無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す

紅月シン

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思いと答え

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 何が何だか分からない、というのが正直な感想であった。

 だが何が起こったのかは分かる。
 その証拠とばかりに、その場へと崩れ落ち、咳と共に口から血が吐き出された。

「ごほっ……っ、どう、して、ですか……?」

 さすがに事ここに至って、集中力を保ってなどいられない。
 再封印を行っていた魔力が途切れ、その代わりとばかりに目を開けば、視界に映ったのは相変わらずの笑みを浮かべたアロイスであった。

「どうして、ですか? やれやれ、こんな目に遭ってもまだそんな言葉を口にするとは……まさか、状況を理解していないのですか?」

 そう言って首を傾げる姿は、やはりいつも通りの姿に見えた。

 だがだからこそ、ユーリアの背を冷たいものが走る。
 いつも通りというのは、決していいことではない。

 それはつまり、彼は自分の意思でこんなことを――ユーリアを騙し、攻撃したということだからだ。

「ま、手間が少ないというのであれば、僕としても助かるんですがね」

 そんなことを言いつつ、アロイスは地面に倒れたままのユーリアへと手を伸ばしてくる。

 否、その手が向かう先は、ユーリアの首元だ。
 倒れた拍子に離してしまった、魔王の一部が封印されている宝玉。
 それを、掴んだ。

「っ……どうして、ですか? 封印は……それぞれの所有者である公爵家の当主しか触れないはず……」

「うん? ああ……君も知らなかったんですね。確かに、基本的に封印に触れられるのはそれぞれの持ち主である当主だけであるはずですが、再封印を行う時だけは、それ用の結界は解除されるらしいんですよ。ですから、再封印を途中で止めてしまえば、誰でも触れるようになる、と。そういうことらしいです」

 完全に初耳であったが、実際にアロイスが触れる以上は事実なのだろう。
 だから、そのことをそれ以上問い詰めることはしない。

 そんなことをしたところで意味はなく、何よりもそれ以上に気になることがあるからだ。

「……それを、どうするつもり、ですか?」

「おや、どうしてそんなことを知っているのか、とか聞いたりはしないんですね。ふふ、さすが、と言ったところでしょうか?」

 間近で目にするその姿は、やはりいつも通りに見えた。

 操られている様子もなければ、狂気があるわけでもなく、どこまでも正気にしか見えない。
 しかし。

「とはいえ、それを聞く意味もないのでは? 魔王の一部の封印を手に入れてどうするのかなど、一つしかないでしょう?」

「つまり……貴方は魔族だった、ということなのでしょうか?」

 魔族。
 それはある意味での魔獣の同種であり、魔王が放つ魔力の影響を受けてしまった人間のことである。

 世間ではただの与太話だと思われているが、実際に存在しているということをユーリアは知っていた。
 公爵家の間でだけ、かつてそういったモノが存在していたことと、今も存在していても不思議はないという話が伝えられているからだ。

 だが、どうやら彼は違うようであった。

「まさか……僕はただの人間ですよ。見ての通り、ね」

「では……普通の人が魔王の封印を解こうとしている、ということですか?」

 それこそまさかであった。
 魔王は人類の天敵だ。
 そんなことをしたところで、ただの自殺と何ら違いはない。

「まあ確かに、そんなことをしたところで普通ならば自殺と同義でしょうね」

「……貴方は違う、と言いたいのでしょうか?」

「ふふ……愚かな、とでも言いたげですね? ですが、忘れたのですか? 僕は元公爵家の人間ですよ? まあそれでもさすがに勝てるなどと自惚れはいませんけどね。それこそ一部相手にすら勝てはしないでしょう。しかし、しっかり証明することは出来ると思うんですよ。僕が、公爵家の者と何の遜色もない……いえ、一部と比べればむしろ上回っているほどの力を有している、ということをね」

「……まさか。そんなことのために魔王の封印を解こうというのですか?」

 あるいは、勝てる自信があるというのならば、まだ分からなくはない話だ。

 しかしアロイスは、勝てないということは分かっていて、その上で自分の力を示すというそれだけのことのために魔王の一部の封印を解こうというのである。
 正気の沙汰とは思えなかった。

「おや、不思議ですか? 貴女ならば僕の気持ちを分かってくれると思ったのですが」

「……何を」

「だって、そうでしょう? この世界は間違っている。貴女もまた、そう思っているはずだ」

「――」

 それは、その通りであった。

 確かにユーリアは、この世界は間違っていると思っている。
 そうでなければ、ユーリアが公爵家の当主になっているわけがないからだ。

 いや、そもそもの話、ユーリアが貴族として認められていること自体がおかしいのである。

 ユーリアは妾の娘だ。
 その事実は揺るがないし、そんな娘が貴族として認められ、ましてや当主になるなど、有り得ることではなかった。
 そのことは、貴族となったからこそ余計に、有り得ることではなかったのだということが分かる。

 確かにかつては、夢見たことがあった。
 妾の娘だからと虐げられていたことを理不尽だと思ったし、いつか貴族として認められ、見返してやろうと思っていたのも事実だ。

 そしてそれは、現実となった。
 兄であった人の人生を奪い、二度と兄と呼べなくなるという対価と引き換えに。
 あるいは、魔獣に襲われ二度と動かなくなった父の半身と引き換えに。
 その結果として、ユーリアは公爵家の当主へと至った。

 兄に関しては、兄自身の問題と言えばそうではある。
 ユーリアが何かをしたわけではなく、ユーリアが貴族になれたのはただの棚ぼただ。

 だが逆に言うのであれば、それだけでしかない。
 ユーリアが何を果たしたことで、貴族になれたわけではないのだ。

 魔獣に襲われた父もある意味では父の責任ではある。
 公爵家の当主ならば返り討ちに出来るのが当然で、不意打ちだったとかそんなのは言い訳にすらならないだろう。

 だがそれを言うならば、その場に居合わせたユーリアは父が襲われたというのに何も出来なかったのである。
 その直後に撃退はしたし、そのことが認められたことで当主なる資格があるとされたが……父を守れなかったことに違いはないのだ。

 身内を犠牲にして成り上がった娘と周囲から言われていることは知っている。
 他ならぬ自分自身がそうだと思っている。
 誰よりも自分自身が、そのことを否定したかった。

 だから、ひたすらに努力を積み重ねたのだ。
 自分が公爵家の当主になったことは間違いではなかったのだと証明するため……では、ない。
 逆だ。
 自分なんかが努力をしたところで到底通用するはずがないのだと、間違っているのは自分だと証明して欲しかったのである。

 しかしその証明が得られることはなかった。
 ならば、きっとこの世界の方こそが、間違っているのだ。

「僕達には、何の落ち度もありませんでした。僕達は公爵家らしく日々生きていたはずで……なのに、ある日唐突に伯爵家へと落とされたのです。……聖剣の乙女である彼女が優れていることは分かっています。ですが、せめて僕達に弁明の機会を与えるべきだったと思うんです。僕達が本当に公爵家に相応しくないのか、それを証明する機会を与えるべきでした」

「……ですから、その機会を自分の手で作ろう、と?」

「はい。与えられないのであれば、自分の手で作り出すしかない。この世界らしい在り方でしょう?」

 その言葉は、一理あると言えばあった。

 だが……逆に言うならば、一理しかないのだ。

「……なるほど、そういうことですか」

「はい。ということですので……どうせならば貴女にもご協力いただきたいのですが」

「……分かりました。では――これが私の答えです」

 告げた瞬間、腕を持ち上げ、突き出した。
 練りに練った魔力を込め、魔法を――

「――そうですか。それは残念です」

 直後、衝撃と共に身体が吹き飛んだ。
 浮き上がった身体が地面に叩きつけられ、先ほど以上の痛みが全身を襲う。

「っ、ごほっ……!?」

「貴女が何をしようとしているのか、分からないとでも思いましたか? 傷を癒し終わっていたというのも分かっていましたし……それにしても、僕の話を聞く前から、断るつもりでしたよね? それは何故ですか?」

「っ……そんなことは、決まっているでは、ありませんか。あなたが、本当に私に協力を、求める、つもりが、あるのなら……最初から、話をしていたはずです」

 だがやったことは、騙し打ちによる攻撃だ。
 そんな人物の話を信じ、協力するなど有り得まい。

「ああ、なるほど……少し気が急いてしまいましたかね。語った言葉は本心からのものですし、協力して欲しいというのも本音なのですがね。貴女に協力していただけるのでしたら、後のことは考えずに済みそうですし」

「残念、ですが……そのつもりは、ありません。確かに、この世界は、間違っていると、思います、が……私は、自分の責務から、逃げようと思いも、しませんから」

「……そうですか。貴女はもう少し頭の良い方だと思っていましたが……残念です。……まさか、僕に勝てるなどと思っているわけではありませんよね?」

 それこそ、まさかだ。
 彼我の実力差は理解している。
 今も簡単にやられてしまったわけだし、そもそも二割の魔力を受け取ることで、ようやく自分の総魔力量と同じなのだ。
 勝てると思う方がどうかしているだろう。

 だから、本当は協力するフリでもしておくのが賢いのかもしれない。
 このままではどうせ、結果は同じなのだ。

 しかし、それでも頷くわけにはいかなかったのである。
 世界に自分が間違っていたと証明して欲しかったけれど……そのために、間違った道を歩きたくはなかったから。

 そして間違っていると言えば、それはきっと、諦め、このまま倒れたままでいることもまた、そうだ。
 全身に鞭打ち、ゆっくりとではあるが、それでもしっかりと立ち上がった。

「っ……!」

「……へえ。その状態で立ち上がるんですか。先ほどの魔法はかなり強めに放ちましたし、身体中から痛みを感じているでしょうに。……本当に、惜しいですね」

「私は、世界が間違っていようとも、諦めません。あるいは、世界が、間違っているからこそ。……私が間違っていると、突きつけられるまでは、諦めるわけには、いかないんです」

「……残念ですよ、本当に。貴女とはいい関係が築けると思ったんですが。まあ、いいでしょう。ならば、僕が貴女に突きつけましょう。貴女は、逆らう相手を間違えたんです。――さようなら」

 言葉と同時に、巨大な火球がアロイスから放たれた。
 見た瞬間に、これは無理だと分かった。
 この身体ではかわすのは無理だし、防ぐのも不可能。
 このまま直撃し、きっと骨すら残らない。

 だけど、これが自分らしいのかもしれないと思った。
 間違っていた自分は、跡形もなく消え去る。
 そんな最後が、きっと。

 ……ああ、でも最後に一つ、心残りはあった。
 あの人が気に掛けてくれていたのは分かっていたのに、結局最後まで声をかけることどころか、目を合わせることすら――

「んー……確かに従士の役目の中には、騎士が間違った時に止めるってのもあったはずだけど。さすがにこれはやりすぎじゃないかな?」

 声が聞こえたのと、眼前にまで迫っていた火球が消し飛んだのは、同時であった。
 直後、後方に今まで存在していなかったはずの気配が生まれる。

「……あっ」

 思わず、振り向いてしまった。
 死ぬと確信していたせいで気が抜けてしまったのか、目が、合う。

「……そういえば、目を合わせるのもそうだけど、そもそも、挨拶すらしてなかったっけね。すっかり忘れてたよ。まあ、本当はこれはこれで正しくはないんだけろうけど……うん。八年ぶりだね、ユーリア」

 そして、元兄は、苦笑のようなものをその顔に浮かべると、そんな言葉を口にしたのであった。
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