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不毛の地へ向かうオメガ花嫁
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こうしてナリスリア国の第一オメガ王子、フウル・ルクセンは、不毛の土地といわれるラドリア国へ、偽の花嫁として嫁ぐことになったのだった——。
*****
「ほんとうに木が少ないね⋯⋯」
馬車の窓から顔を出して、フウルはまわりを見回した。乾いた風が吹いてきて金色の巻毛がふわりと揺れる。
嫁ぐ日とは思えないほど質素な黒いフロックコート(長上着)姿だ。
「地面もカラカラだね」
目の前に広がっている景色は赤茶色の土ばかり。ラドリア国は噂どおり不毛の土地らしい。
馬車の横で馬を進める数人の従者たちは、フウルが話しかけても無表情のまま口を閉じている。
十日あまりの旅のあいだ、従者たちはずっとフウルに対してよそよそしい態度だった。
——僕はみんなにものすごく嫌われているんだな⋯⋯。
あらためてそう強く感じたほどだ。
——国民を不幸にする『ギフト』を持った僕なんか、生きている価値がないのかも⋯⋯。
心の中で大きなため息をついたとき、道の向こうから六頭だての豪華な白い馬車が現れた。
馬車のまわりには馬に乗った従者たちがいる。どうやらフウルを迎えにきた一団のようだ。
先頭の馬には赤毛の小柄な青年が乗っていた。パッと笑顔になって馬を走らせてくる。地面が乾いているので馬の足元の赤土がふわっと舞い上がった。
「お待ち申し上げておりました、お日様王子さま! わたくしはミゲルと申します。今日より王子さまのお世話係を受けたまわりました。どうぞお見知りおきを——」
まだかなり若くてまるで少年のような雰囲気だ。そばかすが浮かんだふっくらとした頬でニコニコと笑っている。可愛らしく膝を折って礼をした。
「で、出迎えに感謝します⋯⋯」
お日様王子——と呼ばれて心臓が飛び出しそうになった。
——どうしよう、僕のことをヘンリーだと思っているんだ。僕は偽者の雨降り王子なのに⋯⋯。この国の人たちは僕がくることで木々が生え農作物が豊かに実ることを期待している。どうしよう⋯⋯。
手のひらは汗でびっしょりと濡れて、口の中はカラカラだ。「感謝します」の次の言葉を言うこともできない。
——この国の人たちを僕は騙しているんだ、ああ、どうしよう!
急いで窓から顔を引っ込めて、両手で胸をギュッと押さえた。
馬車の外から、フウルについてきた従者たちと、ラドリア国の従者たちの会話が聞こえてくる。
「⋯⋯それではわたくしたちはここで失礼いたします」
ナリスリア国の従者たちはフウルにひとことの挨拶もなく帰っていく——。馬の蹄の音が遠ざかり、だんだんと聞こえなくなった。フウルはひとり残されてしまったのだ。
どうしよう、これからどうしよう⋯⋯。馬車の中でオロオロとしていると、ミゲルの明るい声が聞こえて、馬車の扉がゆっくりと丁寧に開いた。
「では王子さまはこちらの馬車にお乗り換えください」
「え?」
思わず声を出して驚いたのは、目の前に金色のふかふかの絨毯が引かれていたからだ。地面を踏まないでいいように馬車と馬車の間に絨毯を引いてくれたのだ。
「か、感謝します⋯⋯」
——晴れ日のギフトを持つヘンリーだと思われているんだ。だからこんなに僕に親切にしてくれるんだ。僕は雨降り王子なのに⋯⋯。
申し訳なさに顔を上げることもできない。急いで馬車を移った。
ラドリア国が用意してくれた馬車は内部もとても立派だった。金と赤の豪華なベルベットの布が使われていて、ツルツルとした手触りがうっとりするほど優雅だ。
「僕なんかのためにこんなに豪華な馬車で迎えに来てくれるなんて⋯⋯。ほんとうにいい人たちなんだ。それを騙すなんて⋯⋯」
動き出した馬車の中で考え悩んでいるときに、ザーッという音が馬車の外から聞こえ始める。
雨だ——。
*****
フウルが行く先々で雨が降る。
フウルが持っている『ギフト』が雨雲を呼び寄せるからだ。
その雨には塩が混じっていて、農作物がことごとく枯れたので、フウルはみんなに嫌われていた。国民に石を投げられたこともあるほどだ。
そしてこのラドリア国でも、とうとう雨を降らせてしまった。
「ああ、どうしよう!」
焦っても雨を止める力は持っていない。フウルが持っている『ギフト』は、雨を降らせてしまうだけの能力なのだ。
両手を握ったり閉じたりしながら、「どうしよう、どうしよう⋯⋯」と繰り返した。
馬車は雨の中をゆっくりと城へ向かって進んでいく。
城には夫となるリオ・ナバ国王が待っていることだろう。残虐で醜くて冷酷という噂の国王だ。
その残忍な王が、土と石だらけのこの国を豊かな緑の国にできるギフトを持ったオメガの花嫁を、首を長くして待っているのだ。
——このままでは、ラドリア国はますます荒れ果ててしまう。僕の『塩の雨』のせいで草すら生えない場所になってしまう。
続く
*****
「ほんとうに木が少ないね⋯⋯」
馬車の窓から顔を出して、フウルはまわりを見回した。乾いた風が吹いてきて金色の巻毛がふわりと揺れる。
嫁ぐ日とは思えないほど質素な黒いフロックコート(長上着)姿だ。
「地面もカラカラだね」
目の前に広がっている景色は赤茶色の土ばかり。ラドリア国は噂どおり不毛の土地らしい。
馬車の横で馬を進める数人の従者たちは、フウルが話しかけても無表情のまま口を閉じている。
十日あまりの旅のあいだ、従者たちはずっとフウルに対してよそよそしい態度だった。
——僕はみんなにものすごく嫌われているんだな⋯⋯。
あらためてそう強く感じたほどだ。
——国民を不幸にする『ギフト』を持った僕なんか、生きている価値がないのかも⋯⋯。
心の中で大きなため息をついたとき、道の向こうから六頭だての豪華な白い馬車が現れた。
馬車のまわりには馬に乗った従者たちがいる。どうやらフウルを迎えにきた一団のようだ。
先頭の馬には赤毛の小柄な青年が乗っていた。パッと笑顔になって馬を走らせてくる。地面が乾いているので馬の足元の赤土がふわっと舞い上がった。
「お待ち申し上げておりました、お日様王子さま! わたくしはミゲルと申します。今日より王子さまのお世話係を受けたまわりました。どうぞお見知りおきを——」
まだかなり若くてまるで少年のような雰囲気だ。そばかすが浮かんだふっくらとした頬でニコニコと笑っている。可愛らしく膝を折って礼をした。
「で、出迎えに感謝します⋯⋯」
お日様王子——と呼ばれて心臓が飛び出しそうになった。
——どうしよう、僕のことをヘンリーだと思っているんだ。僕は偽者の雨降り王子なのに⋯⋯。この国の人たちは僕がくることで木々が生え農作物が豊かに実ることを期待している。どうしよう⋯⋯。
手のひらは汗でびっしょりと濡れて、口の中はカラカラだ。「感謝します」の次の言葉を言うこともできない。
——この国の人たちを僕は騙しているんだ、ああ、どうしよう!
急いで窓から顔を引っ込めて、両手で胸をギュッと押さえた。
馬車の外から、フウルについてきた従者たちと、ラドリア国の従者たちの会話が聞こえてくる。
「⋯⋯それではわたくしたちはここで失礼いたします」
ナリスリア国の従者たちはフウルにひとことの挨拶もなく帰っていく——。馬の蹄の音が遠ざかり、だんだんと聞こえなくなった。フウルはひとり残されてしまったのだ。
どうしよう、これからどうしよう⋯⋯。馬車の中でオロオロとしていると、ミゲルの明るい声が聞こえて、馬車の扉がゆっくりと丁寧に開いた。
「では王子さまはこちらの馬車にお乗り換えください」
「え?」
思わず声を出して驚いたのは、目の前に金色のふかふかの絨毯が引かれていたからだ。地面を踏まないでいいように馬車と馬車の間に絨毯を引いてくれたのだ。
「か、感謝します⋯⋯」
——晴れ日のギフトを持つヘンリーだと思われているんだ。だからこんなに僕に親切にしてくれるんだ。僕は雨降り王子なのに⋯⋯。
申し訳なさに顔を上げることもできない。急いで馬車を移った。
ラドリア国が用意してくれた馬車は内部もとても立派だった。金と赤の豪華なベルベットの布が使われていて、ツルツルとした手触りがうっとりするほど優雅だ。
「僕なんかのためにこんなに豪華な馬車で迎えに来てくれるなんて⋯⋯。ほんとうにいい人たちなんだ。それを騙すなんて⋯⋯」
動き出した馬車の中で考え悩んでいるときに、ザーッという音が馬車の外から聞こえ始める。
雨だ——。
*****
フウルが行く先々で雨が降る。
フウルが持っている『ギフト』が雨雲を呼び寄せるからだ。
その雨には塩が混じっていて、農作物がことごとく枯れたので、フウルはみんなに嫌われていた。国民に石を投げられたこともあるほどだ。
そしてこのラドリア国でも、とうとう雨を降らせてしまった。
「ああ、どうしよう!」
焦っても雨を止める力は持っていない。フウルが持っている『ギフト』は、雨を降らせてしまうだけの能力なのだ。
両手を握ったり閉じたりしながら、「どうしよう、どうしよう⋯⋯」と繰り返した。
馬車は雨の中をゆっくりと城へ向かって進んでいく。
城には夫となるリオ・ナバ国王が待っていることだろう。残虐で醜くて冷酷という噂の国王だ。
その残忍な王が、土と石だらけのこの国を豊かな緑の国にできるギフトを持ったオメガの花嫁を、首を長くして待っているのだ。
——このままでは、ラドリア国はますます荒れ果ててしまう。僕の『塩の雨』のせいで草すら生えない場所になってしまう。
続く
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