黒狼の牙 〜領地を追われた元貴族。過去の世界で魔法の力を得て現在に帰還する。え、暴力組織? やめて下さい、黒狼会は真っ当な商会です〜

ネコミコズッキーニ

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王の定義

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 ヴィンチェスターはガリグレッドと屋敷の一室で会談を行っていた。

「では、本当なのか……?」

「ふふ、えぇ。結社とはそれなりの付き合いになります」

 帝都で見れば、ヴィンチェスターは誰もが無視できない大貴族の一人だ。しかし帝国全体で見ると、他にも強い影響力を持つ貴族というのは存在する。

 大領主であり、帝国四公に数えられるガリグレッドもその一人だった。家の格はハイラント家に劣るものではない。 

「あの陛下も案外食えないところがある方ですからねぇ。ヴィンチェスター殿を私の元に寄越したのも、狙いがあったのではと思っています」

「……どういう事だ?」

「陛下の事です。確証はないでしょうが、私がその手の組織と何らかの繋がりがあることを疑っているとは思うのです。そしてそこに冥狼と繋がっていたヴィンチェスター殿を送り込んだ。何か動くかと反応を見ているのでしょう。既に領都には情報部の者たちが潜んでいるでしょうね」

「な……」

 ヴィンチェスターの驚きを余所に、ガリグレッドは落ち着いた表情で話を進める。

「ま、皇帝というのも難しい立場ですからね。怪しいからと言って大っぴらに動く事もできない。大帝国の皇帝という立場では尚更でしょう。常に自分の一挙手一投足が他の貴族にどう捉えられるか考えなくては、変に慮った者たちが暴走しかねませんから」

「…………」

 絶対的な権力と引き換えにした縛り。それがある限り、皇帝は国内で下手に強権を振るう事がないとガリグレッドは考えていた。

 ましてや今は、どこの国とも正面から事を構えていないのだ。外に敵を作り出せず、国内に出る不満の矛先は上手くコントロールする必要もある。

 帝国の地盤固めをしたいと考える皇帝ウィックリンからすれば、先代皇帝よりも国内で強権を振るいづらいだろうと考えていた。

「それで……お前は何を考えているのだ?」

「ふふ。それを言うつもりはありません。ですが全ては帝国民のため……とだけは申しておきましょう」

「なに……」

 ヴィンチェスターは、貴族でありながら民のためと言う者を信じてはいない。良い意味でも悪い意味でも、今は貴族が平民から搾取するという構造が出来上がっているのだ。

 中でも大領主は、その汁をかなり吸える立場にいる。そんな男が民のために何をするというのか、とヴィンチェスターは笑いたくなる気持ちを抑え込んだ。

「グナトス殿と会い、お話しされたのでしょう? ヴィンチェスター殿が帝都に返り咲くため、彼の結社の力を借りることを止めはしません。少なくとも冥狼とかいう組織よりも頼りにはなるでしょうしね。しかし相応の見返りは求められたのでは?」

「……逆だ。私が奴らの望みの物をくれてやる代わりに、その力を借りる事になった」

「ほう。ヴィンチェスター殿にそんなカードがあったとは」

 ガリグレッドは素直に驚いた表情を浮かべた。本当に予想外だったのだ。

「まぁ私としては、このまま陛下のお許しが出るまでここでゆっくりするのも手かとは思いますが……」

「そんな事をしていては、ミドルテアに実権を握られてしまう……! 私は一刻も早く帝都に戻らねばならんのだ……!」

 ヴィンチェスターの権力欲を目の当たりにし、ガリグレッドは蔑む様な表情を見せる。だがそれも一瞬だけであった。

「宮廷貴族というのも大変ですな」

「ふん。確かに領主貴族には分からぬ苦労は多いな」

「……そういえば。皇族が何故皇族たりえるのか。その理由を、ヴィンチェスター殿はご存じですか?」

 ガリグレッドは試す様にヴィンチェスターに問いかける。ヴィンチェスターは当然とばかりに頷いた。

「王権の象徴たる錫杖を受け継ぎ、今日まで古のゼルダンシア王国の血を繋いできたからであろう」

「その通りです。では何故ゼルダンシア王国はゼルダンシア一族を王として崇め、国を作ったと思います?」

 初代のゼルダンシア王が何故王になれたのかという話だと理解し、ヴィンチェスターはゆっくりと首を横に振る。

「簡単です。かつて女神により見出された巫女の血筋だからですよ」

「なに……?」

「幻魔歴よりさらに昔の話です。幻想歴……というらしいのですがね。かつて女神が世界に君臨し、人に8つの大幻霊石を与えた。その女神は大幻霊石の巫女として、8人の乙女を見出した。そして人は大幻霊石と巫女を中心に国家を形成していったのです。国によっては巫女が女王として統治したところもあったそうですが。多くの国では巫女は巫女、王は王として分業で運営されていたようですね」

 ガリグレッドは立ち上がると、窓の外に視線を向ける。丁度日が沈み始めたところであり、領都を真っ赤に染めていた。

「大幻霊石を扱える血筋という事実こそが、王族を王族として定義していたのです。ところが新鋼歴である今、大幻霊石は既にない」

「……今の王族は王族ではない。そう言いたいのか?」

 聞く者が聞いていれば、即座に不敬罪に問われる内容だ。ヴィンチェスターは表情を固くしていた。

「まさか。新鋼歴を迎えてからゼルダンシア帝国をここまでの大帝国にしたのは、間違いなく代々の皇帝陛下の手腕。それは誰もが認めるところでしょう」

 ヴィンチェスターの追及に対し、ガリグレッドは何でもない様に肩をすくめた。

「ですが今のこの時代に、その大幻霊石を……魔法の力を蘇らせようとする者たちがいます。もし本当に魔法の力が現在に戻れば。その偉業を成した者は、現在の王と呼べるのではありませんか?」

 ここでガリグレッドは再びヴィンチェスターを試す様に見た。ヴィンチェスターは固い表情を崩さない。

「……馬鹿馬鹿しい。魔法などどこまで存在していたのか怪しいものだ。女神? 何を言っている、そんな存在がいるのであれば、何故今まで人の前に姿を見せないのだ?」

「ふふ。ですがヴィンチェスター殿は既に、魔法の力ではないかと思う現象を見られたのでは?」

 そう言われて思い出すのは、音楽祭での事件。あの時は見た事もない獣が大いに暴れまわっていた。そしてグナトス。彼は素手で樹を叩き折った。確かにこれは、常人では不可能な事だ。

「魔法を蘇らせようとしている組織というのは……」

「ええ。私はそんな彼らに少しばかり援助しているに過ぎません。ですが、もしヴィンチェスター殿が新たな王として立つ覚悟があるのなら。協力するのもやぶさかではありませんよ」

「…………っ! ど、どういう意味だ……」

 ガリグレッドが帝国貴族として大きな問題発言をしたのは分かっている。しかし新たな王という言葉に、ヴィンチェスターは大きく権力欲を刺激された。

 そしてそれはこの話をし始めたガリグレッドの狙い通りでもあった。

「新鋼歴になるまで、人は女神の加護を受けて発展していたと言っても過言ではないでしょう。しかし神秘の失われた現在において、王族とは単に最も大きな権力を持つ者を指す言葉になっている。……私はね。魔法に夢を見ているのですよ」

「……夢だと?」

「魔法を現在に蘇らせ、誰からも新たな王として迎えられる者がいつか現れる。その者は魔法を民たちのために活用し、さらに国を豊かに発展させてくれるだろうと。王とは本来、民に魔法の力を授ける者だったはずです。女神の定めたあるべき姿を求めるのは、悪いことでしょうか?」

 よくよく聞くと、ガリグレッドの言葉は前後に明確な繋がりはない。そして超常の存在を持ちだし、主語を大きくしている。

 だがヴィンチェスターはそんなガリグレッドの言葉に聞き入っていた。

「……何故私なのだ?」

「それも簡単です。ヴィンチェスター殿は生まれながらの大貴族。幼少の頃より帝国そのものを支えるための英才教育を受けてきておられる。領主の息子として育った私よりも、より広い視野を持っているお方だとはずっと感じていたのです。そして長年に渡って、陛下の仕事を側で手伝ってこられた。経験も十分でしょう。そんなヴィンチェスター殿が新たな王となれば、帝国は増々栄え、民の暮らしも豊かになるのでは。そう考えていたのです」

 ガリグレッドは正面からヴィンチェスターの目を見ながら話す。その眼差しには確かに熱意があった。

「ですが今の世において、新たな王家を興すという事は不可能でしょう。ことゼルダンシア帝国においては。しかし魔法を蘇らせれば……」

「誰もが私を認める。いや、そうなる様に工作もできるか」

「はい。ヴィンチェスター殿は宮中において、依然影響力がありますからね。グナトス殿もヴィンチェスター殿のお力を認めていたからこそ、結社の力を貸すと話されたのでは?」

 言われてヴィンチェスターは思い出す。確かにグナトスは、帝都に返り咲くのに力と金は必要だろうと話していた。

「もしその気があるのなら。差し出がましいですが、私から帝都に戻るための策をお話しいたしましょう」

「……聞かせてもらおうか」

「まずは結社の力を借り、陛下に魔法の力、その片鱗をお見せするのです。そして魔法の研究を進めるための研究室を作りたいと進言されると良いでしょう」

「なるほど。他国に先んじて先進技術の開発を行うのだ。その場所は帝都に他ならない。そして私は……」

「研究室の代表として、帝都に務める事になるでしょう」

 ガリグレッドの策は、策と呼ぶにはあまりに大雑把なものだった。細かい点で詰めなければならない箇所が余りに多い。

 具体的には結社の保有する魔法という技術をどう扱うのか、結社とはどう連携をとっていくのか。

 研究室立ち上げのための資金や人員、話をスムーズに進ませるための根回しなど、やるにしても準備事項も多い。

 何より研究室を立ち上げてからどう魔法の力を世間に公表し、自身が王となる道筋を作っていくのか。その辺りを含めたタイムラインも明確ではなかった。

 しかしそれでも、ヴィンチェスターの燃え始めた野心はその勢いを強くしていく。

「陛下へは私がとりなしましょう。結社との間にも入ってもいい。ヴィンチェスター殿が立ち上がるというのであれば、私も汗をかく甲斐があるというもの」

「ふん……なるほどな。どうやら私はお前の事を誤解しておったようだ」

 ガリグレッドの手によって野心に火をつけられたヴィンチェスターは、口角を上げ笑みを深めた。

「人に魔法の力をもたらす者こそ真の王か……」

「はい。かつての伝説の再現となるのです。誰もがヴィンチェスター殿を王として認めるでしょう」
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