8 / 41
8 婚約者とのお茶会
しおりを挟む
「なんだ、のろま人形は読書のまねをしてるのか」
一刻が過ぎて、ようやく婚約者がやって来た。
ああ、アスラン様……に似た髪の色。
「おい! 婚約者様が来てやったんだ。何とか言えよ」
私はそれを無視して、本に目を落とす。
……。声はぜんぜん似ていないわ。口調も全く違う。
「はっ! なんだよそれ、帝国語の本だろ? 読めないくせに。教師に見捨てられて、この国の文字も読めないって聞いてるぞ。はは、本当にみっともないほどバカな王女だな」
私を笑い者にするアーサーの声が耳障りだ。
ふう、アスラン様だったら、絶対にそんなこと言わないのに。
ああ、もう!
アスラン様に似た姿で、彼を冒涜しないで!
「おい! 無駄なことはやめろよ。おまえはただ、俺の命令を聞けばいいんだよ。バカな人形らしくな。本を読んでるふりで賢くなったつもりかよ」
乱暴に本を取り上げられる。私は、きっとにらみつけた。
「『貿易と関税』について学んでましたの。帝国から我が国に輸入される商品は、こちらで税金の額を決められないことになってます。でも、これはおかしいですわ。わが国から帝国に輸出する商品には、かなりの税金をかけてるようなのに」
「は?」
突然話し出した私に驚いて、アーサーは紺碧の瞳を見開いた。
「少なくとも輸入品に関しては、わが国で税率を定められるように早急に対処しなければ。これでは帝国に良いようにされてしまいます」
「は? おまえ、しゃべれるのか? 人形なのに」
口をパクパクさせてから、アーサーは信じられないと言う顔をした。何をそんなに驚いてるんだろう? 本当の人形のわけないのに。
「帝国との契約は、あまりにも不平等だと思いませんか? 我が国は凶悪な魔物の襲撃はなく、新農業計画も数十年前までは上手くいっていました。では、なぜ、こうも借金ばかり増えていくのでしょう? アーサー様はどう思われますか?」
「は? ふ、ふざけんなよ!」
私の問いかけに、アーサーは急にどなり出した。
「バカな人形は人形らしくしてたらいいんだよ! なんだよ。気持ち悪いな! おい! 不愉快だ。俺様はもう帰るぞ!」
彼は自分の頭で考えられないことが起きると、大声でどなる癖があるのだ。仕方ない。
「申し訳ありません。差し出がましいことを申しました。お許しください」
私は感情を押し殺し、100年前に習得した上位者への礼をして頭を下げた。
今の自分の地位は、王女だけれど、皆には認められていない。
この王宮の中で、私は最下層の扱いだ。
……それは、100年前と変わらない。
「は? なんだよ、急に」
「よろしかったら、お茶をいかがですか? すぐにお入れします」
作り笑いで婚約者をもてなす演技をする。いつもと様子の違う私に、戸惑いながらも、アーサーはうなずいた。
遠い記憶の中、当時の兄や妹のことを思い出しながら、お茶を注ぐ。お茶会の席で、王族の近くに侍り、世話をするのは私の役目だった。100年前の作法は、まだ有効だろうか?
アーサーはドスンと音を立てて椅子に座り、私のことを気味悪そうにじろじろと見た。
「アーサー様の髪の色は本当に美しいですね。まるで、空に輝く星のように、まぶしく高貴な色をしています。それに、その瞳はサファイア湖のように、奥深く澄んだ色をしています」
あからさまなお世辞に、アーサーは気を良くしたように、にやりと笑った。
人形姫と呼んで軽蔑している相手からの称賛でも、喜べるのか。
「ふん、今日はいやにしゃべるな。なんだ気持ち悪い」
そう言いながら、肘をついて、物珍しそうに私を眺めた。
「おまえ、ちゃんとした格好もできたんだな」
今までと同じ粗末なワンピースを着ているけれど、新品なので汚れていない。
それに、最近は自分に治療魔法をかけながら、しっかり食事もしているので、健康状態も良好だ。肌の調子も良いし、シミひとつない。髪の毛もつやつやだ。
絶世の美女とまでは言えないけれど、私も王女なので、そこそこ見られるぐらいには容姿が整っている。かなりの童顔だけどね。
にやにやしているアーサーは無視して、そっと視線を彼の従者にやる。
アーサーはただの操り人形だ。自分で考える頭は持たない。
このひょろりと痩せた糸目の若い従者。これがアーサーのお目付け役で指示役だ。
彼の目には、豹変した今の私はどう見えているだろうか?
一刻が過ぎて、ようやく婚約者がやって来た。
ああ、アスラン様……に似た髪の色。
「おい! 婚約者様が来てやったんだ。何とか言えよ」
私はそれを無視して、本に目を落とす。
……。声はぜんぜん似ていないわ。口調も全く違う。
「はっ! なんだよそれ、帝国語の本だろ? 読めないくせに。教師に見捨てられて、この国の文字も読めないって聞いてるぞ。はは、本当にみっともないほどバカな王女だな」
私を笑い者にするアーサーの声が耳障りだ。
ふう、アスラン様だったら、絶対にそんなこと言わないのに。
ああ、もう!
アスラン様に似た姿で、彼を冒涜しないで!
「おい! 無駄なことはやめろよ。おまえはただ、俺の命令を聞けばいいんだよ。バカな人形らしくな。本を読んでるふりで賢くなったつもりかよ」
乱暴に本を取り上げられる。私は、きっとにらみつけた。
「『貿易と関税』について学んでましたの。帝国から我が国に輸入される商品は、こちらで税金の額を決められないことになってます。でも、これはおかしいですわ。わが国から帝国に輸出する商品には、かなりの税金をかけてるようなのに」
「は?」
突然話し出した私に驚いて、アーサーは紺碧の瞳を見開いた。
「少なくとも輸入品に関しては、わが国で税率を定められるように早急に対処しなければ。これでは帝国に良いようにされてしまいます」
「は? おまえ、しゃべれるのか? 人形なのに」
口をパクパクさせてから、アーサーは信じられないと言う顔をした。何をそんなに驚いてるんだろう? 本当の人形のわけないのに。
「帝国との契約は、あまりにも不平等だと思いませんか? 我が国は凶悪な魔物の襲撃はなく、新農業計画も数十年前までは上手くいっていました。では、なぜ、こうも借金ばかり増えていくのでしょう? アーサー様はどう思われますか?」
「は? ふ、ふざけんなよ!」
私の問いかけに、アーサーは急にどなり出した。
「バカな人形は人形らしくしてたらいいんだよ! なんだよ。気持ち悪いな! おい! 不愉快だ。俺様はもう帰るぞ!」
彼は自分の頭で考えられないことが起きると、大声でどなる癖があるのだ。仕方ない。
「申し訳ありません。差し出がましいことを申しました。お許しください」
私は感情を押し殺し、100年前に習得した上位者への礼をして頭を下げた。
今の自分の地位は、王女だけれど、皆には認められていない。
この王宮の中で、私は最下層の扱いだ。
……それは、100年前と変わらない。
「は? なんだよ、急に」
「よろしかったら、お茶をいかがですか? すぐにお入れします」
作り笑いで婚約者をもてなす演技をする。いつもと様子の違う私に、戸惑いながらも、アーサーはうなずいた。
遠い記憶の中、当時の兄や妹のことを思い出しながら、お茶を注ぐ。お茶会の席で、王族の近くに侍り、世話をするのは私の役目だった。100年前の作法は、まだ有効だろうか?
アーサーはドスンと音を立てて椅子に座り、私のことを気味悪そうにじろじろと見た。
「アーサー様の髪の色は本当に美しいですね。まるで、空に輝く星のように、まぶしく高貴な色をしています。それに、その瞳はサファイア湖のように、奥深く澄んだ色をしています」
あからさまなお世辞に、アーサーは気を良くしたように、にやりと笑った。
人形姫と呼んで軽蔑している相手からの称賛でも、喜べるのか。
「ふん、今日はいやにしゃべるな。なんだ気持ち悪い」
そう言いながら、肘をついて、物珍しそうに私を眺めた。
「おまえ、ちゃんとした格好もできたんだな」
今までと同じ粗末なワンピースを着ているけれど、新品なので汚れていない。
それに、最近は自分に治療魔法をかけながら、しっかり食事もしているので、健康状態も良好だ。肌の調子も良いし、シミひとつない。髪の毛もつやつやだ。
絶世の美女とまでは言えないけれど、私も王女なので、そこそこ見られるぐらいには容姿が整っている。かなりの童顔だけどね。
にやにやしているアーサーは無視して、そっと視線を彼の従者にやる。
アーサーはただの操り人形だ。自分で考える頭は持たない。
このひょろりと痩せた糸目の若い従者。これがアーサーのお目付け役で指示役だ。
彼の目には、豹変した今の私はどう見えているだろうか?
46
あなたにおすすめの小説
はずれの聖女
おこめ
恋愛
この国に二人いる聖女。
一人は見目麗しく誰にでも優しいとされるリーア、もう一人は地味な容姿のせいで影で『はずれ』と呼ばれているシルク。
シルクは一部の人達から蔑まれており、軽く扱われている。
『はずれ』のシルクにも優しく接してくれる騎士団長のアーノルドにシルクは心を奪われており、日常で共に過ごせる時間を満喫していた。
だがある日、アーノルドに想い人がいると知り……
しかもその相手がもう一人の聖女であるリーアだと知りショックを受ける最中、更に心を傷付ける事態に見舞われる。
なんやかんやでさらっとハッピーエンドです。
二周目聖女は恋愛小説家! ~探されてますが、前世で断罪されたのでもう名乗り出ません~
今川幸乃
恋愛
下級貴族令嬢のイリスは聖女として国のために祈りを捧げていたが、陰謀により婚約者でもあった王子アレクセイに偽聖女であると断罪されて死んだ。
こんなことなら聖女に名乗り出なければ良かった、と思ったイリスは突如、聖女に名乗り出る直前に巻き戻ってしまう。
「絶対に名乗り出ない」と思うイリスは部屋に籠り、怪しまれないよう恋愛小説を書いているという嘘をついてしまう。
が、嘘をごまかすために仕方なく書き始めた恋愛小説はなぜかどんどん人気になっていく。
「恥ずかしいからむしろ誰にも読まれないで欲しいんだけど……」
一方そのころ、本物の聖女が現れないため王子アレクセイらは必死で聖女を探していた。
※序盤の断罪以外はギャグ寄り。だいぶ前に書いたもののリメイク版です
完【恋愛】婚約破棄をされた瞬間聖女として顕現した令嬢は竜の伴侶となりました。
梅花
恋愛
侯爵令嬢であるフェンリエッタはこの国の第2王子であるフェルディナンドの婚約者であった。
16歳の春、王立学院を卒業後に正式に結婚をして王室に入る事となっていたが、それをぶち壊したのは誰でもないフェルディナンド彼の人だった。
卒業前の舞踏会で、惨事は起こった。
破り捨てられた婚約証書。
破られたことで切れてしまった絆。
それと同時に手の甲に浮かび上がった痣は、聖痕と呼ばれるもの。
痣が浮き出る直前に告白をしてきたのは隣国からの留学生であるベルナルド。
フェンリエッタの行方は…
王道ざまぁ予定です
異世界から本物の聖女が来たからと、追い出された聖女は自由に生きたい! (完結)
深月カナメ
恋愛
十歳から十八歳まで聖女として、国の為に祈り続けた、白銀の髪、グリーンの瞳、伯爵令嬢ヒーラギだった。
そんなある日、異世界から聖女ーーアリカが降臨した。一応アリカも聖女だってらしく傷を治す力を持っていた。
この世界には珍しい黒髪、黒い瞳の彼女をみて、自分を嫌っていた王子、国王陛下、王妃、騎士など周りは本物の聖女が来たと喜ぶ。
聖女で、王子の婚約者だったヒーラギは婚約破棄されてしまう。
ヒーラギは新しい聖女が現れたのなら、自分の役目は終わった、これからは美味しいものをたくさん食べて、自由に生きると決めた。
【完結】次期聖女として育てられてきましたが、異父妹の出現で全てが終わりました。史上最高の聖女を追放した代償は高くつきます!
林 真帆
恋愛
マリアは聖女の血を受け継ぐ家系に生まれ、次期聖女として大切に育てられてきた。
マリア自身も、自分が聖女になり、全てを国と民に捧げるものと信じて疑わなかった。
そんなマリアの前に、異父妹のカタリナが突然現れる。
そして、カタリナが現れたことで、マリアの生活は一変する。
どうやら現聖女である母親のエリザベートが、マリアを追い出し、カタリナを次期聖女にしようと企んでいるようで……。
2022.6.22 第一章完結しました。
2022.7.5 第二章完結しました。
第一章は、主人公が理不尽な目に遭い、追放されるまでのお話です。
第二章は、主人公が国を追放された後の生活。まだまだ不幸は続きます。
第三章から徐々に主人公が報われる展開となる予定です。
虐げられた令嬢は、耐える必要がなくなりました
天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私アニカは、妹と違い婚約者がいなかった。
妹レモノは侯爵令息との婚約が決まり、私を見下すようになる。
その後……私はレモノの嘘によって、家族から虐げられていた。
家族の命令で外に出ることとなり、私は公爵令息のジェイドと偶然出会う。
ジェイドは私を心配して、守るから耐える必要はないと言ってくれる。
耐える必要がなくなった私は、家族に反撃します。
【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている
五色ひわ
恋愛
ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。
初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。
報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?
小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。
しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。
突然の失恋に、落ち込むペルラ。
そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。
「俺は、放っておけないから来たのです」
初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて――
ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる