42 / 79
三章 ライナスのぬくもりに溶かされて
辻口からの連絡
しおりを挟む
ライナスの心からの想いと、今の俺の状況を改めて言葉に出されて、俺は何も言えなくなる。
押しかけ弟子で、互いのファンで、恋人。生涯誰も懐には入れまいと思っていたのに、入ってしまったライナスの気持ちが甘くて熱くて、年甲斐もなく酔いしれそうだ。
俺からは何もできなくて、せめて「俺も」と同意しようとするが、口は震えるばかり。もたついていたら再びライナスに唇を重ねられて、返信代わりの追いキスを奪われる。
このまま家に戻ったら、さらにライナスに自分を奪われそうな気がしている中――ジャケットからスマホの着信音が鳴った。
「ほ、ほら、中に入って休むぞ。研ぎの作業もあるから、もたもたするな」
慌てて俺が家へ入るよう促すと、ライナスは目を細めながら「はいっ」と返事をして離れていく。
その大きな背を見て、思わず俺の口元が緩む。絆され過ぎていることを自覚しながら、俺はポケットからスマホを取った。
画面に出てきたのは『辻口』の文字。俺のスマホの通話履歴の大半は、辻口からの連絡が占めている。今回も例に漏れなかった。
「もしもし」
『おう、克己。そっちの雪はどうだ?』
「いつも通り酷いもんだ」
『予報だと今週はまだ降るみたいだからな。落ち着くまでこっちは休んでくれ』
例年ここの積雪が酷いと、辻口は漆芸館の仕事を休ませてくれる。俺が町に出るのがどれだけ大変か知っているからだ。昔からこっちの事情をよく知っている辻口は、本当にありがたい存在だ。
俺は「ありがとう」と小さく笑って答える。
「俺の代わりはどうするんだ?」
『濱中に頼もうと思ってる』
名前が出てきて、ライナスの帰宅が遅くなった日の濱中との通話を思い出す。人のプライベートなことを強引に聞いてしまい、悪いことをしたと思う。反面、濱中はライナスからあれこれ相談を受けているから、俺たちのことがバレるのも時間の問題だろう。
察しのいい男だ。軽く話しただけで気づかれそうだ。
軽く頭痛を覚えたが、迷惑をかけたのは間違いない。俺は息をついてから辻口に告げる。
「その、今日は濱中はそっちにいるのか?」
『ああ。頑張って雪かきしてるぞ』
「じゃあ伝言を頼む。夜に電話させてくれ、と」
『分かった。伝えておくが……克己から連絡って珍しいな。何かあったのか?』
「あー……ちょっとな」
『ライナスに迫られてるから助けてくれ、とか』
辻口の茶化した声に、思わず俺は息を詰める。分かりやすい動揺に気づかぬ辻口ではなかった。
『まさか図星か?』
「ち、違う。そうじゃない」
『それなら良いが、少し心配してたんだよ。ライナスに惚れられてるのに、雪に閉じ込められて二人きりなんて……本当に襲われてないか?』
「大丈夫、だ。アイツはそんな奴じゃない」
『信用してるんだな。いやあ、良い師弟になったもんだ』
明朗に笑う辻口の声に、嬉しさが混じっている。
辻口も察しがいいほうではあるが、まさか俺が本当にライナスを受け入れつつあるだなんて、夢にも思っていないだろう。
何せ俺自身が、未だにこれが現実なのかと疑いたくなるほどだ。このまま二人だけの世界に閉じ込められていたら、どこまでも一緒に沈んでしまいそうだなんて――。
『克己? 大丈夫か?』
「あ、ああ、すまない。雪かきを終えたばかりで頭がぼんやりしていた」
『そいつは悪かった。ゆっくり休んでくれ。あと明日の筋肉痛に備えておけよ。もう俺らは若くないんだし』
「お前と一緒にするな。俺は大丈夫だ」
『だと良いなあ。じゃあ、またな』
確信めいた押し殺した笑いを奏でながら、辻口が通話を切る。
……体を解しておけば大丈夫だ。多分。
スマホをポケットにしまった後、俺は体を捻ったり、腕や脚をストレッチしたりしから家へと戻った。
押しかけ弟子で、互いのファンで、恋人。生涯誰も懐には入れまいと思っていたのに、入ってしまったライナスの気持ちが甘くて熱くて、年甲斐もなく酔いしれそうだ。
俺からは何もできなくて、せめて「俺も」と同意しようとするが、口は震えるばかり。もたついていたら再びライナスに唇を重ねられて、返信代わりの追いキスを奪われる。
このまま家に戻ったら、さらにライナスに自分を奪われそうな気がしている中――ジャケットからスマホの着信音が鳴った。
「ほ、ほら、中に入って休むぞ。研ぎの作業もあるから、もたもたするな」
慌てて俺が家へ入るよう促すと、ライナスは目を細めながら「はいっ」と返事をして離れていく。
その大きな背を見て、思わず俺の口元が緩む。絆され過ぎていることを自覚しながら、俺はポケットからスマホを取った。
画面に出てきたのは『辻口』の文字。俺のスマホの通話履歴の大半は、辻口からの連絡が占めている。今回も例に漏れなかった。
「もしもし」
『おう、克己。そっちの雪はどうだ?』
「いつも通り酷いもんだ」
『予報だと今週はまだ降るみたいだからな。落ち着くまでこっちは休んでくれ』
例年ここの積雪が酷いと、辻口は漆芸館の仕事を休ませてくれる。俺が町に出るのがどれだけ大変か知っているからだ。昔からこっちの事情をよく知っている辻口は、本当にありがたい存在だ。
俺は「ありがとう」と小さく笑って答える。
「俺の代わりはどうするんだ?」
『濱中に頼もうと思ってる』
名前が出てきて、ライナスの帰宅が遅くなった日の濱中との通話を思い出す。人のプライベートなことを強引に聞いてしまい、悪いことをしたと思う。反面、濱中はライナスからあれこれ相談を受けているから、俺たちのことがバレるのも時間の問題だろう。
