旦那様。私が悪女ならば、愛人の女は何になるのかしら?

白雲八鈴

文字の大きさ
1 / 4

第1話

しおりを挟む
「あら? 私が誰だか知っていて、そのようなことをおっしゃっているのですわよね?」

 私は扇を広げ、目の前の男性を見下すように言います。

「はい……もちろんでございます。しかし」
「しかし? 更に口答えをしようと?」
「いいえ! 何でもございません!」

 だったら初めから口答えをしなくてよろしいですのに。
 本当に愚かな者。

「アフィーリア! また騒ぎを起こしているのか!」

 あら? ヤダヤダ。正義感を振りかざした旦那様がやってきましたわ。

 声のするほうに視線をむけると、怒りを宿した鳶色の瞳と目が合いました。

「騒ぎというほどではありませんわよ?」

 今日は我がファングラン公爵家主催の社交会です。貴族同士の親交を深めようという建前のもと、腹の探り合いをする場です。

 主催者として、この日のために誂えたブルーグレーのイブニングがよくお似合いですわね。
 まるで腕にくっつけている方と合わせたような色合いです。

 ええ、私は私の瞳に合わせた赤いドレスですもの。

「これを騒ぎと言わずなんだと言うのだ!」

 旦那様が一人で騒いでいるだけですわ。私は声を荒げたりしておりませんもの。

 私はわざとらしく背中に流した金髪をふわりと浮かせるように振り返ります。

「ファングラン公爵家に定期的に納品するはずだったものを、別の方に横流しをしていたのですよ? それはおかしいと指摘するべきではないのでしょうか?」
「それはアフィーリアが無理を言っただけだろう!」

 あら? あら? また、私が悪いことになってしまいましたわ。

「まぁ? 私が悪いと?」

 クスクスと笑いがこぼれ出てしまいました。
 私は必要なことしかしていませんわ。

「誰のお陰で、ファングラン公爵家がここまでの栄光を取り戻したと思っていらしゃるのですか?」

 私は踵をカツンと鳴らしながら一歩を踏み出します。

「三年前までは、このような夜会など開けませんでしたのに?」

 カツンと音を立てながら、また一歩を踏み出します。

 公爵家という名を何とかプライドだけで保っていたファングラン公爵家。そこにラヴァルエール公爵家が援助をするという形で私が嫁いできたのです。
 領地の采配の権利を私に委ねるという条件でです。

 だから、旦那様に文句を言う資格はありませんわ。

「アフィーリアがそんな態度だから、悪い噂が広まっているんだ!」

 それは貴族というのは足の引っ張り合いですから、あらを探して色々言ってくる者はいるでしょう。
 そんなことで動じてどうするのです。

「しかしそれも今日までだ! 貴様と離縁する! ファングラン公爵夫人という名を好き勝手に使った報いだ!」

 はぁ……別に好き勝手に使ってはいませんわよ。少し強引な手を使ったことは認めますが。

「そして、隣国の皇女であるメアリーローズ皇女を妻に迎えることになった。これが皇帝陛下からの親書だ!」

 高々に懐から出した紙を掲げる旦那様。そうですか。

「まぁ? メアリーローズ皇女様をただの公爵夫人に? 今まで領地のことなど放置だった旦那……ミカエル様が領地の運営を?それは私が嫁ぐ前に戻ってしまいますわね?」

 二人の目の前に立ち、扇越しに首を傾げます。馬鹿にしたような視線つきで。

「貴様のような女は、悪女と言うのだ! 俺のメアリーローズに何かしてみろ! ただでは済まさないぞ!」
「キャッ! ミカエル様♡」

 私に怒りの視線を向けながら、ミカエル様は隣りにいる皇女様を抱き寄せています。そのミカエル様に身を寄せるメアリーローズ皇女。

「私が悪女ですか」

 そう言いながらメアリーローズ皇女を見ます。しかし、直ぐにミカエル様が私の視線から隠すようにメアリーローズ様を背後に引き寄せました。

 ふふふ。とてもおかしいですわ。

「何を笑っている!貴様はファングラン公爵夫人でもなんでもない! さっさと出ていけ!」
「まだ、離婚届にサインをしていないので、私がファングラン公爵夫人に変わりありませんわよ」

 馬鹿ですか。いくら皇帝陛下の許可があろうが、我が国の国王陛下の許可の方が優先度が高いのです。それに正式な書類に私はサインをしておりませんわよ。

「では今までラヴァルエール公爵家が出資した二億五千万を今直ぐ返済してください。そういう契約でしたわよね。そうでなければ離婚には応じませんわ」

 すると絶望的な顔をされるミカエル様。そういうところが詰めが甘いのです。
 私達の婚姻が何のためだったのか全くわかっていらっしゃらなかったとは、嘆かわしいですわね。

「そ……それなら、わたくしがお支払いします」
「あら? メアリーローズ様が? まぁまぁ、籍も入れていないのに、お優しいですのね?」
「そうだ! メアリーローズは貴様とは違う!」

 はぁ、これはミカエル様がおバカだと皆に知らしめているようなものですわ。皇女様に頼らなければ、ラヴァルエール公爵家への返済ができないと公言しているようなものです。

「そうですか。でしたら、離婚に応じましょう。では皆様、今宵の夜会は始まったばかり、楽しんでくださいね」

 私はそう言って会場の出入り口の扉に向かいます。そして扉が開けられたところで、思い出したように振り返りました。

 煌々と照らされた会場。会場の華やかさを演出する演奏。今日のためにしつらえた煌びやかな衣装を身にまとった貴族たち。

 その貴族たちの視線が私に集中していました。

「忘れていましたわ。今までのファングラン公爵家からの援助資金は私個人の資産でしたので、打ち切らせていただきます。もうファングラン公爵夫人ではないので、仕方がありませんわよね? 改めてファングラン公爵家と契約してくださいませ」

 あちらこちらから悲鳴が上がっているのを扉越しに聞きながら、私は廊下を進んでいきます。

「お疲れさまでした。アフィーリア様」
「くだらないシナリオね」

 私の背後から声をかけたのは、侍従兼護衛のカインです。

「これで満足かしら?」

 横目でカインを見ます。相変わらず何を考えているのかわからない笑みを浮かべていますわ。

「はい」
「そう、だったらいいわ」

 私はそのまま玄関ホールに向かいます。そして、そこで待っていた初老の男性に声をかけました。

執事バトラートーマス。短い間だったけどお世話になったわ」
「奥様、本当に申し訳ございません」
「あら? 貴方が謝ることなんてなにもないのよ?」

 そして差し出された書類にサインをします。離婚届です。
 あとの処理は彼に任せましょう。

「さようなら。執事バトラートーマス。早く後任に譲って、ゆっくりと老後を過ごしなさいね」
「痛み入ります。奥様」
「ふふふ。もう奥様じゃないわよ」

 そう言って、私は開けられた玄関を出ていきます。すると背後から肩にストールがかけられました。

「あら? 気が利くわね?」
「アフィーリア様の侍従ですから、これぐらい当たり前です」
「ふん。まぁ、それも後少しの間よ」

 玄関を出ると目の前には黒塗りの車が扉を開けて停まっています。事前に今回のことが分かっていたかのようにラヴァルエール公爵家の家紋がついた車が待っているのです。

 私は当然のようにカインの手を取って乗り込みました。

 扉が閉められ、誰の見送りもなく出発する車。広い車内にため息がこぼれ出ます。

「はぁ……」

 未練に後ろ髪が引かれますわ。

 どうしてこんなことに。
 まだやりたいことは沢山ありましたのに。
 結局は地位と権力ですか。

「アフィーリア様。ミカエル・ファングラン公爵に未練がおありですか?」
「無いわよ。そんなもの。小麦のひと粒さえも」

 正面に座って馬鹿なことを聞いてきたカインを睨みつけます。
 私はあの男と結婚しましたが、どちらかと言えば、ファングラン公爵家と結婚したのです。

 あんな見た目だけの皇女に騙される男に興味すら湧きません。

「やはり、三年では足りなかったという意味よ。何が悪女よ。貴方の妹の方がよっぽど悪女じゃない」
「その件は納得いただけたと思っていましたが?」

 納得? 納得させられたのよ!
 そう、三年前の結婚式当日のことよ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「義妹に譲れ」と言われたので、公爵家で幸せになります

恋せよ恋
恋愛
「しっかり者の姉なら、婚約者を妹に譲ってあげなさい」 「そうだよ、バネッサ。君なら、わかるだろう」 十五歳の冬。父と婚約者パトリックから放たれた無慈悲な言葉。 再婚相手の連れ子・ナタリアの図々しさに耐えてきたバネッサは、 その瞬間に決意した。 「ええ、喜んで差し上げますわ」 将来性のない男も、私を軽んじる家族も、もういらない。 跡継ぎの重責から解放されたバネッサは、その類まれなる知性を見込まれ、 王国の重鎮・ヴィンセント公爵家へ嫁ぐことに。 「私は、私を一番に愛してくれる場所で幸せになります!」 聡明すぎる令嬢による、自立と逆転のハッピーエンド。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

お望み通り、別れて差し上げます!

珊瑚
恋愛
「幼なじみと子供が出来たから別れてくれ。」 本当の理解者は幼なじみだったのだと婚約者のリオルから突然婚約破棄を突きつけられたフェリア。彼は自分の家からの支援が無くなれば困るに違いないと思っているようだが……?

四の五の言わず離婚届にサインをしてくれません?

白雲八鈴
恋愛
アルディーラ公爵夫人であるミレーネは、他の人からみれば羨ましいと思える立場にいた。 王妹の母譲りの美人の顔立ち、公爵夫人として注目を集める立場、そして領地の運営は革命と言えるほど領地に潤いを与えていた。 だが、そんなミレーネの心の中にあるのは『早く離婚したい』だった。 順風満帆と言えるミレーネは何が不満なのか。その原因は何か。何故離婚できないのか。 そこから始まる物語である。

あなたがそのつもりなら

素亭子
恋愛
リリアーナはランス侯爵からの求婚をうけて結婚したが、わずか一年で夫は愛人を持った。リリアーナの仕返しの話です

身代わりの恋だと思っていました〜記憶を失った私に、元婚約者が泣いて縋る理由〜

恋せよ恋
恋愛
「君を愛している。一目惚れだったんだ」 18歳の伯爵令嬢エリカは、9歳年上のリヒャルト伯爵から 情熱的な求婚を受け、幸せの絶頂にいた。 しかし、親族顔合わせの席で運命が狂い出す。 彼の視線の先にいたのは、エリカの伯母であり、 彼の学生時代の恋人で「初めての女性」だった……ミレイユ。 「あの子は私の身代わりでしょう」「私はあなただけなの」 伯母ミレイユの甘い誘惑と、裏切りの密会。 衝撃の事実を目撃したエリカは、階段から転落し、 彼と過ごした愛しくも残酷な二年間の記憶だけを失ってしまう。 「……あの、どちら様でしょうか?」 無垢な瞳で問いかけるエリカに、絶望し泣き崩れるリヒャルト。 裏切った男と、略奪を企てた伯母。 二人に待ち受けるのは、甘い報復と取り返しのつかない後悔だった。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

愛せないですか。それなら別れましょう

黒木 楓
恋愛
「俺はお前を愛せないが、王妃にはしてやろう」  婚約者バラド王子の発言に、 侯爵令嬢フロンは唖然としてしまう。  バラド王子は、フロンよりも平民のラミカを愛している。  そしてフロンはこれから王妃となり、側妃となるラミカに従わなければならない。  王子の命令を聞き、フロンは我慢の限界がきた。 「愛せないですか。それなら別れましょう」  この時バラド王子は、ラミカの本性を知らなかった。

白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします

鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。 だが彼女は泣かなかった。 なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。 教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。 それは逃避ではない。 男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。 やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。 王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。 一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。 これは、愛を巡る物語ではない。 「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。 白は弱さではない。 白は、均衡を保つ力。 白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。

処理中です...