君と運命になっていく

やらぎはら響

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 ぱかりと目を開けて、あれと思う。

「いつのまに寝たっけ……」

 ぼんやりと最近見慣れたリルトの寝室の天井を眺める。

「昨日、夕飯食べて」

 それから、と考えたところで瞬間湯沸かし器のように伊織の頭は沸騰した。
 昨夜リルトに性器を触れられ、あまつさえ舐められたことを思い出したのだ。

「あ……う、あ」

 鮮明に記憶が蘇って呻くころには顔は真っ赤になっていた。

「なんてことさせちゃったんだ」

 起き上がってため息をひとつ。
 室内にはリルトの姿はなく、時計を見れば九時を指していた。
 少し開いたカーテンからは朝日が入ってきている。
 リルトが運んでくれたのは明白だった。

「いや、治療!あれは治療だから!リルだってそう言ってたし」

 何とか昨夜の出来事を消化しようと、治療だと繰り返す。

「でもどんな顔して会えばいいんだよ」

 繰り返しても気持ちは安定せず、両手で顔を覆って身もだえた。
 頭が茹っていたのであまり覚えてはいないけれど、まともに顔を見れる気がしない。
 ベッドに座ったまま悶々としていたけれど、いつまでもこうしていても仕方がない。
 何とか奮起してベッドから出ると、パジャマを着ていることに気がついた。
着替えさせてくれたらしい。
本当に至れり尽くせりだ。
そっと寝室を出て階段を降りる。
書斎にいるかもしれないと思いながらドキドキとリビングの扉を開けると、タブレットを持ったリルトがソファーに座っていた。
途端ドキッとして体が固まる。
こちらに気づいたリルトと目が合った瞬間、顔が見れなくて目を背けた。

「……おはよう伊織」
「う、うん」

 そっけない返事を返してしまった。
 失敗したと思いながらもそっと視線を動かすと、リルトが困ったような顔で立ち上がる。
 顔を見たら頬が一気に熱くなった。

「その、具合は悪くない?」
「だ、いじょ、ぶ」

 気絶したんだから心配されたのだろうと思うけれど、いっそなかったことにしてほしいとさえ思う。

「朝食を」
「いらない!」

 思わず大声でさえぎってしまった。
 ハッとしてリルトを見ると、痛みをこらえるような顔を一瞬浮かべてから、すぐにいつもの柔和な表情を浮かべた。
 取り繕ったけれど、わかってしまった。
傷つけた。
 バカと自分のことを罵りながらも、冷静でいられない。
 向かい合って食事なんて出来る状態でもない。

「部屋で休んでる」

 早口に言い捨てて、普段はまったく使わない自室へと飛び込んだ。
 ベッドに腰かけて、ううと呻く。

「治療、あれは治療行為」

 ぶつぶつと口の中で呟いても、頭のなかにリルトの顔が浮かぶ。
 あの口に、と思ったところで。

「わあああ!」

 かき消すように声を上げてベッドに体ごと突っ伏した。
 結局昼過ぎになるまで、そのままベッドに転がって落ち着かなくしていた。
 時計が十二時半になった頃に部屋の扉をノックされて、ビクリと肩を跳ねさせて起き上がった。

「は、はい」
「昼食の準備が出来たんだ」

 リルトの言葉に、結局朝は食べていないから少し空腹なことに気が付いた。
 でも顔を合わせたらまた挙動不審になる気がする。
 もう少し落ち着いてからの方がいいのではと思った。

「いい、いらない」
「……お願いだ。八日も入院してたんだ。ちゃんと栄養をとらせたい」

 そう言われると弱い。
 五日間はほぼ点滴だった。
経過観察の三日間もあいかわらずあまり量は取っていなかったのを帰りの車で話したので、リルトも知っている。

「……わかった」
「ありがとう。先に行ってる」

 お礼を言われることじゃない。
 部屋から出て一階のリビングにおずおずと入る。
 続き間になっているダイニングのテーブルに、リルトはすでについていた。
 顔をあまり見ないようにしながらテーブルにつけば、小さなおにぎりが二つと一口サイズのおかずがカフェのプレートのように一皿に置かれていた。
 伊織の食欲が減退しないようにだろう。
 量も完食しやすいように少なめになっている。

「いただきます」

 箸を持つと、リルトがホッとした顔をする。
 心配をかけていたのかもしれない。
 チラリと向かいの席をこっそり見れば、量だけ違う同じものをリルトも口に運んでいる。
 動く口元をじっと見てしまい、我に返って慌てて食事の手を動かした。

(変なこと考えるな!)

 どうしても意識してしまう。
 普段なら他愛ない話をしながら食べるのに、今日は沈黙しかない。
 どうしようと内心困り果ててしまった。

「もう少ししたら、ケリーが来る」

 突然の言葉に、手を止めてようやくリルトを見た。
 まっすぐ見ても、何か用があれば結構冷静でいられると発見して安堵する。

「ケリーが何で?」
「同じオメガだから、俺よりも色々相談しやすいだろ」

 なるほど。
 一理あると思い頷いた。
 食事が終わって三十分もしたらケリーがやってきた。
 一人だったのでトニエルは仕事なのかもしれない。
 かわりに送迎付きだと言うのには驚いた。
 俺は席を外すからとリルトは書斎に引っ込んでいる。
 リルトが淹れたコーヒーと一緒に、ダイニングのテーブルに向い合せで座った。

「なんか二人の空気重くない?話聞いてやってくれって言われたけど何かあった?」

単刀直入に切り出したケリーに、ぐっと詰まってどうしようと思ったけれど、わざわざ話を聞きに来てくれたのだからと話すことにした。

「実は……入院明けたらなんか、体変で、あの、勃ったりして……リルがその」
「触られたの?」
「ひえ!」

 あっけらかんと言われて悲鳴を上げてしまった。
 それでも肯定の意を表すために必死で頷く。

「そんなことさせるなんて、その……治療行為だって言われたけど、俺どうしようって」

 しどろもどろに説明すると「ちょっと待って」といきなり手の平を向けて制止された。
 キョトンと口を閉じると、ケリーが不思議そうな顔をする。

「何でそんなことで悩んでるの?」
「そ、そんなことって」

 伊織にとっては大事件なのに、ケリーは意味がわからないという顔をしている。
 何故そんな顔をされるのか伊織の方がさっぱりわからない。

「だって発情期一緒に過ごすつもりだったんでしょ?どうするつもりだったの?」
「どうって……」
「セックスするつもりじゃなかったの?」

 爆弾発言だ。
 一気に伊織の顔が真っ赤になった。

「ちがっ負担軽くするだけで、抱かないって」
「……それって挿入以外するって合意したってことじゃないの?」
「挿入以外?」
「だから触ったり舐めたり、要はペニス挿れる以外の全部」

 ボフンと爆発しそうなほど首まで伊織は真っ赤になった。
 そんなことはリルトと話していない。
 というかそもそも発情期に具体的に何をするかを考えていなかった。
 リルトに丸投げ状態だったことに今さら気づいて、恥ずかしさだとか申し訳なさに襲われて伊織はフルフルと震えた。
 それを見たケリーがバツが悪そうにマグカップのコーヒーを一口すする。

「ああ……そういえば性欲なかったんだっけ?もしかしてそっち方面かなり疎い?」

 尋ねられても答えようがなく固まってしまった伊織に、なるほどとケリーは頷いた。
 そして真剣な顔を浮かべる。

「あのね、発情期を一緒に過ごす、イコールセックスだよ」
「……そんなことリルは言わなかった」

 ただ一人にしたくない、負担を軽くしたいと言ってくれたのだ。
 途方に暮れた顔で泣きそうになっていると、ケリーが口元を弓なりに笑んだ。

「大事にしてるってことでしょ」
「大事に?」
「伊織の気持ち優先して体の普段だけ軽くしたいってことでしょ。本来アルファが発情期のオメガと過ごしてセックスしないなんてありえないよ。伊織の体と心を優先してるってことだよ」

 ケリーの言葉に泣きたくなった。
 リルトは伊織を大切にしてくれる。
 でも、そこまで包み込むように大事に大事にされているとは思っていなかった。

「俺酷い態度とっちゃった」

 今日はまともに顔も見ず、朝食だって断って話もしていない。
 大事にしてくれているのに、傷つけた。
 シュンとした態度に、ケリーが慰めるように肩を叩いた。

「まあはじめてそういうことしたあとって動揺するからね。大丈夫でしょ、時間たったら落ち着くよ」

 慰めの言葉に希望を持って、伊織はうんと頷いた。
 ケリーが帰ったあと、リルトが書斎から出てきてマグカップを洗う背中をソワソワと見る。
 自分で洗おうとしたのだけれど、リルトがさっさと洗い始めてしまった。
 洗い終わったマグカップを乾燥機に入れて、リルトがリビングの方へと来る。
 ソファーで所在なさげにしていた伊織は慌てて立ち上がって、視線をさまよわせた。
 何を言えばいいかまだ整理はついていなくて、でも何かを言いたくて拳をきゅっと握る。

「あの、リル」
「しばらくベッドと風呂は別にしよう」
「ッ」

 ヒュッとリルトの言葉を認識した途端に喉が鳴った。
そらしていた視線を慌ててリルトに向けると、困ったような苦笑。
何故そんな顔をしているのかがわからない。

「伊織の嫌なことはしたくない」

 嫌じゃない。
 そう言いたかったのに、声は出なかった。
 はくはくと口を動かしても、具体的な言葉が出なくて気ばかり焦る。

「仕事を進めてしまいたいから、今日は夕食は一緒出来ない。冷蔵庫に作ってあるから、温めて食べて」

 それだけ言ってしまうと、リルトはふいと目をそらしてリビングを出て行ってしまった。
 呆然とその背中を目で追ったけれど、扉が閉まり姿が完全に見えなくなる。
 その瞬間ボロリと大粒の涙が意識する間もなく零れた。
 痩せて丸みの少ない頬を雫が転がり落ちる。

「嫌じゃないって、いえなかった……」

 ボロボロと拭いもしない涙が、あとからあとから落ちていく。
 恥ずかしかっただけなのに。
 どうしたらいいかわからなかっただけなのに。
 あきれられたかもとか傷つけて嫌われたかもと、マイナスなことばかりが頭を占める。

「やっぱり俺なんかにリルは勿体なかったんだ」

 ちゃんとした態度もとれない自分は、あきれられても仕方ない。
 熱くなる目元をようやくこすると、花の言葉を思い出した。

『人に価値があると思われることを受け入れな』

 何で今さら思い出すんだろうと思う。

「そんなこと言ったって、発情期もちゃんと出来なかったじゃん」

 口にしたらますます涙が溢れた。
 リルトが一緒に過ごしたいと言ってくれて嬉しかったのにと思う。
 一緒に過ごせなかったことがショックだった。
 やっとオメガとして応えられると思ったのに。
 そこまで考えて、ぐすんと眉を下げる。

「そっか、俺リルのこと好きなんだ……ちゃんとしたオメガだったら受け入れていいと思ってたんだ」

 中途半端な出来損ないと思ってたから、気づかないふりをしていたのだとようやく気がついた。
 気づいたってどうしようもない。
 今さら好きなんて言いだせないと思った。

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