ハーレムキング

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3章 公爵令嬢の救い方 編

ハーレムキングは作戦を立てる

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 毒と罠を仕掛けられてから数十分後。特に何事もなく部屋に戻ってきた。

 分厚いカーテンを少しだけ開け、朝の陽光を入れた空間の中で、オレは重厚な机を囲んで椅子に座っていた。
 向かいにはルシア、隣にはサラ。
 
 いつの間にか“作戦会議”と称された集まりが始まっていた。

 机の上には紙や地図は一切ない。
 そんなものは必要ない。

「……それで、どうするおつもりですか? デイビッドさんがすごいのはわかりましたが、何か作戦があるのですか?」

 ルシアが静かに口を開く。
 声に張りはあるが、その奥にあるのは疲労と不安、そして、わずかな希望だった。

「不安か?」

「信頼していますが、不安なのは確かです。兄は……今朝の暗殺が失敗したと既に知っているはずなので、きっとすぐにまた何か仕掛けてきます。私はここにいても、いずれ……」

 暗い口ぶりだ。そう卑屈になる必要はないのに。

 サラもまた真剣な表情で頷いてる。

「確かに、今のままでは危険です。誰もがあきらかにルシアさんを排除しようとしていますから……でも、安心してください! 王様は何か策があるはずです! ですよね?」

 ——よし、問いが来たな。

 オレは椅子の背にもたれ、足を組み直すと、至極当然のように言った。

「うむ。構図はすでに頭の中にある。全ては想定内だ。昨晩、ルシアから話を聞いた時点で彼らが仕掛けてくることも予見済みだし、将来的に公爵家がどうなってしまうのかも手に取るようにわかる」

「わぁ! さすが王様!」

 サラがわがとらしく囃し立てた。
 だが、その反応に特別な意味はない。よくあることだ。オレは王だからな!

「まず前提として言っておこう。オレはあの義兄殿に、何かするつもりはない」

 静かにそう言うと、ルシアの表情が目に見えて曇った。

「……私のことを助けてくれるのではなかったのですか?」

 その声には失望と、かすかな震えがあった。
 だが、それは違う。

「勘違いするな。君のことは当然のように助ける。言っただろう、君は王の庇護下にある“王の女”だと」

 オレは指を一本立てて、続けた。

「二人とも気がついていると思うが、義兄殿はな……随分と安直で、愚かなようだ。領内のみならず各所で派手に振る舞い、近隣領地の当主からも評判はよろしくないと聞いた」

「誰から聞いたのですか?」
 
 サラが尋ねてきた。ここに来たばかりなのにどうしてそんな情報を知っているのかって? そんなのは簡単なことだ。

「先ほど用を足していたら、手洗い場の近くで毒を盛った使用人連中を見かけてな。こそこそとオレの悪口を囁いていたものだから、そこで少しだけ話をした。その時に多くの情報を仕入れることができた」

「……本当に話だけですか?」

 サラは空笑いを浮かべていたが、そんなことはどうでもいい。少し王の威厳という名の圧倒的な力を見せつけて屈服させただけだからな。

「それはさておき、義兄殿は廊下に粗雑に罠を張り、真っ向から毒を盛ってくる大胆な性格だ。背後でこそこそ動く“影”にはなれず、かといって表立って問題を解決するような“光”にもなれない。中途半端な存在だ」

 オレは窓の外に視線を向け、口の端を上げた。

「兄が、影にも光にもなれない?」

「そうだ。ショックか?」

「……ショックというより、なぜそう言い切れるのかと疑問に思っただけです」

 ルシアは目を伏せて口にした。疑われているわけではない。単にオレが断言したことについて不思議そうにしていた。

「なぜ断言できるのかって? 当然だろう? オレは王だからな! 王の直感は外れない! つまり、義兄殿が公爵家を率いるといずれ勝手に滅ぶ運命にある。出生にだけ恵まれた愚か者なのだから当然な話だ。
 だから、オレが手を下す必要すらない。滅びゆく者に王の時間を費やす価値はないのだ」

 ねじ伏せる価値すらない存在だ。

「それでは、私は何をすれば……?」

「ルシア、君がすべきことは、ただちにこの館を去ることだ。それも外交や調査と称して遠方に出向くのではなく、秘密裏に足跡すら残さず雲隠れするのだ」

 ルシアが息を呑む。サラも目を丸くしてオレを見る。

「ちなみに、ルシアは魔法を使えるか?」

「あ、はい……神聖魔法と元素魔法を少々」

「信ずる神はセイクリールにいるか?」

 セイクリールは一神教ではない。

「はい」

「では、公爵家に未練は? 貴族という肩書きに未練は?」

 続け様に尋ねた。ルシアの意思確認さえできればどうとでもなる案件だ。

「ありません。あるわけありません。元より普通の貴族らしい暮らしなど経験したことがありませんから……」

 ルシアがこれまでどのような凄惨な扱いを受けてきたのかはわからない。ただ、今の言葉だけでおおよそ理解した。彼女は救わなければならない存在だ!

「承知した! では、あとはこちらで話を通しておく」

 そう言って、オレは椅子から立ち上がり、部屋の隅に置かれた木製の筆記机へと歩いた。

「……王様は一体どうするつもりなんですか? 話を通すと言っても、頼れる人は限られますよ?」

 サラが小首を傾げてついてくる。さらりと銀髪は相変わらず美しい!

「頼れる人物に心当たりがある! そしてそれは何よりも確実な方法だ!」

 オレは筆と上質な羊皮紙を手に取った。

 王として得た強い人脈。
 ここでそれを使うときが来たというだけだ。

「……イルセ・ライナーは君を孤児院から拾い上げて、見習い神官にした。正しいな?」

「はい。私はイルセ様の手で孤児院から拾われて、神殿に上がりました……それが何か?」 

 サラは少し困ったように頷く。

「では、身寄りのない他人を放っておけない優しさを持っているのだろう。拾われた君が言うなら間違いない。早速、オレはイルセ・ライナー宛てに書状を送る。彼ならば、“他領地の公爵家出身で神聖魔法が使える少女”を見習い神官として受け入れる判断を下せるはずだ」

 オレは筆先にインクを染ませながら、淡々と続ける。

「形式上は“貴族籍から外れ、平民としてセイクリールへ移住する”という形にする。本人の意思による戸籍の移転申請。加えて、見習い神官としての就職希望。あくまでも、正規の手続きを通す。嘘偽りは全て無用だ!」

「……そんなことまでできるんですか? イルセ様って、セイクリールの大司祭だったはずですが……お知り合いだったとは、デイビッドさんには驚かされてばかりです」

 ルシアが小さく声を漏らした。

「でなにせ、オレは王だからな!」

 ふはっ、と鼻で笑いながら、オレは迷いなく文面を綴る。

 言葉は簡潔に。だが、権威と情理を兼ね備えたものにする。
 オレがどれだけこの少女を王として守ると決めたかを伝えるために。

 サラはじっとその筆の動きを見ていたが、やがて、ぽつりと呟いた。

「あの、そもそもイルセ様がその手紙を読んでくださいますかね?」

「オレは王だからな。読まざるを得ない。イルセ・ライナーの記憶の中枢には王の存在が焼き付いているはずだ!」

「……まあ、ある意味焼き付いてると思いますけど」

「ならば問題ない!」

 迷いや不安など一切ない。イルセはこの手紙を読む、読まざるを得ない。王であるオレの手紙を無視するなど言語道断だ!

「デイビッドさんっ……!」

 ルシアはオレの手元を見ながら感嘆していた。
 潤んだ瞳すらも愛らしい! 震える声すらも愛おしい! 間違いなくヒロインだ!

「ふははははっ! 褒めても何も出んぞ? だが、覚えておけ。王とは力ある者ではない。誰かの未来を守る覚悟を持った者こそが、王だ!」

 その言葉に、サラは目を見開いたあと、小さく、でも確かに微笑んだ。

 一方、ルシアはというと、依然としてオレの手元を見つめていた。
 その眼差しには、まだ微かな不安がある。だが、その奥には確かに希望が灯り始めていた。

 やがて手紙を書き終えたオレは、封をして、最後にサインを記す。

 王の名は、使う場面を選ばなければならない。
 今はその時だ。

 封蝋を押した手紙を掲げ、ふとルシアに向き直る。

「安心しろ。これは単なる逃げではない。君がこれから生きていくための、新たな道を開く手紙だ。後腐れなく関係を断ち切るためには強行手段も辞さないのだ!」

「……」

「君は貴族として生きる必要なんてない。誰かの都合に縛られて生きる必要もない。君は、君として、笑っていればいい」

 ルシアの瞳が、かすかに潤む。

 けれど彼女は泣かない。強くなろうとしている。
 だからこそ、オレはこう続けた。

「そのために、王が一肌脱いだだけの話さ。ふははははっ!」

「……ありがとうございます。王様」

 ルシアが深く頭を下げた。
 その所作には、これまでとは違う誠実さがあった。

 心からの、感謝の礼だった。

 あとは段取りだな。

 あの義兄には気づかれぬよう、信頼できる使用人を数名選抜させ、数日後、ルシアを館から脱出させる必要がある。

 その準備を整えるのも、王の務めだ!
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