おっさんにミューズはないだろ!~中年塗師は英国青年に純恋を捧ぐ~

天岸 あおい

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三章 ライナスのぬくもりに溶かされて

顔が熱いのはカップ麺のせい

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   ◇ ◇ ◇

 朝食を終えてライナスは出かけて行った。

 俺のやることは変わらない。ライナスがいてもいなくても、俺は作業場で黙々と漆と向き合い、塗りと研ぎを繰り返すだけ。この仕事に就いた時から、ずっと変わらない俺の作業。納期があるからには手を止める訳にはいかない。黙々と続けるだけだ。

 頭では分かっているのに、一人で家にいるのが落ち着かない。

 ライナスが俺の所へ住むようになって、初めて単独での行動。それまで俺が嫌だと拒んでも、アイツは俺の作業を見たいからと、どこにでもついて歩いた。

 今までがおかしかったんだ。むしろ外出は健全に変わる変化の印。良いことのはず。俺から離れてライナスが行動しているんだ。それは喜ぶべきだ。俺が望んでいた距離感になるのだと――。

「ああ……っ、クソ、集中できん」

 俺は作業の手を止め、並べていた椀を風呂へ戻す。
 そうして立ち上がって居間へ行くと、こたつに入ってバタンと後ろに倒れた。

 見慣れた古しい天井を仰ぎながら、俺はハァ……と大きく息をつく。

「どうしてこんなに腹ん中がモヤモヤとするんだ? これじゃあまるで俺が――いや、そんなはずはない」

 ふと浮かんだ考えを追い出すように、俺は首を何度も横に振る。

 なぜこうも割り切れないんだ? 俺がアイツに惚れたとでも?
 起きているだけモヤモヤしてしまう。それなら一度、思考を止めてしまえ。

 俺は目を閉じて体の力を抜く。今は午後三時近く。昼寝するには少し遅いが、一旦眠って流せるようにしたい。意識して呼吸を深く、ゆっくり吸い込み、眠りの世界へ自分を誘う。

 まぶたの裏にライナスが浮かぶ。
 今朝も申し訳なさそうな顔をして出て行ったのに、一番目にしてきたのがライナスの朗らかな笑顔のせいで、まぶたに焼き付いているのは笑顔のままだ。

 ズキリ、と胸が痛む。もうこの顔が見られなくなったら……と思うと苦しくなる。同居して二か月も経たないのにこの有様。だから嫌だったのに――。



 フッ、と意識が浮上してきて目を開ければ、もう外は真っ暗だった。

 慌てて飛び起きて時計を見れば、もう夜の八時を回ろうとする頃。軽い昼寝をするつもりが、こんな時間まで寝てしまうとは……。

 俺は頭を掻きながら流し台へ行く。ライナスがいないからと、手抜きして食べたのはカップ麺。ゾゾ、と麺をすすれば、ほのかな味噌の風味が鼻を抜けていく。ここ最近食べていなかったから、久しぶりに食べると美味く感じる。

 俺は元々、食に関してはズボラだ。腹に入ればそれでいい。味は食べられないほど不味くなければいい、という人間だ。

 ライナスが来る前まではカップ麺の頻度は高かった。袋麺ですら作るのが面倒だと考えるほどだったのに。気づけばライナスがいるからと、まともに料理を作って食べている。

 追い出したいならカップ麺ばかりで済ませれば良かったのに、と今さらながら思う。だがアイツのあまりの無計画さに流されて、作ることになってしまった。ここがどんな所か知りもせず遠い国からやって来て、俺を見つけて押しかけて――。

 出会った時はライナスが理解できずドン引きしたが、今なら少しは分かる。感性のひらめきは一期一会。後先考えられなくなるほど、俺の塗りの世界に惹かれたのだろう。

「……っ」

 急に顔がカッと熱くなる。
 俺もライナスと同じように、アイツの作品を一目見て惹かれてしまった。その時の衝動の強さをライナスは俺に対して抱いたのだと思うと、悶絶したくてたまらなくなる。

 外からあれこれ言われても響かないのに。自分が感じたことに絡まり、俺の内から一緒に込み上がって胸をくすぐられると心が乱れる。

 顔の熱が頭の芯まで移ってくる。このままだと知恵熱を出してしまいそうな気がして、俺は無理やり考えを切り替える。

 顔が熱いのはカップ麺のせい。料理をするようになったのは、ライナスが包丁を研いでくれて切れ味が良くなったせい。

 食べ終わって息をつけば、部屋の静けさに心が落ちついていく。
 俺しかいない部屋。誰の気配もなく、耳が痛みを覚えそうなほどの静けさ。特に冬の時期は――。
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