10 / 10
10(終)
しおりを挟む
『レオナルド様へ
再びお誘いの手紙を送ってくださったこと、感謝いたします。
このたびめでたく母の容態が回復し、問題なく以前と同じように過ごしていけると医者から言われました。
ですのでわたくしなどに気を遣わず、田舎での自由な暮らしを謳歌していただきたく存じます。
アリサ・ロイヒンより』
「ふふっ…」
ブライデン家の領地の田舎。
レオナルドは年季の入った屋敷の部屋でひとり微笑む。
「謙遜するのは結構だが、恋のチャンスは掴まないと。僕でなければとっくに縁を切られていたぞ、まったく…」
第三者から見ればあからさまにあしらわれていることが察せる無機的な手紙を、彼は何度も読み返す。
「大丈夫、分かってる。家庭の都合で実家を出られないだけで、本当は僕とひとつになりたいんだろう?その証拠に以前は『ブライデン公爵令息』なんて水臭い宛名だったのに、今回の手紙には『レオナルド様』なんて書いてある。僕に見捨てられることに怯えて、距離を詰めたがっているんだろう。」
レオナルドは手紙をいつもの抽斗にしまうと、大きく伸びをして外に出た。
(父上に宣告されたときは絶望したけれど…こうして暮らしてみれば、意外といいところだ。ただ領民はいささか問題だな。地主の息子である僕に最低限の食糧しか渡さず、言葉遣いすら弁えない。まあ庶民の中でも田舎育ちでまともな教育を受けずに育った連中なんだ、大目に見てやらねば。)
そんなことを考えながら畦道を歩いている最中、全身に衝撃が走った。
「ガッ!!!?」
体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。
痛い、痛い、痛い。
とめどなく血が溢れて、目の覚めるような激痛なのに気がどんどん遠くなっていく。
「な、にが…」
起き上がることすらできず這いつくばったまま頭を上げると、走り去る馬車が目に入った。
どうやらアレに轢かれたらしい。
「ぐ、ぁ…」
腕ひとつ動かせない。
助けを求めようにも声は出せない。
(いやだ…死にたくない!誰か助けてくれ…)
そのとき道端でひとりの農夫と鉢合わせた。
ブライデン家の領民のひとりだ。
「ぉ……おぉい!!たすけてくれ!!」
火事場の馬鹿力に近いものだろうか。
意識が絶え絶えにも関わらず、彼は自分でも驚くほどの大声で叫んだ。
しかし。
「……」
農夫は何も言わず去っていった。
(そんな………な、ぜ……)
レオナルドは農夫の冷たい態度に絶望するも、問うことすらできず意識を手放した。
「あの馬車には感謝だねえ。」
完全に気を失ったレオナルドを遠くから見下ろし、農夫は呟く。
事実この農夫だけでなく、領民の全員がレオナルドのことを疎んでいた。
領主の息子ではあるが、父親に直談判して領地に手を加えてくれるわけでなければ、貴族の教養で村を富ませてくれるわけでもない。
ただ権威のまま居座って、農民たちが汗水流して育てた作物を食いつぶす『殺せない害虫』だった。
農夫に見送られ走る馬車から、ひとりの女性の呟きが漏れる。
「ふふふ…アリサの痛み、思い知るがいいわ。」
* * *
「…ふぅ。」
レオナルドの訃報を風のウワサで知ったアリサは、軽く息を吐いた。
かつて愛した人の死を悼むでもなく、『ざまあみろ』と笑う気も起きない。
ただこれでもう、今後ずっと書き続けるであろう手紙に割く時間と気力がなくなったことに安堵した。
(扱いにも悩んでいたからね…イエツグ様が正式にブライデン家の当主になったから、あの方はもう『ブライデン公爵令息』ですらないし。)
「おーい、そろそろ出発するよ。」
「はーい。」
玄関からコンラッドに呼ばれ、アリサは急いで支度をする。
かつて王太子との婚約を拒絶した同盟国の皇太子と、シェリーランの結婚式だ。
「大幅に落ちたこの国の信頼を、あの御方が主軸で持ち直してくださって、こうして再びあの国と繋がれるなんて!」
「一時期はどうなることかと思いましたわよ!?」
いきかう人々は騒ぐが、誰もレオナルドの名前を口にしない。
この調子だと忘れ去られるのも時間の問題だろう。
社会的な死から肉体的な死、そして忘却という真なる死を続け様に受けるであろう彼の末路に、アリサは震える。
そんなとき、コンラッドに手を握られた。
「行こう。みんなが待ってる。」
「…ええ!」
ふたりは華やかに飾り立てられた王城へと向かった。
初恋のひとに告白を言いふらされて学園中の笑い者にされましたが、大人のつまはじきの方が遥かに恐ろしいことを彼が教えてくれました
ーfinー
再びお誘いの手紙を送ってくださったこと、感謝いたします。
このたびめでたく母の容態が回復し、問題なく以前と同じように過ごしていけると医者から言われました。
ですのでわたくしなどに気を遣わず、田舎での自由な暮らしを謳歌していただきたく存じます。
アリサ・ロイヒンより』
「ふふっ…」
ブライデン家の領地の田舎。
レオナルドは年季の入った屋敷の部屋でひとり微笑む。
「謙遜するのは結構だが、恋のチャンスは掴まないと。僕でなければとっくに縁を切られていたぞ、まったく…」
第三者から見ればあからさまにあしらわれていることが察せる無機的な手紙を、彼は何度も読み返す。
「大丈夫、分かってる。家庭の都合で実家を出られないだけで、本当は僕とひとつになりたいんだろう?その証拠に以前は『ブライデン公爵令息』なんて水臭い宛名だったのに、今回の手紙には『レオナルド様』なんて書いてある。僕に見捨てられることに怯えて、距離を詰めたがっているんだろう。」
レオナルドは手紙をいつもの抽斗にしまうと、大きく伸びをして外に出た。
(父上に宣告されたときは絶望したけれど…こうして暮らしてみれば、意外といいところだ。ただ領民はいささか問題だな。地主の息子である僕に最低限の食糧しか渡さず、言葉遣いすら弁えない。まあ庶民の中でも田舎育ちでまともな教育を受けずに育った連中なんだ、大目に見てやらねば。)
そんなことを考えながら畦道を歩いている最中、全身に衝撃が走った。
「ガッ!!!?」
体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。
痛い、痛い、痛い。
とめどなく血が溢れて、目の覚めるような激痛なのに気がどんどん遠くなっていく。
「な、にが…」
起き上がることすらできず這いつくばったまま頭を上げると、走り去る馬車が目に入った。
どうやらアレに轢かれたらしい。
「ぐ、ぁ…」
腕ひとつ動かせない。
助けを求めようにも声は出せない。
(いやだ…死にたくない!誰か助けてくれ…)
そのとき道端でひとりの農夫と鉢合わせた。
ブライデン家の領民のひとりだ。
「ぉ……おぉい!!たすけてくれ!!」
火事場の馬鹿力に近いものだろうか。
意識が絶え絶えにも関わらず、彼は自分でも驚くほどの大声で叫んだ。
しかし。
「……」
農夫は何も言わず去っていった。
(そんな………な、ぜ……)
レオナルドは農夫の冷たい態度に絶望するも、問うことすらできず意識を手放した。
「あの馬車には感謝だねえ。」
完全に気を失ったレオナルドを遠くから見下ろし、農夫は呟く。
事実この農夫だけでなく、領民の全員がレオナルドのことを疎んでいた。
領主の息子ではあるが、父親に直談判して領地に手を加えてくれるわけでなければ、貴族の教養で村を富ませてくれるわけでもない。
ただ権威のまま居座って、農民たちが汗水流して育てた作物を食いつぶす『殺せない害虫』だった。
農夫に見送られ走る馬車から、ひとりの女性の呟きが漏れる。
「ふふふ…アリサの痛み、思い知るがいいわ。」
* * *
「…ふぅ。」
レオナルドの訃報を風のウワサで知ったアリサは、軽く息を吐いた。
かつて愛した人の死を悼むでもなく、『ざまあみろ』と笑う気も起きない。
ただこれでもう、今後ずっと書き続けるであろう手紙に割く時間と気力がなくなったことに安堵した。
(扱いにも悩んでいたからね…イエツグ様が正式にブライデン家の当主になったから、あの方はもう『ブライデン公爵令息』ですらないし。)
「おーい、そろそろ出発するよ。」
「はーい。」
玄関からコンラッドに呼ばれ、アリサは急いで支度をする。
かつて王太子との婚約を拒絶した同盟国の皇太子と、シェリーランの結婚式だ。
「大幅に落ちたこの国の信頼を、あの御方が主軸で持ち直してくださって、こうして再びあの国と繋がれるなんて!」
「一時期はどうなることかと思いましたわよ!?」
いきかう人々は騒ぐが、誰もレオナルドの名前を口にしない。
この調子だと忘れ去られるのも時間の問題だろう。
社会的な死から肉体的な死、そして忘却という真なる死を続け様に受けるであろう彼の末路に、アリサは震える。
そんなとき、コンラッドに手を握られた。
「行こう。みんなが待ってる。」
「…ええ!」
ふたりは華やかに飾り立てられた王城へと向かった。
初恋のひとに告白を言いふらされて学園中の笑い者にされましたが、大人のつまはじきの方が遥かに恐ろしいことを彼が教えてくれました
ーfinー
509
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
双子の姉に聴覚を奪われました。
浅見
恋愛
『あなたが馬鹿なお人よしで本当によかった!』
双子の王女エリシアは、姉ディアナに騙されて聴覚を失い、塔に幽閉されてしまう。
さらに皇太子との婚約も破棄され、あらたな婚約者には姉が選ばれた――はずなのに。
三年後、エリシアを迎えに現れたのは、他ならぬ皇太子その人だった。
私がいなくなっても構わないと言ったのは、あなたの方ですよ?
睡蓮
恋愛
セレスとクレイは婚約関係にあった。しかし、セレスよりも他の女性に目移りしてしまったクレイは、ためらうこともなくセレスの事を婚約破棄の上で追放してしまう。お前などいてもいなくても構わないと別れの言葉を告げたクレイであったものの、後に全く同じ言葉をセレスから返されることとなることを、彼は知らないままであった…。
※全6話完結です。
私は真実の愛を見つけたからと離婚されましたが、事業を起こしたので私の方が上手です
satomi
恋愛
私の名前はスロート=サーティ。これでも公爵令嬢です。結婚相手に「真実の愛を見つけた」と離婚宣告されたけど、私には興味ないもんね。旦那、元かな?にしがみつく平民女なんか。それより、慰謝料はともかくとして私が手掛けてる事業を一つも渡さないってどういうこと?!ケチにもほどがあるわよ。どうなっても知らないんだから!
婚約者に値踏みされ続けた文官、堪忍袋の緒が切れたのでお別れしました。私は、私を尊重してくれる人を大切にします!
ささい
恋愛
王城で文官として働くリディア・フィアモントは、冷たい婚約者に評価されず疲弊していた。三度目の「婚約解消してもいい」の言葉に、ついに決断する。自由を得た彼女は、日々の書類仕事に誇りを取り戻し、誰かに頼られることの喜びを実感する。王城の仕事を支えつつ、自分らしい生活と自立を歩み始める物語。
ざまあは後悔する系( ^^) _旦~~
小説家になろうにも投稿しております。
心を病んでいるという嘘をつかれ追放された私、調香の才能で見返したら調香が社交界追放されました
er
恋愛
心を病んだと濡れ衣を着せられ、夫アンドレに離縁されたセリーヌ。愛人と結婚したかった夫の陰謀だったが、誰も信じてくれない。失意の中、亡き母から受け継いだ調香の才能に目覚めた彼女は、東の別邸で香水作りに没頭する。やがて「春風の工房」として王都で評判になり、冷酷な北方公爵マグナスの目に留まる。マグナスの支援で宮廷調香師に推薦された矢先、元夫が妨害工作を仕掛けてきたのだが?
追放した私が求婚されたことを知り、急に焦り始めた元旦那様のお話
睡蓮
恋愛
クアン侯爵とレイナは婚約関係にあったが、公爵は自身の妹であるソフィアの事ばかりを気にかけ、レイナの事を放置していた。ある日の事、しきりにソフィアとレイナの事を比べる侯爵はレイナに対し「婚約破棄」を告げてしまう。これから先、誰もお前の事など愛する者はいないと断言する侯爵だったものの、その後レイナがある人物と再婚を果たしたという知らせを耳にする。その相手の名を聞いて、侯爵はその心の中を大いに焦られるのであった…。
とある伯爵の憂鬱
如月圭
恋愛
マリアはスチュワート伯爵家の一人娘で、今年、十八才の王立高等学校三年生である。マリアの婚約者は、近衛騎士団の副団長のジル=コーナー伯爵で金髪碧眼の美丈夫で二十五才の大人だった。そんなジルは、国王の第二王女のアイリーン王女殿下に気に入られて、王女の護衛騎士の任務をしてた。そのせいで、婚約者のマリアにそのしわ寄せが来て……。
君を愛す気はない?どうぞご自由に!あなたがいない場所へ行きます。
みみぢあん
恋愛
貧乏なタムワース男爵家令嬢のマリエルは、初恋の騎士セイン・ガルフェルト侯爵の部下、ギリス・モリダールと結婚し初夜を迎えようとするが… 夫ギリスの暴言に耐えられず、マリエルは神殿へ逃げこんだ。
マリエルは身分違いで告白をできなくても、セインを愛する自分が、他の男性と結婚するのは間違いだと、自立への道をあゆもうとする。
そんなマリエルをセインは心配し… マリエルは愛するセインの優しさに苦悩する。
※ざまぁ系メインのお話ではありません、ご注意を😓
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる