【完結】口遊むのはいつもブルージー 〜双子の兄に惚れている後輩から、弟の俺が迫られています〜

星寝むぎ

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さようならの心構え

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「瀬名!」

 屋上前の踊り場。階段を上がりきるより先に声を張り上げた。だが瀬名の姿はまだなかった。乱れた呼吸に肩を上下させていると、背後から「モモ先輩?」と名前を呼ばれた。瀬名だ。

「どうしたんすか? 今オレの名前……」
「瀬名……っ」
「っ……は、はい?」

 階段の数段下に瀬名の姿はあった。不思議そうに首を傾げ、こちらを見上げている。

「瀬名、俺……」
「はい」

 ずいぶんと気が立っていたようだ。瀬名の顔を見て気持ちが落ち着いたことで、それに気づく。弱気な声が出てしまって、格好がつかない。だがそんな自分を曝してでも、今は伝えたいことがあった。

「お願いが、あるんだけどさ」
「うん、いいですよ」
「……まだなんも言ってねえじゃん」
「そうですけど、モモ先輩のお願いでしょ? 絶対叶えます」
「……すげー自分勝手な話だぞ?」
「はい」
「お前、俺のこと嫌いになるかも」
「それはないっすね」
「……じゃあ、言う」

 嫌うことはないと言い切って、強いまなざしで瀬名が頷いた。それに引っ張られるように、桃輔もくちびるを噛んで頷く。

「体育祭の実行委員の話、あった?」
「実行委員? うん、ありました。放課後に決めるって」
「っ、それなんだけど……やらないでほしい」

 瀬名の表情が変わるのを見るのが怖くて、逃げるように俯いた。なにを言っているのだと、訝しんでいるかもしれない。

 だが瀬名は、あっけらかんとした様子で答えた。

「分かりました」
「……え?」

 思わず顔を上げれば、瀬名は普段と変わらない様子だった。いや、むしろ微笑んでいる。安心させようとしているように見える柔らかさだ。

「実行委員、やりません。あ、モモ先輩は? やるの?」
「いや、俺もやらないけど……」
「じゃあなんも問題ないっすね。約束する、やりません」
「……いいのか?」
「いいもなにも、特別興味なかったし。なにより、モモ先輩の頼みだし」
「……だって瀬名、友だちいっぱいいんだろ? 一緒にやろうって言われるかもじゃん。そん時に俺が面倒なこと言ったせいで、断んなきゃってなんだぞ?」
「うん、それでいい。いや、それがいい、かな」
「なんで……」
「なんでって。そりゃあ……」

 そこまで言って、瀬名は階段を上がってくる。そして桃輔の手をするりと握った。導かれる先は、昼休みのいつもの定位置だ。隣り合わせに座って、だが体はこちらに向けて瀬名は続ける。

「先輩のことが好きだからに決まってます」
「瀬名……」

 真摯な想いがひしひしと伝わってくる。

 ああ、駄目だ。もう潮時だ。いつかいつかと誤魔化しながら今まで引っ張ってきたけれど、そろそろ本当に手放してあげなければと強く感じる。こんなわがままをこれから先も続けるわけにはいかないのだから。

 体育祭が終わったら、真実を告げよう。瀬名が惚れた相手は、追いかけるべきなのは自分じゃないのだと。

 その日まで、あと一ヶ月と少しだけ。瀬名の隣にいさせてほしい。

「ごめんな、瀬名」

 懺悔の声は聞こえなかったようで、「ん?」と瀬名が背を屈め耳を寄せてきた。その優しさに、なんだか甘えてみたくなる。

「なんでもない。なあ、もうちょっとこっち」
「え? ……っ、モモ先輩?」

 瀬名のシャツをそっと引っ張って、肩に額を乗せる。大胆なことをしているなあと思いはするが、それ以上に安心感に包まれて、離れられなくなる。

「ちょっとだけこうしてていい? でも暑いし、嫌だよな」
「っ、そんなの、全然いいっす。モモ先輩の好きなだけ、いいよ」
「はは、さんきゅ」

 許しをくれた瀬名が、背中に腕を回してきた。涙がこみ上げそうになりながら、桃輔も抱き返す。

 残暑と呼ぶには過ぎる暑さと、空いているはずの腹と。こうしているわけにはいけないな、と思う理由がいくつか浮かぶのに。心のほうはこの体温を手放せそうにない。
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