【完結】偽物の王女だけど私が本物です〜生贄の聖女はよみがえる〜

白崎りか

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8 婚約者とのお茶会

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「なんだ、のろま人形は読書のまねをしてるのか」

 一刻が過ぎて、ようやく婚約者がやって来た。
 ああ、アスラン様……に似た髪の色。

「おい! 婚約者様が来てやったんだ。何とか言えよ」

 私はそれを無視して、本に目を落とす。
 ……。声はぜんぜん似ていないわ。口調も全く違う。

「はっ! なんだよそれ、帝国語の本だろ? 読めないくせに。教師に見捨てられて、この国の文字も読めないって聞いてるぞ。はは、本当にみっともないほどバカな王女だな」

 私を笑い者にするアーサーの声が耳障りだ。

 ふう、アスラン様だったら、絶対にそんなこと言わないのに。
 ああ、もう!
 アスラン様に似た姿で、彼を冒涜しないで!

「おい! 無駄なことはやめろよ。おまえはただ、俺の命令を聞けばいいんだよ。バカな人形らしくな。本を読んでるふりで賢くなったつもりかよ」

 乱暴に本を取り上げられる。私は、きっとにらみつけた。

「『貿易と関税』について学んでましたの。帝国から我が国に輸入される商品は、こちらで税金の額を決められないことになってます。でも、これはおかしいですわ。わが国から帝国に輸出する商品には、かなりの税金をかけてるようなのに」

「は?」

 突然話し出した私に驚いて、アーサーは紺碧の瞳を見開いた。

「少なくとも輸入品に関しては、わが国で税率を定められるように早急に対処しなければ。これでは帝国に良いようにされてしまいます」

「は? おまえ、しゃべれるのか? 人形なのに」

 口をパクパクさせてから、アーサーは信じられないと言う顔をした。何をそんなに驚いてるんだろう? 本当の人形のわけないのに。

「帝国との契約は、あまりにも不平等だと思いませんか? 我が国は凶悪な魔物の襲撃はなく、新農業計画も数十年前までは上手くいっていました。では、なぜ、こうも借金ばかり増えていくのでしょう? アーサー様はどう思われますか?」

「は? ふ、ふざけんなよ!」

 私の問いかけに、アーサーは急にどなり出した。

「バカな人形は人形らしくしてたらいいんだよ! なんだよ。気持ち悪いな! おい! 不愉快だ。俺様はもう帰るぞ!」

 彼は自分の頭で考えられないことが起きると、大声でどなる癖があるのだ。仕方ない。

「申し訳ありません。差し出がましいことを申しました。お許しください」

 私は感情を押し殺し、100年前に習得した上位者への礼をして頭を下げた。
 今の自分の地位は、王女だけれど、皆には認められていない。
 この王宮の中で、私は最下層の扱いだ。
 ……それは、100年前と変わらない。

「は? なんだよ、急に」

「よろしかったら、お茶をいかがですか? すぐにお入れします」

 作り笑いで婚約者をもてなす演技をする。いつもと様子の違う私に、戸惑いながらも、アーサーはうなずいた。

 遠い記憶の中、当時の兄や妹のことを思い出しながら、お茶を注ぐ。お茶会の席で、王族の近くに侍り、世話をするのは私の役目だった。100年前の作法は、まだ有効だろうか?

 アーサーはドスンと音を立てて椅子に座り、私のことを気味悪そうにじろじろと見た。

「アーサー様の髪の色は本当に美しいですね。まるで、空に輝く星のように、まぶしく高貴な色をしています。それに、その瞳はサファイア湖のように、奥深く澄んだ色をしています」

 あからさまなお世辞に、アーサーは気を良くしたように、にやりと笑った。
 人形姫と呼んで軽蔑している相手からの称賛でも、喜べるのか。

「ふん、今日はいやにしゃべるな。なんだ気持ち悪い」

 そう言いながら、肘をついて、物珍しそうに私を眺めた。

「おまえ、ちゃんとした格好もできたんだな」

 今までと同じ粗末なワンピースを着ているけれど、新品なので汚れていない。
 それに、最近は自分に治療魔法をかけながら、しっかり食事もしているので、健康状態も良好だ。肌の調子も良いし、シミひとつない。髪の毛もつやつやだ。

 絶世の美女とまでは言えないけれど、私も王女なので、そこそこ見られるぐらいには容姿が整っている。かなりの童顔だけどね。

 にやにやしているアーサーは無視して、そっと視線を彼の従者にやる。

 アーサーはただの操り人形だ。自分で考える頭は持たない。
 このひょろりと痩せた糸目の若い従者。これがアーサーのお目付け役で指示役だ。

 彼の目には、豹変した今の私はどう見えているだろうか?
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