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カレカ編 02.聞き込みを開始する
しおりを挟むさて。
調べることを決めたはいいが、まずやるべきは現在のことではなく、過去のことである。
非情の女王が、普段にないことを始めたのは一ヶ月ほど前から。
最上級生になったことで活動を自粛していたカレカは、ここしばらく情報や噂を仕入れることをしていなかった。
まずこの一ヶ月で何があったのかを知らなければならない。
その発端と言えば、やはり、「変装をして闘技場を走り始めた頃」になるだろうか。
しばらくは、その辺の情報に的をしぼることにした。
相手が相手だけに、順序よく、そして慎重に調査を進めていかないと、思わぬ落とし穴に落ちてしまう。
――たとえば、調査を急ぎすぎたり強引な調べ方をして、当人に気づかれるリスク。
――たとえば、調査対象の知ってはならないことを知ってしまって、知ってしまったことが当人にバレた場合。
こと貴族の秘密を暴くとは、本気で危険を伴う行為である。
特に、知らなくていいことを知ってしまった場合は、更に危険度が増すのだ。これは誇張でもなんでもなく、この世から消される可能性さえ出てくる。
「そんなに危険なら調べなくていいんじゃないか?」などと言う者もいるかもしれないが、それはナンセンスである。
秘密があるから暴く。
その単純明快な短絡的思考で得た情報は、時に防犯対策になったり、国家を揺るがしかねない大事件を未然に防ぐこともあるのだ。
――と、その辺の庶民にならいくらでもこじつけて己の下世話な好奇心を正当化できるのだが、相手が貴族となると、また難しくはあるのだが。
しかし、カレカは入学してからずっと、この辺の綱渡りをしてきた者である。
踏み込むタイミングを見るのも、引き際を見計らうのも、もう慣れたものである。腕っ節はともかく情報関係では百戦錬磨だ。……自称だが。
相手があの気難しいで有名な上に悪名高いフロントフロン令嬢なので、ヤバそうになったら速攻でケツまくって逃げるとして。
今回、どんなに好奇心に駆られても、それだけは厳守しようと決めて。
カレカ・ランドンは動き出した。
「で? なんでミラがいるの?」
さあ今日から楽しい調査の始まりだーと、査定で悩みまくっていたカレカにとっては久しぶりに浮かれて寮部屋を出てみれば、すぐそこに後輩がいた。
ミラ・ガーネット。
これまでカレカがもっとも可愛がってきた下級生だ。昨日、例の「悪役令嬢の噂」を教えてくれたのも彼女である。
貧乏貴族の遠縁に当たるという、庶民と呼ぶには少し高貴、貴族と呼ぶには家格が低い、という非常に微妙なガーネット家の次女。ちなみに本人も家族も庶民という意識しかないし、庶民の暮らしをしている。
だがやはり血筋なのかなんなのか、スタイルもそこそこいいし顔もかなり可愛い部類に入る。何より顔立ちに品がある。「貴族の娘」と言われて見ると納得できるくらいに。
そんな貴族風味な後輩は、カレカの顔を見るなり不機嫌そうに眉を寄せた。
「ほっとけないでしょ。先輩、夢中になったら平気で無茶するんだから」
「放校処分になったら笑うんでしょ?」
「え? すでに笑えますけど? 卒業の掛かった査定そっちのけで遊び呆ける気なんでしょ?」
――相変わらず痛い所を平気で突いてくる後輩だ。
「ミラは授業があるでしょ。早く教室へ行きなさい」
「もちろんサボる気はないですよ。でもまだ時間がある」
そう、時間で言えば30分ほど余裕がある。もちろんこの時間にカレカが部屋から出てきたのも偶然ではないし、
「どうせ先輩のことだから、登校する前に話を聞きに行くだろうと予想してましたよ」
ミラがこの時間にカレカを待ち伏せしていたのも、偶然ではない。
これまで長く組んでやってきただけに、ミラはカレカのやり方を熟知している。
「調査、手伝いますから。早めに好奇心を満たして査定に戻ってください」
「えー? ミラも来るのー?」
「何嫌そうな顔してるんですか。ほら行きますよ」
ミラは渋るカレカの腕を取ると、さっさと歩き出した。
その強引な後輩の後頭部に、カレカは言った。
「自分も気になるって素直に言えないの?」
「私は、卒業のかかった査定を放り出すようなダメな先輩のために同行するだけです。――いざという時は先輩がかばってくださいね」
なるほど、建前と保身が同居した発言である。
半ばカレカが育てただけあって、ミラも腹が立つほどふてぶてしくなったものである。
まあ、だからこそ、カレカが同行を許せるのだが。
調査は単独の方がやりやすいが、少なくともミラは邪魔にだけはならない。
こうして、しばらく見なかった先輩後輩コンビが、再びタットファウス魔法学校をさまよい始めた。
調査の基本と言えば、聞き込みである。
まず候補に上がるのは、いつもアクロディリア・ディル・フロントフロンと一緒にいる貴族の令嬢三人。
――まあ、あるはずない。
あの三人は、あまりにも調査対象に近すぎる。
もはや直接話しかけたり、話題に出した時点で、フロントフロン令嬢に伝わる可能性がある。告げ口でも、雑談の中でポロッとでも、調査対象にカレカの存在が伝わったらまずい。
それに後輩の話では、ちょうど奇行に走り始めた一ヶ月前から令嬢三人とは距離を置いていて、昨今のフロントフロン令嬢の事情を詳しく知らないと思われるのだとか。
まあどの道、フロントフロン令嬢と懇意にしている人物には、聞き込みをしない方が安全だろう。あえて今危険な綱渡りをする理由はない。無駄死にする気はない。
となれば――
何も言わずとも、ミラはカレカがどこへ行こうとしていたのか、察していた。
「彼女のことは知ってるんですか?」
「名前と学年と、あとはまあ噂が二つ三つかな。話したことない。ミラは?」
「一度声を掛けたことはありますが、噂通りでしたから」
カレカは頷く。
「好都合ね」
「まったくです」
庶民用の女子寮を出て、到着した先は、貴族用の女子寮である。
しばらく雑談して待っていると、目当ての彼女が寮から出てきた。
「誰と会う」などとは一切話すことなく、二人は同時に動いた。
「――私に何か?」
特徴的なのは、その背に見える透明な羽。薄氷のように薄く繊細で透明で、ガラス細工のように儚くも美しい。
そして、そんな羽に見合う水色の長い髪と、瑞々しさと力強さが見える葉緑色の瞳。
まるで彼女一人で大自然の全てを表現しているかのような、美しくも現実味を感じさせない人物。
――この学校でも珍しい精霊族にして、かの魔法王国クリューシュカから留学してきている、現在六年生のハロルゥ=シトトラだ。
人としてではなく、本物の芸術品のように常識離れした美しさを誇るがゆえに、やや周囲に敬遠されている彼女。
学校でも目立つ人物ではあるが、顔の広いカレカでも、話しかけたのはこれが初めてである。
やはり存在自体の威圧がすごい……というか、視線を合わせてみて、はっきりわかった。
――恐らく彼女は、人との交流が嫌いなのだろう、と。
愛想がないのはまだしも、その瞳は明らかに、「話しかけられて迷惑だ」と語っている。こんな様子では友達ができないのは当然だし、周囲だって必要以上に敬遠もするだろう。
(精霊族は気難しいってのは一般論だけど……)
どうやら彼女の場合は、その一般論が当たっているらしい。
――まあ、そんなことはいいとして。
「これから授業よね? でも少し早いわ。ちょっとお時間よろしい?」
「お断りします」
取り付く島もなかった。やはり直感に触れた印象通り、そして噂通り他人を拒絶しているのかもしれない。あるいは個人的にカレカを嫌っているか……後者だったらなかなか悲しい。
だが、それがどうした。
この程度の拒否反応で引くようでは、学校一の情報通などと呼ばれない。
「まだ何も言ってないわよ? それでも断るの?」
「あなたたちのことは知っていますから。私はあなたたちの喜ぶような噂話など持っていないし、私のことを噂されるのも迷惑です」
「私を知っているの? それは光栄だわ」
情報通として……というよりは、何にでも首を突っ込んでくる下世話で面倒臭い人、みたいな認識だろう。だいたいの人はカレカや噂話好きに対してそう思っているから。……個人的に嫌っているかどうかは、ちょっとわからないが。
だが、それくらいの認識の方が動きやすいので、それはそれでいいのだ。
「私たちがなぜハロルゥさんに会いに来たのか、知りたくない?」
「いいえ。知りたくありません」
明らかな拒絶の意に、カレカはニヤリと笑ってみせた。
「なぜフロントフロン令嬢があなたに注目するのか。本当に知りたくないの?」
――ハロルゥの表情が変わった。
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