推しを愛でるモブに徹しようと思ったのに、M属性の推し課長が私に迫ってくるんです!

寺原しんまる

文字の大きさ
19 / 26

残業中

しおりを挟む
 午後七時、残業が始まってから、浮田課長の視線が瑠璃子に集中している気がする。瑠璃子が少し席を立とうものなら、課長もガタッと立ち上がるほどだ。



「浮田君は今日の残業何時までするの? この後に飲みに行く?」

「申し訳ありません。業務の終わる目処が立っておりませんので……」



 部長が浮田課長に声を掛けたが、課長はどうやら断っているようだ。その間も瑠璃子をジッと見つめている。



 ――こんなにあからさまに、浮田課長から見つめられたことは過去にあった? ない、全くない!



 浮田課長の瑠璃子を見る視線は熱く熱を帯びている。瑠璃子は身体が少し熱っぽく火照ってきたのを感じた。



 瑠璃子はふと、浮田課長の少し薄い唇や柔らかそうな髪を触ってみたい衝動に駆られる。いや、そんなことをしたらアノ課長のことだ、顔を真っ赤にして目に涙でも貯めて逃げてしまう。



 それに浮田課長の思い人は多分「田中君」なのだから。今日のお弁当の中身だって田中君の大好物ばかりだった。きっと好みをリサーチ済みだったに違いない。



 ――田中君が自分を探しに来ることを想定して、私を隠し蓑に使っていたのよ。浮田課長、策士ね……。恐ろしい子!



 そう、瑠璃子はモブ。女を出してしまっては、折角勝ち取ったこの美味しいポジションがチャラになってしまう。瑠璃子はグッと握りこぶしを作ってバンッと太股を叩く。「目を覚ませ、私!」と言いながら。



「西浦さん……? どうかした? ん……?」



 いつの間にか真横に立っていた浮田課長が顔を覗き込んでくる。そして「顔が赤いよ」と告げてきた。



 ――ええ、赤いですとも。貴方が珍しくジッと見てくるから! モブはそういう展開に弱いのです。



「だ、大丈夫……です。あぁぁぁ!」



 浮田課長の少しひんやりとした手が瑠璃子の額に触れる。顔は更に赤くなっていった。



「に、西浦さん! 熱があるんじゃないかな? 残業なんていいから、今日はもう帰りなさい……」

「そ、そんなに……ち、ちかく……」

「え? 家は近くないの? 分かった。俺がタクシーで送っていくから」



 ――違うのですー! 浮田課長が近すぎて、私の中の理性が吹き飛ぶ! モブなのに~!



 しかし、恥ずかしすぎて声が出せない瑠璃子は下を向くしかなかった。浮田課長はあっという間に帰り支度をして、タクシーを呼び出す。そして足元がおぼつかない瑠璃子を支えるようにして、タクシーに一緒に乗り込んできた。もう逃げ場はない。



 ――絶体絶命よ! モブなのに、モブの鉄則ルールを犯してごめんなさい!



****



 西浦さんの残業は今のところ終わりそうにないようだ。どれだけの業務を抱えているのかと浮田は心配になる。これは少し仕事の割り振りを考えないといけない。



 ――もしもう少ししても終わりそうにないなら、俺が全てやるからと帰宅させよう。本当は何処かへ食事に誘いたかったが……。



「浮田君は今日の残業何時までするの? この後に飲みに行く?」

「申し訳ありません。業務の終わる目処が立っておりませんので……」



 ――部長、悪いけれど邪魔です。貴方が目の前に立つと、その大きなお腹で隠れて西浦さんが見えなくなるのです。もしも、今、この瞬間に帰宅していたら怒りますよ。どうぞ早急にお帰りください。



 浮田は焦る気持ちを隠すことができなく、何度も確認するように西浦さんを見つめる。どうやらまだパソコンを弄っているようだった。



 ようやく部長は諦めて帰っていく。彼はしつこいと評判だったので浮田はホッと胸を撫で下ろす。しかしどうやら西浦さんの様子が変だ。明らかに様子がおかしい。



「西浦さん……? どうかした? ん……?」



 浮田は西浦さん思わず近づいていって真横に立つ。必死に隠そうとしている顔を覗き込むとかなり赤い。



「西浦さん顔が赤いよ……」

「だ、大丈夫……です。あぁぁぁ!」



 心配でしょうがない浮田は思わず彼女の熱を手で測る。どうやら熱がありそうだ。じんわりと手に彼女の熱が伝わってくる。



「に、西浦さん! 熱があるんじゃないかな? 残業なんていいから、今日は帰りなさい……」

「そ、そんなに……ち、ちかく……」

「え? 家は近くないの? 分かった。俺がタクシーで送っていくから」



 何てことだろう。彼女は体調不良だったようだ。それに気が付かないで、こんなに残業させていたなんて上司失格だと自分を諫める浮田は、彼女を家まで送り届けてあげなくてはと急いでスマートフォンを手に取った。



「すみません。配車を一台お願いします――」



 浮田は直ぐさま帰り支度をし、タクシーを呼んで彼女を家まで送り届けることにしたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

腹黒外科医に唆された件~恋人(仮)のはずが迫られています~

有木珠乃
恋愛
両親を亡くし、二人だけの姉妹になった一ノ瀬栞と琴美。 ある日、栞は轢き逃げ事故に遭い、姉の琴美が務める病院に入院することになる。 そこで初めて知る、琴美の婚約者の存在。 彼らの逢引きを確保するために利用される栞と外科医の岡。 「二人で自由にならないか?」を囁かれて……。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

隣人の幼馴染にご飯を作るのは今日で終わり

鳥花風星
恋愛
高校二年生のひよりは、隣の家に住む幼馴染の高校三年生の蒼に片思いをしていた。蒼の両親が海外出張でいないため、ひよりは蒼のために毎日ご飯を作りに来ている。 でも、蒼とひよりにはもう一人、みさ姉という大学生の幼馴染がいた。蒼が好きなのはみさ姉だと思い、身を引くためにひよりはもうご飯を作りにこないと伝えるが……。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

処理中です...