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さようならの心構え
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夏休み中にインスタへ投稿した弾き語りの動画は、合計で5本になった。最低でも毎週1本できたら、と考えていたのでノルマは達成したことになる。選曲はどうにも、片想いのものばかりになった。希望に満ちたもの、想い焦がれて痛む胸の内を唄ったもの。ギターを弾きながら唄うのは気持ちがよくて、もっと上手くなりたい、もっと唄いたいと欲張りになった。
投稿する度にアンミツから届いたDMの中に、<ユーチューブには投稿しないのですか>と書かれていたことがあった。考えたことがないわけじゃない。だがどうにも踏み出せずにいる、埋もれてしまうのは分かっているからだ。誰かと比べられるのはどうしても好きではない。もちろんインスタにだって検索すればたくさんの同士がいるのだろうが、覗くことはほとんどない。自分の世界だけで唄って、ほんの少数でも目に留めてくれた人が聴いてくれればそれで満足だった。
勉強はと言えば、教科書に手を伸ばすことすらなかった。参考書なんて持ってもいない。あまりになにもしないので、母を怒らせる毎日だった。
「はよ」
「お、モモおっはよー」
「なあなあ、夏休みどんくらい勉強した?」
「いや全然」
「マジかよモモ……俺は塾ばっかだったわ」
「俺も親がうるさくてさあ。なんだかんだ、今までの夏休みでいちばんやったかも」
二学期の初日。登校すると、森本も尾方も朝から勉強の話をしてきた。どうやら、ほとんど休みと呼べるような休みではなかったようだ。
モモは進路どうすんだよ、との質問を適当にあしらっていたら、担任が教室に入ってきた。桃輔の席の周りに集まっていた森本と尾方が、自身の席へと戻っていく。
「夏休み明けでだらけてる者もいると思うが、二学期は重要な時期だからな。気を引き締めていけよ」
「先生~、それ一学期も聞いた気がするー」
「私も思った!」
「おー、言った言った。三年生だからな。だがみんな分かってると思うが、二学期はお楽しみもあるよな。来月の体育祭だ。今日のホームルームで実行委員を決めるから、どうするか各自考えておくように。例年通り、最低でもふたり必要だからな」
体育祭の言葉に多くの生徒が沸き立つ。森本と尾方も拳を上げて笑っている。昨年のクラス対抗リレーで惜しくも優勝を逃した経験があるから、みんな気合が入っているのだろう。先生も冷静な口調のようで、闘志を燃やしているのが分かる。げんなりとしているのは、桃輔とあとは片手で数える程度だ。
スポーツをするのも目立つのも、桃輔は好きではない。実行委員なんて絶対にごめんだ。だがこの様子なら、立候補がたくさんありそうだと安堵する。
昼休み。いつものように弁当を持って、森本と尾方に「じゃあな」と軽く手を振る。9月になったとは言えまだまだ夏真っ盛りで暑くてたまらないが、それでもこのルーティンだけは崩せない。
シャツの襟をつまんで、パタパタと風を送りながら教室を出る。すると、廊下には桜輔の姿があった。げ、と思う間なく目が合ってしまう。タイミングが悪い。軽く舌打ちを打つ。こんな時は、早くこの場を立ち去るのが吉だ。だが歩き出したその時、桜輔を囲う女子たちの声がいやに耳についた。
「桜輔くん、今年も実行委員やる? 体育祭の」
「あー、うん。せっかくだから今年もやろうと思ってる。他にやる人がいなかったらだけど」
「はいはい! 私もやるから、一緒にやろう?」
「私もやりたーい」
「定員ふたりじゃなかった?」
「最低でもふたりって言ってたから、多い分はいいんじゃない?」
相変わらずの優等生だ。呆れのため息を零した桃輔は、いや待て、とはたと足を止める。
体育祭の実行委員は全学年全クラスから選出され、協力して体育祭を運営する。この会話の流れで桜輔が辞退することはないだろう。だとしたら、だ。もしも瀬名も実行委員になったら、終わりだ。瀬名の恋心の正しい行き先と、自分が嘘つきだということが全部全部、瀬名に知られてしまう。そうしたらもう、一緒に過ごすこともできなくなる。
桃輔は弾かれるようにして走り出す。昼休みを迎えたばかりの廊下は人が多い。だが誰に肩をぶつけても、どこからか教師の叱る声が聞こえても、立ち止まる気にはなれなかった。
投稿する度にアンミツから届いたDMの中に、<ユーチューブには投稿しないのですか>と書かれていたことがあった。考えたことがないわけじゃない。だがどうにも踏み出せずにいる、埋もれてしまうのは分かっているからだ。誰かと比べられるのはどうしても好きではない。もちろんインスタにだって検索すればたくさんの同士がいるのだろうが、覗くことはほとんどない。自分の世界だけで唄って、ほんの少数でも目に留めてくれた人が聴いてくれればそれで満足だった。
勉強はと言えば、教科書に手を伸ばすことすらなかった。参考書なんて持ってもいない。あまりになにもしないので、母を怒らせる毎日だった。
「はよ」
「お、モモおっはよー」
「なあなあ、夏休みどんくらい勉強した?」
「いや全然」
「マジかよモモ……俺は塾ばっかだったわ」
「俺も親がうるさくてさあ。なんだかんだ、今までの夏休みでいちばんやったかも」
二学期の初日。登校すると、森本も尾方も朝から勉強の話をしてきた。どうやら、ほとんど休みと呼べるような休みではなかったようだ。
モモは進路どうすんだよ、との質問を適当にあしらっていたら、担任が教室に入ってきた。桃輔の席の周りに集まっていた森本と尾方が、自身の席へと戻っていく。
「夏休み明けでだらけてる者もいると思うが、二学期は重要な時期だからな。気を引き締めていけよ」
「先生~、それ一学期も聞いた気がするー」
「私も思った!」
「おー、言った言った。三年生だからな。だがみんな分かってると思うが、二学期はお楽しみもあるよな。来月の体育祭だ。今日のホームルームで実行委員を決めるから、どうするか各自考えておくように。例年通り、最低でもふたり必要だからな」
体育祭の言葉に多くの生徒が沸き立つ。森本と尾方も拳を上げて笑っている。昨年のクラス対抗リレーで惜しくも優勝を逃した経験があるから、みんな気合が入っているのだろう。先生も冷静な口調のようで、闘志を燃やしているのが分かる。げんなりとしているのは、桃輔とあとは片手で数える程度だ。
スポーツをするのも目立つのも、桃輔は好きではない。実行委員なんて絶対にごめんだ。だがこの様子なら、立候補がたくさんありそうだと安堵する。
昼休み。いつものように弁当を持って、森本と尾方に「じゃあな」と軽く手を振る。9月になったとは言えまだまだ夏真っ盛りで暑くてたまらないが、それでもこのルーティンだけは崩せない。
シャツの襟をつまんで、パタパタと風を送りながら教室を出る。すると、廊下には桜輔の姿があった。げ、と思う間なく目が合ってしまう。タイミングが悪い。軽く舌打ちを打つ。こんな時は、早くこの場を立ち去るのが吉だ。だが歩き出したその時、桜輔を囲う女子たちの声がいやに耳についた。
「桜輔くん、今年も実行委員やる? 体育祭の」
「あー、うん。せっかくだから今年もやろうと思ってる。他にやる人がいなかったらだけど」
「はいはい! 私もやるから、一緒にやろう?」
「私もやりたーい」
「定員ふたりじゃなかった?」
「最低でもふたりって言ってたから、多い分はいいんじゃない?」
相変わらずの優等生だ。呆れのため息を零した桃輔は、いや待て、とはたと足を止める。
体育祭の実行委員は全学年全クラスから選出され、協力して体育祭を運営する。この会話の流れで桜輔が辞退することはないだろう。だとしたら、だ。もしも瀬名も実行委員になったら、終わりだ。瀬名の恋心の正しい行き先と、自分が嘘つきだということが全部全部、瀬名に知られてしまう。そうしたらもう、一緒に過ごすこともできなくなる。
桃輔は弾かれるようにして走り出す。昼休みを迎えたばかりの廊下は人が多い。だが誰に肩をぶつけても、どこからか教師の叱る声が聞こえても、立ち止まる気にはなれなかった。
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