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126.終焉の終わり……
しおりを挟む違和感からか、よく触れてしまう。
先日、看護師のおばあさんに貰った銀の指輪は、ちょうど右の中指にぴったりのサイズだったので、そこに着けることにした。あの時本人が言っていたように、古ぼけていて価値は低いらしい。
お守りっつってたからな、この天使状態の時は着用することにした。その内魔法効果でも施そうかと思っている。
なお、彫り込まれたデザインは「竜と華」。あのおばあさんが十代くらいの頃に流行った吟遊詩人の物語が元になっているらしく、モチーフとしてはよくあるものみたいだ。まあ流行りも廃れて一周回って今では逆に新しい的なデザインだな。ファンタジー感があって気に入っている。
――患者の数が多かったおかげで、ちょっと時間が掛かってしまった。「魔力水」もかなり消費したが、無事全員の治療が終わったところである。
看護師が詰める当直室的なところで、座らせてもらった。ちなみに看護師はいない。どんな手を使ったのかはわからないが、先に侵入していたブルムが担当しているようだ。本当に何がどうなってこうなったのかさっぱりである。
「疲れたか?」
目の前に紅茶……じゃないな、なんか緑茶っぽいが緑茶じゃない香りの緑のお茶が出された。ブルムが淹れてくれたものだ。
薄目でそれを確認し、再び目を閉じて指輪をいじる。
「全然。このくらいどうってことないわ」
嘘でーす。超疲れてまーす。正直立てませーん。
これから追いかけっこをしなければいけないのに、結構ギリギリまで魔力を使ってしまった。少し休憩しないと走っている最中にすっ転びそうだ。
「飲め。薬湯だ。滋養強壮と魔力の回復に効く」
マジかよ。貰っとこう。……あちい! 口に運ぶまでもなく、カップがあちい! このコップ、持ち手がねえから持てねえよ! もう気が利くのか利かないのか……
「…………」
「…………」
回復に努める俺と、元々無口な性分らしきブルム。
メイドたちはすでに、俺の天使計画に沿って特定の位置に付いてもらっている。今頃は街のどこかで俺を待っていることだろう。
正直、こんなおっさんと一対一で差し向かい、なんて嫌なんだが……今は仕方ない。どうせなら美女か美少女がいいんだがな。こうしているとアクロママと過ごしたあの時間がどれだけ貴重で希少でかけがえのない至福の時間だったか思い知る。
「――なあ、一つ訊いていいか?」
啜れる程度には冷めてきたお茶をちびちび嘗めていると、置物のように沈黙していたブルムが声を掛けてきた。
「遠慮して。答えたくないわ」
俺は今頭を使いたくない。気も遣いたくない。回復とこれからの計画でいっぱいいっぱいだ。
「聞いていた評判と実際のおまえは、まるで違う。おまえは本当にフロントフロン辺境伯令嬢なのか?」
嫌だっつってんだろ。それにストレートに聞きすぎだろ。……まあ疑問に思うのはごもっともかもしれませんがね! アクロディリアのひどさったらねえからな!
しかも一般市民からこんな言葉が出るとなると、いよいよ巷の評判もクソ悪かったって証明されたようなもんだしな。
「遠慮しなさいよ。……詳しくはダリアに聞いたら? その方が早いでしょ」
「そのダリアに聞いた話とまるで違うって話なんだが」
うるせーな。ダリアベリーも結局最後まで俺のこと信じなかったしよ。じいさん治しただろ。……別にいいけど!
「何? わたしに興味でもあるの?」
「……ないと言えば嘘になるが、あまり踏み込み過ぎると厄介そうだな」
わかってるじゃん。だから聞くなっつーんだ。
「クリフから預かり物だ」
と、ブルムはテーブルの上に手紙を出した。
「自分がわかる限りで闇魔法を調べてみたってさ。詳しくは中に書いてある」
マジか!
「助かるわ。よろしく伝えておいて」
俺はまだ熱かったお茶を無理やり胃に流し込み、手紙を懐に入れて立ち上がった。――うん、滋養強壮と魔力の回復に効くと言うだけあって、なかなかの効果だ。これならあとひと踏ん張りはできるだろう。
「あとウェインが謝ってたよ。……おまえに二回殴られた若造だ」
ああ、あいつな。あいつも冒険者だろ? 大丈夫か? 弱すぎだろ。駆け出し?
「ジェスは直接おまえに礼が言いたかったが、意地っ張りだから結局言えなかったらしい。俺が代わりに伝えておく」
ジェスか。……振り返れば、こいつらやクリフのじいさんとの出会いと付き合いは、あいつの涙から始まったような気がする。出会い自体はアレだったが結果的にすげーサポートしてもらったし、知り合えてよかったんだろうな。
「ごちそうさま」
だがそれに関するコメントはなしだ! 気の利いたセリフを思いつかないし、それを考えるほど気を遣う余裕もないからだ!
