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99.キャッツ、現場に到着!
しおりを挟む街は静まり返っていた。
この世界には街灯がない。あるのは月の明かりや星の明かりだけで、それ以外の光はだいたいが人が扱うものになる。
昼見るのとは大違いで、細い路地なんかは真っ暗だ。これでまだ半分以上の月が煌々と照らしている状態だというから、わかる話である。
夜は、危険だ。
単純に視界が悪いってのもあるし、闇に乗じて悪い奴がなんかしてる。この暗さは確実に何かはしてるだろう。それにこの世界の驚異は人間だけじゃないからな。モンスターも普通にいる世界だからな。……さすがに街中にはいないだろうけど。
現代の日本からすれば「完全に明かりがない街」なんて存在しないと思う。あくまでも街はな。そんなところで育った俺には、やはりこの世界の夜は余計に暗く、そして恐ろしく思える。
暗躍する今は、この闇が味方でもあるはずなんだけどな。
この黒マントならステルス効果が期待できるし、これだけ暗ければ見回りの兵士などは必ず明かりを持っているだろう。周囲の注意を怠らなければ、光源で存在を確認できる。
一般人とは年季が違う夜目スキルを持つであろうダリアベリーは、闇の中でも迷いなく先頭を走る。俺は二番目を、殿をキーナが務めた。
それこそ太陽が昇っている時と変わらないスピードで、耳に痛いほどの静寂の街を走り抜けていく長女 ルイ(仮)。
それを追うのに必死で、気がつけば目標としていた病院はすぐそこにあった。
夜目か……俺も欲しいなぁ。鍛えればなんとかなるのかな?
「ではお嬢様、計画通りに」
ダリアベリーが先行して夜勤看護師を拘束、患者をなだめ落ち着かせて説得するのを看護師に任せる。説得が済んだら俺が治療する……という流れだ。
この街で一番小さい病院を選んだし、入院患者の数も確認が取れている。入院患者の面倒を見る夜勤は一人で、医者は離れたところに住んでいるので夜はいない。患者は子供が二人、大人が一人、ご老人が三人だ。
現代日本と違って、この世界には魔法がある。が、むしろ魔法があるから医療技術の遅れみたいなものがある、みたいだ。
怪我は多くの者が治せるが、病気は違う。
特に、掛かったらまずい類の病に倒れると、割とすぐに……いや、深く考えるのはよそう。俺の最優先は俺の事情だ、身を捧げるくらいの覚悟もできない奴が率先して人の命に関わるのは、ちょっと不誠実だ。
もしヤバイ病気にかかったら、魔法薬や霊薬といったマジックアイテムで回復を狙うこともできる。まあ当然のようにそこそこ高いので、基本入院が必要な連中ってのは金のない庶民になる。
一応すぐ後ろにいるキーナにも確認し、俺は「行って」と命じた。
途端、音もなく動いたダリアベリーは闇に溶け、何かしらの方法……たぶんつっかえ棒的なもので戸締りをしていた正面ドアをすぐに開けて侵入した。
「……あの人、メイドになる前は盗賊だったの?」
たぶん特殊な器具を差し込んだりして開けたのだとは思うが……いくら錠前とも言えない簡単な方法で閉めているとはいえ、あまりにも開錠が早すぎる。本当に怪盗っぽいんだけど。キャッツっぽいんだけど。
「そういう話は聞きませんね。まあベテランの冒険者なんて多かれ少なかれスネに傷がありますから」
そうか……やっぱヤクザな商売なんだな、冒険者って。
俺も色々できるようになっといた方がよさそうだわ。
「それよりお嬢様……あの……いつからそんなことに?」
かなり遠慮がちに、いよいよ聞かれれてしまった。
「前に帰郷した時と、何から何まで違うと思うんですけど……」
内容としては漠然としていて要領を得ないが、しかし、アクロディリアを知る者なら必ず伝わる言葉である。
「そう? 自分では変わったとは思わないけど」
――まあ、嘘をついて誤魔化すしかないんですけどね! 俺だって不本意だわ、こんな悪役令嬢と違うなんて当たり前だろうが! そこまで性格悪くないわ! つかこいつくらい性格悪い奴なんて早々いないっての!
そんな話をするもわずか1分ほどだろうか。
少しだけ開いたままのドアから二回弱い光が差し込む――ルイ姉からの合図だ。
「行くわよアイ」
「は……あい?」
もちろん俺がヒトミ (仮)だ! 誰にも文句は言わせねえ!
…………
……どうやら数ヶ月に及ぶ女子生活で、俺も相当疲れているようだ。
病院に侵入すると、すぐ正面には、白衣の女性を拘束する仮面の女がいた。やべえ、傍から見たら本当に恐ろしい構図でしかない。
「い、いくらなんでも、ここを襲うなんて……ここは病院ですよ。病に苦しむ人がいるだけなのに……」
ギリギリと腕を締め上げられているようで、強い敵意は感じるが声は抑え気味だ――まあ患者たちへの配慮なんだろうと思うが。
そうだよな、こういう仕事を選ぶ人だ。人の命に関わる仕事を選んだ人だ。この状況でもまだ患者を……自分の身より誰かのことを考えられる人なんだよな。
素直に尊敬する。
こんな形でしか関われない自分が恥ずかしいくらいだ。
――でもやることはやらせてもらうけどね! 来たし! せっかく!
「病気を貰いに来ました」
まず真っ先に安心させたかった。害を及ぼす気はない、と。……断られてもやるけどね。
「……っ、あなたが噂の……!?」
はい、私が噂の俺ですよ。
「患者の病気を貰います。方法はあなたに任せます。どうしますか? あなたが患者を説得し大人しく治療を受けさせるようにするか、このままここで私が戻るのを待つか。手荒になるか穏便に済ませるか。選んでください」
選べ、とは言っているが、選ぶ余地などないだろう。
こんなあやしさぶっちぎりの連中に任せることなんてできるわけがないだろ。抵抗はできないまでも、何をどうするかくらいは見届けたいはずだ。
それに、命懸けで叫んで人を呼ぶ、という最後の選択肢も彼女には残されているからな。もちろん俺たちは殺す気なんてさらさらないから、叫ばれたら速攻逃げるだけだけど。
――看護師の返答は、俺が睨んだ通りだった。
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