ガラスの靴を作ったのは俺ですが、執着されるなんて聞いてません!

或波夏

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第2章 ここはシンデレラの世界らしい

35話 ☆ガラスの靴を作ったのは俺です!(R15描写あり)

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扉に阻まれていて、下にいるエラの状況は分からない。

何も出来ない俺は、その扉にベッタリと耳を貼りつけて会話を聞くことしか出来ない。

木の板から漏れ出る声を聞く限り、エラを取り巻く状況は良いとは思えなかった。

「この靴を作った者は?どこへ隠した?」

全身を震わせるような低い声が、木の壁を伝って俺にまで響いてくる。物を隔てているから、実際の声音とは少し違うだろうが、それでもとんでもない威圧感を感じる声だ。何故か少しの聞き覚えのある感覚もするが、それは恐怖をどうにかして鎮めようとする俺の防御反応だろう。

エラは決してその強い圧にも屈していなかった。
鈴が転がるような高い音、真っ直ぐ貫くような強い芯のあるトーンで抵抗した。

「私はみすぼらしい灰被りです。どうしても舞踏会のために靴が欲しかった。そんな時に落ちていた靴を拾いました。だから、作った者なんて知りません」

「まだ嘘をつける度胸だけは認めてやる。ただ」

王子の言葉に続くように、下階に凄まじい轟音が鳴り渡り、眩い光が扉の隙間から差し込んでくる。

そして後から聞こえてくるのはエラの痛々しい声が耳を劈いた。

光と音が止むと王子は待つことなくエラを追い詰めていく。

「お前の所業を公にして……極刑にすることもできるんだぞ?」
「……っ!」

極刑?!
エラが、この物語の主人公が殺される?!

「正直に言えば命だけは救ってやる。早く言え」
「知らないって言ってるでしょ……」

エラが言葉を紡ぎ終わる前に、またけたたましい音が轟き、目を焼くような光が漏れてくる。

「次は確実に殺す、言え」

ダメだ。それだけは。
俺を守るために、物語の主人公が死ぬなんて、絶対、あってはいけないことだ。
主人公が殺されれば、物語はハッピーエンドなんて到底迎えられない。そうなれば、この世界は終わる。

俺が行けば、エラの命を助けられるのだろうか。
でも、捻れたこのシンデレラの世界で、ここからハッピーエンドに導けるのか?

ショウ、助けてよ。
見習いだけれど、この世界の神様なんだろ?

早く来ないと、キミの夢が……キミの創る世界が無くなってしまう。

俺の心の叫びは虚空に響くだけ。
あの無邪気な声は俺を包み込んではくれない。

他人に任せて、頼って期待して、勝手に落胆して。
そんな自分が顕著に露見して腹が立つ。
かといって何も出来ない無力感に苛まれ、扉にもたれかかった。

ああ、でも。
……世界が終われば、ガラス細工も作れなくなる……のか。

やっぱり、そんなの、絶対にダメだ!

俺は心の中で決心するとドアノブに手をかけようとした。
けれど、殺されるかもしれない、死という恐怖が俺の身体をどうしても掴まれる。

その時、俺の耳は王子と思わしき消え入りそうな声を拾った。

「こんな……靴を作った者の顔を見てみたい」

こんな、靴?
顔を見てみたい?
王子様のために作ったガラスの靴への想いが全然届いてない。
俺の靴じゃ王子様の心は変えられなかった?
どこがダメだった?
どうすれば良かった?
あと何をすれば彼の心を震わせられる?

ああ、俺は取り憑かれるほどのガラス狂らしい。
俺を最後の1歩の理由が、エラの献身とか世界の命運とかからじゃなくて、ガラス制作への好奇心なんだから。

俺はマントを被ると勢いよく扉を開け、階段を駆け下りる。

「待ってください」

俺の声で、空間が静まりかえる。

「……!ダメ、来ちゃ!」

エラの絶叫が俺の心臓を掴んで、俺の愚行とも思える行為を止めようとする。

しかし、俺は彼の言葉を振り払った。

「ガラスの靴を作ったのは、俺です!」
「なんで、言って……」
「大丈夫だよ、エラ」

エラを励ます言葉をかけた俺の全身は震えていた。
多分頭では笑顔を作っているつもりだろうけど、きっととてもぎこちないものだろう。

やばい。前が見えない。
咄嗟に出てきたものの、いざ、この殺伐とした空気に割り込むと、やっぱり死への恐怖が拭えない。

辛うじて、床に押し付けられているエラだけは顔を合わせることが出来たけれど、目の前の王子を直視することが出来ない。

「お前が、これを、作ったんだな?」

どこかで聞いたことあるような声……。
エラから視線を外し、目の前にいる男の方に首を向ける。顔はまだ見上げることは出来ず、王冠の胸章を見るまで首を上げるのが精一杯だった。

