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後編
しおりを挟む「君は、家で虐げられているのか?」
人気のない学園の裏庭で、憂鬱な顔をしてベンチに座る私へ声をかけてきたのは、侯爵家次男のゼファー様だった。
1年時から同じクラスメイトの彼は、見目も成績も家柄もよいのに、未だ婚約者もおらず、ふらふらしていると言われている令息だった。
何故そんなことを?と、私はぱちりと目を瞬かせた。
「ずっと気になっていたんだ。伯爵家は裕福というわけでもないのに、君が同じアクセサリーやリボンを2度つけてきたことがないし、それどころか日に日に装いが慎ましくなっていく。そして、天使のようだと噂の病弱な妹がいる。一度だけ目にしたことがあるんだが、病弱という割にたいそう着飾っていたね。ご両親が、君よりも妹を可愛がっておられるのかと思ってね」
「……よく、私のことを見ていらっしゃるのですね」
そう。私の現状は、家族からの緩やかな暴力なのだろうと、私も薄々認識していた。
温かな食事も、将来のための教育も、淑女としてのマナーもすべて与えられているくせに、こんなことを考えては罰が当たってしまいそうだが。家族の在り方として愛情の存在しない貴族の家など、たくさんある。
それでも、私はいつだって妹の二の次で、一番にはなれなくて、結果を出すのが当然とばかりに褒めてもらえなくて、私の欲しかった愛情は妹がすべて持って行ってしまった。
でも、まさかそれを見抜かれるとは思わなかった。表面上うちの家族は、妹を中心に据えてはいるものの、穏やかに暮らしていたから。
「そりゃあね。ルリアナ嬢、君は俺が探し求めていた人だろうから、懇切丁寧に観察もするさ」
「……探し求めて?」
胡散臭い言い草に私が眉をひそめると、ゼファー様はにやりと悪辣な笑みを浮かべた。
「そう。俺と非道な契約を結んでくれる共犯者を」
私は、こくりと息を飲んだ。
人がいない中ではあるものの、彼は用意周到に消音の魔道具を使ってから、私の隣に腰を下ろした。
「俺には、昔から好きな人がいるんだ。けれども、彼女は貧乏な男爵家の生まれでね。いくら次男とはいえ俺とは身分が離れすぎているから、親にも婚約を反対されるだろうと思って秘めている」
「……まさか、偽装結婚の提案ですか?」
「そういうこと。君でも構わないけれども、俺の本命は、色味がより近い噂の病弱な妹だね」
「……妹? ……色味?」
偽装結婚と妹が、どう繋がってくるのだろう。私は益々混乱する。
「ああ。だが、まず婚約を結ぶのは俺と君だ」
「はぁ? 私と? 妹にそのまま縁談を申し込んだらいいではないですか」
一体、ゼファー様はどういう策を弄するつもりなんだろうか。今でさえ気苦労が多いのに、面倒に巻き込まれるのは正直ごめんだ。
けれども、彼は鼻で笑った。
「それじゃあ、多分妹君は食いつかないだろうさ。顔も学力も家柄もそこそこ良いモノを持っているけれど、俺は所詮次男だ。爵位をもらえても小さな領地の子爵位がせいぜいで、伯爵家でぬくぬくと甘えた暮らしをしている妹君には、そこまで魅力的に映らないはずだ」
「自分で言ってる……」
「事実だからね。ルリアナ嬢、君さ、ちょっと調べさせてもらったのだけれど、妹にあれこれ奪われている姉だろう?」
「……勝手に伯爵家に手駒を潜入させないてくださいません?」
一体この男にうちの内情を流しているスパイは誰だ。全く見当がつかないのだけれども。
「まあまあ、そこがキモなんだ。君の婚約者になった俺のことなら、妹君は絶対に奪いたくなる。妹君は、多分、人のものが、何より姉のものがより輝いて羨ましく見える性癖だからね。最終的に俺は妹君と恋に落ちたとでも言って、婚約者変更にもっていって、子爵領に連れていく。溺愛しているように見せかけて表舞台からしばらく姿を消している間に、俺は妹君の代わりに、愛する恋人を迎えるって寸法さ」
「……つまり……真実の愛という名の不貞で結ばれた、しかも片方は『病弱』なカップルに、人は勝手にロマンスを想像するから……それを逆手にとって隠れ蓑にするってことですか? は……まるで物語みたい。全てを舞台上の演目にでもするおつもりですか?」
「頭の良い女性は好きだよ。妹君の処遇については、軟禁したあと、そうだねえ、細かい部分は後で詰めるにして、しばらく経ってから『病弱』を理由に、お亡くなりになるとか、どうかな?」
やがて、真実の愛を通した恋人たちに訪れる悲劇、最高じゃないか。
ゼファー様は、舞台俳優のように両腕を広げ、なんてことない風に笑いながらそんな提案をしてきた。
ああ、確かにこの関係には、共犯者と名を冠するのが一番だ。
互いの目的を果たすために、何も知らない妹を利用し尽くし、最終的に排除するための。
私の身体は、自然と震えた。
「妹が、いなくなればと思ったことはないかい?」
――悪魔が、私の耳に誘惑を囁く。
悪魔との契約に必要なもの。それは贄だ。
私に、ひとかけらでも家族への情が残っていたら、きっとこんな誘惑ははねのけていたに違いない。
でも、ゼファー様は私の胸の内など、すっかりお見通しなのだろう。
だから、「虐げられている」なんて言葉を使ったのだ。
すっかり血の気の失せた表情のまま、しかし私の頭は彼から提示された計画の詳細なシミュレートを繰り返し、最高潮に回転していた。
「……一つだけ」
「何かな?」
「婚約者交代をした後に、我が伯爵家に相応の婿をよこしてもらえるのかしら?」
「あはは! やっぱり君は俺の見込んだ人だ。もちろんだとも」
彼はにいっと笑って目を細めた。
「俺ならば、君の願いを叶えてあげられる」
そう言って、ゼファー様はまるで救いのように私に手を差し出した。
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ルリアナ
妹にたくさん奪われてきたが、真面目でやり手なので、共犯関係から彼の計画の穴を補強しつつ、伯爵家を早めに手中に収めた。
婚約破棄時の二人の前で体が震えていたのは笑いを堪えていたため。
ゼファーに妹を売った後、迎え入れた婿がドンピシャ好みで、ゼファーこのヤロウありがとうと思ったとか思わなかったとか。
ゼファー
恋人のためなら悪魔にもなれる男。偽装結婚はルリアナとでも良かったが、伯爵家の情報を得るうちにこの子妹に食い物にされててカワイソーと同情してしまった。恋人との間にできた子供を子爵家の後継と偽り、やがて恋人を後妻の座に収めた。
子爵領からの手紙はゼファーの偽装。
カリスタの訃報を流した後は、真実の愛をなくして悲嘆に暮れる男をしばらく演じて楽しんでいた。
カリスタ
初夜に愛されていたはずのゼファーから、「君を愛することはない」宣言をされる。ルリアナよりも、恋人に全体の色が似ていた。監禁後、ゼファーの恋人の出産に合わせて殺害される。
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