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最終章:その果てに残るもの
第二百三十八話 潰える
しおりを挟む「エアモルベーゼ!」
『こっちに来ては……ダメ、あなた達も引きずり込まれる……!』
抵抗を見せるものの、絡みついた氷の鎖は解けないようで、ゆっくりと冥界の門へと近づいていく。そしてアウロラの下半身を見ると、無数の手がアウロラを引きずりこもうと絡みついていた。
『……このまま私が一緒に行けば満足するかしら……?』
『そうだな……もはやこれまで。口惜しいが、な。だが、私の半身を残して消えるのは度し難い。だから一緒に消えてもらうぞ』
「おい、エアモルベーゼ! 馬鹿なことを言うな!」
「助けないと!」
『ふん……!』
ドバァ!
「チッ!」
アウロラがエアモルベーゼを引きずりながら駆け寄ろうとした俺達に魔法を浴びせかけてくる。間一髪で避けたが、これじゃ近づけない……!
『よくぞ女神である私をここまで痛めつけてくれた、褒めてやろう』
「そんなのいいからエアモルベーゼを離しなさい!」
『≪霞の焔灰≫ ……そうはいかん。こやつはここで、消える』
『ああ……!』
ついにエアモルベーゼがアウロラに捕まり、ニィと笑みを見せる。その瞬間、カッと眩しい光が俺達に降り注いだ次の瞬間――
『元の体に戻れたか……しかし、傷をつけすぎたな……』
「な!? お、おい、エアモルベーゼ!」
パチンと指を鳴らす元の体に戻ったアウロラは、返事のないエアモルベーゼと共にずるずると消えて行く。何かできることは……俺がそう考えていると、アウロラが最後の最後でとんでもないことを言い放つ。
『私はこれで終わりだ。だが、ペンデュースも消える。ここで元の体に戻れたのは僥倖だった。この体なら破壊神の体よりも楽に壊せる……』
そして、また、パチンと指を鳴らすアウロラ。その瞬間、部屋の中がガタガタと震える
「待ちなさい! 何をしたの……!」
『クク、言っただろう? 世界を壊すと。お前達は勝者だ、褒美に世界が消えて行く様を見る権利を与えてやる』
「何だと!? どうすりゃそれを止められる!」
それだけ言うとアウロラとエアモルベーゼは完全に冥界の門へと飲み込まれてしまい、俺の問いに答える者は居なかった。
「くそ……!」
俺が悪態をつくと、隠れていたチャーさんとへっくんが少し遠くで俺達を手招きしていた。
「こっちの池に何か見えるぞ」
「~!」
俺と芙蓉が池に近づいて覗き込むと、とんでもない光景が映し出されていた――
◆ ◇ ◆
「さって、リンゴも売れたし今日は帰ろうかしらね!」
「なあ、アンリエッタ姉ちゃん、ビーンはいいのか?」
「うーん……分かってはいるんだけど、ちょっと踏ん切りがね……」
「仕方ないよーカケルお兄さんはカッコ良かったしねー……う……」
「ちょっとどうしたのスィー? ……あぐ……!? な、何……? 力が……ううん……命が吸われているような感じが……」
アンリエッタが何とか前を向こうとするも、すぐに意識が遠ざかる。
「(カケル……)」
「か、母ちゃん……オレ、気分が悪い……」
「うう……ユーキ……」
「ぬう、しっかりせい二人とも! うぐぐ……お、俺もか……、とりあえず工房へ……」
「お母さん! お母さんしっかり!」
「……だ、大丈夫よチェル……でも、急にこんなに体調が悪くなるなんて……」
「よく見たらあちこちで人が倒れている……な、何なの……?」
「無事かシエラ!」
「お父様! 使用人たちが次々と倒れたの」
「むう……この嫌な感じいったい……ぐ、わ、私も、だと……?」
「森が、木が死んでいく……!?」
「お、おねーちゃん……くるし……」
「クリム!? 動物達の気配も薄くなっていく……お父さん一体どうなっているの? 早く……帰って、き、て……」
ドサリ……
「チッ、海が濁って来たぜ。それに酷い嵐だ、停泊しててもこの揺れ……地上に行った方がいいかもしれないぜロウベ爺さん」
「錨が持っていかれるかもしれんのう……よし、乗員は町へ上陸する! ツィンケルお前も嫁を連れて来い!」
「分かってるよ! って、おい、お前等しっかりしろ!?」
「……う、うう……寒い……」
「力が……入らない……」
「……」
「くっそー、ボスが居ない時にこりゃ困るぜおい!」
ツィンケルはまだ動ける船員を先導し、動けない者から町へと運んでいく。ロウベは荒れた海をチラリと見て胸中で呟いた。
「(芙蓉、お前が関わっておるのか? 無事で戻ってくるといいが……)」
「クリーレン、まだ平気?」
「えぇ、まだまだよ。でも、この人数を運ぶのはちょっときついわねぇ。ギルドラ、何とかしなさい」
「できるかぁ! ……ごほ、し、しかし一体騎士達はどうしたのでしょう……」
「……ギルドラも限界か? 惜しいヤツを失くした……」
「まだ生きてますけどね!? う、叫んだら気が遠く……」
ギルドラが前のめりに倒れる。周りは、柱を壊して帰る途中の騎士達やジェイグで、すでに虫の息だった。
「こりゃあいつら失敗したかね?」
「……そうかもねぇ。ま、こうなったらただの人間にわたしにできることはないわぁ」
ギルドラを椅子にしてため息をつくクリーレン。彼女達も口調は普通だが、かなり顔色が悪かった。
「(世界の終り……まさか、アウロラがここまでするとはねぇ。嫉妬か、思い通りにならなかった憤りか分からないけど、愚かな女神だったわねぇ)」
「リンデ!」
「イヨルド……」
「あ、ああ……うちの子が……せっかく移住できたのに……あんまりだよ……」
「アウロラよ、最後まで私達を蔑にするのか……!!」
リンデが倒れ、村では子供からバタバタと倒れて行く。そして後を追うように大人たちも倒れていく。
「アニス!?」
「だい、丈夫……ちょっとフラッとしただけ……」
「く……うう……」
「ルルカ! リファ!」
クロウが急に倒れたアニスを抱き、ウェスティリアがルルカとリファに駆け寄る。見れば、グランツとトレーネ、エリンも苦しみだして床に倒れていた。
「しっかりしやがれ! ……どういうことだこいつぁ?」
「……カケルと芙蓉が失敗したのかもしれん……微々たるものだが、私も焦燥感がある……まるで命を吸われているような……」
「まだじゃ……まだ終わった訳ではない……カケルを信じるのじゃ……! う……」
フェルゼンがグランツを揺さぶり、バウムが目を見開いて口を開くと、メリーヌが激高する。だが、普通の人間であるメリーヌ達は意識を失い、顔色がどんどん悪くなっている。
「結界を……! ……だ、ダメですか……これは私の力ではどうにも……」
聖女たるユーティリアや勇者たちはまだ頑張れているが、時間の問題というところだろう。
――徐々に空気が淀み、草木は枯れ、海は荒れ果てていた。人間だろうが魔物だろうが小動物だろうがその命を散らす。それがアウロラの行った『世界の最期』だったのだ。
◆ ◇ ◆
「こ、こんなのどうすればいいの……!?」
「ここかじゃ手が出せない……ナルレア! なにかいい案が無いか!」
芙蓉が池を見ながら、倒れて行く人々や荒廃していく世界を見て叫び、俺もナルレアに呼びかける。こいつなら考え付きそうだと思ったからだが――
<……>
<ナルレアさん……>
なぜかナルレアはだんまりし、姉ちゃんが何故か寂しげに呟いた。こうしている間にも世界は死ぬ。俺は一か八かと、冥界の門へと走る。
「カケルさん!」
「まだ扉の向こうにいるかもしれない……アウロラとエアモルベーゼをとっ掴まえて無理やりにでも止めさせてやる」
「ダメ! あなたまで死んだら私どうすればいいの!?」
「……大丈夫だ、多分だけど、俺はこれを通ってあの世界に行ったんだ。なら、少しは耐性がありそうだろ?」
とはいえ、この先は未知数だ。アウロラとエアモルベーゼが『消える』と言ったことを考えると、もしかしたら何かしないと通れないのかもしれない……だが、萎縮していることを悟られまいと俺が踏み込もうとしたその時だった。
「で、出口か……? よ、ようやく出られたな……剣の導きってのも信じてみたくなる……」
「……そうね……あれからどれくらい経ったのかしら……」
ボロボロの鎧とローブを纏った男女が……何とアウロラとエアモルベーゼの首根っこを摑まえて冥界の門から出てきた!?
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