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87.夏の日差しのような明るさで……
しおりを挟むレンさんが去り、どれほどの時間が経っただろう。
俺が悪役令嬢になって……出会った頃からこれまでのことを振り返り、思いを馳せてみる。
うーん……
一言では語り尽くせないほどいろんなことがあったはずだが、正直訓練で殴られたり蹴られたり木剣であんなことやそんなことをされた記憶の方こそ色濃く蘇ってしまって、なんだか妙な気分になった。
別れを惜しむ気持ちは強いはずだが、この身に、いや、心身ともに刻まれた痛みの方も、これまた相当強いようである。もはや俺には「レン=痛み」みたいな条件反射的な方程式ができてしまっているような気がする。
まあ、落ち込んでも仕方ないけどな。
俺はすごく寂しいが、レンはこれから自分の人生を歩けるんだ。心残りだった弟の病気も治療の目処が立っているし、金のために嫌々やっていたフロントフロン辺境伯令嬢の世話ももうしなくていいんだ。
俺はすごく寂しいが、これはレンにとっては喜ばしい別れだ。
第三者の事情で勝手に決まったことではなく、レン自身が望んで別れたんだ。だったらまだ、俺は別れることに納得はできる。もちろん理解もしている。
俺はすごく寂しいけどな!
きっとレンは俺の半分も寂しがってないだろうことを確信しているのも、この寂しさの一助だぞ! あいつはこういうところドライだからな! 現代で言うならLINEでどんな長文書いても一言返信しかしないタイプな! ガン無視しないところがまた小癪なタイプな!
……なんてことを、久しぶりの青空を眺めながらぼんやり考えていた。
まだ早朝である。
今日は訓練もなかったし、なんとなく身体が運動を欲している気がするが、さすがにそんな気分にはなれなかった。この身は椅子に縛り付けられているかのように重く、心は空の彼方に行ってしまっている。身体をまとって現を生きる気になれない。
一時間ほどぼーっとしていただろうか。正直、時間の感覚がよくわからないのだが、まあそれくらいだろうと思う。
コンコン、と硬質な音が、ようやく頭の中に漂っていた霧を晴らした。
「お嬢様、お迎えに上がりました」
「どうぞ」と答えて入ってきたのは、黒スーツの若い男である。
――ジュラルク・セントン。フロントフロン家の第二執事だ。
常に笑みを浮かべているような細目とひょろりとした長身が特徴的だ。こいつ例に漏れずイケメンだよ。なんか髪がくしゃくしゃって感じの天パで……衣装も手伝って俳優みたいだ。
これで愛想も良いし明るいし面倒見もいいということで、フロントフロン家でちゃんと第二執事として機能している有能な人材である。
ちなみにアクロディリアとは幼馴染だが、子供の頃からきちんと上下関係を築いているので、アクロディリア的には少しだけ気を許している使用人、という位置付けになっている。セントン家は代々フロントフロン家の使用人一家だからな。付き合いだけならアクロディリアが生まれるはるか前から始まっているのだ。
「ご苦労様」
こうして見ると、ガタイの差があるから印象が薄いものの、背だけはアニキくらい大きい。
そして今ならわかるが、こいつは相当鍛えている。
俺自身が最近そういうところを意識して観察したり実践したりしてきたからわかるんだ。こいつは強い。なんつーか、筋肉の作り方に無駄がないんだ。……まあだからなんだって話だが。いくら興味があっても、さすがにアクロディリアが「あなた強いの?」とか「流派は?」とか「死にかけたらめっちゃ強くなる宇宙人の体質をどう思う?」とか聞けないしな。
身バレ厳禁だ。
こいつはこんな人の良さそうな顔をして、案の定の切れ者だ。油断したらあっという間にバレてしまうだろう。
これから帰省し、帰省している間は、俺は絶対にアクロディリアとして振る舞わねばならない。一瞬たりとも気は抜けないだろう。……性格や性分でつまんないポカやミスをしそうだが、まあ、バレないように全力を尽くすさ。「あいつ怪しくね?」くらいにとどめてやるさ。疑惑は確信にはなりえないからな。
「おや? お嬢様、そのお姿は?」
ジュラルクはまず、椅子に座る俺の格好に触れた。
「最後の年くらい模範的な生徒であろうと思ったからよ。最上級生として恥ずかしくないようにね」
今の俺は、例年通りの豪華絢爛なドレスではなく、飾り気のない制服姿だからな。あとドリルじゃないしな。俺にとってはこっちが普通なんだが、アクロディリア的にはドレスが普通なんだよな。
「なるほど、そうですか。そのお召し物も大変お似合いです」
さらっと褒め言葉が出る辺り、やっぱアクロディリアを熟知してる感がすげえわ。そりゃそうだよな、この性格の悪い女に仕えるなら、飴の使い方は上手くなるはずだ。
「フン。そんなあたりまえのこと言わなくていいわ。それより早く行きましょう」
アクロディリアらしいことを言いながら俺は立ち上がり――ジュラルクに「しばしお待ちを」と手で制された。おう、なんだよ。さすがにまだボロは出してないぞ。……出してないよな? さすがに会って数分で身バレは早すぎるぞ。
「まだ預かるはずのメイドが来ておりませんので、しばしこのままお待ちください」
……は?
「なんのこと? 預かる、はず?」
「おや、聞いてないのですか?」
……え? え、何? マジでなんの話だ?
「すでにフロントフロン家には話が通っていますよ。てっきりお嬢様も了承しているものだと思ったのですが」
ジュラルクが言い終わるか否かというタイミングで、背筋にぞくっと何かが走った。悪寒とは言わないが、そう、違和感の塊のような何かだ。
この感覚は……なんだか知っている気がする。前にもどこかで感じたものだ。確か――
と、俺が思い出すより早く、その女は開けっ放しだったドアから「失礼しまーす」と明るい声とともに入ってきた。
「本日より一ヶ月、フロントフロン家のお世話になるメイト・ドリーバでーす。よろしくでーす」
メイド姿の小さい女の子は、明るい声と軽い口調と真夏の太陽のような笑顔で、状況が飲み込めていない俺に自己紹介した。
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