初恋のひとに告白を言いふらされて学園中の笑い者にされましたが、大人のつまはじきの方が遥かに恐ろしいことを彼が教えてくれました

3333(トリささみ)

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『レオナルド様へ

 再びお誘いの手紙を送ってくださったこと、感謝いたします。

 このたびめでたく母の容態が回復し、問題なく以前と同じように過ごしていけると医者から言われました。

 ですのでわたくしなどに気を遣わず、田舎での自由な暮らしを謳歌していただきたく存じます。

 アリサ・ロイヒンより』

「ふふっ…」

 ブライデン家の領地の田舎。
 レオナルドは年季の入った屋敷の部屋でひとり微笑む。

「謙遜するのは結構だが、恋のチャンスは掴まないと。僕でなければとっくに縁を切られていたぞ、まったく…」

 第三者から見ればあからさまにあしらわれていることが察せる無機的な手紙を、彼は何度も読み返す。

「大丈夫、分かってる。家庭の都合で実家を出られないだけで、本当は僕とひとつになりたいんだろう?その証拠に以前は『ブライデン公爵令息』なんて水臭い宛名だったのに、今回の手紙には『レオナルド様』なんて書いてある。僕に見捨てられることに怯えて、距離を詰めたがっているんだろう。」

 レオナルドは手紙をいつもの抽斗ひきだしにしまうと、大きく伸びをして外に出た。

(父上に宣告されたときは絶望したけれど…こうして暮らしてみれば、意外といいところだ。ただ領民はいささか問題だな。地主の息子である僕に最低限の食糧しか渡さず、言葉遣いすら弁えない。まあ庶民の中でも田舎育ちでまともな教育を受けずに育った連中なんだ、大目に見てやらねば。)

 そんなことを考えながら畦道あぜみちを歩いている最中、全身に衝撃が走った。

「ガッ!!!?」

 体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。
 痛い、痛い、痛い。
 とめどなく血が溢れて、目の覚めるような激痛なのに気がどんどん遠くなっていく。

「な、にが…」

 起き上がることすらできず這いつくばったまま頭を上げると、走り去る馬車が目に入った。
 どうやらアレに轢かれたらしい。

「ぐ、ぁ…」

 腕ひとつ動かせない。
 助けを求めようにも声は出せない。

(いやだ…死にたくない!誰か助けてくれ…)

 そのとき道端でひとりの農夫と鉢合わせた。
 ブライデン家の領民のひとりだ。

「ぉ……おぉい!!たすけてくれ!!」

 火事場の馬鹿力に近いものだろうか。
 意識が絶え絶えにも関わらず、彼は自分でも驚くほどの大声で叫んだ。
 しかし。

「……」

 農夫は何も言わず去っていった。

(そんな………な、ぜ……)

 レオナルドは農夫の冷たい態度に絶望するも、問うことすらできず意識を手放した。

「あの馬車には感謝だねえ。」

 完全に気を失ったレオナルドを遠くから見下ろし、農夫は呟く。
 事実この農夫だけでなく、領民の全員がレオナルドのことを疎んでいた。
 領主の息子ではあるが、父親に直談判して領地に手を加えてくれるわけでなければ、貴族の教養で村を富ませてくれるわけでもない。
 ただ権威のまま居座って、農民たちが汗水流して育てた作物を食いつぶす『殺せない害虫』だった。
 農夫に見送られ走る馬車から、ひとりの女性の呟きが漏れる。

「ふふふ…アリサの痛み、思い知るがいいわ。」



 * * *



「…ふぅ。」

 レオナルドの訃報を風のウワサで知ったアリサは、軽く息を吐いた。
 かつて愛した人の死を悼むでもなく、『ざまあみろ』と笑う気も起きない。
 ただこれでもう、今後ずっと書き続けるであろう手紙に割く時間と気力がなくなったことに安堵した。

(扱いにも悩んでいたからね…イエツグ様が正式にブライデン家の当主になったから、あの方はもう『ブライデン公爵令息』ですらないし。)
「おーい、そろそろ出発するよ。」
「はーい。」

 玄関からコンラッドに呼ばれ、アリサは急いで支度をする。
 かつて王太子との婚約を拒絶した同盟国の皇太子と、シェリーランの結婚式だ。

「大幅に落ちたこの国の信頼を、あの御方が主軸で持ち直してくださって、こうして再びあの国と繋がれるなんて!」
「一時期はどうなることかと思いましたわよ!?」

 いきかう人々は騒ぐが、誰もレオナルドの名前を口にしない。
 この調子だと忘れ去られるのも時間の問題だろう。
 社会的な死から肉体的な死、そして忘却という真なる死を続け様に受けるであろう彼の末路に、アリサは震える。
 そんなとき、コンラッドに手を握られた。

「行こう。みんなが待ってる。」
「…ええ!」

 ふたりは華やかに飾り立てられた王城へと向かった。





 初恋のひとに告白を言いふらされて学園中の笑い者にされましたが、大人のつまはじきの方が遥かに恐ろしいことを彼が教えてくれました

 ーfinー
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