おっさんにミューズはないだろ!~中年塗師は英国青年に純恋を捧ぐ~

天岸 あおい

文字の大きさ
43 / 79
三章 ライナスのぬくもりに溶かされて

誤解を広めたくないから

しおりを挟む
   ◇ ◇ ◇

 ストーブ前で休憩した後、辺りが暗くなるまで椀や皿を研ぎ、夕食を済ませる。そして後片付けをライナスに任せ、俺は濱中に電話を入れた。

『もしもし幸正さん、お疲れ様です』

「おう、お疲れ。この間は迷惑かけてすまなかった」

『いえ、緊急事態でしたから。ライナスは無事でしたか?』

「雪山に車を突っ込んだが、無事に戻ってきた。ケガはない」

『それは良かったです……雪に突っ込むのは、ここにいたら誰しもやっちゃいますからね』

 珍しく濱中が笑う。自虐の色が見えるあたり、やらかした経験があるらしい。無論、俺もある。

 少し親近感を覚えてから、俺は話を切り替える。

「濱中は以前からライナスの相談に乗っていたようだから教えておくが、他言はしないでくれ」

『もしかして、付き合うことに?』

「あ、ああ、そうだ。期限付きだがな」

『期限って、どういうことですか?』

「冬の間だけだ。少し付き合えば、すぐ俺に落胆して気が変わると思ってな」

 自分で言いながらチクチクと胸が痛む。
 落胆するだろうという狙いはある。だがライナスにがっかりされることを思うと、正直面白くない。かといって俺なんかにかまけて、ライナスの貴重な若い時間を無駄にするのはいただけない。

 冬は娯楽も少ない。家から出られなければ出会いもない。だから本当に俺でいいのかをライナスに見定めさせるなら丁度いい。本音を言えば、一度覚えてしまった温もりを手放すのは辛い。しかしライナスのことを思えば――。

『ライナスが冬だけで気が済むとは思えないです。一生離れない覚悟をされたほうがいいですよ』

 まるで俺の心を読んだかのように濱中に言われてしまう。
 危うく吹き出しかけて、俺は喉を詰まらせる。

「くっ……ゲホッ、そ、そう思う根拠は?」

『彼がゲイじゃないからです。幸正さんしか求めていないですから』

 ゲイという単語に思わずドキリとする。嫌悪というより、馴染みがなくてソワソワする。
 濱中からため息が聞こえる。どこか物憂げでもあり、嬉しそうでもあった。

『幸正さんが教えてくれたから白状しますが、俺はゲイです。絶対に報われない人を一方的に想い続けているんです』

「そうか……てっきり恋愛には興味がないと思っていた」

『そういうフリをしたほうが楽なので。まあ、こんな事情があったので、ライナスの相談に乗っていました』

「わざわざライナスのために……」

『彼のためというよりは、ゲイの誤解を広めたくなかっただけですよ。これだからゲイは……なんて言われたら、肩身が狭くなりますから』

 なるほど、それは切実だ。濱中の言葉に納得しながら、それでも俺は彼に感謝する。

「だが、親身になってくれたことには違いない。師匠として礼を言う」

『どういたしまして。雪が落ち着いたら、三人でどこか食べにいきましょう』

「いいな。俺がおごるから、今の内にどこがいいか決めておいてくれ」

 軽い談笑の流れに入った時、トントン、と肩を指で叩かれる。振り返るとにこやかな顔したライナスが、小声で話しかけてきた。

「お電話、濱中さんですよね? ワタシも話したいです。お風呂入りましたから、カツミさん、先にどうぞ」

「おお、分かった……濱中、ライナスに替わるぞ」

 返事を聞く前にスマホをライナスに渡せば、満面の笑みで濱中に話し始める。濱中の声は分からないが、ライナスの『夢のようです』『幸せです』という声から、俺と付き合えたことを報告しているのが分かった。

 ライナスの浮かれた声を聞くだけで、俺が恥ずかしくなってくる。居たたまれなくなり、俺は風呂へ逃げることにした。

 居間を出る間際、背後からライナスの声が聞こえる。

「ええ、一年中雪が降って欲しいですね。カツミさんをいっぱい愛せます」

 ライナス、お前、永遠にここで俺とずっと一緒にいる気か?

 物好きにも程がある、と呆れる反面、嬉しくもあった。
 俺を口説くのに言葉はいらない。ずっとこの家に俺以外の熱があることを示せばいいのだから――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

姉が結婚式から逃げ出したので、身代わりにヤクザの嫁になりました

拓海のり
BL
芳原暖斗(はると)は学校の文化祭の都合で姉の結婚式に遅れた。会場に行ってみると姉も両親もいなくて相手の男が身代わりになれと言う。とても断れる雰囲気ではなくて結婚式を挙げた暖斗だったがそのまま男の家に引き摺られて──。 昔書いたお話です。殆んど直していません。やくざ、カップル続々がダメな方はブラウザバックお願いします。やおいファンタジーなので細かい事はお許しください。よろしくお願いします。 タイトルを変えてみました。

雪解けを待つ森で ―スヴェル森の鎮魂歌(レクイエム)―

なの
BL
百年に一度、森の魔物へ生贄を捧げる村。 その年の供物に選ばれたのは、誰にも必要とされなかった孤児のアシェルだった。 死を覚悟して踏み入れた森の奥で、彼は古の守護者である獣人・ヴァルと出会う。 かつて人に裏切られ、心を閉ざしたヴァル。 そして、孤独だったアシェル。 凍てつく森での暮らしは、二人の運命を少しずつ溶かしていく。 だが、古い呪いは再び動き出し、燃え盛る炎が森と二人を飲み込もうとしていた。 生贄の少年と孤独な獣が紡ぐ、絶望の果てにある再生と愛のファンタジー

【完結】少年王が望むは…

綾雅(りょうが)今年は7冊!
BL
 シュミレ国―――北の山脈に背を守られ、南の海が恵みを運ぶ国。  15歳の少年王エリヤは即位したばかりだった。両親を暗殺された彼を支えるは、執政ウィリアム一人。他の誰も信頼しない少年王は、彼に心を寄せていく。  恋ほど薄情ではなく、愛と呼ぶには尊敬や崇拝の感情が強すぎる―――小さな我侭すら戸惑うエリヤを、ウィリアムは幸せに出来るのか? 【注意事項】BL、R15、キスシーンあり、性的描写なし 【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう、カクヨム

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。

カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。 異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。 ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。 そして、コスプレと思っていた男性は……。

最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。

はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。 2023.04.03 閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m お待たせしています。 お待ちくださると幸いです。 2023.04.15 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m 更新頻度が遅く、申し訳ないです。 今月中には完結できたらと思っています。 2023.04.17 完結しました。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます! すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。

異世界召喚チート騎士は竜姫に一生の愛を誓う

はやしかわともえ
BL
11月BL大賞用小説です。 主人公がチート。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 励みになります。 ※完結次第一挙公開。

処理中です...