おっさんにミューズはないだろ!~中年塗師は英国青年に純恋を捧ぐ~

天岸 あおい

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三章 ライナスのぬくもりに溶かされて

いつの間にやら白銀の世界

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「はっ、まさか!」

 嫌な予感がして俺は居間のカーテンを開ける。

 白くてフワフワしたきれいな厄介ものが、窓の外で降り積もっていた。

 暗い中に無数の雪。もう長靴が全部埋もれるほど積もっている。この積雪ペースだと、明日の朝までには一メートル近く積もるかもしれない。

 一応いつ雪に閉じ込められてもいいように、食料や水は用意してある。いつもならば、げんなりして諦めの極致に至って眠りにつく。この地に住む者の運命だ。

 だが、今はライナスがいる。
 俺は慌ててテーブル上のスマホを手に取る。ライナスからの連絡は入っていない。まさかデートに夢中で積雪に気づいていないなんてことは……。

 一瞬躊躇したが、緊急事態だと判断してライナスに電話をかけてみる。呼び出し音が続いた後、留守番電話のアナウンスに切り替わってしまう。

 こうなったらメッセージを送って反応を待つしかない、と俺はライナスに伝言を送る。

『今どこにいる? 取り敢えず連絡をくれ』

 手早く操作し、後は返事を待つのみ。
 ソワソワしたところでどうにもならないと分かっているのに、俺は部屋の中をうろついてしまう。

 ふと、濱中の顔が浮かぶ。今ライナスと一緒にいる可能性が高い相手。もしかしたら別の相手とデートかもしれないが、当たってみる価値はあるだろう。

 俺は濱中に連絡を入れてみる。三コール目で『はい』と声が返ってきて、俺の胸がドキリと跳ねた。

『どうしましたか、幸正さん?』

「濱中、ライナスはいるか?」

『いえ、いませんけど……今日は顔も合わせていませんし』

「じゃあどこへ行ったか知ってるか? 昨日、ライナスが出かけることを話していたんじゃないのか?」

 俺の質問に濱中が口ごもる。明らかに何かある気配。俺は口調を強めて言い迫る。

「この雪だ。何も知らないままだと帰れなくなる」

 スマホの向こうから、小さく息を引く音がする。そしてかすかに唸ってから、濱中は静かに教えてくれた。

『多分、今日は俺の知り合いのバーに行ってると思います。昨日、ライナスが知りたいことを教えてくれる知人を紹介したんで……』

「知りたいこと?」

『内容は本人から聞いて下さい』

 一体何を知りたがったんだ? 漆のことなら俺に聞くだろう。だとしたら漆以外のことで、俺に聞きにくいこと……よく分からん。

 頭を悩ましていると、濱中の声で俺は我に返る。

『早く帰るよう知人が促していると思うので、帰ろうとしている最中じゃないかと――』

「分かった。教えてくれて助かる」

 俺は通話を切ると、部屋の隅にかけてあった赤色のジャンパーに袖を通し、玄関のラッセルを手にして玄関を開ける。

 サァァ……と積もっていた雪が玄関前に雪崩れる。
 未だ降り止まぬ雪を見上げて息をついてから、俺はラッセルで雪かきを始めた。

 幸い、積もり立ては雪が軽い。ラッセルを押して道を作り、動きにくくなれば集めた雪を脇に退かす。

 雑でいい。ライナスが帰ってきた時に家へ入れるよう雪を退かしていく。俺しかいない限界集落。しんしんと降り積もる雪は、俺が立てる音ごと包み込もうとしてくる。

 ふと振り返れば、退かした所がもう新たに積もり始めている。焼け石に水。分かっている。だがライナスがここへ帰ろうとしているなら、せめて家に入ることができるようにしてやりたい。

 俺が誤解していなければ、アイツは雪が酷いからと外で一泊するような奴じゃない。俺の元へ意地でも戻ろうとするはず。

 しっかり昼寝したおかげで体力は十分だ。俺の集落の近くを通る主要の道路まで雪をかくと、既に除雪がされており、雪の段差が生まれていた。

 踵を返して新たに積もった雪を退かしていこうと考えていると、かすかに人の声がした。
 振り向くと、長身の人影が手を振っているのが見える。俺は思わず走り出し、人影に駆け寄った。

 ほの暗い街灯が峠道を点々と照らす中、雪にまみれたライナスが姿を現わす。ジャケットを着ているが、帽子やマフラーや手袋はしていない。この豪雪にはそぐわない姿。

 俺はライナスへ駆け寄り、すぐさま声をかけた。
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