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「あなたのことが、あの時からずっと好きでした。よろしければわたくしと、お付き合いしていただけませんか?」
私は一大決心のもと、頭を下げた。
向かい合うすぐそばにいるのは初恋の相手であり最愛のひと。
公爵令息のレオナルド・デュン・ブライデン様。
彼は腕組みをしたまま、ジッと私を見下ろしている。
「…ロイヒン男爵令嬢。僕は君のことを、悪い女性でないことぐらいは知っている。しかし…」
レオナルド様はそこで言い淀む。
そのときは私を傷つけないよう、慎重に言葉を選ぼうとしてくださっているものと思っていた。
けれど…
「僕はこの国において、王家の次に偉大とされる二大公爵家のひとつブライデン家の後継者。やがては王家をお支えし、下位貴族や平民たちの手本とならなければならない。対して君は、つい最近平民の準男爵から陞爵したばかりの、かろうじて貴族と呼べるような家の生まれ。もし僕が君との交際のために貴族たちとの交流を疎かにしたり、僕と君が馴れ合っている姿を見たら、みんなはどう思う?年頃の娘が恋に夢中になるその心理は配慮してやれなくはないが、君はもう少し自分と相手の立場を考えるべきだよ。」
「……そう、ですか……」
泣いてはいけないと、胸の内で何度も叱咤しているのに。
それでも涙は勝手に溢れてきて。
「本当に分かっているのか?人前でメソメソと泣くその振る舞いも、貴族令嬢として考えものだな。そんな為体でこの僕の恋人になりたいなどと、よく言えたものだよ。今の君では貴族令息どころか平民の息子にすらあしらわれるさまが目に浮かぶね。だいたい君は、これまで僕たち貴族や王族が、長い歴史をかけて守ってきた階級や称号のことを…」
涙が止まらない私を、レオナルド様は長時間にわたって叱責し続けた。
苦しかった。
心が引き裂かれそうなほど悲しかった。
あれより辛いことなんてこの世にはないと、本気で思えるほどだった。
………まさかこの後あんなことが待ち受けているだなんて、想像すらしていなかった。
(あ~…長い休みのあとの授業って、どうしてこうも怠いのかしら。)
そんな悲しい失恋から数日たった連休明け。
私は心の中で愚痴りながら、校門を潜り抜けて校舎の中に入る。
そのときにふと、違和感に気付いた。
みんなが、私を見てる。
それだけじゃない。
せせら笑いや苦笑いを浮かべる人。
近くの人々とヒソヒソと密談し合うグループ。
汚いものでも見るような目を背けて、足早に去っていく人。
反応はそれぞれだけれど、そのどれもに好奇・嘲笑・嫌悪の感情があからさまに含まれていた。
(なに?なんなの?)
得体の知れない事態に一歩も動けないでいたところに、微かに何かが当たる感覚。
足元を見下ろすと、小さく小さく折り畳まれたメモがひとつ。
『ホケンシツ に いらして』
指示どおりに保健室に入ると、そこにはあの方がいた。
シェリーラン・チェドル・フーディラス様だ。
レオナルド様と同じく二大公爵家のひとつフーディラス家の御令嬢で、彼の幼馴染ということしか知らないのだが、彼女は私にいったい何の用だろうか。
「ロイヒン男爵令嬢、ブライデン公爵令息に交際を申し込まれたというのは本当ですか?」
思わず自分の耳を疑った。
どうして彼女が、そのことを?
