4 / 15
毒入りケーキ
しおりを挟む
フウルが雨の中に立っているあいだ、天幕の中ではお茶会が賑やかに進んでいく。
しばらくすると、誰かが天幕の中から出てきた。
黒髪の長身の青年で、下僕たちが差し出す大きなアンブレラ(傘)の下に守られながら立っている。
義弟のヘンリーだった。母親のエリザベート王妃によく似た派手な顔立ちをしている。
「僕の代わりにラドリア国に行ってくださるなんて、なんてお優しいのでしょう。ラドリア国のリオ・ナバ国王はとても醜くて残酷なアルファ王だという評判ですけど、でも大丈夫ですよ、義兄上とはお似合いです! どうぞお幸せに! ささやかですが、祝いのケーキを作らせました。さあ、お召し上がりください、義兄上!」
にっこり笑ってケーキを差し出してきた。ケーキは毒々しい赤い色のクリームで飾られている。
「祝いのケーキ?」
戸惑いながらフウルは受け取った。雨がポタポタとケーキの上にも落ちてくる。
「さあ、お食べください!」
義弟は満面の笑みでしつこく食べろと言った。
押し切られるようなかたちで、一口食べた。義弟のヘンリーは昔からひどい悪戯を仕掛けてくるのだ。今度もそうじゃないかと思うと怖かった。
だけど⋯⋯。
——あ、美味しい!
ケーキはとても甘くてとろけるような美味しい味だった。
——弟の親切を疑うなんて僕はダメな兄だ。
自分を叱りながらもう一口食べた。
すると——!
「ウッ!」
ものすごい刺激が口の中に広がった。舌がピリピリして焼けそうだった。慌てて吐き出したけど咳が止まらない!
「ゴホゴホッ⋯⋯」
大きな目が涙でいっぱいになる。苦しくて息もできない——。
「へ、ヘンリー⋯⋯、このケーキ⋯⋯」
「どうしました、義兄上? せっかく僕が作らせたケーキなのに、お口に合わなかったとは残念だなあ!」
ヘンリーが大きく笑った。アンブレラを差し掛けている従者たちもクスクスと笑った。
そのとき、空がみるみる明るくなり始めた。
ヘンリーの笑い声に合わせるように黒い雨雲が消え去っていく。中庭にふたたび明るい日差しが戻ってくる。
これがヘンリーが持っている『ギフト』の力だ。
農作物に欠かせない太陽を呼び込むこの能力は素晴らしく、他国も欲しがる素晴らしい『ギフト』の力なのだ。
「さすがでございます、我らが晴れ王子!」
「ヘンリー様、万歳!」
「万歳!」
「ヘンリーさまの『ギフト』こそ、我が国の宝だ!」
人々の声を聞きながら、フウルは青く晴れ渡った空を見上げた。
木々に残った雨粒が日差しにキラキラと光っている。
まるで義弟が持っている『ギフト』を象徴しているかのような美しい光景だった。
——きっとラドリア国の人たちもこのヘンリーの能力を欲しがっているんだ、それなのに雨降り王子の僕が、偽者として嫁ぐなんて、そんなことが許されるはずがない、どうしよう⋯⋯。どうしよう⋯⋯。
*****
ラドリア国は『不毛の地』として知られた国だ——。
国王は残虐でとても醜いという噂もある。
気候に恵まれない砂漠の土地で農作物がほとんど育たず、過去にはなんども飢饉がおきて、国民の半数以上が亡くなったこともあるほどだ。
そんなラドリア国がナリスリア国の『ギフト』を持つオメガ王子・王女を嫁に欲しがるのは当然だろう。
荒れ果てた土地になによりも必要なのは、農作物の成長にふさわしい気候だからだ。
ラドリア国王のたびたびの要請を受けて、フウルの実父のナリスリア前国王は、『第二オメガ王子のナリスをラドリアに嫁がせる』という約束をした。二年前のことだ。
が、——。
その父王が崩御してフウルの義母のエリザベート王妃が国の実権を握ると事情が変わったのだ。
王妃は実子のヘンリーに王位を継がせたがった。
「ヘンリーの方が王にふさわしいわ!」
と言い出したのだ。
実の息子のヘンリーをラドリアに嫁に出すなど絶対にしたくないのだ。
そしてそれは他の王族や貴族も一緒だった。
国を滅ぼしかねない『塩混じりの雨』を降らせるギフトを持ったフウルよりも、『晴れ日』のギフトを持つ第二王子のヘンリーを次の王にと望んだ。
そういう事情は、フウルにもよくわかっている。
だけどまさか、自分がヘンリーの代わりに『偽者の花嫁』として嫁ぐことになるとは思ってもみなかった。
——僕がヘンリーの身代わりに嫁ぐということは、ラドリア国を騙すということだ⋯⋯。ラドリアの人々を騙すなんて、そんな悪いことはできない!
だけどフウルに選択肢はなかった。
義母のエリザベート王妃に逆らえるはずがないのだから。
「わかりましたね、フウル?」
「は、はい⋯⋯」
続く
しばらくすると、誰かが天幕の中から出てきた。
黒髪の長身の青年で、下僕たちが差し出す大きなアンブレラ(傘)の下に守られながら立っている。
義弟のヘンリーだった。母親のエリザベート王妃によく似た派手な顔立ちをしている。
「僕の代わりにラドリア国に行ってくださるなんて、なんてお優しいのでしょう。ラドリア国のリオ・ナバ国王はとても醜くて残酷なアルファ王だという評判ですけど、でも大丈夫ですよ、義兄上とはお似合いです! どうぞお幸せに! ささやかですが、祝いのケーキを作らせました。さあ、お召し上がりください、義兄上!」
にっこり笑ってケーキを差し出してきた。ケーキは毒々しい赤い色のクリームで飾られている。
「祝いのケーキ?」
戸惑いながらフウルは受け取った。雨がポタポタとケーキの上にも落ちてくる。
「さあ、お食べください!」
義弟は満面の笑みでしつこく食べろと言った。
押し切られるようなかたちで、一口食べた。義弟のヘンリーは昔からひどい悪戯を仕掛けてくるのだ。今度もそうじゃないかと思うと怖かった。
だけど⋯⋯。
——あ、美味しい!
ケーキはとても甘くてとろけるような美味しい味だった。
——弟の親切を疑うなんて僕はダメな兄だ。
自分を叱りながらもう一口食べた。
すると——!
「ウッ!」
ものすごい刺激が口の中に広がった。舌がピリピリして焼けそうだった。慌てて吐き出したけど咳が止まらない!
「ゴホゴホッ⋯⋯」
大きな目が涙でいっぱいになる。苦しくて息もできない——。
「へ、ヘンリー⋯⋯、このケーキ⋯⋯」
「どうしました、義兄上? せっかく僕が作らせたケーキなのに、お口に合わなかったとは残念だなあ!」
ヘンリーが大きく笑った。アンブレラを差し掛けている従者たちもクスクスと笑った。
そのとき、空がみるみる明るくなり始めた。
ヘンリーの笑い声に合わせるように黒い雨雲が消え去っていく。中庭にふたたび明るい日差しが戻ってくる。
これがヘンリーが持っている『ギフト』の力だ。
農作物に欠かせない太陽を呼び込むこの能力は素晴らしく、他国も欲しがる素晴らしい『ギフト』の力なのだ。
「さすがでございます、我らが晴れ王子!」
「ヘンリー様、万歳!」
「万歳!」
「ヘンリーさまの『ギフト』こそ、我が国の宝だ!」
人々の声を聞きながら、フウルは青く晴れ渡った空を見上げた。
木々に残った雨粒が日差しにキラキラと光っている。
まるで義弟が持っている『ギフト』を象徴しているかのような美しい光景だった。
——きっとラドリア国の人たちもこのヘンリーの能力を欲しがっているんだ、それなのに雨降り王子の僕が、偽者として嫁ぐなんて、そんなことが許されるはずがない、どうしよう⋯⋯。どうしよう⋯⋯。
*****
ラドリア国は『不毛の地』として知られた国だ——。
国王は残虐でとても醜いという噂もある。
気候に恵まれない砂漠の土地で農作物がほとんど育たず、過去にはなんども飢饉がおきて、国民の半数以上が亡くなったこともあるほどだ。
そんなラドリア国がナリスリア国の『ギフト』を持つオメガ王子・王女を嫁に欲しがるのは当然だろう。
荒れ果てた土地になによりも必要なのは、農作物の成長にふさわしい気候だからだ。
ラドリア国王のたびたびの要請を受けて、フウルの実父のナリスリア前国王は、『第二オメガ王子のナリスをラドリアに嫁がせる』という約束をした。二年前のことだ。
が、——。
その父王が崩御してフウルの義母のエリザベート王妃が国の実権を握ると事情が変わったのだ。
王妃は実子のヘンリーに王位を継がせたがった。
「ヘンリーの方が王にふさわしいわ!」
と言い出したのだ。
実の息子のヘンリーをラドリアに嫁に出すなど絶対にしたくないのだ。
そしてそれは他の王族や貴族も一緒だった。
国を滅ぼしかねない『塩混じりの雨』を降らせるギフトを持ったフウルよりも、『晴れ日』のギフトを持つ第二王子のヘンリーを次の王にと望んだ。
そういう事情は、フウルにもよくわかっている。
