60 / 79
四章 試練と不調と裸の付き合い
意外な答え
しおりを挟む
「いいえ! ここにいるために、蒔絵を知りたいです」
「温泉が取りえの山ノ中で、温泉入れんのになしてここおりたいんや?」
「漆を学びたいからです」
「他にも漆やってる所あるんやぞ? ここでなくてもいいやろ」
「カツミさんがいます。カツミさんの漆が良いんです」
「ほんなら、幸正のせがれに習えばええやろ。一応できるハズやろ」
「カツミさんと一緒にいるために、水仲さんの蒔絵が必要なんです」
ライナスの言葉に水仲さんが顔をしかめる。
「なしてオレの蒔絵が必要なんや?」
思いがけず耳を傾けてくれた水仲さんへ、俺はすかさず「実は……」と事情を伝える。
海外に通じる作品を漆芸で作らなければ、ライナスがここにいられなくなる。そのための技術を水仲さんの蒔絵を見て学びたい。水仲さんの手間は取らせない。ただ蒔絵をしている姿を見せてくれるだけでいい。
たった一回。本気で蒔絵に向き合う水中さんを見ることができれば、ライナスは多くを学んでくれる。だから――。
俺の話を聞きながら、水仲さんは服を脱いで風呂へ入る準備を進める。そして肩にタオルをかけながら、ボソリと呟いた。
「オメェ、幸正の所にどれだけいる気なんや?」
「ずっとです。家族になって、ずっと、一緒にいます」
ライナス、さりげなくプロポーズするな。
思わず俺はうつむき、赤面していく顔を隠す。ライナスの言葉をどう取ったのか、水仲さんは小さく唸るだけで何も言わなかった。ただ背中を向けて浴場へ向かおうとした時、
「一回で済む訳ないやろ。気が済むまで来りゃあいい」
水仲さんからの予期せぬ承諾に、俺は弾かれたように頭を上げた。
「水、仲さん……本当に良いんですか?」
「余所もんやないなら応えるだけや」
俺たちに背を向けたまま水仲さんが浴場へ消えていく。
しばらく俺たちがポカンとなっていると、周りで様子を見ていたじいさんが俺に話しかけてきた。
「水仲のじいじ、あれ、喜んどるわ」
「喜んで、ますかね?」
「誰にも相手されんって、いつも愚痴っとるから。家族もよう寄り付かんし、黙々と仕事するだけやから……あれ、ぜってぇ照れとるわ」
昔気質の職人は仕事に没頭するあまり家族との交流が薄く、自分の領域に立ち入れられることを拒む人が少なくない。俺の親父がそうだった。どれだけ凄いことをしていても、身内だとその凄さがよく分からず、雑な扱いをされるというのも珍しい話じゃない。
俺が知っている職人の中で、水仲さんは扱いが難しい人だ。家族も接するのが大変だからと距離を置いているのが見て取れる。
人を拒んでいるようで、本当は必要とされたかったのか?
心の中で首を傾げていると、苦笑しながら近づいてきた辻口がポン、とライナスの肩を叩いた。
「思った展開じゃなかったけど、話が進んで良かったなあ」
「はいっ、ありがとうございます! 辻口さんのおかげです」
おかげ、なのか? まあ確かに辻口が連れて来てくれなかったら、話は進まなかった。俺は「そうだな」と頷いてから、濱中にも礼を伝えようとその姿を探す。
――いつの間にか服を着た濱中に気づき、俺は軽く驚く。
「濱中、もう上がるのか?」
「俺も軽くのぼせたので……ライナスの付き添いは俺がしますから、館長と幸正さんはゆっくり入られて下さい」
「温泉が取りえの山ノ中で、温泉入れんのになしてここおりたいんや?」
「漆を学びたいからです」
「他にも漆やってる所あるんやぞ? ここでなくてもいいやろ」
「カツミさんがいます。カツミさんの漆が良いんです」
「ほんなら、幸正のせがれに習えばええやろ。一応できるハズやろ」
「カツミさんと一緒にいるために、水仲さんの蒔絵が必要なんです」
ライナスの言葉に水仲さんが顔をしかめる。
「なしてオレの蒔絵が必要なんや?」
思いがけず耳を傾けてくれた水仲さんへ、俺はすかさず「実は……」と事情を伝える。
海外に通じる作品を漆芸で作らなければ、ライナスがここにいられなくなる。そのための技術を水仲さんの蒔絵を見て学びたい。水仲さんの手間は取らせない。ただ蒔絵をしている姿を見せてくれるだけでいい。
たった一回。本気で蒔絵に向き合う水中さんを見ることができれば、ライナスは多くを学んでくれる。だから――。
俺の話を聞きながら、水仲さんは服を脱いで風呂へ入る準備を進める。そして肩にタオルをかけながら、ボソリと呟いた。
「オメェ、幸正の所にどれだけいる気なんや?」
「ずっとです。家族になって、ずっと、一緒にいます」
ライナス、さりげなくプロポーズするな。
思わず俺はうつむき、赤面していく顔を隠す。ライナスの言葉をどう取ったのか、水仲さんは小さく唸るだけで何も言わなかった。ただ背中を向けて浴場へ向かおうとした時、
「一回で済む訳ないやろ。気が済むまで来りゃあいい」
水仲さんからの予期せぬ承諾に、俺は弾かれたように頭を上げた。
「水、仲さん……本当に良いんですか?」
「余所もんやないなら応えるだけや」
俺たちに背を向けたまま水仲さんが浴場へ消えていく。
しばらく俺たちがポカンとなっていると、周りで様子を見ていたじいさんが俺に話しかけてきた。
「水仲のじいじ、あれ、喜んどるわ」
「喜んで、ますかね?」
「誰にも相手されんって、いつも愚痴っとるから。家族もよう寄り付かんし、黙々と仕事するだけやから……あれ、ぜってぇ照れとるわ」
昔気質の職人は仕事に没頭するあまり家族との交流が薄く、自分の領域に立ち入れられることを拒む人が少なくない。俺の親父がそうだった。どれだけ凄いことをしていても、身内だとその凄さがよく分からず、雑な扱いをされるというのも珍しい話じゃない。
俺が知っている職人の中で、水仲さんは扱いが難しい人だ。家族も接するのが大変だからと距離を置いているのが見て取れる。
人を拒んでいるようで、本当は必要とされたかったのか?
心の中で首を傾げていると、苦笑しながら近づいてきた辻口がポン、とライナスの肩を叩いた。
「思った展開じゃなかったけど、話が進んで良かったなあ」
「はいっ、ありがとうございます! 辻口さんのおかげです」
おかげ、なのか? まあ確かに辻口が連れて来てくれなかったら、話は進まなかった。俺は「そうだな」と頷いてから、濱中にも礼を伝えようとその姿を探す。
――いつの間にか服を着た濱中に気づき、俺は軽く驚く。
「濱中、もう上がるのか?」
「俺も軽くのぼせたので……ライナスの付き添いは俺がしますから、館長と幸正さんはゆっくり入られて下さい」
11
あなたにおすすめの小説
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
姉が結婚式から逃げ出したので、身代わりにヤクザの嫁になりました
拓海のり
BL
芳原暖斗(はると)は学校の文化祭の都合で姉の結婚式に遅れた。会場に行ってみると姉も両親もいなくて相手の男が身代わりになれと言う。とても断れる雰囲気ではなくて結婚式を挙げた暖斗だったがそのまま男の家に引き摺られて──。
昔書いたお話です。殆んど直していません。やくざ、カップル続々がダメな方はブラウザバックお願いします。やおいファンタジーなので細かい事はお許しください。よろしくお願いします。
タイトルを変えてみました。
雪解けを待つ森で ―スヴェル森の鎮魂歌(レクイエム)―
なの
BL
百年に一度、森の魔物へ生贄を捧げる村。
その年の供物に選ばれたのは、誰にも必要とされなかった孤児のアシェルだった。
死を覚悟して踏み入れた森の奥で、彼は古の守護者である獣人・ヴァルと出会う。
かつて人に裏切られ、心を閉ざしたヴァル。
そして、孤独だったアシェル。
凍てつく森での暮らしは、二人の運命を少しずつ溶かしていく。
だが、古い呪いは再び動き出し、燃え盛る炎が森と二人を飲み込もうとしていた。
生贄の少年と孤独な獣が紡ぐ、絶望の果てにある再生と愛のファンタジー
【完結】少年王が望むは…
綾雅(りょうが)今年は7冊!
BL
シュミレ国―――北の山脈に背を守られ、南の海が恵みを運ぶ国。
15歳の少年王エリヤは即位したばかりだった。両親を暗殺された彼を支えるは、執政ウィリアム一人。他の誰も信頼しない少年王は、彼に心を寄せていく。
恋ほど薄情ではなく、愛と呼ぶには尊敬や崇拝の感情が強すぎる―――小さな我侭すら戸惑うエリヤを、ウィリアムは幸せに出来るのか?
【注意事項】BL、R15、キスシーンあり、性的描写なし
【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう、カクヨム
【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。
カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。
異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。
ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。
そして、コスプレと思っていた男性は……。
最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。
はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。
2023.04.03
閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m
お待たせしています。
お待ちくださると幸いです。
2023.04.15
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
更新頻度が遅く、申し訳ないです。
今月中には完結できたらと思っています。
2023.04.17
完結しました。
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます!
すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる