46 / 75
第三十三話
しおりを挟むあの後、佐久間はうちに泊まった。
せっかく布団を敷いたのにも関わらずベッドに入り込んできて、抱えられる状態で不覚にもとてもよく眠れた。
アイツ、眠れない時は自分がいれば解決するとか思ってるんじゃないか…。
次の日には佐久間は帰り、いつもと変わらない日々が戻ってきた。
1人でご飯を食べて、1人で寝る。
俺にとっては普通のことなのになんとなく寂しさを感じるのはきっと佐久間のせい。
アイツが甘やかしてくるから俺はそれが普通になってしまっているんだ。
小さくため息を吐いて、俺はスマホを確認する。
『よく眠れたか?』
『体調はどうだ』
『なんかあればすぐ呼べ』
『なんもなくても連絡していいからな』
アホかってくらい丁寧に連絡を送ってくる。
その連絡を楽しみにしている自分がいて、それを見るたびに頬が緩むのも自覚している。
もうそろそろ、降参するしかない。
勇気が出ない?そんな事関係ない。
アイツだって、きっと最初は勇気を出して気持ちを伝えてくれた。
明日、俺は伝えるんだ。
《俺も、お前が好きです》
胸の中で思っただけなのにトクン、と胸が騒がしくなる。
でも、嫌ではない。
布団の中に潜り込み、先程届いた佐久間からの連絡を確認する。
『おやすみ、身体冷やすなよ』
「…おやすみ、佐久間」
1人ポツンと呟いてから目を閉じると、なんとなく佐久間の温もりを感じる気がした。
モゾモゾと身体を動かし、寝やすい位置を見つけるとそのままスッと眠りにつけた。
朝、アラームの音と共に目を開けると軽く伸びをして固まった身体を解してやる。
勢いよく身体を起こし、顔を洗うために洗面所に向かうと朝からのシフトに間に合うようご飯を食べ、服を着替える。
いつもよりソワソワしてしまうのは佐久間の事があるからだろう。落ち着かない。
ふーー、と長めに息を吐いて気合を入れると仕事に向けて出発した。
「…え、佐久間休み?」
「みたいですよ、店の電話に連絡あったそうです。お母さんの体調良くないからって」
慌ててスマホを開いてみると佐久間からの連絡が3時間前に届いていた。
『母さんの体調良くないらしいから今日休んで行ってくる』
と簡潔に伝えられた内容にガックリと肩を落とす。
なんだよ、せっかく俺が気持ち伝えてやろうと思ったのに…いや、お母さんの体調第一だから文句なんて言えないけど。
仕方ないと割り切って仕事に集中すれば、1日はあっという間に過ぎて既に陽は落ちていてもうすぐで夜が訪れる事が伺える。
何度か佐久間からも連絡が入っていて、夜にはこちらに帰ってくると伝えられていた。
疲れてるだろうし、夜にわざわざ時間使わせるのもな…なんて思って佐久間からのメッセージを見ているとポンッと通知音が鳴って少しビックリする。
なんだ?と確認するも佐久間からの連絡は入っておらず首を傾げると俺の方からチャットで『佐久間』と送られていることに気付く。
え、なになになんで?
もしかして無意識で名前打ってそのまま誤タップで送っちゃった?
どうしよう、これどうしたらいい?
1人混乱してスマホに指が付かない範囲でおろおろさせていると佐久間からの通知が鳴って身体がビクッと跳ねる。
『どうした?』
ただ一言だけなのに、その文字を見ると心が温まる。
文字をジッと見ていると連続で通知が鳴る。
『栗河?』
『どうした、なんかあったか』
『返事できるか?』
離れていても俺のことを思ってくれているのがこの連絡だけでよく伝わってくる。
好きだな、なんて頬が緩みながら思っていると佐久間から通話が飛んできて慌ててスマホをしっかり持つ。
《栗河?どうした、大丈夫か?》
「…ぁ、ごめん。誤タップで送っちゃったんだよ」
《…俺の名前を?》
「……お、お前の…名前を…」
改めて言葉にすると恥ずかしくなって消え入りそうな声で伝えると電話口からクスクスと優しい笑い声が聞こえてきて耳が擽ったくなる。
その電話の向こうから佐久間を呼ぶ女の人の声、おそらくお姉さんだろう。
佐久間がその声に答えると申し訳無さそうに俺に声かける。
《わるい、呼ばれた。行かねーと》
「ぁ、佐久間!あ、と…あのな」
《ん?》
呼ばれて行かないといけない中でも俺の声に耳を傾けてくれる、そんな佐久間に胸がキュッとなり煩く鳴る胸を空いている手で押さえる。
大丈夫、一言だけだ。大丈夫。
《どうした?やっぱりなにかあったか?》
「……っ、好き」
《…ぇ》
「…ごめん、好き…佐久間…っ」
伝えた勢いのまま通話を切ってしまい、さらにはそのままの勢いでスマホの電源も切ってしまう。
胸がドキドキと、バクバクと煩いくらいに暴れている。伝えてしまった。
後悔はしていないけど、次佐久間と会う時…どんな顔したらいいかわからない。
顔に熱が集まりそれを冷ますために手でパタパタと仰いでみるが、全く効果はないようだ。
右手で口元を覆い、ニヤける顔を隠しながら家に向かって歩いていると不審者のようで通報されないか少し心配。
恥ずかしすぎてどうしよう、熱出るかも…。
そんな心配をしながらも多幸感に包まれた俺の胸は温かく、佐久間の事を考えると温かい胸はトクンと自分の気持ちを俺に伝える。
…今、佐久間はどんな反応してるかな。
お母さんの体調見ながら俺のことを考えてくれてるかな。
顔を覆っていた手をどかし、緩む頬を曝け出すとなんとなく幸せだな…なんて空を仰ぎ見る。
既に陽は落ちて暗くなった空は冷たいながらにも明日のことを考える楽しみをくれた。
佐久間の実家はそんなに離れてはいないから明日朝早くに突撃してくるかもしれないな、
そうしたら少し寝かせよう。
それから、佐久間とゆっくり話そう。
俺の気持ちと、今の佐久間の気持ち。
大丈夫、俺と佐久間だ。何も心配はない。
温かい胸を抑えながらアパートの入り口を潜ろうとした時、後ろから声が聞こえた。
その声は今まで感じていた幸福感を一気に冷まし、俺の心臓に嫌な音を鳴らさせた。
「……見つけた」
ただその一言。
何も内容のない一言の筈なのにとても冷たく、敵意の籠ったその声に身体は自然と後ろを向きながら距離を取る。
「…お前、あの手紙のやつだな」
「………なんのことだ?俺にはよくわからない。そもそもアンタは誰だ」
「情報は全て集まった。お前がガキに付き纏っているのも、あの手紙を俺の家に届けた時間も、日付も特定している。…全部お前が、お前が邪魔をしているのは知っているんだ…っ!」
高城郁真。
コイツは最初こそは冷静に話そうとしていたようだが、段々と息を荒くし今にも飛び掛かって来そうな程興奮し始めている。
ジリジリと近寄ってくる高城に俺の身体も少しずつ後ろに下がる。
いざ目の前にすると、うまく身体が動かない。
自宅まで走って逃げろ、と脳から指示が出ているはずなのに足が動かない。
「…お前が邪魔なんだよ、お前という異物がいなくなれば俺は計画通り照史を手に入れる事ができる…っ!お前が邪魔なんだよ!!なぁっ!!」
「…っ、邪魔ならなんだよ?アンタがやってるのは犯罪だ、あの七海照史が犯罪者なんて…ましてや大事な弟を苦しめる奴になんて惹かれるわけがない」
「それも全部!お前がいなければ完璧に隠せたんだよ!!お前が俺の世界での異物だ、ゴミだ!!」
それはそうだろう。
ゲームの内容通りに進めばコイツは唯兎を利用して七海照史を手に入れられる。
自分の情報を抜かれて脅されるなんて、そんなストーリーはゲームには存在しない。
確かに俺は、コイツにとっては大きな異物。詰まり物。不快な物だろう。
ふー、ふーっと息を荒くして暗がりからゆっくり近寄ってきた高城の手にキラッと光る物が見えた。
包丁、家庭では当たり前に見るソレが右手に握られていた。
大丈夫、俺は…こうなる事を想定してちゃんと用意はしている。
カタカタと震える手を抑え、高城が近寄ってきた分俺もゆっくり後ろに下がって距離を保つ。
大丈夫…1人でも、なんとか出来る…っ。
「…覚悟しろよ異物野郎…楽には殺してやらねぇからな…」
「はっ、こんな他の人が沢山住んでるような所でついに殺人行為に手を染めるつもりか?俺が叫べば誰か来る…異物を排除出来たとしてもお前の望みは何も叶わなくなるな」
「うるさい…、それなら見た奴も殺せばいい…お前のせいでそいつは死ぬんだな、それでもいいなら声出してみろよ!なぁ!」
少しずつ後ろに下がることでアパートの灯りに照らされ、高城も同じように灯りにより身体、顔とはっきり見えるようになってくる。
その瞳は光を失い、ただ目の前の異物だけを見ているように思える。
一歩、一歩と後ろに下がるとついにはアパートの入り口にある壁にぶつかってしまい、これ以上後ろには下がる事ができない。
それを見てニヤッと嫌な笑みを浮かべた高城は先程よりも早い速度で俺に近寄って来ては右手の包丁を前に出して来ている。
…刺されたら、痛そうだな…。
現実逃避か、その包丁を見ても客観的な感想しか浮かばず死ぬなんて事全然思えなかった。
ただ痛いのは嫌だな、どこ刺されるのかななんてボーッと脳が考える事を拒否してしまう。
そんな脳を働かせるためにフルフルと頭を振り、高城の顔を見つめる。
「…俺を殺したら、お前の情報は全部両親にも学校にも送られることになっている」
「…で?」
心底どうでもいい、と言わんばかりにニヤニヤした顔をで見返してくる高城に眉間に皺が寄ってしまう。
…この手はもう使えないか。
コイツは俺を殺しに来た時点で家も学校も捨てる覚悟できてるんだ。
ポケットに入っている物に手を伸ばした途端、高城は俺に向かって包丁を突き出して俺に刺そうと一歩を大きく踏み出して来た。
固まりそうな身体に鞭打ってポケットから出した小さなスプレーを高城の顔に向かって思い切り吹きかけた。
シューっと音を立てて噴き出すそれに高城は両手を押さえてその場で蹲った。
「ぁぁぁあああっ!!…っあぁっ!」
「……っは…っ、はっ…」
正当防衛、の筈なのに目の前で蹲り悶える高城を見るとしてはいけない事をしてしまった感覚に襲われ息が荒くなる。
大丈夫、俺は何も悪くない…大丈夫…っ。
カタカタと震える身体に鞭打ち距離を置こうと動き出した途端、高城は雄叫びを上げて適当に包丁を振り回しながら俺の方に向かって走って来た。
やばい、なんて思う暇もなく包丁が俺の腕を傷つけた。
…その時。
「…っがぁっ!」
「凪…っ!大丈夫か、遅くなったごめん…っ!!」
「さ、…くま…?」
左腕を切り付けられ、痛みでその場に座り込んだ俺に佐久間が走り寄ってくる。
高城は佐久間に蹴られた衝撃で床に頭を打ったのか、意識を失っているようだ。
動かない高城にホッと詰まっていた息を吐き出すと、極度のストレスからか頭がクラクラとし始め佐久間に身体を委ねる。
1階に住んでいる人が様子を見に来ていたようで慌てた様子で警察に通報してくれているのを見て漸く終わったんだ、と気持ちが軽くなって来た。
「凪、大丈夫だからな…腕もそんなに傷は深くないから、病院行こう一緒に…っ」
「…泣くなよ佐久間」
「俺…重要な時にそばにいてやれなくて…!ごめん、ごめん…っ!」
痛む腕を労って抱きしめる力を緩くしてくれている佐久間は俺の背中を優しく撫でながら冷たくなった俺の身体を温めてくれる。
謝りながらポロポロと涙を流す佐久間の頬に一つ、キスを送ると大きく見開かれた佐久間の瞳と俺の瞳がぶつかり合う。
「佐久間、助けてくれて…ありがとう…」
「ぁ、なぎ…」
「もう、だいじょ…ぶ…」
佐久間の俺の名前を呼ぶ声を耳にしながら、俺は意識を手放した。
次に目が覚めた時は、病院のベッドの上だった。
襲われた際に切られた左腕は既に治療が施されており、包帯が巻かれていた。
目覚めたばかりの頭はボーッと働いているというには鈍く、天井を見つめていることしか出来ない。
ふと右手に温もりを感じてチラッと見てみると、そこにはベッドに頭を預けて眠っている佐久間の姿があった。
ほんのり目元が赤くなっていて、俺が眠っていた間も泣いていた事がわかる。
そんな佐久間の頭をソッと撫でてみると、扉がキィっと音を立てて開いた。
「凪っ!」
「母さん…」
涙を浮かべた母さん、後ろからホッとした様子の父さんが病室へ入ってくる。
ギュッと母さんに抱きしめられ、大丈夫だよ。とソッと伝えると父さんからも頭を撫でられベッドの上は眠っている佐久間を含めた4人でわちゃわちゃと騒がしくなった。
落ち着いた両親は一度家に戻るとのことで佐久間を起こさないよう、静かに退室していった。
俺は襲われ、切られたという事も考慮して念の為1日入院をすることになったらしい。
あの時の高城の目は、完全に俺を殺すために…殺すことしか考えていなかった。
今思い出してもゾッと背筋に嫌な汗が伝って寒気がする。
静かに、小さくため息を吐くと俺の手を握ったまま眠っていた佐久間がフと目を覚ます。
その瞬間握られた手に少しだけ力が入って起きた事を知らせてくれる佐久間は、なんとなく赤ちゃんみたいでクスッと笑いが込み上げた。
「おはよ、佐久間」
531
あなたにおすすめの小説
主人公の義弟兼当て馬の俺は原作に巻き込まれないためにも旅にでたい
発光食品
BL
『リュミエール王国と光の騎士〜愛と魔法で世界を救え〜』
そんないかにもなタイトルで始まる冒険RPG通称リュミ騎士。結構自由度の高いゲームで種族から、地位、自分の持つ魔法、職業なんかを決め、好きにプレーできるということで人気を誇っていた。そんな中主人公のみに共通して持っている力は光属性。前提として主人公は光属性の力を使い、世界を救わなければいけない。そのエンドコンテンツとして、世界中を旅するも良し、結婚して子供を作ることができる。これまた凄い機能なのだが、この世界は女同士でも男同士でも結婚することが出来る。子供も光属性の加護?とやらで作れるというめちゃくちゃ設定だ。
そんな世界に転生してしまった隼人。もちろん主人公に転生したものと思っていたが、属性は闇。
あれ?おかしいぞ?そう思った隼人だったが、すぐそばにいたこの世界の兄を見て現実を知ってしまう。
「あ、こいつが主人公だ」
超絶美形完璧光属性兄攻め×そんな兄から逃げたい闇属性受けの繰り広げるファンタジーラブストーリー
記憶を無くしたら家族に愛されました
レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない…
家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?
詩河とんぼ
BL
前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?
平凡な俺が完璧なお兄様に執着されてます
クズねこ
BL
いつもは目も合わせてくれないのにある時だけ異様に甘えてくるお兄様と義理の弟の話。
『次期公爵家当主』『皇太子様の右腕』そんなふうに言われているのは俺の義理のお兄様である。
何をするにも完璧で、なんでも片手間にやってしまうそんなお兄様に執着されるお話。
BLでヤンデレものです。
第13回BL大賞に応募中です。ぜひ、応援よろしくお願いします!
週一 更新予定
ときどきプラスで更新します!
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
悪役令息の兄って需要ありますか?
焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。
その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。
これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる