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第2章 ここはシンデレラの世界らしい
36話 物語の転換点(三人称視点)
サンは太陽の花を模したガラスの靴を左手に大切に握りしめ、右腕で意識を失ったリヨを抱きとめる。
「今度はどちらも失わない」
サンは独り、かつての後悔を思い出していた。
それはリヨと出会って、彼の技術と作品に出会って、サンの全てがひっくり返された日。
黒い魔法に攻撃され、リヨから手を離してしまったこと。
そして、彼からの贈り物を壊してしまったこと。
そのサンの心に渦巻く後悔が、今、リヨを抱き締める右腕に、リヨの作品に触れる左手に強い力として伝わる。
サンは控えていた騎士を視線で呼びつけると、騎士は肩をビクつかせ慌てて頑丈な箱を差し出す。
開かれた箱には、柔らかな綿の上に輝く紺色の絹が敷かれていた。
彼は産まれたばかりの赤子を寝かしつけるように、ゆっくりと丁寧に、透き通ったガラスの靴を置く。
箱の蓋を閉めて、騎士からそれを受け取り左手にのせる。
「レイモンド!」
「はっ!」
サンが大きな声で側近の名を呼ぶと、黒い執事服を身にまとった初老の男が息を乱しながら伯爵邸に入り、彼に跪く。
「これを馬車まで運べ。丁重に、な」
「かしこまりました。しかし、この中の物は……ガラス、なのでは?」
「今はそんなことはどうでもいい。運べ」
レイモンドは箱の中身がこの国の禁忌であることに疑念を浮かべるが、サンに向ける彼の信頼は厚かった。
サンに命令されたからには、レイモンドはそれを遂行するのみ。
レイモンドは大切にその箱を受け取ると、ゆっくりと馬車にそれを運んでいく。
左手が自由になったサンは、軽々とリヨを横抱きする。
寝息を立てるリヨに視線を下ろして、キスの後味を堪能するように自身の唇を艶めかしく舐めると、愉悦に浸った表情を浮かべる。
しかし、彼はすぐに綻んだ口元を引き締め、緩やかに垂れていた目尻を釣り上げた。
「用は済んだ。城に戻る」
そう言い捨てて、セレス伯爵家に背を向けようとした時。
「殿下、この者はどうしましょう?」
騎士団長のサーブがエラの処遇について尋ねると、サンは氷のような冷たい目で床に倒れ込む彼を見た。
「適当に放しておけ。此奴を殺すとリヨが"嫌"になるらしいのでな」
サンは抱き上げたリヨの額にキスを落としてニヤリと笑う。
「……は、はっ!」
サンの行動に少し動揺しながらも、サーブがエラから手を離し解放する。
エラは今にも飛び出しそうなほど憎悪にまみれた歪んだ顔をしていたが、ずっと床に押し付けられ、サンの攻撃魔法を受けていたことで身体は思うように動かなかった。
エラから離れて、サンの隣に従うサーブに、彼は小さな声で囁いた。
「サーブ、お前に一つ命令がある」
「なんなりと」
騎士団長のサーブにとある伝言を言い渡した後、サンは振り向くことはなく伯爵邸を後にした。
エラは荒い息を吐きながら、嗚咽が混じった声でその背中を捕まえようとする。
「……っ!お前待て!リヨを返せ…………!」
腹這いになりながら腕の力だけで身体を進ませて、遠くなる忌まわしい後ろ姿に手を伸ばす。
エラの感情の昂りか時間制限が来たのか。
急拵えの魔法が解け、クリスとタルタルが人の姿に戻ると、彼らは目を合わせて無謀な前進をするエラを力ずくで抑え込む。
普段は明るく、朗らかなムードメーカーのクリスが、声を荒らげる。
「何やってんだバカ!死ぬ気かっ!」
「離せっ!リヨ、リヨがっ!」
理性を失って絶叫し暴れ出すエラを見たタルタルも、普段のクールな印象とは程遠く感情的に諌めた。
「リヨさんの命懸けの助けを無駄にする気ですか?!」
「っ!」
リヨの名前を聞いた瞬間、エラの暴走は止まり、彼の目からは大量の涙が溢れ出る。
そんなエラに、2人の騎士は子を諭すように優しい声と眼差しを向ける。
「俺らにとっちゃ、エラさま。アンタに無事でいてもらわないと困るんすよ」
「王子のあの反応、リヨさんに対する執着を見る限り、奴はすぐに彼を処刑することはないでしょう。リヨさんを助ける方法は必ず探しますから」
エラの気持ちを最大限に汲み取った言葉に、彼はしゃくりあげながら、とめどなく溢れる涙を拭う。
「……僕のせいだ。僕が2人の……助言も聞かずに、一人で……突っ走ったから……」
そんな主の自責に対して、2人は何も言わずに彼の背中を摩るだけだった。
「壊す」
「はい?」
「えぇ……」
ふと、エラの低い声が轟き、騎士たちは耳を疑った。
「あの王子も、この国も壊してやる」
この破壊衝動はなかなか治らないのだと、どうしたものかと2人が顔を見合わせていると。
「そのために、クリス、タルタル」
エラがふらついた足でなんとか立ち上がって、深く深く彼らに頭を下げた。
「どうか、この向う見ずな主を許して。僕にもう一度力を貸してください」
エラの想定外の行動に、騎士たちは暫く何も言えなかった。
「僕は……キミたちが誇れるような君主になる。ルヴェールを再興してこの国を壊して。そして……リヨを必ず連れ戻す」
決意を固めた淡紫の瞳は、2人の騎士の心を貫いた。
***
その頃。
魔法陣のような暗闇から出でた黒髪の少年は、それに振り落とされて、尻もちをつく。
「お師匠様も、ちょっと強い魔法をかけて、世界に手を出したくらいであんなに怒らなくてもいいじゃないか。
そのせいで使える魔法も制限されちゃったし。力貯めるために、ま~た猫になんなきゃいけないしゃないか!
……鬼!お師匠様の鬼!」
そんな独り言を零しながら、頬を膨らませる。
しかし、数秒後にはコロリと表情を変わっていた。
「……でももう物語の終盤だし、まあいっか!」
彼はスキップで、舞踏会の後の《シンデレラ》の次の舞台に足を運ぶ。
少年がその邸宅の門前に着いた頃には、王族専用の豪奢な馬車も、夥しい数の騎士団も引き払っており、遠くの方に薄らと後ろ姿が見えるだけだった。
「あ~もう見られなかったじゃないか!璃世の靴を手がかりに、王子様がシンデレラを見つけ出して、永遠の愛を誓うところ!超良いところだったの……に……?」
最大の名場面を見逃した神様見習いは、肩を落とし、ひっそりと伯爵邸の中を覗く。
空きっぱなしの玄関扉。
そこから見えるのは……。
「え、なんでエラがこの家に残ってるの?結ばれて王宮に向かう流れなんじゃないの……?」
立ち上がった銀髪の少女と、彼女に膝をついた2人の騎士の姿だった。
それは傍から見れば、決起の瞬間だったのかもしれない。
革命の始まりを告げる希望なのかもしれない。
でも、この世界の神にとっては、思ってもいない展開であり、
「……も、物語が……変わってる?」
絶望だった。
「今度はどちらも失わない」
サンは独り、かつての後悔を思い出していた。
それはリヨと出会って、彼の技術と作品に出会って、サンの全てがひっくり返された日。
黒い魔法に攻撃され、リヨから手を離してしまったこと。
そして、彼からの贈り物を壊してしまったこと。
そのサンの心に渦巻く後悔が、今、リヨを抱き締める右腕に、リヨの作品に触れる左手に強い力として伝わる。
サンは控えていた騎士を視線で呼びつけると、騎士は肩をビクつかせ慌てて頑丈な箱を差し出す。
開かれた箱には、柔らかな綿の上に輝く紺色の絹が敷かれていた。
彼は産まれたばかりの赤子を寝かしつけるように、ゆっくりと丁寧に、透き通ったガラスの靴を置く。
箱の蓋を閉めて、騎士からそれを受け取り左手にのせる。
「レイモンド!」
「はっ!」
サンが大きな声で側近の名を呼ぶと、黒い執事服を身にまとった初老の男が息を乱しながら伯爵邸に入り、彼に跪く。
「これを馬車まで運べ。丁重に、な」
「かしこまりました。しかし、この中の物は……ガラス、なのでは?」
「今はそんなことはどうでもいい。運べ」
レイモンドは箱の中身がこの国の禁忌であることに疑念を浮かべるが、サンに向ける彼の信頼は厚かった。
サンに命令されたからには、レイモンドはそれを遂行するのみ。
レイモンドは大切にその箱を受け取ると、ゆっくりと馬車にそれを運んでいく。
左手が自由になったサンは、軽々とリヨを横抱きする。
寝息を立てるリヨに視線を下ろして、キスの後味を堪能するように自身の唇を艶めかしく舐めると、愉悦に浸った表情を浮かべる。
しかし、彼はすぐに綻んだ口元を引き締め、緩やかに垂れていた目尻を釣り上げた。
「用は済んだ。城に戻る」
そう言い捨てて、セレス伯爵家に背を向けようとした時。
「殿下、この者はどうしましょう?」
騎士団長のサーブがエラの処遇について尋ねると、サンは氷のような冷たい目で床に倒れ込む彼を見た。
「適当に放しておけ。此奴を殺すとリヨが"嫌"になるらしいのでな」
サンは抱き上げたリヨの額にキスを落としてニヤリと笑う。
「……は、はっ!」
サンの行動に少し動揺しながらも、サーブがエラから手を離し解放する。
エラは今にも飛び出しそうなほど憎悪にまみれた歪んだ顔をしていたが、ずっと床に押し付けられ、サンの攻撃魔法を受けていたことで身体は思うように動かなかった。
エラから離れて、サンの隣に従うサーブに、彼は小さな声で囁いた。
「サーブ、お前に一つ命令がある」
「なんなりと」
騎士団長のサーブにとある伝言を言い渡した後、サンは振り向くことはなく伯爵邸を後にした。
エラは荒い息を吐きながら、嗚咽が混じった声でその背中を捕まえようとする。
「……っ!お前待て!リヨを返せ…………!」
腹這いになりながら腕の力だけで身体を進ませて、遠くなる忌まわしい後ろ姿に手を伸ばす。
エラの感情の昂りか時間制限が来たのか。
急拵えの魔法が解け、クリスとタルタルが人の姿に戻ると、彼らは目を合わせて無謀な前進をするエラを力ずくで抑え込む。
普段は明るく、朗らかなムードメーカーのクリスが、声を荒らげる。
「何やってんだバカ!死ぬ気かっ!」
「離せっ!リヨ、リヨがっ!」
理性を失って絶叫し暴れ出すエラを見たタルタルも、普段のクールな印象とは程遠く感情的に諌めた。
「リヨさんの命懸けの助けを無駄にする気ですか?!」
「っ!」
リヨの名前を聞いた瞬間、エラの暴走は止まり、彼の目からは大量の涙が溢れ出る。
そんなエラに、2人の騎士は子を諭すように優しい声と眼差しを向ける。
「俺らにとっちゃ、エラさま。アンタに無事でいてもらわないと困るんすよ」
「王子のあの反応、リヨさんに対する執着を見る限り、奴はすぐに彼を処刑することはないでしょう。リヨさんを助ける方法は必ず探しますから」
エラの気持ちを最大限に汲み取った言葉に、彼はしゃくりあげながら、とめどなく溢れる涙を拭う。
「……僕のせいだ。僕が2人の……助言も聞かずに、一人で……突っ走ったから……」
そんな主の自責に対して、2人は何も言わずに彼の背中を摩るだけだった。
「壊す」
「はい?」
「えぇ……」
ふと、エラの低い声が轟き、騎士たちは耳を疑った。
「あの王子も、この国も壊してやる」
この破壊衝動はなかなか治らないのだと、どうしたものかと2人が顔を見合わせていると。
「そのために、クリス、タルタル」
エラがふらついた足でなんとか立ち上がって、深く深く彼らに頭を下げた。
「どうか、この向う見ずな主を許して。僕にもう一度力を貸してください」
エラの想定外の行動に、騎士たちは暫く何も言えなかった。
「僕は……キミたちが誇れるような君主になる。ルヴェールを再興してこの国を壊して。そして……リヨを必ず連れ戻す」
決意を固めた淡紫の瞳は、2人の騎士の心を貫いた。
***
その頃。
魔法陣のような暗闇から出でた黒髪の少年は、それに振り落とされて、尻もちをつく。
「お師匠様も、ちょっと強い魔法をかけて、世界に手を出したくらいであんなに怒らなくてもいいじゃないか。
そのせいで使える魔法も制限されちゃったし。力貯めるために、ま~た猫になんなきゃいけないしゃないか!
……鬼!お師匠様の鬼!」
そんな独り言を零しながら、頬を膨らませる。
しかし、数秒後にはコロリと表情を変わっていた。
「……でももう物語の終盤だし、まあいっか!」
彼はスキップで、舞踏会の後の《シンデレラ》の次の舞台に足を運ぶ。
少年がその邸宅の門前に着いた頃には、王族専用の豪奢な馬車も、夥しい数の騎士団も引き払っており、遠くの方に薄らと後ろ姿が見えるだけだった。
「あ~もう見られなかったじゃないか!璃世の靴を手がかりに、王子様がシンデレラを見つけ出して、永遠の愛を誓うところ!超良いところだったの……に……?」
最大の名場面を見逃した神様見習いは、肩を落とし、ひっそりと伯爵邸の中を覗く。
空きっぱなしの玄関扉。
そこから見えるのは……。
「え、なんでエラがこの家に残ってるの?結ばれて王宮に向かう流れなんじゃないの……?」
立ち上がった銀髪の少女と、彼女に膝をついた2人の騎士の姿だった。
それは傍から見れば、決起の瞬間だったのかもしれない。
革命の始まりを告げる希望なのかもしれない。
でも、この世界の神にとっては、思ってもいない展開であり、
「……も、物語が……変わってる?」
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