50 / 79
四章 試練と不調と裸の付き合い
目的のために
しおりを挟む
俺の発言に全員が固まる。
自分でもかなり無謀なことを言ってるのは分かる。何年もかけて技術を学び、勘を養い、身をもって漆との付き合い方を学んでいくのを、一年経たずで身につけさせるなんて、我ながら馬鹿な発言だ。
だがライナスの筋はいい。何より集中力の化け物だ。コツをもったいぶらずに教えれば、きっと――。
「ライナス、やれるか?」
俺に話を振られ、即座にライナスは頷く。
「やります。カツミさん、お願いします」
まだ了承していないのに、俺たちだけで勝手に決める流れになってしまい、ローレンさんがわずかにオロオロする。しかしすぐに調子を戻し、俺を睨みつけた。
「上手くできたとしても、せいぜい数万から数十万でしょう? ビジネスとして考えると、絵画よりお金を生みませんね。それを私が認めても損をするだけ――」
「漆芸で絵を描くこともできます。作るかどうかは分かりませんが、ライナスの知名度が既にあるなら、絵を入れて高く売ることはできるかと」
「……絵、描けるのですか?」
ローレンさんの目が点になる。異国の伝統工芸に詳しい人などなかなかいない。彼女が蒔絵を知らなくて当然だ。俺はしっかりと頷く。
「金や螺鈿などで模様を付けたり、風景を描いたり、虫や動物を描いたりもできます。どんな内容になるかは本人のセンス次第ですね」
ローレンさんは何度も小さく頷いた後、ライナスに向けて早口に何かを伝える。
俺の隣で「おっ」と辻口が声を上げた。
「必ずクライアントが納得できるものを作りなさい、って言ってるな。良かった。克己の提案を呑んでくれたみたいだな」
納得してくれたなら良かったと胸を撫で下ろしていると、
「ミスター幸正」
ローレンさんに呼ばれて目を合わせると、彼女はニヤリと笑った。
「必ず彼に素晴らしい作品を作れるよう、教えて下さい。そのためなら手取り足取り、何をされても構いませんから」
「もちろんそのつもりです。ライナスには覚悟してもらいます」
俺の返事を聞き、ローレンさんは再度俺に手を差し出してくる。
つい先ほど不本意そうなやり取りをしたが、それとは明らかに重みが違う。
必ず売れる作品を作れ、というプレッシャー。望む所だと挑むように俺はローレンさんと固い握手を交わした。
漆芸館から出て、スーパーで食材を買い込んだ後の帰り道。俺は運転しながら口数が少ないライナスへ話しかけた。
「今日の件で時間がなくなったから、死ぬ気で頑張ってもらうぞ」
「……はい。よろしくお願いします!」
間は空いたが、ライナスから良い返事が飛んでくる。これなら教えている最中は、漆芸に必死に打ち込んでくれるだろう。後は集中力の純度を高めてやれば、きっとライナスは著しく伸びるはず。そのためにはなるべく我慢させないほうがいい。
俺は素早くこれからの方針と考えをまとめると、さらりと自分の覚悟の現れを見せた。
「漆芸に専念してもらいたいから、俺に対しての我慢はしなくていい。抱きたかったら抱け。手を出されても文句は言わん」
「えっ、カツミ、さん?」
「ムラムラしてたら漆に集中できんだろ。適度に発散して、昼間はしっかり学べ」
言いながら俺は、羞恥で頭をハンドルに打ち付けたくなる。
俺がここまでする必要はあるのか? と思いたくもなるが、ライナスにはよく効くだろう。俺の言動ひとつでやる気を跳ね上げることも、嘆き悲しんで物事が疎かになることもあるような奴だ。目的を果たすためなら、俺の体も利用してやる。使えるものはなんだって使ってやる。
てっきり大喜びするかと思ったが、ライナスはしばらく口ごもり、家へ到着する間際に「ありがとう、ございます」と礼を告げてくれた。
家より少し離れた空き地――俺たちで雪を退かした所へ車を停めると、降りようとして各々にドアを開く。ライナスの動きは油の足りない玩具のようにぎこちなかった。
自分でもかなり無謀なことを言ってるのは分かる。何年もかけて技術を学び、勘を養い、身をもって漆との付き合い方を学んでいくのを、一年経たずで身につけさせるなんて、我ながら馬鹿な発言だ。
だがライナスの筋はいい。何より集中力の化け物だ。コツをもったいぶらずに教えれば、きっと――。
「ライナス、やれるか?」
俺に話を振られ、即座にライナスは頷く。
「やります。カツミさん、お願いします」
まだ了承していないのに、俺たちだけで勝手に決める流れになってしまい、ローレンさんがわずかにオロオロする。しかしすぐに調子を戻し、俺を睨みつけた。
「上手くできたとしても、せいぜい数万から数十万でしょう? ビジネスとして考えると、絵画よりお金を生みませんね。それを私が認めても損をするだけ――」
「漆芸で絵を描くこともできます。作るかどうかは分かりませんが、ライナスの知名度が既にあるなら、絵を入れて高く売ることはできるかと」
「……絵、描けるのですか?」
ローレンさんの目が点になる。異国の伝統工芸に詳しい人などなかなかいない。彼女が蒔絵を知らなくて当然だ。俺はしっかりと頷く。
「金や螺鈿などで模様を付けたり、風景を描いたり、虫や動物を描いたりもできます。どんな内容になるかは本人のセンス次第ですね」
ローレンさんは何度も小さく頷いた後、ライナスに向けて早口に何かを伝える。
俺の隣で「おっ」と辻口が声を上げた。
「必ずクライアントが納得できるものを作りなさい、って言ってるな。良かった。克己の提案を呑んでくれたみたいだな」
納得してくれたなら良かったと胸を撫で下ろしていると、
「ミスター幸正」
ローレンさんに呼ばれて目を合わせると、彼女はニヤリと笑った。
「必ず彼に素晴らしい作品を作れるよう、教えて下さい。そのためなら手取り足取り、何をされても構いませんから」
「もちろんそのつもりです。ライナスには覚悟してもらいます」
俺の返事を聞き、ローレンさんは再度俺に手を差し出してくる。
つい先ほど不本意そうなやり取りをしたが、それとは明らかに重みが違う。
必ず売れる作品を作れ、というプレッシャー。望む所だと挑むように俺はローレンさんと固い握手を交わした。
漆芸館から出て、スーパーで食材を買い込んだ後の帰り道。俺は運転しながら口数が少ないライナスへ話しかけた。
「今日の件で時間がなくなったから、死ぬ気で頑張ってもらうぞ」
「……はい。よろしくお願いします!」
間は空いたが、ライナスから良い返事が飛んでくる。これなら教えている最中は、漆芸に必死に打ち込んでくれるだろう。後は集中力の純度を高めてやれば、きっとライナスは著しく伸びるはず。そのためにはなるべく我慢させないほうがいい。
俺は素早くこれからの方針と考えをまとめると、さらりと自分の覚悟の現れを見せた。
「漆芸に専念してもらいたいから、俺に対しての我慢はしなくていい。抱きたかったら抱け。手を出されても文句は言わん」
「えっ、カツミ、さん?」
「ムラムラしてたら漆に集中できんだろ。適度に発散して、昼間はしっかり学べ」
言いながら俺は、羞恥で頭をハンドルに打ち付けたくなる。
俺がここまでする必要はあるのか? と思いたくもなるが、ライナスにはよく効くだろう。俺の言動ひとつでやる気を跳ね上げることも、嘆き悲しんで物事が疎かになることもあるような奴だ。目的を果たすためなら、俺の体も利用してやる。使えるものはなんだって使ってやる。
てっきり大喜びするかと思ったが、ライナスはしばらく口ごもり、家へ到着する間際に「ありがとう、ございます」と礼を告げてくれた。
家より少し離れた空き地――俺たちで雪を退かした所へ車を停めると、降りようとして各々にドアを開く。ライナスの動きは油の足りない玩具のようにぎこちなかった。
12
あなたにおすすめの小説
雪解けを待つ森で ―スヴェル森の鎮魂歌(レクイエム)―
なの
BL
百年に一度、森の魔物へ生贄を捧げる村。
その年の供物に選ばれたのは、誰にも必要とされなかった孤児のアシェルだった。
死を覚悟して踏み入れた森の奥で、彼は古の守護者である獣人・ヴァルと出会う。
かつて人に裏切られ、心を閉ざしたヴァル。
そして、孤独だったアシェル。
凍てつく森での暮らしは、二人の運命を少しずつ溶かしていく。
だが、古い呪いは再び動き出し、燃え盛る炎が森と二人を飲み込もうとしていた。
生贄の少年と孤独な獣が紡ぐ、絶望の果てにある再生と愛のファンタジー
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
猫カフェの溺愛契約〜獣人の甘い約束〜
なの
BL
人見知りの悠月――ゆづきにとって、叔父が営む保護猫カフェ「ニャンコの隠れ家」だけが心の居場所だった。
そんな悠月には昔から猫の言葉がわかる――という特殊な能力があった。
しかし経営難で閉店の危機に……
愛する猫たちとの別れが迫る中、運命を変える男が現れた。
猫のような美しい瞳を持つ謎の客・玲音――れお。
彼が差し出したのは「店を救う代わりに、お前と契約したい」という甘い誘惑。
契約のはずが、いつしか年の差を超えた溺愛に包まれて――
甘々すぎる生活に、だんだんと心が溶けていく悠月。
だけど玲音には秘密があった。
満月の夜に現れる獣の姿。猫たちだけが知る彼の正体、そして命をかけた契約の真実
「君を守るためなら、俺は何でもする」
これは愛なのか契約だけなのか……
すべてを賭けた禁断の恋の行方は?
猫たちが見守る小さなカフェで紡がれる、奇跡のハッピーエンド。
小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~
朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」
普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。
史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。
その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。
外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。
いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。
領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。
彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。
やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。
無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。
(この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
【16+4話完結】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜
キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」
平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。
そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。
彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。
「お前だけが、俺の世界に色をくれた」
蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。
甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる