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ライルズの紹介 テンブルク領の冥狼探索隊

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 アックスがディアノーラたちを引率し、テンブルク領へ向かって数日が経っていた。

 最近は慌ただしさも落ち着いてきており、俺は執務室でフィンの報告を聞いていた。

「地下空間にはいないか……」

「うん。最近まで潜んでいたであろう痕跡はいくつか見つかったんだけどね。こりゃ帝都から出たってのが正解かなぁ」

 フィンにはずっと冥狼の捜索を頼んでいた。

 いくつか帝都の地下空間で冥狼の拠点らしき箇所は見つけた様だが、そのいずれにも冥狼のメンバーは見当たらなかったらしい。

「一応騎士団には知らせておくか。…………」

「何か気になるの?」

「ん? ……まぁ、な」

 気になるといえば、やはり七殺星と結社の事だ。

 結社の関係者と思わしき男はフィンの気配に気づいた。俺でも魔法を発動中のフィンを捉える事は、とても難しいというのに。

 リアデインの相手の名を看破する能力といい、なにやら不思議な力を持つ連中だ。直接戦闘力に結びつかない分、やっかいさが際立っている。

「やっぱり結社の関係者を直接捕まえて話を聞きたいところだな」

「でも相手は冥狼以上に居場所も人もよく分からない相手だよ?」

「それなんだよなぁ……」

 大陸各地にネットワークを築く帝国の情報部が追っている相手だ。黒狼会の規模でどうにかできるものではない。

 まぁ冥狼が力を無くした今、打てる手は少なくなっているだろう。一度自らの手で滅ぼした影狼に近づく訳もないだろうし。

 接触してくるとすれば、黒狼会という線もありそうだが。

「ま、なるようにしかならんか。黒狼会は真っ当な商会だ。必要以上に首を突っ込むのは止めよう」

 折を見てエルヴァールには、貴族院への立ち入り許可も改めて頼むつもりだ。宮中での派閥争いが落ち着いた今、いくらか余裕も出ているだろう。

「でも黒狼会も本当に大きくなったよねー。この時代に来た時には、こんな事になるなんて思っていなかったよ」

「……俺もだ。今や帝都でその名を知らない者はほとんどいない一大組織だからな」

 黒狼会の名は方々に知れ渡る事になった。貴族界はもちろん、裏社会や商人たちの間でもその存在感は強いものになった。

 今や赤柱の様に、下手に黒狼会関連の組織に手を出そうなんて連中もいない。誰も冥狼と正面から敵対し、こうして帝都からその影響力を奪い取った黒狼会には逆らおうとしないのだ。

 だがそんな現状に納得のいっていない者たちも、もちろんいる。特に冥狼と距離が近かった組織なんかはそうだろう。

 そうした組織は影狼が取り込みつつある。その影狼のバックにいるのは黒狼会だ。気づけば黒狼会は、帝都の裏社会を支配できる立場になっていた。

「そうだフィン。実はライルズさんから、北の都市を拠点にしている商人を紹介したいって言われていてな」

「ほうほう」

「黒狼会も人が増えたし、帝都の外にも取引相手は作っておきたい。明日から俺も少し帝都を離れるよ」

「分かったー。ま、今なら余裕もあるしね。ヴェルトがいない間、ロイとダグドが上手く回してくれるでしょ」

 それにじいさんとガードンがそろっていれば、守りも完璧だろ。今さら黒狼会に襲撃をしかけてくる様な奴はいないとは思うが、閃刺鉄鷲の暗殺者の件もあるしな。
 
 ライルズさんと帝都を離れるのも久しぶりだ。またあの騒がしい娘も一緒なんだろうか……。




 
 アックスたちがテンブルク領の領都に到着して5日が経過していた。今日まで領都を拠点にしつつ、周囲を捜索していたのだ。

 しかしそれらしい成果は得られていなかった。

「く……! 本当に冥狼はテンブルク領にいるのか……!?」

「さぁ。いるかもしれないし、いなかもしれないし。分からないからこうして探しているんじゃないの?」

 ゼルダンシア帝国の貴族の中で、特に広大な領地を持つ者は大領主と言われている。ガリグレッド・テンブルクはその大領主の中でも、特に帝国四公と呼ばれる貴族の一人だった。

 広大な土地に多くの特産品、そして自前の軍隊。領地は領主自らある程度法を定められるという事もあり、帝国内にありながら独立した領土に近い立場を得ていた。

「しかし冥狼と直接繋がらなくとも、いろいろ話を聞けたのは事実だ。気になるものもあった」

 そう言うとディアノーラは、リーンハルトに視線を向ける。

「そうだな。特に気になったのは盗賊団の話だ。テンブルク領はそれなりの兵力を擁しているはずなのに、どうして対処していないのだろう……」

 この疑問に答えたのはアックスだった。

「いくつかパターンはあるな。兵力を出すほどの規模ではないとか、ある程度情報を集め、一気に滅ぼせるタイミングを伺っているのか。実は裏で領主と繋がっている、というパターンもあるか」

「盗賊が貴族と? ふん、馬鹿馬鹿しい……」

 ダンタリウスは一笑に付したが、アックスは幻魔歴時代、そうした盗賊団を見てきた。彼らは領主の依頼で特定の貴族や商人を襲い、その成果のいくらかを納めていたのだ。

 盗賊は確実な情報を基に実入りの大きい襲撃ができ、領主は秘密裏に邪魔者を消したり、その財を奪う事ができる。明るみに出れば家は断絶だろうが、戦乱の時代ではない話ではなかった。

「一端領都へ戻ろう。この数日で、周辺の地理もある程度把握できたしな」

 ディアノーラの指示に従い、5人は領都に向けて歩き出す。その後ろから一台の馬車が近づいてきた。

 5人は道を空け、馬車が通り過ぎる。だがその馬車は5人の前で停まった。

「…………?」

 訝しんでいると、馬車の窓から少女が顔を出した。そしてその顔は、リーンハルトがよく知る人物だった。

「やっぱりリーンじゃない! どうしてここに!?」

「ルズマリア! ルズマリアじゃないか!」

 少女の名はルズマリア・ハイラント。ヴィンチェスターの娘だった。





「そう、騎士団の命令で……」

 ルズマリアは馬車を降りると、少し離れた場所で5人と会話をしていた。何故リーンハルトがテンブルク領にいるのか、事情を聞いていたのだ。

 リーンハルトとしては、貴族院でヴィローラと共に歩いていた時以来の再会となる。幼少期から縁のある二人だったが、こうして顔を合わせて話すのは随分久しぶりの事だった。

「ルズマリアはどうしてここに?」

「……父が陛下より休養を命じられたのは知っているでしょ? 帝都の屋敷には使用人だけ残して、私たちはテンブルク領に移動する事になったの。私もここに来るのは初めてだったから、いろいろ観光地を案内してもらっていたのよ」

 ルズマリアを取り巻く複雑な環境を考えると、リーンハルトは何と声をかけていいか分からなくなった。

 しかしそんなリーンハルトとは逆に、ダンタリウスは遠慮のない声をかける。

「ふん。あのハイラント家が陛下より直々に帝都を追い出されるとはな……」

「……なに、あなた。確かルングーザ家のダンタリウスよね。外様が調子に乗らないでくれる?」

「はは。その外様は帝国では大領主の一人であり、帝都にも屋敷を持つ。調子付いた口をきいているのはどっちかな?」

 二人の間に険悪な空気が流れる。アリゼルダは我関せずの姿勢、アックスもにやにやしながら見ているだけだったため、リーンハルトは仕方がないと止めに入った。

「二人とも、こんなところでよしてくれ」

「リーン! あなたは私の味方でしょう!?」

「ふん。裏切り者の家系とはいえ、元々ルングーザ家はディグマイヤー家の主家にあたる。どちらの味方なんて事は、考えずとも分かる事だ」

「え……いや……」

 自分が入った事でよりややこしい状況になりつつある。そうして声を出したのはディアノーラだった。

「あまり声を張り上げるものではない。ここは領都が近いとはいえ、人通りは少ないのだ。盗賊団が寄ってきても困るだろう」

 同年代でも一際の存在感を放つディアノーラには、ダンタリウスもルズマリアも強く出る事ができなかった。

 アルフォース家という特殊な家柄と、本人の実力の高さは誰もが認めるところなのだ。最近では皇女アデライアを賊より救出したという実績もあげている。

「……確かにその通りね。まぁお父様も永久に帝都から締め出されたという訳でもないし。陛下からはあくまで期限付きという話を聞いているから、このくらいで勘弁してあげるわ。いい? ハイラント家は追い出された訳ではなくて、休養にここに来ているだけなんだからね」

「ふん……」

 もちろんルズマリアの言葉通りに受け止める者は誰もいない。事実として帝都から出されたからだ。

 しかし永久に帝都から締め出した訳ではないというのは、共通の認識であった。そんな事をしては皇帝に忠誠心を向けている貴族たち……特にハイラント派貴族たちの忠誠心に影響を及ぼしかねないからだ。

 辺境ではなく、帝都からほど近い大領主の元へ行かせたのも、その辺りのバランスを気にしての事だった。

「でもここでリーンやアデライア様救出の立役者、ディアノーラと会えたのも何かの縁だし。良かったら屋敷でおもてなしさせてくれないかしら?」

「え?」

「今、私たちは領主であるガリグレッド様が保有している別荘の一つに住んでいるの。そこで歓待させてもらうわ」

 ディアノーラはルズマリアの提案に対し、考えを深める。

 ルズマリアの父はあのヴィンチェスターだ。冥狼とも関係があり、もし冥狼が帝都から出ていたとなれば、真っ先に接触しにいくであろう人物。そこまで考えて。

「ありがたい申し出だが、良いのか? 突然予定のない来客を招いても。ヴィンチェスター殿にも迷惑をかけるのでは?」

「お父様はいつもガリグレッド様のお屋敷に泊まっているわ。別荘には私とお母さまが、使用人たちと暮らしているの。気にしないで」

 どうやらヴィンチェスター本人はいない様だが、何か情報が得られるかもしれない。そう考え、ディアノーラはルズマリアの提案を快く引き受けたのだった。
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