10 / 79
一章 押しかけ弟子は金髪キラキラ英国青年
仲良くさせようとする理由
しおりを挟む
「おはようさん、克己。話はライナスのことか? 言っとくが他の職人には回さん――」
「俺がここで仕事してる間、研修室にライナスを置かせてくれ」
ん? と辻口が俺に対して目を見張る。
「それは構わんが……弟子にしたのか」
「不本意ながらな。現実の厳しさを直に分からせたほうが、早く諦めると思っただけだ」
渋々でも口に出して認めると、肌がむず痒くなる。前言撤回と言いたくなるのを堪えていると、辻口の目が細まった。
「そっかそっか。どんな意図があれ、克己が受け入れてくれて良かった。大切に育ててくれよ」
なぜ辻口は俺の弟子取りを喜ぶんだ? お前には関係ないことだろうが。ライナスも辻口も、俺には考えが分からない。
頭を抱えたくなっていると――コンコン。誰かがドアをノックした。
「克己を説得する援軍を呼んだんだが、要らなかったな。まあライナスを預けるから丁度いい。入ってくれ、濱中」
辻口が呼びかけると、ゆっくりとドアが開く。
ぼんやりした顔の、作業エプロンを着けた青年。常に眠そうにしている彼はライナスを見ても特に驚かず、辻口に視線を向ける。
「失礼します。彼が話していた幸正さんのお弟子さんですか?」
ライナスよりも背は低いが、それでも大柄な濱中が外見と同じように淡々と話す。
俺とよく似た愛想皆無な青年だが、、悟りでも開いたような脱力顔で威圧感はゼロだ。まだ二十六だが漆芸館の研修生の中では腕利きの職人だ。
辻口は濱中に向かって大きく頷く。
「そうだ。克己の仕事が終わるまで、研修室で面倒を見てやってくれ」
「分かりましたけど大丈夫っすか? 顔、かぶれてますけど」
「大丈夫、慣れてくるから。本人のやる気も十分だし。な?」
辻口に話を振られ、ライナスは首が取れそうなほど大きく頷いた。
「はい! シショーが終わるまで、刃物、いっぱい研いで練習します」
「あー……まだそこなのか。うん分かった。じゃあ俺について来て。案内するから」
濱中に言われてライナスが立ち上がる。俺から離れる間際、ちらりと俺を見やる目が少し寂しげに見えたのは気のせいだろうか?
バタン、とドアが完全に閉じて、二人の足音が遠ざかったのを聞いていから、俺は辻口を睨んだ。
「辻口……お前がライナスを押し付けたせいで、一緒に暮らすことになったんだぞ。どう責任を取ってくれるんだ?」
「いやー昔ながらのスタイルでいいんじゃないか?」
「俺は他人と暮らせる男じゃない」
「そんなこと言って、親父さんが亡くなってから寂しかったんじゃないか? あそこに住んでいるの、克己だけだしさ」
親父のことを言われると、どうしても意識が思い出に向かってしまう。
俺の親父も、祖父も、漆芸に携わってきた。
黙々と漆と向き合い、腕を磨き続けてきた家系。特に親父は他とは違う物を手掛けていた。同じ道を歩くようにやって、あまり口を開かない親父の異質さを痛感する。
奇才の父。だが身内なのに、親父の頭の中がよく分からなかった。
結婚して長年夫婦をやってきた母も分からなかっただろう。だから俺が成人した時に離婚したのだと思っている。
子供を育て上げて役目を果たしたのだから、残りの人生を理解できない者の世話で終わりたくない――実際は何も言われていないが、たぶんそういうことなのだろう。
それから十六年、俺と親父は二人で住み続けた。
親しくもなければ喧嘩もしない、必要最低限のやり取りのみの他人よりも遠い距離の身内。ずっとそんな中で暮らしてきたのだ。独りの寂しさなど今さらなんとも思わもない。
それでも親父が亡くなった日の夜は、いつになく部屋を冷たく感じたが。
ぶるり、と背筋が震える。しかし鈍いフリをして話をする。
「寂しくなんかない。できれば雪が降る前に諦めて出て行って欲しいものだ」
「お前の住んでいる所、毎年めっちゃ積もるよな。下手すれば家が雪に埋もれて外出られないし」
苦笑する辻口に、俺は笑えない可能性を口にする。
「閉じ込められて、春までアイツと二人きりなんて勘弁だ」
「そうなったら師弟水入らずで仲良くな」
「できん。無理だ」
「麻雀でもやればいいだろ」
「ルール知らなさそうだぞ? 俺が一から教えるなんて無理だ」
「じゃあ今度俺の家で雀卓囲むか? 平和に冬を乗り越えられるように」
「仲を深めて居られやすくするな。諦めるように持っていきたいんだ」
しばらく往生際悪く俺は抵抗するが、辻口は俺たちを仲良くさせようとすることばかり言ってくる。いい加減うんざりしてきて、俺は腕を組みながら苛立ちを辻口にぶつける。
「どうしてそんなに俺とライナスの距離を詰めたがるんだ?」
「だってなあ……このまま独りでいたら、カツミがいつか孤独死しそうだから。身近に弟子がいれば俺が心配せずに済む」
「孤独死の何が悪い? 死んだらそれまでだ」
「……もう少し俺のことを考えてくれよ。腐れ縁のダチが孤独死なんて、俺、一生引きずるぞ?」
急に辻口の声のトーンが静かになり、本音が覗く。
相変わらず気の良い男だ。この世を生き抜きにくい性格の俺を見捨てないのだから。
俺は息をつき、ソファから立ち上がった。
「それは気をつけるとしか言えん。まあ簡単に死ぬ気はない。やりたいことがあるからな」
「せめて年一回の健康診断は受けておけよ」
「分かっている。じゃあな」
手を振りながら俺は部屋を出ていく。チラリと見やった辻口の顔は、苦笑に混じって酷く安堵した色が混ざっていた。
「俺がここで仕事してる間、研修室にライナスを置かせてくれ」
ん? と辻口が俺に対して目を見張る。
「それは構わんが……弟子にしたのか」
「不本意ながらな。現実の厳しさを直に分からせたほうが、早く諦めると思っただけだ」
渋々でも口に出して認めると、肌がむず痒くなる。前言撤回と言いたくなるのを堪えていると、辻口の目が細まった。
「そっかそっか。どんな意図があれ、克己が受け入れてくれて良かった。大切に育ててくれよ」
なぜ辻口は俺の弟子取りを喜ぶんだ? お前には関係ないことだろうが。ライナスも辻口も、俺には考えが分からない。
頭を抱えたくなっていると――コンコン。誰かがドアをノックした。
「克己を説得する援軍を呼んだんだが、要らなかったな。まあライナスを預けるから丁度いい。入ってくれ、濱中」
辻口が呼びかけると、ゆっくりとドアが開く。
ぼんやりした顔の、作業エプロンを着けた青年。常に眠そうにしている彼はライナスを見ても特に驚かず、辻口に視線を向ける。
「失礼します。彼が話していた幸正さんのお弟子さんですか?」
ライナスよりも背は低いが、それでも大柄な濱中が外見と同じように淡々と話す。
俺とよく似た愛想皆無な青年だが、、悟りでも開いたような脱力顔で威圧感はゼロだ。まだ二十六だが漆芸館の研修生の中では腕利きの職人だ。
辻口は濱中に向かって大きく頷く。
「そうだ。克己の仕事が終わるまで、研修室で面倒を見てやってくれ」
「分かりましたけど大丈夫っすか? 顔、かぶれてますけど」
「大丈夫、慣れてくるから。本人のやる気も十分だし。な?」
辻口に話を振られ、ライナスは首が取れそうなほど大きく頷いた。
「はい! シショーが終わるまで、刃物、いっぱい研いで練習します」
「あー……まだそこなのか。うん分かった。じゃあ俺について来て。案内するから」
濱中に言われてライナスが立ち上がる。俺から離れる間際、ちらりと俺を見やる目が少し寂しげに見えたのは気のせいだろうか?
バタン、とドアが完全に閉じて、二人の足音が遠ざかったのを聞いていから、俺は辻口を睨んだ。
「辻口……お前がライナスを押し付けたせいで、一緒に暮らすことになったんだぞ。どう責任を取ってくれるんだ?」
「いやー昔ながらのスタイルでいいんじゃないか?」
「俺は他人と暮らせる男じゃない」
「そんなこと言って、親父さんが亡くなってから寂しかったんじゃないか? あそこに住んでいるの、克己だけだしさ」
親父のことを言われると、どうしても意識が思い出に向かってしまう。
俺の親父も、祖父も、漆芸に携わってきた。
黙々と漆と向き合い、腕を磨き続けてきた家系。特に親父は他とは違う物を手掛けていた。同じ道を歩くようにやって、あまり口を開かない親父の異質さを痛感する。
奇才の父。だが身内なのに、親父の頭の中がよく分からなかった。
結婚して長年夫婦をやってきた母も分からなかっただろう。だから俺が成人した時に離婚したのだと思っている。
子供を育て上げて役目を果たしたのだから、残りの人生を理解できない者の世話で終わりたくない――実際は何も言われていないが、たぶんそういうことなのだろう。
それから十六年、俺と親父は二人で住み続けた。
親しくもなければ喧嘩もしない、必要最低限のやり取りのみの他人よりも遠い距離の身内。ずっとそんな中で暮らしてきたのだ。独りの寂しさなど今さらなんとも思わもない。
それでも親父が亡くなった日の夜は、いつになく部屋を冷たく感じたが。
ぶるり、と背筋が震える。しかし鈍いフリをして話をする。
「寂しくなんかない。できれば雪が降る前に諦めて出て行って欲しいものだ」
「お前の住んでいる所、毎年めっちゃ積もるよな。下手すれば家が雪に埋もれて外出られないし」
苦笑する辻口に、俺は笑えない可能性を口にする。
「閉じ込められて、春までアイツと二人きりなんて勘弁だ」
「そうなったら師弟水入らずで仲良くな」
「できん。無理だ」
「麻雀でもやればいいだろ」
「ルール知らなさそうだぞ? 俺が一から教えるなんて無理だ」
「じゃあ今度俺の家で雀卓囲むか? 平和に冬を乗り越えられるように」
「仲を深めて居られやすくするな。諦めるように持っていきたいんだ」
しばらく往生際悪く俺は抵抗するが、辻口は俺たちを仲良くさせようとすることばかり言ってくる。いい加減うんざりしてきて、俺は腕を組みながら苛立ちを辻口にぶつける。
「どうしてそんなに俺とライナスの距離を詰めたがるんだ?」
「だってなあ……このまま独りでいたら、カツミがいつか孤独死しそうだから。身近に弟子がいれば俺が心配せずに済む」
「孤独死の何が悪い? 死んだらそれまでだ」
「……もう少し俺のことを考えてくれよ。腐れ縁のダチが孤独死なんて、俺、一生引きずるぞ?」
急に辻口の声のトーンが静かになり、本音が覗く。
相変わらず気の良い男だ。この世を生き抜きにくい性格の俺を見捨てないのだから。
俺は息をつき、ソファから立ち上がった。
「それは気をつけるとしか言えん。まあ簡単に死ぬ気はない。やりたいことがあるからな」
「せめて年一回の健康診断は受けておけよ」
「分かっている。じゃあな」
手を振りながら俺は部屋を出ていく。チラリと見やった辻口の顔は、苦笑に混じって酷く安堵した色が混ざっていた。
12
あなたにおすすめの小説
雪解けを待つ森で ―スヴェル森の鎮魂歌(レクイエム)―
なの
BL
百年に一度、森の魔物へ生贄を捧げる村。
その年の供物に選ばれたのは、誰にも必要とされなかった孤児のアシェルだった。
死を覚悟して踏み入れた森の奥で、彼は古の守護者である獣人・ヴァルと出会う。
かつて人に裏切られ、心を閉ざしたヴァル。
そして、孤独だったアシェル。
凍てつく森での暮らしは、二人の運命を少しずつ溶かしていく。
だが、古い呪いは再び動き出し、燃え盛る炎が森と二人を飲み込もうとしていた。
生贄の少年と孤独な獣が紡ぐ、絶望の果てにある再生と愛のファンタジー
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
猫カフェの溺愛契約〜獣人の甘い約束〜
なの
BL
人見知りの悠月――ゆづきにとって、叔父が営む保護猫カフェ「ニャンコの隠れ家」だけが心の居場所だった。
そんな悠月には昔から猫の言葉がわかる――という特殊な能力があった。
しかし経営難で閉店の危機に……
愛する猫たちとの別れが迫る中、運命を変える男が現れた。
猫のような美しい瞳を持つ謎の客・玲音――れお。
彼が差し出したのは「店を救う代わりに、お前と契約したい」という甘い誘惑。
契約のはずが、いつしか年の差を超えた溺愛に包まれて――
甘々すぎる生活に、だんだんと心が溶けていく悠月。
だけど玲音には秘密があった。
満月の夜に現れる獣の姿。猫たちだけが知る彼の正体、そして命をかけた契約の真実
「君を守るためなら、俺は何でもする」
これは愛なのか契約だけなのか……
すべてを賭けた禁断の恋の行方は?
猫たちが見守る小さなカフェで紡がれる、奇跡のハッピーエンド。
小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~
朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」
普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。
史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。
その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。
外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。
いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。
領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。
彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。
やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。
無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。
(この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる