こうして私は悪魔の誘惑に手を伸ばした

綴つづか

文字の大きさ
2 / 2

後編

しおりを挟む




「君は、家で虐げられているのか?」



 人気のない学園の裏庭で、憂鬱な顔をしてベンチに座る私へ声をかけてきたのは、侯爵家次男のゼファー様だった。
 1年時から同じクラスメイトの彼は、見目も成績も家柄もよいのに、未だ婚約者もおらず、ふらふらしていると言われている令息だった。

 何故そんなことを?と、私はぱちりと目を瞬かせた。

「ずっと気になっていたんだ。伯爵家は裕福というわけでもないのに、君が同じアクセサリーやリボンを2度つけてきたことがないし、それどころか日に日に装いが慎ましくなっていく。そして、天使のようだと噂の病弱な妹がいる。一度だけ目にしたことがあるんだが、病弱という割にたいそう着飾っていたね。ご両親が、君よりも妹を可愛がっておられるのかと思ってね」
「……よく、私のことを見ていらっしゃるのですね」

 そう。私の現状は、家族からの緩やかな暴力なのだろうと、私も薄々認識していた。
 温かな食事も、将来のための教育も、淑女としてのマナーもすべて与えられているくせに、こんなことを考えては罰が当たってしまいそうだが。家族の在り方として愛情の存在しない貴族の家など、たくさんある。
 それでも、私はいつだって妹の二の次で、一番にはなれなくて、結果を出すのが当然とばかりに褒めてもらえなくて、私の欲しかった愛情は妹がすべて持って行ってしまった。

 でも、まさかそれを見抜かれるとは思わなかった。表面上うちの家族は、妹を中心に据えてはいるものの、穏やかに暮らしていたから。

「そりゃあね。ルリアナ嬢、君は俺が探し求めていた人だろうから、懇切丁寧に観察もするさ」
「……探し求めて?」

 胡散臭い言い草に私が眉をひそめると、ゼファー様はにやりと悪辣な笑みを浮かべた。

「そう。俺と非道な契約を結んでくれる共犯者を」

 私は、こくりと息を飲んだ。
 人がいない中ではあるものの、彼は用意周到に消音の魔道具を使ってから、私の隣に腰を下ろした。

「俺には、昔から好きな人がいるんだ。けれども、彼女は貧乏な男爵家の生まれでね。いくら次男とはいえ俺とは身分が離れすぎているから、親にも婚約を反対されるだろうと思って秘めている」
「……まさか、偽装結婚の提案ですか?」
「そういうこと。君でも構わないけれども、俺の本命は、色味がより近い噂の病弱な妹だね」
「……妹? ……色味?」

 偽装結婚と妹が、どう繋がってくるのだろう。私は益々混乱する。

「ああ。だが、まず婚約を結ぶのは俺と君だ」
「はぁ? 私と? 妹にそのまま縁談を申し込んだらいいではないですか」

 一体、ゼファー様はどういう策を弄するつもりなんだろうか。今でさえ気苦労が多いのに、面倒に巻き込まれるのは正直ごめんだ。
 けれども、彼は鼻で笑った。

「それじゃあ、多分妹君は食いつかないだろうさ。顔も学力も家柄もそこそこ良いモノを持っているけれど、俺は所詮次男だ。爵位をもらえても小さな領地の子爵位がせいぜいで、伯爵家でぬくぬくと甘えた暮らしをしている妹君には、そこまで魅力的に映らないはずだ」
「自分で言ってる……」
「事実だからね。ルリアナ嬢、君さ、ちょっと調べさせてもらったのだけれど、妹にあれこれ奪われている姉だろう?」
「……勝手に伯爵家我が家に手駒を潜入させないてくださいません?」

 一体この男にうちの内情を流しているスパイは誰だ。全く見当がつかないのだけれども。

「まあまあ、そこがキモなんだ。君の婚約者になった俺のことなら、妹君は絶対に奪いたくなる。妹君は、多分、人のものが、何より姉のものがより輝いて羨ましく見える性癖だからね。最終的に俺は妹君と恋に落ちたとでも言って、婚約者変更にもっていって、子爵領に連れていく。溺愛しているように見せかけて表舞台からしばらく姿を消している間に、俺は妹君の代わりに、愛する恋人を迎えるって寸法さ」
「……つまり……真実の愛という名の不貞で結ばれた、しかも片方は『病弱』なカップルに、人は勝手にロマンスを想像するから……それを逆手にとって隠れ蓑にするってことですか? は……まるで物語みたい。全てを舞台上の演目にでもするおつもりですか?」
「頭の良い女性は好きだよ。妹君の処遇については、軟禁したあと、そうだねえ、細かい部分は後で詰めるにして、しばらく経ってから『病弱』を理由に、お亡くなりになるとか、どうかな?」

 やがて、真実の愛を通した恋人たちに訪れる悲劇、最高じゃないか。
 ゼファー様は、舞台俳優のように両腕を広げ、なんてことない風に笑いながらそんな提案をしてきた。

 ああ、確かにこの関係には、共犯者と名を冠するのが一番だ。
 互いの目的を果たすために、何も知らない妹を利用し尽くし、最終的に排除するための。
 私の身体は、自然と震えた。

「妹が、いなくなればと思ったことはないかい?」

 ――悪魔が、私の耳に誘惑を囁く。

 悪魔との契約に必要なもの。それは贄だ。
 私に、ひとかけらでも家族への情が残っていたら、きっとこんな誘惑ははねのけていたに違いない。

 でも、ゼファー様は私の胸の内など、すっかりお見通しなのだろう。
 だから、「虐げられている」なんて言葉を使ったのだ。
 すっかり血の気の失せた表情のまま、しかし私の頭は彼から提示された計画の詳細なシミュレートを繰り返し、最高潮に回転していた。

「……一つだけ」
「何かな?」
「婚約者交代をした後に、我が伯爵家に相応の婿をよこしてもらえるのかしら?」
「あはは! やっぱり君は俺の見込んだ人だ。もちろんだとも」

 彼はにいっと笑って目を細めた。

「俺ならば、君の願いを叶えてあげられる」

 そう言って、ゼファー様はまるで救いのように私に手を差し出した。





------------------------------


ルリアナ
妹にたくさん奪われてきたが、真面目でやり手なので、共犯関係から彼の計画の穴を補強しつつ、伯爵家を早めに手中に収めた。
婚約破棄時の二人の前で体が震えていたのは笑いを堪えていたため。
ゼファーに妹を売った後、迎え入れた婿がドンピシャ好みで、ゼファーこのヤロウありがとうと思ったとか思わなかったとか。

ゼファー
恋人のためなら悪魔にもなれる男。偽装結婚はルリアナとでも良かったが、伯爵家の情報を得るうちにこの子妹に食い物にされててカワイソーと同情してしまった。恋人との間にできた子供を子爵家の後継と偽り、やがて恋人を後妻の座に収めた。
子爵領からの手紙はゼファーの偽装。
カリスタの訃報を流した後は、真実の愛をなくして悲嘆に暮れる男をしばらく演じて楽しんでいた。

カリスタ
初夜に愛されていたはずのゼファーから、「君を愛することはない」宣言をされる。ルリアナよりも、恋人に全体の色が似ていた。監禁後、ゼファーの恋人の出産に合わせて殺害される。






しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

[完結]裏切りの果てに……

青空一夏
恋愛
王都に本邸を構える大商会、アルマード男爵家の一人娘リリアは、父の勧めで王立近衛騎士団から引き抜かれた青年カイルと婚約する。 彼は公爵家の分家筋の出身で、政争で没落したものの、誇り高く優秀な騎士だった。 穏やかで誠実な彼に惹かれていくリリア。 だが、学園の同級生レオンのささやいた一言が、彼女の心を揺らす。 「カイルは優しい人なんだろ? 君が望めば、何でもしてくれるはずさ。 でも、それは――仕事だからだよ。結婚も仕事のうちさ。 だって、雇い主の命令に逆らえないでしょ? 君に好意がなくても、義務でそうするんだ」 その言葉が頭から離れないリリアは、カイルの同僚たちに聞き込み、彼に病気の家族がいると知った。「治療費のために自分と結婚するの?」 そう思い込んだリリアに、父母がそろって事故死するという不幸が襲う。 レオンはリリアを惑わし、孤立させ、莫大な持参金を持って自分の元へ嫁ぐように仕向けるのだった。 だが、待っていたのは愛ではなく、孤独と裏切り。 日差しの差さない部屋に閉じ込められ、心身を衰弱させていくリリア。 「……カイル、助けて……」 そう呟いたとき。動き出したのは、かつて彼女を守ると誓った男――カイル・グランベルだった。そしてリリアも自らここを抜けだし、レオンを懲らしめてやろうと決意するようになり…… 今、失われた愛と誇りを取り戻す物語が始まる。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

手放してみたら、けっこう平気でした。

朝山みどり
恋愛
エリザ・シスレーは伯爵家の後継として、勉強、父の手伝いと努力していた。父の親戚の婚約者との仲も良好で、結婚する日を楽しみしていた。 そんなある日、父が急死してしまう。エリザは学院をやめて、領主の仕事に専念した。 だが、領主として努力するエリザを家族は理解してくれない。彼女は家族のなかで孤立していく。

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

【完結】私が愛されるのを見ていなさい

芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定) 公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。 絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。 ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。 完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。  立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。

濡れ衣を着せてきた公爵令嬢は私の婚約者が欲しかったみたいですが、その人は婚約者ではありません……

もるだ
恋愛
パトリシア公爵令嬢はみんなから慕われる人気者。その裏の顔はとんでもないものだった。ブランシュの評価を落とすために周りを巻き込み、ついには流血騒ぎに……。そんなパトリシアの目的はブランシュの婚約者だった。だが、パトリシアが想いを寄せている男はブランシュの婚約者ではなく、同姓同名の別人で──。

「可愛げがない」と婚約破棄された公爵令嬢ですが、領地経営をしていたのは私です

希羽
恋愛
「お前のような可愛げのない女との婚約は破棄する!」 卒業パーティの会場で、婚約者である第二王子デリックはそう宣言し、私の義妹ミナを抱き寄せました。 誰もが私が泣き崩れると思いましたが――正直、せいせいしました。 だって、王子の領地経営、借金返済、結界維持、それら全ての激務を一人でこなしていたのは「可愛げのない」私だったのですから。 「承知しました。では、あとはミナと二人で頑張ってください」 私は手切れ金代わりに面倒な仕事を全て置いて国を出ました。 すると、国境で待っていたのは、隣国ガルガディア帝国の冷徹皇太子ことクライド様。なぜか彼は私を溺愛し、帝国で最高の地位と環境を与えてくれて……。

妹に婚約者を奪われたけど、婚約者の兄に拾われて幸せになる

ワールド
恋愛
妹のリリアナは私より可愛い。それに才色兼備で姉である私は公爵家の中で落ちこぼれだった。 でも、愛する婚約者マルナールがいるからリリアナや家族からの視線に耐えられた。 しかし、ある日リリアナに婚約者を奪われてしまう。 「すまん、別れてくれ」 「私の方が好きなんですって? お姉さま」 「お前はもういらない」 様々な人からの裏切りと告白で私は公爵家を追放された。 それは終わりであり始まりだった。 路頭に迷っていると、とても爽やかな顔立ちをした公爵に。 「なんだ? この可愛い……女性は?」 私は拾われた。そして、ここから逆襲が始まった。

処理中です...