おっさんにミューズはないだろ!~中年塗師は英国青年に純恋を捧ぐ~

天岸 あおい

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一章 押しかけ弟子は金髪キラキラ英国青年

二年だなんて聞いてない

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   ◇ ◇ ◇

 次の日。てっきり俺は一度だけの訪問だと思っていた。

「オハヨーゴザイマス、カツミさん!」

 朝からライナスが玄関に立っていて、俺は顔を引きつらせてしまう。しかも今日は辻口がいない。レンタカーでライナスだけでここへ来たらしい。その上、

「……顔、大丈夫か?」

 見事にライナスの顔はパンパンに腫れ上がっていた。

「コレぐらい、ダイジョーブです! ツジグチさんが、ナレたらハレなくなる、イッテました!」

 辻口……いや、確かにそうだが、旅行期間中に慣れるもんじゃないんだが。
 無責任なことを言うなと心の中で辻口を責めてから、俺はふと気づく。

「ライナス、今さらで悪いが……いつまでこっちにいるんだ?」

「ビザで来てます。あと二年ほどあります」

 二年だと!? 驚いて思わず俺はカッと目を見開いた。

「昨日のツアー客と一緒じゃなかったのか!?」

「アレは、たまたま一緒になっただけです」

 話を聞きながら、俺は嫌な予感が確信に変わり始めて口端を引きつらせていく。

「まさか俺に教えて欲しいっていうのは、昨日の見学みたいなものじゃなくて……」

「デシ入りです! これから毎日、カツミさんのトコロで学びます!」

「話が違うっ! 俺はそこまで許したつもりは……ちょっと待っててくれ」

 俺は慌てて居間へ行き、スマホを手にして辻口へ電話した。

『おはよう、克己――』

「おいコラ辻口っ。俺ん所にライナスを押し付けるな! 無責任だぞ!」

『え? だって、昨日お前、了承しただろ?』

「昨日だけのつもりで受け入れたんだ。まさかビザが切れるまでとは思わんだろ」

『違う違う。ライナス、将来は日本に帰化するから。つまり――』

「つまり、なんだ?」

『――生涯師弟だ。良かったな。弟子は大切になー』

 無責任に言い放たれた辻口の言葉に、俺は思わずその場に膝を着く。

「俺はっ、認めていない!」

『昨日一日受け入れたんだ。もう師弟の縁が生まれている。諦めろ』

「なぜお前はそんなにライナスを俺の所へ置かせたがる?」

『担い手が欲しいからに決まってるだろ。今の時代、熱意持って来てくれる人材は貴重なんだ。育って欲しいから、できるだけ望みに応えたいんだよ。分かるか?』

 意外にも真面目な答えを返され、俺は言い淀む。

「それは分かるが……」

 伝統工芸の後継者問題は珍しくない。どれだけ素晴らしい技術を持っていても、後継者がおらず廃れていく――この業界に居ればよく耳にすることだ。

 辻口はこの山ノ中漆器に携わる人間たちをまとめ、技術を繋ぐことに尽力している男。廃れる危機感を強く持っているのは当然だ。

『ライナスは冷やかしじゃないとお前も感じただろ? どうか新しい職人を育ててくれ。頼む』

 真剣な心持ちで辻口に頼まれ、俺は渋々腹を括ろうとした。

「……お前なあ、もっと最初からそう言ってくれ」

『ハハ、悪かった。やってくれるか克己?』

「そこまで言われたらやるしかないだろ」

『良かったぁぁ……克己、昨日のウイスキーに口つけた?』

「あ、ああ、美味かったが……」

『まともに買ったら約三十万な。もし辞退するなら、ちゃんとその金額ライナスに返してやれよ』

 ふ、懐に痛い……っ。
 自分の勘違いに呆れながら、俺はため息を吐きながらスマホの通話を切った。

 ふぅ……と息をついて心を落ち着かせ、冷静を装いながら俺は玄関へ戻る。土間で立ち尽くしていたライナスが、俺と目を合わせた瞬間にビシッと背筋を正す。

 見事にまぶたも唇も腫れて元の色男は台無しになっているが、わずかに覗く瞳はどこまでも真っ直ぐで、否応なしに俺に訴えかけてくる。

 俺は腕を組み、しばらくライナスと見つめ合いながら黙ってみる。

 ――まったく揺らがない瞳に、俺が先に折れて口を開いた。

「……ライナス。本気で俺の所でやりたいんだな?」

「はい。お願いします!」

「後でやっぱり辞めたいとか他の奴がいいとか少しでも思ったら、絶対に遠慮するな。人間引き際が肝心だ。時間を無駄にするな。いいな?」

 どう考えても俺は人受けするタイプではない。黙々とやり続けるだけの、面白みのない男だ。機嫌も態度に出る。我ながら面倒な奴だ。

 可能な限りの心遣いを言葉に出してやれば、ライナスは満面の笑みを返してくる。

「それはナイです。ゼッタイです。カツミさんにホレましたから」

「は……?」

「カツミさんは、ワタシのミューズです」

 ……おい、日本語間違ってるぞ。別の意味に聞こえるだろうが。
 しかも男に向かってミューズはないだろ。ましてやおっさん。ありない例えをするな。

 母国語以外の言葉をこれだけ話せているのは、むしろ良いほうだ。まあどうせ居つきはしないのだから、多くは望むまい。俺は間違いを正さず、「ついて来い」とライナスを促す。

 横目で見たライナスは心なしか頬が赤くなっていた。
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