そんな限られた視界の中で、男の細く骨ばった手が太陽の花が咲いたガラスの靴を胸章の前で持っていたのが見えた。

「はい。俺が作って、彼……彼女がこれを履くように仕向けました。」
「……ほう?仕向ける、か。どうやって?」

その低い声は俺を訝しんでいた。
何か、俺がつけそうな言い訳は……。
さらに俯いたところで視界に過ぎったのは自身の黒髪だった。
その時、俺はかつての彼の言葉を思い出した。

『魔女は絹のような黒髪に、1枚の布を巻き付けたような見慣れない衣を纏っていたと語られている』
『呪いや洗脳術、死体操術、法律で禁止されている強大な魔法を操り、人を害し、残虐非道の限りを尽くす魔法使いの総称だ』

「せ、洗脳術で、彼女を操ったんです。この黒髪なら納得でしょ……」

頭にかけたマントの剥ぎ取って、視線を彼の額に向けた瞬間。

俺は目の前の青い宝石眼に捕らわれた。
気づいた時には既に彼の腕の中にいて……唇が塞がれていた。

「……っ?!んっ!…………んんっ!」

必死に抵抗しようにも、抱き締める力があまりにも強くて俺はされるがまま。
固く閉じていたはずの唇が、舌の熱でこじ開けられて、口内をまさぐられる。
呼吸の主導権さえ、目の前の男に握られてしまう。

絡まって、吸われて、歯列をなぞり、奥まで貪られる。そんな舌使いに絆されて、腰が砕けると、それを支えるようにもっと強く抱き締められる。

「……っん!……はぁ、っ」

口が離れた瞬間、細い銀の糸が引かれ、ちぎれて垂れたそれは口の端にひんやりとした感覚を与えてくる。

それとは逆に俺の身体は火をつけたように熱かった。
強い何かがなだれ込んでくるような、そんな濃厚で味わったことのない甘い味。

「……は?」
遠くでエラの聞いたこともないような低い声が聞こえる。

でも今の俺には、エラを心配できる余裕などなかった。
とんでもない行為をしてきた彼は、熱を帯びた声で囁いた。

「お前の名前は?」

そう問う彼は。
星のように輝く柔らかな金髪と。
青空を閉じ込めたような澄んだ瞳。
高い背が引き立たせる豪華な装い。
絵画のような美貌。

「………………アンタ!」

俺に強引にキスをした、ガラス嫌いとされている王子様は。
世界で初めて俺の技術と作品を認めてくれた人で。
俺が本当の意味でガラス職人になるきっかけを与えてくれて、ガラスの靴を作るのに欠かせなかった恩人だった。

「……アンタえ、なんで、」
「質問が聞こえなかったか?」

気が動転している俺を、冷静な声で制した。

「……リヨ、です」
「そうか、リヨ、か。良い名だ」

再会した金髪の彼は、目を細めて微笑んだ。

「……え、アンタが王子、様」
「いかにも。俺がサン・ルフレ・プリズメル。この国の第一王子だ」
「アンタは俺のガラスを美しいと言ってくれ人で……え、ガラスを、禁忌にした……人……?」

そんな俺の零した言葉に、彼は少し困ったように眉を凹ませながらも、優しい笑みで返事をした。

「王宮に行こうか、リヨ」
「……え」

それはあまりにも甘い声で俺は理解できずに一歩下がる。しかし、彼にしっかりと腰を掴まれ、逃げ場を失ってしまっていた。

「リヨ!」

泣き叫ぶようなエラの声が聞こえると、王子は鋭い視線を彼に向けてから、俺の方をじっと見つめて唇を尖らせる。

「チッ。煩いな。お前はいつ、こんな者と親しく……」

俺によく分からない小言を言っては、エラを捕えていた濃緑の髪を持つ屈強そうな騎士に命令する。

「サーブ」
「はっ」
「面倒だから早くソイツを処刑し……」

まるでそれが当然ともいうような、近付いた蝿を振り払うくらいのトーンで告げるものだから、尽かさず横槍を入れる。

「は、話が違います!ガラスの靴を作った俺が出てきました。なんの罪もないエラは離してください!」
「……リヨっ!やめ」

懇願するように声を絞り出すエラの声が聞こえる。

「アイツを殺すのは……捕らえるのは……嫌か?」

嫌ってなんだ?仮にも俺は罪人……だろ。
なんで、俺に嫌なんて問うんだ?

いやでも、ここはエラを守るために縋れるものには縋っておかないと。

「……嫌、です」
「そうか」

王子の低い声が遠くに聞こえる。
なんか、急に眠たくなって……。
俺の意識は朦朧として、俺は不可抗力で王子の胸に頭を寄せた。
そして、俺の意識は真っ暗な闇の中へ誘われた。
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