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大切にしたい
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ベンチに腰を下ろして、お互い無言でペットボトルを呷る。ふと隣を見ると、溢れてしまった水が瀬名の顎を通って喉仏を濡らしていた。「先輩?」と首を傾げられて初めて、見入ってしまっていたことに気づいた。
「どうかしました?」
「いや、なんでもない」
「そうっすか?」
「うん、全っ然なんでもない」
「はは、なんでムキになってんすか」
やましいことなんてひとつもないはずなのに、なぜこんなに動揺してしまうのだろう。まさか……と考え始めたところで首を横に振る。
いやいや、ない。ただぼんやり見つめてしまっただけで、見惚れたわけでは決してない。瀬名のことは確かに好ましく思っている。だがそれは、ただただ後輩としてだ。瀬名が言うところの“そういう意味で好き”なわけではない。
瀬名の想いをちゃんと、桜輔へと返す。その使命を忘れてなんかいない。
「先輩はよくこの公園来るんすか?」
「……え? あー、ここ? いや全然だな。学校の近くの公園は帰りに寄ったりとかたまにするけど」
必死に決意を再確認していたから、返事に間が空いてしまった。気を取り直すように座り直し、一旦蓋をしたペットボトルを手の中で踊らせる。
「……へえ、友だちと?」
「いや、ひとりの時だな。あ、前に話しただろ、キジトラの猫がいたって。あれも同じ公園」
「……そうっすね」
「ん? そうっすね、って?」
「あー、いや……確かにそれ聞いたなって思い出して」
「なるほど」
「モモ先輩」
「んー?」
名前を呼ばれて隣に顔を向けると、ベンチの上に空いていたすき間を瀬名が少し詰めた。思わず息を飲んだ桃輔の瞳を、背を屈めて覗きこんでくる。
「モモ先輩」
「……なんだよ」
「手、繋ぎたい」
「は……いやなんでだよ」
「繋ぎたいから」
「そのまんまじゃん」
「ダメ?」
「瀬名……その顔は反則だからやめろ。許したくなる」
「先輩、チョロすぎ。気をつけたほうがいいっすよ。じゃないと、オレみたいのにつけこまれる」
「お前がそれ言ってどうすんだよ……あっ」
「嫌なら言ってください、すぐやめます」
いいよ、なんて言っていないのに、ベンチについていた手に瀬名の手が重なった。ぴくんと跳ねてできたすき間に、指先が滑りこんでくる。驚く暇もなく、あっという間に手は繋がれてしまった。ジトリとした目を向けると、へへ、と気の抜けたような緩んだ顔で瀬名は笑った。
「はあ……もう好きにしろ」
「嫌じゃない、ってことでいいっすか?」
「まあ、初めてじゃないしな」
「それは確かに」
「手繋ぐくらい、別にどうってことないし」
「……ふうん? じゃあ」
「…………?」
ふたりの間にあった繋がれた手を、瀬名が不意に持ち上げた。なにかと首を傾げたのも束の間、あとほんの少し空いていたすき間すら瀬名は詰めてきた。もう数センチしか残っていなくて、体がくっつきそうなくらいだ。持ち上げられた手が、瀬名の足の上に乗せられる。
「モモ先輩」
「…………」
呼ばれた名前に引っ張り上げられると、すぐ目の前に瀬名の顔。こんなに近くで見たことがあったっけ。呼吸ひとつにすら緊張していると、瀬名の額が桃輔のそれにやさしくぶつかった。
「ちょ、瀬名……」
「キスは? いい?」
「っ、は!?」
「キスするのも、どうってことない?」
「……いやある、すげーどうってことある」
「じゃあ、しちゃダメ?」
「ダメに決まってんだろ……」
「どうしても?」
縋るような声色でせがみながら、瀬名が額を擦りつけてくる。甘えられているみたいで、胸が妙にくすぐったい。気合を入れないと、うっかり流されてしまいそうだ。
「ん、ダメ」
「えー……ほっぺも?」
「……ダメだろ」
「減るもんじゃなくても?」
確かに瀬名の言うことは一理あるのかもしれない。正直なところ、それくらいならいいかもと思ってしまう自分だっている。受け入れてしまいたい。そのほうが頑なに拒むより圧倒的に楽だ。
だが、だからこそだと桃輔は思う。大事にしたい、瀬名の心を。そう願うなら、受け入れないことが正解な気がする。
「減るもんじゃないから、じゃね?」
「…………? どういう意味っすか?」
「ずっと残るだろ、その、こういう思い出って。大事じゃん、初めては尚更。だから、ダメ」
「先輩……」
瀬名の瞳をまっすぐに見て言うと、瀬名が肩に崩れ落ちてきた。慌ててその背中に手を添える。
「瀬名? どうした?」
「今、また先輩のこと好きになりました」
「……は?」
「めっちゃかっこよかった」
「はあ? 今ののどこが」
「ぱっと見はちょっとヤンキーっぽいのに、そういうの大事にするところ」
「……うっせ」
「あ、照れてます?」
肩に頭を乗せたまま、こちらを見上げてくる。迫ってみたと思ったら甘えたり、匙加減が絶妙だ。
「バカ、こっち見んな」
「へへ、見ますー。あ、一個気になったんすけど」
「ん?」
「さっき初めてって言ってましたけど、もしかしてファーストキスまだですか?」
「あ、お前そういうのバカにするタイプ?」
「バカになんてしてないっすよ! むしろ嬉しいっす。大事にしててくれてよかったなって」
「……別に、お前にやるとは言ってない」
「そんなこと言わないでください……他のヤツがって考えただけでしんどい」
「はは、瀬名ってほんと面白ぇな」
あやすように背中をトントンとたたく。するとどさくさに紛れて、ぎゅっと抱きしめられてしまった。
「ちょ、瀬名! はは、苦しいって」
「えー、そんなに強くしてないっすよ」
「お前なあ。ったく」
これは戯れのハグだろうか。楽しそうな瀬名の空気がそう思わせる。だからいいよなと自分に言い聞かせて、桃輔も「はいはい」なんて言いながら抱きしめ返した。
「どうかしました?」
「いや、なんでもない」
「そうっすか?」
「うん、全っ然なんでもない」
「はは、なんでムキになってんすか」
やましいことなんてひとつもないはずなのに、なぜこんなに動揺してしまうのだろう。まさか……と考え始めたところで首を横に振る。
いやいや、ない。ただぼんやり見つめてしまっただけで、見惚れたわけでは決してない。瀬名のことは確かに好ましく思っている。だがそれは、ただただ後輩としてだ。瀬名が言うところの“そういう意味で好き”なわけではない。
瀬名の想いをちゃんと、桜輔へと返す。その使命を忘れてなんかいない。
「先輩はよくこの公園来るんすか?」
「……え? あー、ここ? いや全然だな。学校の近くの公園は帰りに寄ったりとかたまにするけど」
必死に決意を再確認していたから、返事に間が空いてしまった。気を取り直すように座り直し、一旦蓋をしたペットボトルを手の中で踊らせる。
「……へえ、友だちと?」
「いや、ひとりの時だな。あ、前に話しただろ、キジトラの猫がいたって。あれも同じ公園」
「……そうっすね」
「ん? そうっすね、って?」
「あー、いや……確かにそれ聞いたなって思い出して」
「なるほど」
「モモ先輩」
「んー?」
名前を呼ばれて隣に顔を向けると、ベンチの上に空いていたすき間を瀬名が少し詰めた。思わず息を飲んだ桃輔の瞳を、背を屈めて覗きこんでくる。
「モモ先輩」
「……なんだよ」
「手、繋ぎたい」
「は……いやなんでだよ」
「繋ぎたいから」
「そのまんまじゃん」
「ダメ?」
「瀬名……その顔は反則だからやめろ。許したくなる」
「先輩、チョロすぎ。気をつけたほうがいいっすよ。じゃないと、オレみたいのにつけこまれる」
「お前がそれ言ってどうすんだよ……あっ」
「嫌なら言ってください、すぐやめます」
いいよ、なんて言っていないのに、ベンチについていた手に瀬名の手が重なった。ぴくんと跳ねてできたすき間に、指先が滑りこんでくる。驚く暇もなく、あっという間に手は繋がれてしまった。ジトリとした目を向けると、へへ、と気の抜けたような緩んだ顔で瀬名は笑った。
「はあ……もう好きにしろ」
「嫌じゃない、ってことでいいっすか?」
「まあ、初めてじゃないしな」
「それは確かに」
「手繋ぐくらい、別にどうってことないし」
「……ふうん? じゃあ」
「…………?」
ふたりの間にあった繋がれた手を、瀬名が不意に持ち上げた。なにかと首を傾げたのも束の間、あとほんの少し空いていたすき間すら瀬名は詰めてきた。もう数センチしか残っていなくて、体がくっつきそうなくらいだ。持ち上げられた手が、瀬名の足の上に乗せられる。
「モモ先輩」
「…………」
呼ばれた名前に引っ張り上げられると、すぐ目の前に瀬名の顔。こんなに近くで見たことがあったっけ。呼吸ひとつにすら緊張していると、瀬名の額が桃輔のそれにやさしくぶつかった。
「ちょ、瀬名……」
「キスは? いい?」
「っ、は!?」
「キスするのも、どうってことない?」
「……いやある、すげーどうってことある」
「じゃあ、しちゃダメ?」
「ダメに決まってんだろ……」
「どうしても?」
縋るような声色でせがみながら、瀬名が額を擦りつけてくる。甘えられているみたいで、胸が妙にくすぐったい。気合を入れないと、うっかり流されてしまいそうだ。
「ん、ダメ」
「えー……ほっぺも?」
「……ダメだろ」
「減るもんじゃなくても?」
確かに瀬名の言うことは一理あるのかもしれない。正直なところ、それくらいならいいかもと思ってしまう自分だっている。受け入れてしまいたい。そのほうが頑なに拒むより圧倒的に楽だ。
だが、だからこそだと桃輔は思う。大事にしたい、瀬名の心を。そう願うなら、受け入れないことが正解な気がする。
「減るもんじゃないから、じゃね?」
「…………? どういう意味っすか?」
「ずっと残るだろ、その、こういう思い出って。大事じゃん、初めては尚更。だから、ダメ」
「先輩……」
瀬名の瞳をまっすぐに見て言うと、瀬名が肩に崩れ落ちてきた。慌ててその背中に手を添える。
「瀬名? どうした?」
「今、また先輩のこと好きになりました」
「……は?」
「めっちゃかっこよかった」
「はあ? 今ののどこが」
「ぱっと見はちょっとヤンキーっぽいのに、そういうの大事にするところ」
「……うっせ」
「あ、照れてます?」
肩に頭を乗せたまま、こちらを見上げてくる。迫ってみたと思ったら甘えたり、匙加減が絶妙だ。
「バカ、こっち見んな」
「へへ、見ますー。あ、一個気になったんすけど」
「ん?」
「さっき初めてって言ってましたけど、もしかしてファーストキスまだですか?」
「あ、お前そういうのバカにするタイプ?」
「バカになんてしてないっすよ! むしろ嬉しいっす。大事にしててくれてよかったなって」
「……別に、お前にやるとは言ってない」
「そんなこと言わないでください……他のヤツがって考えただけでしんどい」
「はは、瀬名ってほんと面白ぇな」
あやすように背中をトントンとたたく。するとどさくさに紛れて、ぎゅっと抱きしめられてしまった。
「ちょ、瀬名! はは、苦しいって」
「えー、そんなに強くしてないっすよ」
「お前なあ。ったく」
これは戯れのハグだろうか。楽しそうな瀬名の空気がそう思わせる。だからいいよなと自分に言い聞かせて、桃輔も「はいはい」なんて言いながら抱きしめ返した。
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