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88.陽は高く、風は柔らかく……
しおりを挟むジュラルクの話を聞いて、すごく納得してしまった。
「つまり、キルフェコルト殿下からの申し込みなのね?」
例のよくわからない預かるだのの話だ。
王宮から各家臣・貴族の家へ王家の人が送られるのは、この国では珍しいことではないらしい。「視察」でも「旅行・観光」でも、名目は様々ではあるが、とにかく王家の人間がちょくちょく領地を見て回っているってことだ。
んー……ゲームの世界観からすれば、「王家が諸侯の不正を見張っている」というより、「新しい発想や発明、王家への要望などなどの情報収集」という意味合いで受け入れられているようだ。基本的に平和な世界観だからね。
で、このメイト・ドリーバなる女の子だ。
歳は13、4くらいに見えるが、もう少し上かもしれない。背も低く、本当にただの子供という感じだ。着ているメイド服がちょっと大きめなのも幼さに拍車を掛けている。
健康的な白い肌に、赤い髪は可愛いショートカットだ。大きな灰色の瞳は好奇心旺盛そうに輝き落ち着き無くくりくり動いている。……うん、普通に町とかにいそうな子供って感じだな。落ち着きもなさそうだし。
――この少女は、キルフェコルトからの監視だ。
俺の正体不明人物っぷりからすれば、どうしても目を離すことができない。だからこうして監視員を送り込んできたのだろう。名目は「メイド修行」だ。メイトはまだ使用人になって日が浅いらしいから。まあ実際はメイドではなく、諜報員的なものなのだと思う。本業は。
「いかがいたします? お嬢様が了承しないのであれば、今からでも断る準備はできていますが」
アクロディリアとキルフェコルトの犬猿の仲は有名だからな。やり手のジュラルクは、「キルフェコルトからの話」という時点で、「前向きに検討するが、預かれないかもしれない」という保険を兼ねたはっきりしない返事をしているのだろう。
そう、ドタキャン的にアクロディリアが難色を示したら断れるように。
まあ、アクロディリアなら断るだろうけどな。相手の顔に泥を塗る方向で。泥を塗るタイミングで。
「別にいいんじゃない? 食い扶持が一人増えたところで困ることもないわ」
俺はあんまり興味なさそうな態度で、受け入れることを承諾した。
――だってメイトは監視だからな。断れるわけがないだろ。
むしろ監視だけで済んでいる処遇に、現状に、感謝せざるを得ない。アニキの立場からすれば、とっとと捕まえてあらゆる手段を用いて原因究明した方が、よっぽど話が早いんだからな。
ある程度の自由が許されているのも、今日の帰郷が監視付きながら許されているのも、アニキの温情だからな。アニキあざーす!
確信バレはしてないと思うけど……まあ、限りなく黒に近いとは確信してるんだろうな……
いや、まあいい。よくないけど。
それよりこの感覚だ。メイトから違和感というか、なんか名状し難い何かを感じている。本人の気配より強く感じている。
この体内の何かが騒ぎ出すような感覚は、すでに経験している。それも昨夜の感じにすごく似ている。
先生と同じ違和感……つまり闇属性の感覚だ。要するにメイトは闇属性の魔力を持っているってことだな。先生の方が強い気はするけど。
「ではお嬢様、行きましょうか」
「ええ」
この世界の住人は、みんな何かしらの魔法が使えるからな。光と闇属性は珍しいってだけで、いないわけじゃない。
たまたまなのか、何かの意図があるのかまではわからないが、別に闇属性持ちの人物が接触してきたところで問題はないだろう。
……意図があるとすれば、やっぱり俺の監視だろうしな。俺が違和感を感じているように、メイトも違和感を感じているはず。たとえ見えなくても、ある程度の距離ならどこにいるか丸分かりだろう。そういう意味では見張りとしてうってつけの人材なのかもしれない。
ジュラルクにスーツケーツを任せて、メイトには手荷物を持たせ、俺は振り返ることなく学校をあとにした。
何事もなく無事戻ってこれたらいいなぁ、と思いながら。
身バレしたらフロントフロン家に幽閉されそうだからな……こっから先は、俺にとってはある意味で冒険なんだよな。
校門から出ると、すぐそこに馬車が止まっていた。白塗りで、いかにも貴族御用達って感じの豪華な奴だ。二頭引きで馬さえ白馬だっつーんだからこだわっている。
――まあ、アクロディリアの迎えなんですけどね!
毎回、帰郷の際には、いっつもこの白い馬車で少し走って、このタットファウス王国の隅の方にある旅行用転送魔法陣まで行くのだ。
ここからフロントフロン領地までは、だいぶ遠い。なので地道に帰途を行くのではなく、魔法でパパッと帰るのだ。金持ち苦労せずってやつだな。
「失礼しまーす」
「なぜです?」
いち早く乗り込もうとしたメイトの襟首を、まるでそうすることがわかっていたかのように素早くジュラルクは掴んだ。
「中はお嬢様の居場所、使用人は御者席です」
「え、そうなの?」
「ええ。お嬢様が許しても私は許しませんよ?」
……なんつーか、教育に苦労しそうな女の子だな。
「メイドとしての修行目的なのよね? 一応」
俺が問うと、女の子は襟首掴まれたままできょとんとした表情を向け――にや~っと笑った。
「そうですよ。一応」
あ、やっぱ俺の監視役みたいだな。そして向こうはあんまり隠す気もなさそうだ。……まあ明言はできないけど暗黙の了解ってことでやっていけばいいんだろうな。
「ジュラルク、早く行きましょう」
「畏まりました」
それからはあっという間である。
揺れの少ない速度で馬車を走らせること一時間弱、目当ての旅行会社に到着した。
「これはお嬢様――」
なんかお偉いさんとか従業員とかがずらっと並んで迎えてくれたものの、アクロディリアはいつも通り何も言わず無視するようにして傲慢に歩き、さっさといつもの個室に入って魔法陣の上に立った。……ごめんよー。ごめんなー。面倒な客はさっさと行くからなー。
一拍遅れでお偉いさんに挨拶などを手早く済ませてきたジュラルクと、奴に追従するメイトもやってきて隣に並んだ。
「ではお願いします」
ジュラルクが出したOKサインの直後、景色が歪んだ。
――で、早々にフロントフロン領地に到着っと。
こちらでも旅行会社のお偉いさんたちに迎えられたものの、それも無視してとっとと表に出た。
「おお……」
アクロディリアの記憶にはあったが、体感すると大違いだ。
フロントフロン領地は、結構栄えている。まあ確かにさっきまでいた王都タットファウス領と比べると、やはり田舎って感じはあるが、それでもずぶずぶの田舎村と呼ぶのは相応しくないだろう。
俺は辺境と聞くと思いっきり開拓地みたいなのを想像したが、ここには普通に街があるのだ。まあフロントフロンの歴史が始まった頃は、未開の地だったのかもしれないけどな。
確か隣国との国境が近いらしいが、隣国はタットファウスと超友好国だから、国境はあってないようなもんらしい。よく向こうから商人が来るし、こっちからも行くらしいしな。
「お嬢様、馬車はあちらに」
「ええ」
さて。いよいよフロントフロン家へ突撃……いや、帰省である。
身バレ厳禁、身バレ厳禁。
――そんなことを自分の肝に銘じながら、窓から見える景色は見慣れたものに変わり。
うまく言えないが、この空気、吹き込んでくる柔からな風が、とても懐かしく感じられた。
俺にとっては、ここは初めての場所なんだけどな……
きっとこの身体が憶えていることなんだろう。
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