4 / 79
一章 押しかけ弟子は金髪キラキラ英国青年
今日だけのことなら
しおりを挟む
「俺以外の塗師に頼めるだろ、お前なら」
「でも、わざわざ克己を指名してくれたんだし、物は試し。な?」
「駄目だ。なぜそんなに粘る?」
「いやあ……その、なあ……」
途端に歯切れを悪くさせる辻口に代わり、ライナスが教えてくれる。背中のリュック――体が大きすぎて分からなかった――を下ろし、中から細長い箱を取り出す。
「オミヤゲです。カツミさん、どうぞ」
「いらん。持って帰ってく――あっ」
包装紙でもしてあれば、俺は迷わず拒めていた。だが銘柄が書かれた箱が剥き出しで、開けずともそれが何かを分かってしまい、俺の言葉は止まってしまった。
年代物のアイラウイスキー。
土産の正体に俺が気づいたことを察した辻口が、ぼそりと呟く。
「めっちゃ美味かったぞ」
「お、お前……っ、酒で買収されたのか!」
「買収だなんて、そんな……頼まれる前に、先、飲んじゃった。てへ」
「てへ、じゃない! まったく、お前というヤツは!」
一方的な俺と辻口の口論にそわそわしながらも、ライナスは俺に酒を差し出した。
「あの、コレ、ただのオミヤゲ。お願い、違う」
「……もらっても教えんぞ、俺は」
「カツミさん、喜んでくれたら、ウレしい。それだけ」
はにかみながらライナスが俺に微笑む。なんで人相も人当たりも悪い俺に、こんな好意的な笑みを向けられるか理解できん。
俺が宇宙人を見る目を向けていると、ライナスは玄関の土間の上に土下座を始めた。
「昨日、キンチョーして、話せなかった。怖がらせて、ゴメンナサイ。カツミさん、シッキのこと、教えてくだサイ」
慣れない日本語で必死に伝えようとするライナスに、俺も少しは心が揺らぐ。
ここまでするほど俺に価値があるとは思えないが……。
戸惑いながら息をつくしかなかった。
「頭を上げてくれ。そんなに知りたいなら見せてやる」
「ホントですか! ウレシーです!」
「……もし何が起きても後悔するなよ?」
「……? ナニがあるんですか?」
きょとんとなるライナスをよそに、辻口が「あー……」と理解して苦笑する。
「それは運だからなあ」
「人によっては、ここの玄関に入っただけでもアレになるんだぞ? それを知らずに連れて来たとは言わせんぞ、辻口」
「分かってるが、日頃から漆器を愛用してるみたいだし、極端なことはないと思う」
「商品と製作中の現場を一緒にするな」
軽く言い合う俺たちを見交わしながら、ライナスが尋ねる。
「もしかして、ウルシかぶれの心配?」
「おっ、よく知ってるな。漆は肌につくとかぶれる。そして触らなくても、こういう塗師の家に出入りするだけでかぶれる奴もいるんだ」
日頃から漆を扱う者や塗師の家に住む家族以外は、部屋に揮発した成分でかぶれる時がある。
俺の亡き母が他県の出身で、こっちに嫁いできて家に入ったら、顔が腫れあがって大変だったと聞いている。この色男が同じことになったら、騒ぎ出して恨みを買いそうな気がしてならない。しかし、
「分かりました。カクゴします」
ライナスは顔を力ませ、真っ直ぐに俺を見据えてきた。
どうやら本気で見学したいらしい。まったく怯まないライナスに、俺は短く頷いた。
「じゃあ上がって見ていけ。道具や製作中の物には触らないでくれ」
「は、はい!」
了承を得た途端にライナスは表情を輝かせる。昨日俺を見ていた時のように。
今日だけのこと。良い旅の思い出になればいい。
心の中で割り切りながら背を向けると、ライナスと辻口が中へ上がってくる音がする。
そして――ゴンッ。作業部屋に入ろうとした直後、やっぱりライナスは頭をぶつけていた。
彼にはさぞ低くて過ごしにくい家だろう。流石に同情しながら、俺は中の案内と漆器の話をしてやった。
「でも、わざわざ克己を指名してくれたんだし、物は試し。な?」
「駄目だ。なぜそんなに粘る?」
「いやあ……その、なあ……」
途端に歯切れを悪くさせる辻口に代わり、ライナスが教えてくれる。背中のリュック――体が大きすぎて分からなかった――を下ろし、中から細長い箱を取り出す。
「オミヤゲです。カツミさん、どうぞ」
「いらん。持って帰ってく――あっ」
包装紙でもしてあれば、俺は迷わず拒めていた。だが銘柄が書かれた箱が剥き出しで、開けずともそれが何かを分かってしまい、俺の言葉は止まってしまった。
年代物のアイラウイスキー。
土産の正体に俺が気づいたことを察した辻口が、ぼそりと呟く。
「めっちゃ美味かったぞ」
「お、お前……っ、酒で買収されたのか!」
「買収だなんて、そんな……頼まれる前に、先、飲んじゃった。てへ」
「てへ、じゃない! まったく、お前というヤツは!」
一方的な俺と辻口の口論にそわそわしながらも、ライナスは俺に酒を差し出した。
「あの、コレ、ただのオミヤゲ。お願い、違う」
「……もらっても教えんぞ、俺は」
「カツミさん、喜んでくれたら、ウレしい。それだけ」
はにかみながらライナスが俺に微笑む。なんで人相も人当たりも悪い俺に、こんな好意的な笑みを向けられるか理解できん。
俺が宇宙人を見る目を向けていると、ライナスは玄関の土間の上に土下座を始めた。
「昨日、キンチョーして、話せなかった。怖がらせて、ゴメンナサイ。カツミさん、シッキのこと、教えてくだサイ」
慣れない日本語で必死に伝えようとするライナスに、俺も少しは心が揺らぐ。
ここまでするほど俺に価値があるとは思えないが……。
戸惑いながら息をつくしかなかった。
「頭を上げてくれ。そんなに知りたいなら見せてやる」
