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01 幼馴染みは泣き虫

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 最初は、走る姿がかっこいいと思った。
 次に、泣いている姿を見て、胸が締め付けられた。



「……ううっ……」
 隣の、自分よりも身長の高い男が涙ぐんでいる。
「そんなことで泣くかよ、フツー」
 萩真広はぎまひろは呆れながら手に持っていたサンドイッチの袋を開く。

 その時、昼休みの放送が流れ始める。うちの高校は昼休みに放送部が当番で放送している。ジャンルは様々で、音楽を流してるだけの人もいればラジオのように1時間まるまるトークをしている強者もいる。今日の放送委員は女子らしく、男子アイドルグループの曲がずっと流れている。
五月とはいえ屋上は風が強く、時折肌寒い。開放的なこの場所が気に入っているからというよりも、隣の男――前田陸まえだりくがついに涙をこぼし始めたから、教室には居づらいのだ。しかし屋上にまで昼休みの放送が聞こえてくることは知らなかった、とぼんやり思う。

「はぁ、なんでそんなことで泣けるんだか」
 真広は大げさにため息を吐いた。
「だって」

 真広よりも身長が高く、声も低く、爽やかでかっこよくてモテまくる男が、涙をこぼしている。それは見とれるようなシチュエーションかもしれないが、まったく違う。泣いている理由というのがどうやら――。

「購買でパン買えなかったからって、泣くなよ」
「だって、目の前で俺が狙ってたもの持ってかれたんだぞ!」
「まぁ……昼休みの購買は戦争だし」
「それにしたって、俺が掴みかけたのを横取りしてっ」
「……はいはい」

 真広はヒートアップする陸をなだめるようにして、サンドイッチをひとつ差し出した。たまごとツナと、ハムのミックスサンドのうち、ツナをあげた。一番まああげてもいいと思える種類のものだ。
「え?」
「やるから、泣きやめよ。そんでコンビニいこーぜ」
 さすがに男子高校生がサンドイッチひとつなんて放課後まで腹がもたないだろう。学校を出て少ししたところにコンビニがある。本当は外出禁止だがこっそり行ってさっと帰ってくれば問題ないだろう。
「真広、ありがと」
 真広よりも大きな手で、サンドイッチを受け取る。いったいいつからこんな体格差ができてしまったんだ、と悔しくなる。
「……う、おう」
 陸の目を潤ませたままのふにゃっとした笑顔に真広は怯んだ。
 普段はかっこいいくせに、こんな顔をできるなんて、ずるい。
 どきっとしてしまうじゃないか。


 陸は、小さい頃からずっと一緒にいる幼馴染というやつだった。
 物心ついた頃から気がつけば隣にいた。一緒にいるのが当たり前で、隣に陸がいないことは考えられなかった。幼稚園も、小学校も中学校も、クラスは違えどずっと一緒だった。お互い別の友人ができても、一番はお互いだったという自信がある。
 けれど陸は、こんなことで泣く男ではなかった。
 どちらかといえば真広のほうがいつも泣いていたくらいだし、陸がいないとなにもできなかった。しかも陸は癇癪持ちというか、すぐに怒って怖かった。それに怯え真広はまた泣いてしまう。その繰り返した。いつかは、陸にいじめられているんじゃないかと勘違いされたくらいだった。
 でも子どもというのは不思議なもので、いつも一緒にいた。

 成長するにつれて陸は変化していった。身長はあっという間に真広と差をつけぐんぐん伸び、物腰はやわらかくなり、スポーツができるうえに顔もかっこいい。
 モテないわけがない。
 高校に入ってから顕著にあらわれるようになった。
 高校一年の時は入学してすぐに先輩から告白をされたらしい。部活勧誘では一緒に歩いているのに陸ばかり女子生徒に声をかけられていたし、真広がふてくされるシーンは多々あった。でも、悔しい思いというよりも「そうだろそうだろ」となぜか幼馴染として誇らしい気持ちにもなったりした。

 それなのに、そんなものあっという間に砕けた。

 一緒にいるのも、ただの友人だったなら楽しくて気も楽だっただろう。けれど真広は陸に対して、歪んだ気持ちを抱くようになっていたので、次第に苦しむしかなくなっていた。
 いつから友達以上の感情を抱いたのか曖昧だけれど、この気持ちを告げるつもりは一切なかった。伝えて壊れる関係なら、言わない方がいいに決まっている。
 ただ、陸はモテるから、彼女を作ったり、女の子と当たり前のように一緒にいる場面を目の当たりにしたらつらいだろうなぁとは考えていた。

「……にしても買いすぎだろ」
 サンドイッチを一瞬でたいらげた陸と一緒にコンビニへ買い物に行った。真広はいちごミルクを買っただけにしたが、陸は空腹だったらしく、惣菜パンを二つに菓子パンを一つ、それから牛乳を買っていた。コンビニから出た瞬間に袋から出してかじりつく。昼休みの時間が残り少ないからという理由だけではなさそうだ。

「だって今日部活だし」
 口いっぱいにほお張りながら陸はあっという間にひとつ目のパンをたいらげる。
「終わったら行くから」
「はいはいわかってるって。いつも来てんだから」
「まあね~」
 なぜかうれしそうに笑う陸。

 どうしてそんな顔すんだよ、と真広は慌てて顔を背けた。ときめいていることを悟られないように、眉を顰めて。
 学校に戻る頃には陸の手にあったはずのパンはなくなって、牛乳も飲み干していた。

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