じいさんからの手紙もすげー気になるが、今は見る余裕がない。帰ってから……いや、明日かな。天使を終わらせて、泥のように寝て、明日起きたら見てみることにしよう。
よし、休憩終わり!
ブルムに別れを告げ、俺は病院の屋上に出た。
キーナとダリアベリーも屋上から出て、建物を飛び移って移動したはずだ。表からは出られないからな。ダミー天使で騙した連中も、今はまた病院周辺に戻ってきているみたいだし。天気も悪いのに熱心なこった。
天気か。
やっぱり見晴らしの良い天気がよかったな。これからこの雨天に消える身としては、どこまでも遠くまで見えるような空が望ましいのだが。まあ天候ばかりは仕方ない。今雨が止んでるだけでも助かるしな。
「『照明』」
全身を薄ぼんやりと発光させる。あとはこのまま街を一周し、この病院に戻ってくることになる。ここが一番高い建物だからな。
出発地点とゴール地点が同じなのだ。本当に奇しくもって感じだ。
この上空で、天使は消えることになる。
できれば本降りになる前に済ませたいところだな。
……よし、行くか。
俺は一つ深呼吸し、意を決して走り出した。一階分低い隣の建物に飛び移り、それから地面に飛び降りた。
誰かが「天使だ」と叫び、ぞろぞろと通りに人が現れるのを横目に、俺は素早く駆け抜ける。
昨日に続き、今日も警鐘が鳴り響く。
人が騒ぐ。
街が起きる。
そして俺は、終わりに向かって走る。
体調が多少回復したとは言え、それでも限界に近い身だ。ほとんど周囲を見る余裕もなく、ただただ人を避けて道を行くだけである。
捕まえようとする奴も居れば、ただの野次馬根性で騒ぐだけの者もいたり、この時間まで飲んでたのか肩を組んだ野郎二人が酒瓶を振り回して奇声を上げたりしていたりするのが、視界の隅に見えた気がする。
「おい天使!」
並走して何か言ってくる奴もいた。
「おまえのおかげでまた冒険者に復帰したぜ! ありがとな!」
なんだか俺にとってはどうでもいいことみたいなので、聞き流してぶっちぎった。
「ありがとう天使さま!」
「ありがとう!」
子供の声も、若者の声も、いろんな声が飛んできたが、それら全てを置き去りにして俺は走る。ただの自分勝手でやってきたことだ、その言葉を受け取るわけにもいかない。
街を大きく一周し、出発地点にしてゴール地点へと戻ってきた。
ここからだ。
街を一周して、集められるだけ人を集めた。視線を集めた。期待を集めた。
あとは簡単だ。
街を走る段階が一番危険だったからな。
掛けていた『照明』を「変形」させ、背中に一対の翼を――さも光の翼が生えたかのように見せる。
ここで、もう一つの切り札を出す。
翼が生えた以上、翔ばなければいけないからな。
「――『光の癒し』」
あの「ドラゴンの谷」で、子供のワイバーンをあしらった時に発見した『光の癒し』の法則だ。まあ見つけたのは盾の騎士見習いだが。
「魔法を掛けている間は肉体が強化される」のだ。色々試してみて、自分で自分に掛けても効果があることは実証済みだ。そしてずっと磨いてきた。
そう、全開で『光の癒し』を掛ければ、それだけ肉体は強化される。当然筋力も上がる。
結果、翔べる。
正確には跳べるだがな。
人にあるまじき、だが翼ある者としては至極当然の理屈で二階建ての建物に乗り移り、そして隣にあるゴール地点である病院の屋上に戻ってきた。
周囲の建物は、ここより低い。誰も見ることができない場所である。
身にまとった『照明』を解除し、空に向かって最大級の『照明』を打ち上げた。
黄色い光は、尾を引いて天に昇り。
空一面を覆い尽くすような爆発を起こして一瞬だけ夜空を染め、完全に消え失せた。
――まあ花火だわな。見た目は。大きく広がる感じの。
誰もが身じろぎもせず空を見上げていた。
唖然と口を開いて。
驚きのままに。
今起こった現象を、信じられないという顔で。
そんな連中を尻目に、俺は普通に歩いて現場から離れた。
そう、花火を打ち上げたと同時に、病院から地面に降りたのだ。みんながそれに目を奪われている時にな。
――ああ、疲れた。本当に疲れた。帰って寝よっと。
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