「彼がご友人たちにお話ししていたのを、又聞きしたのです。貴女に愛を告げられたから、立場を考えるよう叱ってやったと。」
信じられなかった。
本当に彼が、そんなことを。
「あの方はご友人のみならず、少しでも関係や交流のあった方々にまで吹聴してまわっていたようで…知らない方はもう、恐らくこの学園にはいらっしゃらないかと。」
「……………」
卒倒しそうなほどのショックだったけれど、廊下で響いた笑い声に身が竦む。
「ねえねえ、聞いた!?ブライデン公爵令息に告白した例の身の程知らず!ついさっきこの学園に来たんですって!」
「えーっ、ホント!?」
「ホントホント!保健室に行ったらしいから、いちど御尊顔を拝みに行ってみましょうよ!」
ヒュッとノドが鳴る。
頭が真っ白になって何も考えられない。
「窓からお逃げください。少し進んだ先に裏門があります。」
「ありがとうございます。」
窓枠に足をかけ、飛び越える。
見つからないよう這いつくばるように屈んで、進む。
ビクリ、ビクリと停止しながら進むほんの数メートルの距離は永遠のように思えて。
「…っ!!!」
裏門にたどり着いた瞬間、私は全力で学園から逃げ出した。
そこから先のことは、よく覚えていない。
仮の自宅である学生寮に帰り、ベッドに飛び込み、泣いて泣いて、涙が枯れるまで泣いて…
次に目覚めたとき、時刻はすでに放課後を過ぎていた。
私は一大決心のもと、頭を下げた。
向かい合うすぐそばにいるのは初恋の相手であり最愛のひと。
公爵令息のレオナルド・デュン・ブライデン様。
彼は腕組みをしたまま、ジッと私を見下ろしている。
「…ロイヒン男爵令嬢。僕は君のことを、悪い女性でないことぐらいは知っている。しかし…」
レオナルド様はそこで言い淀む。
そのときは私を傷つけないよう、慎重に言葉を選ぼうとしてくださっているものと思っていた。
けれど…
「僕はこの国において、王家の次に偉大とされる二大公爵家のひとつブライデン家の後継者。やがては王家をお支えし、下位貴族や平民たちの手本とならなければならない。対して君は、つい最近平民の準男爵から陞爵したばかりの、かろうじて貴族と呼べるような家の生まれ。もし僕が君との交際のために貴族たちとの交流を疎かにしたり、僕と君が馴れ合っている姿を見たら、みんなはどう思う?年頃の娘が恋に夢中になるその心理は配慮してやれなくはないが、君はもう少し自分と相手の立場を考えるべきだよ。」
「……そう、ですか……」
泣いてはいけないと、胸の内で何度も叱咤しているのに。
それでも涙は勝手に溢れてきて。
「本当に分かっているのか?人前でメソメソと泣くその振る舞いも、貴族令嬢として考えものだな。そんな為体でこの僕の恋人になりたいなどと、よく言えたものだよ。今の君では貴族令息どころか平民の息子にすらあしらわれるさまが目に浮かぶね。だいたい君は、これまで僕たち貴族や王族が、長い歴史をかけて守ってきた階級や称号のことを…」
涙が止まらない私を、レオナルド様は長時間にわたって叱責し続けた。
苦しかった。
心が引き裂かれそうなほど悲しかった。
あれより辛いことなんてこの世にはないと、本気で思えるほどだった。
………まさかこの後あんなことが待ち受けているだなんて、想像すらしていなかった。
(あ~…長い休みのあとの授業って、どうしてこうも怠いのかしら。)
そんな悲しい失恋から数日たった連休明け。
私は心の中で愚痴りながら、校門を潜り抜けて校舎の中に入る。
そのときにふと、違和感に気付いた。
みんなが、私を見てる。
それだけじゃない。
せせら笑いや苦笑いを浮かべる人。
近くの人々とヒソヒソと密談し合うグループ。
汚いものでも見るような目を背けて、足早に去っていく人。
反応はそれぞれだけれど、そのどれもに好奇・嘲笑・嫌悪の感情があからさまに含まれていた。
(なに?なんなの?)
得体の知れない事態に一歩も動けないでいたところに、微かに何かが当たる感覚。
足元を見下ろすと、小さく小さく折り畳まれたメモがひとつ。
『ホケンシツ に いらして』
指示どおりに保健室に入ると、そこにはあの方がいた。
シェリーラン・チェドル・フーディラス様だ。
レオナルド様と同じく二大公爵家のひとつフーディラス家の御令嬢で、彼の幼馴染ということしか知らないのだが、彼女は私にいったい何の用だろうか。
「ロイヒン男爵令嬢、ブライデン公爵令息に交際を申し込まれたというのは本当ですか?」
思わず自分の耳を疑った。
どうして彼女が、そのことを?
「彼がご友人たちにお話ししていたのを、又聞きしたのです。貴女に愛を告げられたから、立場を考えるよう叱ってやったと。」
信じられなかった。
本当に彼が、そんなことを。
「あの方はご友人のみならず、少しでも関係や交流のあった方々にまで吹聴してまわっていたようで…知らない方はもう、恐らくこの学園にはいらっしゃらないかと。」
「……………」
卒倒しそうなほどのショックだったけれど、廊下で響いた笑い声に身が竦む。
「ねえねえ、聞いた!?ブライデン公爵令息に告白した例の身の程知らず!ついさっきこの学園に来たんですって!」
「えーっ、ホント!?」
「ホントホント!保健室に行ったらしいから、いちど御尊顔を拝みに行ってみましょうよ!」
ヒュッとノドが鳴る。
頭が真っ白になって何も考えられない。
「窓からお逃げください。少し進んだ先に裏門があります。」
「ありがとうございます。」
窓枠に足をかけ、飛び越える。
見つからないよう這いつくばるように屈んで、進む。
ビクリ、ビクリと停止しながら進むほんの数メートルの距離は永遠のように思えて。
「…っ!!!」
裏門にたどり着いた瞬間、私は全力で学園から逃げ出した。
そこから先のことは、よく覚えていない。
仮の自宅である学生寮に帰り、ベッドに飛び込み、泣いて泣いて、涙が枯れるまで泣いて…
次に目覚めたとき、時刻はすでに放課後を過ぎていた。
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