だけどまさか、自分がヘンリーの代わりに『偽者の花嫁』として嫁ぐことになるとは思ってもみなかった。
——僕がヘンリーの身代わりに嫁ぐということは、ラドリア国を騙すということだ⋯⋯。ラドリアの人々を騙すなんて、そんな悪いことはできない!
だけどフウルに選択肢はなかった。
義母のエリザベート王妃に逆らえるはずがないのだから。
「わかりましたね、フウル?」
「は、はい⋯⋯」
続く
56
あなたにおすすめの小説
悪辣と花煙り――悪役令嬢の従者が大嫌いな騎士様に喰われる話――
ロ
BL
「ずっと前から、おまえが好きなんだ」
と、俺を容赦なく犯している男は、互いに互いを嫌い合っている(筈の)騎士様で――――。
「悪役令嬢」に仕えている性悪で悪辣な従者が、「没落エンド」とやらを回避しようと、裏で暗躍していたら、大嫌いな騎士様に見つかってしまった。双方の利益のために手を組んだものの、嫌いなことに変わりはないので、うっかり煽ってやったら、何故かがっつり喰われてしまった話。
※ムーンライトノベルズでも公開しています(https://novel18.syosetu.com/n4448gl/)
転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?
米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。
ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。
隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。
「愛してるよ、私のユリタン」
そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。
“最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。
成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。
怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか?
……え、違う?
庶子のオメガ令息、嫁ぎ先で溺愛されています。悪い噂はあてになりません。
こたま
BL
男爵家の庶子として産まれたサシャ。母と二人粗末な離れで暮らしていた。男爵が賭けと散財で作った借金がかさみ、帳消しにするために娘かオメガのサシャを嫁に出すことになった。相手は北の辺境伯子息。顔に痣があり鉄仮面の戦争狂と噂の人物であったが。嫁いだ先には噂と全く異なる美丈夫で優しく勇敢なアルファ令息がいた。溺愛され、周囲にも大事にされて幸せを掴むハッピーエンドオメガバースBLです。間違いのご指摘を頂き修正しました。ありがとうございました。
白い結婚だと思っていたら、(溺愛)夫にガブガブされて、番になっていたようです
まんまる
BL
フレア王国の第3王子シルティ(18歳.Ω)は、王宮騎士団の団長を務める、キーファ侯爵家現当主のアリウス(29歳.α)に、ずっと片想いをしている。
そんなシルティは、Ωの成人王族の務めとして、自分は隣国のαの王族に輿入れするのだろうと、人生を半ば諦めていた。
だが、ある日突然、父である国王から、アリウスとの婚姻を勧められる。
二つ返事でアリウスとの婚姻を受けたシルティだったが、何もできない自分の事を、アリウスは迷惑に思っていないだろうかと心配になる。
─が、そんなシルティの心配をよそに、アリウスは天にも登る気持ち(無表情)で、いそいそと婚姻の準備を進めていた。
受けを好きすぎて、発情期にしか触れる事ができない攻めと、発情期の記憶が一切ない受けのお話です。
拗らせ両片想いの大人の恋(?)
オメガバースの設定をお借りしています。ぼんやり設定です。
Rシーンは※つけます。
1話1,000~2,000字程度です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる