私がガチなのは内緒である

ありきた

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4章 高校最初の夏休み

16話 虫は私に任せて

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 今日も朝からいい天気で、洗濯物がしっかりと乾いてくれている。
 ベランダから屋内に戻り、洗濯かごを床に置く。

「きゃあああああああああああああああっっっ!」

 鼓膜を突き破るような絶叫。
 私は反射的に身をひるがえし、声の主である萌恵ちゃんの元へと駆け寄った。

「どうしたの!?」

 萌恵ちゃんはキッチンの手前で床に尻餅をつき、目に大粒の涙を浮かべている。
 私は片膝をついて萌恵ちゃんと目線を合わせ、外傷がないことを確認しつつ返答を待つ。

「ま、まなぁ」

 いまにも泣き出しそうな声で私の名を呼びながら、すがるようにギュッと抱き着いてきた。
 嬉しいけど、突然の抱擁に喜んでいる場合ではない。
 安心してもらうために萌恵ちゃんを優しく抱きしめ、「ゆっくりでいいから、なにがあったか教えて」と耳元で囁く。

「ば、ば、バッタが、は、入って、きたの」

 なるほど、ベランダを行き来する隙に侵入を許してしまったらしい。
 萌恵ちゃんを抱きしめたまま首を動かし、部屋の中を見回す。
 すると、部屋の中央にある折り畳みテーブルに堂々と居座るバッタを視界に捉えた。
 雷と同じく、萌恵ちゃんが心から恐怖を抱く対象だ。

「萌恵ちゃん、私に任せて」

 私は萌恵ちゃんの頭を撫でつつ、ゆっくりと立ち上がる。
 抱擁を堪能したい気持ちもあるけど、萌恵ちゃんを怯えさせる存在を放置しておくわけにはいかない。

「で、でも、ま、真菜も、むむ、虫は苦手……」

「苦手だけど、平気だよ」

 矛盾しているような発言だけど、紛れもない事実だ。
 過去に起きたとある出来事を機に、家から出す程度なら可能になった。
 覚悟を決め、うちわを手にテーブルへ近付く。
 指で誘導してバッタをうちわに乗せ、窓を開けてベランダの外に逃がす。

「ふぅ」

 家の中に戻ると、安堵の溜息が漏れた。

「真菜~っ、ほんとにありがとう! すごく頼もしかった!」

 キッチンの方から、萌恵ちゃんが駆け寄ってくる。
 私は両手を広げて萌恵ちゃんを迎え、再び抱擁を交わす。

「えへへ、すごいでしょ」

「うんっ、すごい! あたしなんて震えることしかできなかったのに……役に立てなくてごめんね」

「そんなことないよ」

 役に立たないなんて、そんなことは断じてない。
 むしろ、萌恵ちゃんがいなかったら私も腰を抜かしていた。
 数年前に萌恵ちゃんの家で遊んでいる最中、部屋の中にカナブンが入ってきたときのこと。二人して大慌てだったけど、私は萌恵ちゃんを守りたい一心でカナブンに立ち向かい、今回と同じく思いっきり抱きしめてもらえた。
 それ以降、好きな人を守りたいという純粋な思いと、好きな人に抱き着かれたいという下心から、萌恵ちゃんと一緒のときに限り、虫の対処が可能となった。
 完全に克服できたわけじゃないけど、ほんの少しでも強くなれたのは、間違いなく萌恵ちゃんのおかげだ。

「あ、そうだ。ご褒美のキス、してほしいな」

「うんっ!」

 平和を取り戻した部屋の中で、私たちは心置きなくキスを堪能した。
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