36 / 79
三章 ライナスのぬくもりに溶かされて
人心地ついて
しおりを挟む◇ ◇ ◇
大急ぎで風呂を沸かし、俺に先に入って欲しいと譲ろうとするライナスを強引に入れてしまう。
俺が風邪を引いたら大変だと言っていたが、お前は俺が風呂に入っている間に永遠の眠りにつく気か? 雪に閉ざされた中で倒れられても、救助はすぐ来ないのに。
苛立ちながら俺は湯を沸かす。買い置きの生姜湯の素をカップに入れ、ライナスが風呂から出たらすぐ飲めるようにしていると、
「カツミさん、アガりました」
台所に顔を出したライナスに俺は早足で歩み寄り、ぐるりと彼の体を回し、背中を押して居間で赤々と熱を漂わせるストーブ前に追いやった。
「もっと温まれ。体を冷やすな」
問答無用で用意しておいた毛布を二枚ライナスにかけ、モコモコにしてやる。ここは隙間風が入るから、これぐらいやらんと体が温まらない。
何か言いたそうなライナスには気づいたが、無視して台所へ行き、生姜湯を作ってやる。
再び居間へ戻ってライナスに手渡せば、湯気で彼の顔がぼやけた。
「俺は今から風呂に入るから、それを熱い内に飲め。口に合わなくても、倒れたくなければ飲むんだ。分かったな?」
「は、はい……」
「よし。じゃあ俺も入って――」
踵を返して離れようとした時、ライナスが俺の手を掴む。引っ張られて振り向くと、捨てられた子犬のような顔が俺を見上げていた。
遊びに行ってこんな事態になったせいで、申し訳なくてたまらないのだろう。俺は思わず小さく笑い、まだ乾いていないライナスの頭をワシワシと撫でた。
「こんなことで弟子をやめろ、なんて言わんから。安心して温まっていろ」
悲しげなライナスの顔から表情が消え、頬の赤みが強まる。
俺を掴んでいた手が緩んだところで、すかさずその腕を毛布の中へ入れてやり、俺は今度こそ風呂場へ向かった。
脱衣所でようやく俺は安堵の息をつく。
――ぞくり。背筋の奥が悪寒を覚える。ライナスに倒れられても困るが、俺が倒れたら共倒れになってしまう。気を引き締めてから俺は服を脱いだ。
体の芯まで温まって風呂から出ると、ライナスがいそいそと体を半分ずらし、ストーブの前を譲ろうとした。
「俺は大丈夫だから、そのままそこにいろ」
「いえ、ワタシはもう体、温かいです。カツミさんが冷えたら大変ですから」
「ライナスのほうが大変だったろ。気を遣わなくてもいい」
困ったようにライナスが眉を寄せる。だが、すぐにパッと元に戻ったかと思えば、嬉しそうにストーブから半分だけ体をずらし、体を巻いていた毛布の片側を開けた。
「一緒に温まりましょう。今ここ、すごくあったかいです」
純粋な心配なのは分かるが、どうしても邪さを感じてしまう。狼の懐に入るような怖さはあったが、背に腹は代えられない。俺も体を温めないと明日に影響が出てしまう。
「……何もするなよ」
釘を刺してから俺はライナスの隣へ行き、同じ毛布に包まる。確かにストーブとライナスの体で温まった毛布は心地いい。しかしライナスの腕に俺の肩が当たってしまい、心臓に悪い。
妙な緊張感を覚えながら、俺はしばらくストーブの赤い輝きをぼんやりと眺める。ライナスも口を開かず、いつになく静かにこの時を過ごす。
しばらくしてライナスが「あの、カツミさん……」と、ぎこちない声を漏らした。
「迷惑をかけて、ごめんなさい……」
「もういいから。無事で良かった」
「こんなに積もるなんて思いませんでした」
「だろうな。ここは平地よりどっさり積もるからな。明日は屋根と道の雪かき、頑張ってもらうぞ」
このひと晩の降り方次第だが、軽く一メートルは積もるだろう。いつもは俺ひとりで一日中雪かきをするところだが、今回はライナスがいる。単純に負担が半分になるだけでもありがたい。
さすがに初心者に屋根雪をおろさせるのは怖い。足を滑らせて落ちてもらっては困る。俺が屋根でライナスは道の雪かき。明日の役割を考えていると、ボソリとライナスが呟いた。
「静かですね。いつもカツミさんだけで、ここに……」
「そうだ。不便だが漆芸の環境はいい。新しい場所でこの規模の作業場を作るとなれば、恐ろしく金がかかる。俺はここを気に入っているし寂しくもない。引っ越す理由は何ひとつない」
12
あなたにおすすめの小説
雪解けを待つ森で ―スヴェル森の鎮魂歌(レクイエム)―
なの
BL
百年に一度、森の魔物へ生贄を捧げる村。
その年の供物に選ばれたのは、誰にも必要とされなかった孤児のアシェルだった。
死を覚悟して踏み入れた森の奥で、彼は古の守護者である獣人・ヴァルと出会う。
かつて人に裏切られ、心を閉ざしたヴァル。
そして、孤独だったアシェル。
凍てつく森での暮らしは、二人の運命を少しずつ溶かしていく。
だが、古い呪いは再び動き出し、燃え盛る炎が森と二人を飲み込もうとしていた。
生贄の少年と孤独な獣が紡ぐ、絶望の果てにある再生と愛のファンタジー
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
猫カフェの溺愛契約〜獣人の甘い約束〜
なの
BL
人見知りの悠月――ゆづきにとって、叔父が営む保護猫カフェ「ニャンコの隠れ家」だけが心の居場所だった。
そんな悠月には昔から猫の言葉がわかる――という特殊な能力があった。
しかし経営難で閉店の危機に……
愛する猫たちとの別れが迫る中、運命を変える男が現れた。
猫のような美しい瞳を持つ謎の客・玲音――れお。
彼が差し出したのは「店を救う代わりに、お前と契約したい」という甘い誘惑。
契約のはずが、いつしか年の差を超えた溺愛に包まれて――
甘々すぎる生活に、だんだんと心が溶けていく悠月。
だけど玲音には秘密があった。
満月の夜に現れる獣の姿。猫たちだけが知る彼の正体、そして命をかけた契約の真実
「君を守るためなら、俺は何でもする」
これは愛なのか契約だけなのか……
すべてを賭けた禁断の恋の行方は?
猫たちが見守る小さなカフェで紡がれる、奇跡のハッピーエンド。
小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~
朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」
普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。
史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。
その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。
外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。
いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。
領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。
彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。
やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。
無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。
(この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる