎日コツコツ書き進めるタイプらしい。
毎日決まった時間、書斎で執筆活動をしている。
花が一度この家に遊びにも来た。
その時にSNSをやっていると教えてもらったから、アカウントを教えてもらってチェックしたりしている。
写真には趣味で作っているジャムやシロップも映っている。
リビングのソファーで過去の投稿を少しずつ見ていた伊織は、去年作ったらしい巨砲のグミという写真を眺めた。
「何見てるんだ?」
ひと段落して休憩に出てきたらしいリルトがソファーの背面から声をかけてきた。
顔を上げてスマホを持つ手を振って見せる。
「花ちゃんのSNSだよ。色々作ってて凄いんだ。果物でジャムとかシロップとか」
「へえ」
興味深そうに隣へ腰を下ろしたので、スマホを差し出して画面を見せた。
二人で小さな画面を覗き込むと肩が触れ合ってじんわりと温かい。
人肌には、ようやく最近少しだけ慣れてきた。
抱きしめられたら恥ずかしいけれど、触れる程度なら平常心でいられる。
「凄いな花は。この柚子味噌なんかは美味そうだ。焼きナスにつけるのか」
「味が想像できないや」
柚子をそもそも食べたことがない。
リルトのおかげで色んなものを食べるようになったけれど、まだまだ量は食べられないし、食べたことがないものも多い。
「花の作ったものはあまり食べたことはない?」
「ちょっとだけジャム分けてもらったことがあるくらい。ほら、食べられなかったから」
「今なら食べられるんじゃないか?」
そうかも、とふと思う。
常々食べるのが追い付かないと近所や知り合いに大盤振る舞いしていたのを思い出す。
「言ったら多分分けてくれるだろうから、頼んでみようかな。シロップ漬けとかちょっと気になってた」
「梅酒なんかも作ってるな。頼んでみよう」
リルトもちゃっかりご相伴にあずかるつもりらしい。
思わず笑いが零れた。
「お酒好き?」
「楽しむ程度には」
画面を見るリルトをこっそりと見やる。
リルトはいつも美味しい料理を作ってくれる。
今までの生活のせいであまり頓着しない伊織を気遣って、なんとか興味を持たせようとしてくれるのだ。
量も食べられないのに、たくさん工夫を凝らしてくれている。
この家に来てからは伊織も手伝わせてもらっているけれど、不慣れすぎて料理を一人で作るのはまだ無理だった。
自分にもリルトに何か出来たらいいのにとは最近ずっと考えていた。
「……俺作れないかな」
「こういうのを?」
「うん……リルが気になってるの作ってあげられたら、いや、いつも美味しいもの作ってくれるからさ。でも料理も一人で出来ないしやっぱり」
「伊織!」
段々尻すぼみになっていく声をかき消すようにリルトが声を上げると抱きしめられた。
なんだいきなりと、スマホを持った腕が不自然に固まる。
「嬉しい」
低い声が耳元で囁かれて肩が跳ねると、こめかみにキスをされた。
そうなると、あとに引く気にはなれなくて。
「期待は……しないで」
なんとか赤い顔でそう返した。
キスは慣れてもおかしくない頻度でされているけれど、慣れてない。
動揺をあまりしないくらいには沢山されているけれど、顔は絶対に赤くなってしまう。
花の作ったジャムのように甘ったるい。
溺れそうなのに安心してしまうから不思議だった。
翌日の朝食時。
トーストを手にしたリルトはなんだか微妙な顔だった。
少量のスクランブルエッグとヨーグルトの伊織に比べて、リルトは結構しっかり食べる。
バターをトーストに塗る姿は、何ともいえない顔だ。
伊織はヨーグルトを掬い上げていたスプーンをガラスの器に戻した。
「どうかした?」
聞けば、数舜考えるように目を閉じてからリルトはため息を吐いてトーストを皿に置いた。
「ごめん、今日は一緒に出掛けてくれないか」
「珍しいね」
「弟がアメリカから来たんだ。伊織に会いたいとうるさい。今日は動けないからホテルに来てほしいと言われてな」
あからさまに、またため息ひとつ。
飛び出してきた単語が意外だった。
「弟いたんだ」
「交流はほとんどないんだけど……たまに帰国しないか聞いてくるんだ」
「しないの?」
「しないな」
あっさりと答えてみせる。
弟と仲が良くないのかと思ったけれど、不快そうではないので、そういうわけでもなさそうだった。
不思議そうにしていると、リルトの整った顔の眉間に皺が一本刻まれた。
「先日尋ねられてマッチングしたから戻らないと言ったら、会いに来るとうるさくてな。仕事かかえてこっちに来たらしい。初日にホテルに来てくれないなら夜に押しかけると言っているんだ。初日じゃなくてもいいだろうと言ったのに」
結構な勢いで押し切られたのか、疲れたように息を吐いた。
押しかけられるのは嫌だったようだ。
「忙しい人なの?」
「跡取りだからな。それなりの地位にいるし、やることも多い」
「そうなんだ」
確か以前にリルトは跡取りだったけど変わったと言っていた。
今の説明で弟が跡取りということは、途中で交代したのだろう。
どういう仲なのかは予想がつかないなと、ヨーグルトを一口口に入れた。
「俺はかまわないよ」
「先に伊織のことをある程度説明しても大丈夫?」
「うん」
とりあえず伊織の同意を得たことに安堵したらしい。
ようやくリルトはトーストを齧った。
「ありがとう。ああ、弟はアルファだけどすでに番がいて一緒に来てるから気にしないで」
「弟もアルファなんだ」
「うん。兄弟二人ともは珍しいって機関に言われたね」
確かに珍しそうだ。
アルファということはリルトと似ているのだろうかと思い描いてみるけれど、さっぱり浮かばなかったのですぐに考えるのはやめた。
「番がいるって、弟さんも機関のマッチング?」
「十歳の時にな。それ以来仮契約して傍にいたよ。発情期がきたタイミングで番ったし、もう結婚もしてる」
「十歳?早いな」
ぽかんと口が開いてしまった。
マッチングとはそんなに早くからするのかと驚きだ。
でもそういえばそんなことを言っていたなと思う。
「そうだね。大体十二歳から十七歳がピークだから、世間的にも早い方だよ」
「へえ」
返事をしながらも、伊織はトーストを食べるリルトを見て手が止まってしまった。
リルトは今二十八だ。
ピークがそんな年齢なら、もう可能性はほとんど見えなかったはずだ。
事実、平均年齢を過ぎたアルファは諦めると言っていた。
(でも、諦めなかったんだ)
その事実に何だか胸が締め付けられた。
甘やかされ、キスをされ、療養を第一として日々はゆっくり過ぎていく。
リルトは締め切り前に切羽詰まって閉じこもるような想像する作家のタイプではなく、ペースを一定に保って毎日コツコツ書き進めるタイプらしい。
毎日決まった時間、書斎で執筆活動をしている。
花が一度この家に遊びにも来た。
その時にSNSをやっていると教えてもらったから、アカウントを教えてもらってチェックしたりしている。
写真には趣味で作っているジャムやシロップも映っている。
リビングのソファーで過去の投稿を少しずつ見ていた伊織は、去年作ったらしい巨砲のグミという写真を眺めた。
「何見てるんだ?」
ひと段落して休憩に出てきたらしいリルトがソファーの背面から声をかけてきた。
顔を上げてスマホを持つ手を振って見せる。
「花ちゃんのSNSだよ。色々作ってて凄いんだ。果物でジャムとかシロップとか」
「へえ」
興味深そうに隣へ腰を下ろしたので、スマホを差し出して画面を見せた。
二人で小さな画面を覗き込むと肩が触れ合ってじんわりと温かい。
人肌には、ようやく最近少しだけ慣れてきた。
抱きしめられたら恥ずかしいけれど、触れる程度なら平常心でいられる。
「凄いな花は。この柚子味噌なんかは美味そうだ。焼きナスにつけるのか」
「味が想像できないや」
柚子をそもそも食べたことがない。
リルトのおかげで色んなものを食べるようになったけれど、まだまだ量は食べられないし、食べたことがないものも多い。
「花の作ったものはあまり食べたことはない?」
「ちょっとだけジャム分けてもらったことがあるくらい。ほら、食べられなかったから」
「今なら食べられるんじゃないか?」
そうかも、とふと思う。
常々食べるのが追い付かないと近所や知り合いに大盤振る舞いしていたのを思い出す。
「言ったら多分分けてくれるだろうから、頼んでみようかな。シロップ漬けとかちょっと気になってた」
「梅酒なんかも作ってるな。頼んでみよう」
リルトもちゃっかりご相伴にあずかるつもりらしい。
思わず笑いが零れた。
「お酒好き?」
「楽しむ程度には」
画面を見るリルトをこっそりと見やる。
リルトはいつも美味しい料理を作ってくれる。
今までの生活のせいであまり頓着しない伊織を気遣って、なんとか興味を持たせようとしてくれるのだ。
量も食べられないのに、たくさん工夫を凝らしてくれている。
この家に来てからは伊織も手伝わせてもらっているけれど、不慣れすぎて料理を一人で作るのはまだ無理だった。
自分にもリルトに何か出来たらいいのにとは最近ずっと考えていた。
「……俺作れないかな」
「こういうのを?」
「うん……リルが気になってるの作ってあげられたら、いや、いつも美味しいもの作ってくれるからさ。でも料理も一人で出来ないしやっぱり」
「伊織!」
段々尻すぼみになっていく声をかき消すようにリルトが声を上げると抱きしめられた。
なんだいきなりと、スマホを持った腕が不自然に固まる。
「嬉しい」
低い声が耳元で囁かれて肩が跳ねると、こめかみにキスをされた。
そうなると、あとに引く気にはなれなくて。
「期待は……しないで」
なんとか赤い顔でそう返した。
キスは慣れてもおかしくない頻度でされているけれど、慣れてない。
動揺をあまりしないくらいには沢山されているけれど、顔は絶対に赤くなってしまう。
花の作ったジャムのように甘ったるい。
溺れそうなのに安心してしまうから不思議だった。
翌日の朝食時。
トーストを手にしたリルトはなんだか微妙な顔だった。
少量のスクランブルエッグとヨーグルトの伊織に比べて、リルトは結構しっかり食べる。
バターをトーストに塗る姿は、何ともいえない顔だ。
伊織はヨーグルトを掬い上げていたスプーンをガラスの器に戻した。
「どうかした?」
聞けば、数舜考えるように目を閉じてからリルトはため息を吐いてトーストを皿に置いた。
「ごめん、今日は一緒に出掛けてくれないか」
「珍しいね」
「弟がアメリカから来たんだ。伊織に会いたいとうるさい。今日は動けないからホテルに来てほしいと言われてな」
あからさまに、またため息ひとつ。
飛び出してきた単語が意外だった。
「弟いたんだ」
「交流はほとんどないんだけど……たまに帰国しないか聞いてくるんだ」
「しないの?」
「しないな」
あっさりと答えてみせる。
弟と仲が良くないのかと思ったけれど、不快そうではないので、そういうわけでもなさそうだった。
不思議そうにしていると、リルトの整った顔の眉間に皺が一本刻まれた。
「先日尋ねられてマッチングしたから戻らないと言ったら、会いに来るとうるさくてな。仕事かかえてこっちに来たらしい。初日にホテルに来てくれないなら夜に押しかけると言っているんだ。初日じゃなくてもいいだろうと言ったのに」
結構な勢いで押し切られたのか、疲れたように息を吐いた。
押しかけられるのは嫌だったようだ。
「忙しい人なの?」
「跡取りだからな。それなりの地位にいるし、やることも多い」
「そうなんだ」
確か以前にリルトは跡取りだったけど変わったと言っていた。
今の説明で弟が跡取りということは、途中で交代したのだろう。
どういう仲なのかは予想がつかないなと、ヨーグルトを一口口に入れた。
「俺はかまわないよ」
「先に伊織のことをある程度説明しても大丈夫?」
「うん」
とりあえず伊織の同意を得たことに安堵したらしい。
ようやくリルトはトーストを齧った。
「ありがとう。ああ、弟はアルファだけどすでに番がいて一緒に来てるから気にしないで」
「弟もアルファなんだ」
「うん。兄弟二人ともは珍しいって機関に言われたね」
確かに珍しそうだ。
アルファということはリルトと似ているのだろうかと思い描いてみるけれど、さっぱり浮かばなかったのですぐに考えるのはやめた。
「番がいるって、弟さんも機関のマッチング?」
「十歳の時にな。それ以来仮契約して傍にいたよ。発情期がきたタイミングで番ったし、もう結婚もしてる」
「十歳?早いな」
ぽかんと口が開いてしまった。
マッチングとはそんなに早くからするのかと驚きだ。
でもそういえばそんなことを言っていたなと思う。
「そうだね。大体十二歳から十七歳がピークだから、世間的にも早い方だよ」
「へえ」
返事をしながらも、伊織はトーストを食べるリルトを見て手が止まってしまった。
リルトは今二十八だ。
ピークがそんな年齢なら、もう可能性はほとんど見えなかったはずだ。
事実、平均年齢を過ぎたアルファは諦めると言っていた。
(でも、諦めなかったんだ)
その事実に何だか胸が締め付けられた。
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