察しのいい男だ。軽く話しただけで気づかれそうだ。
軽く頭痛を覚えたが、迷惑をかけたのは間違いない。俺は息をついてから辻口に告げる。
「その、今日は濱中はそっちにいるのか?」
『ああ。頑張って雪かきしてるぞ』
「じゃあ伝言を頼む。夜に電話させてくれ、と」
『分かった。伝えておくが……克己から連絡って珍しいな。何かあったのか?』
「あー……ちょっとな」
『ライナスに迫られてるから助けてくれ、とか』
辻口の茶化した声に、思わず俺は息を詰める。分かりやすい動揺に気づかぬ辻口ではなかった。
『まさか図星か?』
「ち、違う。そうじゃない」
『それなら良いが、少し心配してたんだよ。ライナスに惚れられてるのに、雪に閉じ込められて二人きりなんて……本当に襲われてないか?』
「大丈夫、だ。アイツはそんな奴じゃない」
『信用してるんだな。いやあ、良い師弟になったもんだ』
明朗に笑う辻口の声に、嬉しさが混じっている。
辻口も察しがいいほうではあるが、まさか俺が本当にライナスを受け入れつつあるだなんて、夢にも思っていないだろう。
何せ俺自身が、未だにこれが現実なのかと疑いたくなるほどだ。このまま二人だけの世界に閉じ込められていたら、どこまでも一緒に沈んでしまいそうだなんて――。
『克己? 大丈夫か?』
「あ、ああ、すまない。雪かきを終えたばかりで頭がぼんやりしていた」
『そいつは悪かった。ゆっくり休んでくれ。あと明日の筋肉痛に備えておけよ。もう俺らは若くないんだし』
「お前と一緒にするな。俺は大丈夫だ」
『だと良いなあ。じゃあ、またな』
確信めいた押し殺した笑いを奏でながら、辻口が通話を切る。
……体を解しておけば大丈夫だ。多分。
スマホをポケットにしまった後、俺は体を捻ったり、腕や脚をストレッチしたりしから家へと戻った。
12
あなたにおすすめの小説
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
姉が結婚式から逃げ出したので、身代わりにヤクザの嫁になりました
拓海のり
BL
芳原暖斗(はると)は学校の文化祭の都合で姉の結婚式に遅れた。会場に行ってみると姉も両親もいなくて相手の男が身代わりになれと言う。とても断れる雰囲気ではなくて結婚式を挙げた暖斗だったがそのまま男の家に引き摺られて──。
昔書いたお話です。殆んど直していません。やくざ、カップル続々がダメな方はブラウザバックお願いします。やおいファンタジーなので細かい事はお許しください。よろしくお願いします。
タイトルを変えてみました。
雪解けを待つ森で ―スヴェル森の鎮魂歌(レクイエム)―
なの
BL
百年に一度、森の魔物へ生贄を捧げる村。
その年の供物に選ばれたのは、誰にも必要とされなかった孤児のアシェルだった。
死を覚悟して踏み入れた森の奥で、彼は古の守護者である獣人・ヴァルと出会う。
かつて人に裏切られ、心を閉ざしたヴァル。
そして、孤独だったアシェル。
凍てつく森での暮らしは、二人の運命を少しずつ溶かしていく。
だが、古い呪いは再び動き出し、燃え盛る炎が森と二人を飲み込もうとしていた。
生贄の少年と孤独な獣が紡ぐ、絶望の果てにある再生と愛のファンタジー
【完結】少年王が望むは…
綾雅(りょうが)今年は7冊!
BL
シュミレ国―――北の山脈に背を守られ、南の海が恵みを運ぶ国。
15歳の少年王エリヤは即位したばかりだった。両親を暗殺された彼を支えるは、執政ウィリアム一人。他の誰も信頼しない少年王は、彼に心を寄せていく。
恋ほど薄情ではなく、愛と呼ぶには尊敬や崇拝の感情が強すぎる―――小さな我侭すら戸惑うエリヤを、ウィリアムは幸せに出来るのか?
【注意事項】BL、R15、キスシーンあり、性的描写なし
【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう、カクヨム
【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。
カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。
異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。
ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。
そして、コスプレと思っていた男性は……。
最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。
はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。
2023.04.03
閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m
お待たせしています。
お待ちくださると幸いです。
2023.04.15
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
更新頻度が遅く、申し訳ないです。
今月中には完結できたらと思っています。
2023.04.17
完結しました。
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます!
すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる