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02 放課後の放送室
しおりを挟む校内に、静かな音楽を流す。生徒たちはきっとあまり気にしていないだろうこの時間を担当しているのは自由気ままだった。音楽を流しながら、さほど重要でもない連絡事項があれば話をする。たまには「みなさん部活がんばってください」なんて言ってみる。
真広は放送部だ。
高校の放送部では、昼と放課後に放送を流している。昼には弁当の時間、今日のように音楽ばかりの日もあるが、先生から頼まれて企画ものをしたりしてがっつりしゃべったりもする。でもそれは他の奴が担当していた。真広が担当するのは、簡単な放課後の放送だった。静かな下校の音楽を流しながら、軽くしゃべる。どうせほとんど帰っているし、残っているのは部活をやっている生徒と先生くらいだ。部活に勤しんでいる生徒が放送に耳を傾けるはずもない。担当曜日は多いが、気が楽で放課後を選んだ。
真広はこの時間が好きだった。
放送室を閉ざす重いカーテンを少しだけあけて、窓の外を見る。ここからはグラウンドがよく見える。すぐに、陸を見つけることができた。
陸上部に入部している陸は、毎日部活で忙しそうだ。ほぼ毎日放課後の放送をしている真広は、よくグラウンドで片づけをしている陸の姿を今みたいに眺めていた。後片付けをしているから、あと少ししたらこの場所に来るだろう、と考えながら。部活終わりにジャージ姿のまま現れるのが常だった。
放送室はシンと静まりかえっている。聞こえるのは、放送している音楽と、機械の音くらいだ。だから廊下を歩く、上履きがこすれる音にはすぐに気づく。敏感になっているというのもあるが。
「おっす、真広~」
ほら、きた。
放送室の重い扉を無遠慮に開けて、ジャージ姿の陸は汗をタオルで拭いながら室内へと入ってくる。音楽を流すためにこちらの音声はオフにしているので、冷や冷やすることもない。
「お疲れ」
「あー今日も疲れたー」
ドカ、と重いカバンを床に置いて、椅子に座る。タオルで頭や顔を拭きながら陸は疲れたと言いつつ、楽しそうだった。
「今日も真広の声よかったなあ」
「は? なんだそれ」
「そのまんまの意味だよ」
大してしゃべっていないのに、よく言えるな。しかも、部活中になんか放送を聞いている余裕もないだろうに。
「聴こえてないくせに」
真広はぼそりと呟いた。陸に聞こえないように言ったつもりだったが、陸はちゃんと反応した。
「そんなことないよ。真広の声、ちゃんと聴いてる」
陸は毎日のように、このセリフを言う。
その度に真広は同じことを思う。大してしゃべってもいないし、どうせ部活中は聞こえるはずもない。もし本当に聞いているんだったら、もっと部活に集中しろ、と思う。
「なに言ってんだか……」
呆れ気味に言っても陸はにこにことしているだけだった。女子が見惚れる陸の笑顔を真広は独り占めしている。
「それより、もうすぐ体育祭だな」
「そうだっけ」
中学の頃からそうだが、体育祭の時期はある時から憂鬱になってしまった。
「真広はなに出たい?」
「んー……あんま走んないやつ」
「だよなあ」
それでいて、楽な競技がいい。どうせ放送部は放送で手一杯なのだからたいして参加しなくていいはずだ。去年もそうやって、一種目しか参加しなかった。
「俺はまた真広と一緒に走りたいなあ」
陸は思い出を語るように目を細めた。
「……足手まといになるだけだよ」
「そんなことないって」
「どーせ体育祭のヒーロー様には勝てませんよっ」
「真広……」
冗談だというのに、陸は眉根を寄せた。怒っているんじゃない。悲しんでいるか、もしくは真広を哀れんでいるんだろう。うっすら涙目になっている陸に真広は慌てる。一日で二回も陸の涙を見るのは避けたい。
「そんな顔すんなって。オレは別にもう気にしてないって。まあ普通に走ることはできるし。ただ、走ることが嫌になっただけって何回言ったらわかるんだよ」
「……うん」
陸は納得のいかない表情を浮かべたまま、それでもうなずいた。
一気に放送室内の空気が張り詰めた。
気にしてないって、言ってんのにそんな顔されたら暗くなるじゃんか。
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