「ホントですか! ウレシーです!」
「……もし何が起きても後悔するなよ?」
「……? ナニがあるんですか?」
きょとんとなるライナスをよそに、辻口が「あー……」と理解して苦笑する。
「それは運だからなあ」
「人によっては、ここの玄関に入っただけでもアレになるんだぞ? それを知らずに連れて来たとは言わせんぞ、辻口」
「分かってるが、日頃から漆器を愛用してるみたいだし、極端なことはないと思う」
「商品と製作中の現場を一緒にするな」
軽く言い合う俺たちを見交わしながら、ライナスが尋ねる。
「もしかして、ウルシかぶれの心配?」
「おっ、よく知ってるな。漆は肌につくとかぶれる。そして触らなくても、こういう塗師の家に出入りするだけでかぶれる奴もいるんだ」
日頃から漆を扱う者や塗師の家に住む家族以外は、部屋に揮発した成分でかぶれる時がある。
俺の亡き母が他県の出身で、こっちに嫁いできて家に入ったら、顔が腫れあがって大変だったと聞いている。この色男が同じことになったら、騒ぎ出して恨みを買いそうな気がしてならない。しかし、
「分かりました。カクゴします」
ライナスは顔を力ませ、真っ直ぐに俺を見据えてきた。
どうやら本気で見学したいらしい。まったく怯まないライナスに、俺は短く頷いた。
「じゃあ上がって見ていけ。道具や製作中の物には触らないでくれ」
「は、はい!」
了承を得た途端にライナスは表情を輝かせる。昨日俺を見ていた時のように。
今日だけのこと。良い旅の思い出になればいい。
心の中で割り切りながら背を向けると、ライナスと辻口が中へ上がってくる音がする。
そして――ゴンッ。作業部屋に入ろうとした直後、やっぱりライナスは頭をぶつけていた。
彼にはさぞ低くて過ごしにくい家だろう。流石に同情しながら、俺は中の案内と漆器の話をしてやった。
13
あなたにおすすめの小説
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
姉が結婚式から逃げ出したので、身代わりにヤクザの嫁になりました
拓海のり
BL
芳原暖斗(はると)は学校の文化祭の都合で姉の結婚式に遅れた。会場に行ってみると姉も両親もいなくて相手の男が身代わりになれと言う。とても断れる雰囲気ではなくて結婚式を挙げた暖斗だったがそのまま男の家に引き摺られて──。
昔書いたお話です。殆んど直していません。やくざ、カップル続々がダメな方はブラウザバックお願いします。やおいファンタジーなので細かい事はお許しください。よろしくお願いします。
タイトルを変えてみました。
雪解けを待つ森で ―スヴェル森の鎮魂歌(レクイエム)―
なの
BL
百年に一度、森の魔物へ生贄を捧げる村。
その年の供物に選ばれたのは、誰にも必要とされなかった孤児のアシェルだった。
死を覚悟して踏み入れた森の奥で、彼は古の守護者である獣人・ヴァルと出会う。
かつて人に裏切られ、心を閉ざしたヴァル。
そして、孤独だったアシェル。
凍てつく森での暮らしは、二人の運命を少しずつ溶かしていく。
だが、古い呪いは再び動き出し、燃え盛る炎が森と二人を飲み込もうとしていた。
生贄の少年と孤独な獣が紡ぐ、絶望の果てにある再生と愛のファンタジー
【完結】少年王が望むは…
綾雅(りょうが)今年は7冊!
BL
シュミレ国―――北の山脈に背を守られ、南の海が恵みを運ぶ国。
15歳の少年王エリヤは即位したばかりだった。両親を暗殺された彼を支えるは、執政ウィリアム一人。他の誰も信頼しない少年王は、彼に心を寄せていく。
恋ほど薄情ではなく、愛と呼ぶには尊敬や崇拝の感情が強すぎる―――小さな我侭すら戸惑うエリヤを、ウィリアムは幸せに出来るのか?
【注意事項】BL、R15、キスシーンあり、性的描写なし
【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう、カクヨム
【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。
カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。
異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。
ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。
そして、コスプレと思っていた男性は……。
最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。
はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。
2023.04.03
閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m
お待たせしています。
お待ちくださると幸いです。
2023.04.15
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
更新頻度が遅く、申し訳ないです。
今月中には完結できたらと思っています。
2023.04.17
完結しました。
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます!
すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる