婚約者が最凶すぎて困っています

白雲八鈴

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第8話 皇帝陛下に殺される!

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 激甘のプリンを紅茶で流し込んでいると、人だかりができているところから悲鳴が上がりだした。
 なんだろう? 黄色い悲鳴というより、恐怖の悲鳴に聞こえる。

「紅茶のおかわりをいただけます?」

 私には関係なさそうなので、紅茶のおかわりを背後で突っ立っている執事のラグザに頼む。

「どこの産地の紅茶か当てられたら淹れてさしあげますよ」

 そう仕返しをしてきたか。そんなもの知るか!
 紅茶……あー……なんか頭の端に引っかかってきた。

 家ではお茶といえばその辺りに生えてあるお茶の木から作っている。お茶の木は田畑の土手沿いに植えてあるのだ。

 理由は土手の土を固めることと、高台にあるサルヴァール領に吹く風から作物を守るためだった。
 だから手軽にお茶が飲めるので、ジェイドの話の中で、お茶の葉をわざわざ購入して飲むことに兄たちは驚いていた。
 まぁ、ジェイドからすれば、人に頼むだけだろうけど。

 好きな名産地は……確か

「エターニア産」
「ちっ!」

 舌打ちいただきました~!
 そして目の前で波々と注がれる紅茶。合っていたのか。
 ジェイド! ありがとう! 激甘プリンを食べ切れそうだ。

 そのジェイドが、モーゼの海のように割れた人垣から姿を現す。
 遠目から見れば皇子様だ。

 だが、近づいてくる表情は凄く怒っている。笑顔だけど、凄く怒っている。

「ジェイドルークス様!」

 その後から天色の髪をなびかせながら、追いかけてくる令嬢がいる。
 おお、その勇気を私は称賛するよ。

 今のジェイドは兄たちや母や父が近づけないと言っていたジェイドだ。

「シャンヴァルド公爵令嬢。貴女に名を呼ぶ権利を与えた覚えはありませんよ」

 温度がない冷たい声で返すジェイド。いったい何があったのだろう?

「わたくしがトランディーラ侯爵令嬢様に言いがかりをつけたので、はしたないとお怒りなのですね」

 トランディーラ侯爵令嬢? ああ、ジェイドと運命風に装って、婚約者の地位を得ようとした茶番劇ね。

「それは全て、ジェイドルークス様を想ってのこと」

 うーん。よくわからないけど、遠くでやって欲しいな。私に近づきながら痴話喧嘩を始めないでほしい。

「私を思ってですか? それは私の婚約者の地位に、しがみつきたいという浅ましい欲望と言い換えた方がいいのではないのですか?」

 うわぁ。ジェイド。言い方って言うものがあると思う。そう率直に言わなくても……ほら、天色の髪の女の子が泣いちゃった。
 十歳ぐらいかな? 話を聞いていると子供が話す内容じゃないよね。

 なんていうか、成人した男女の関係が崩れたときの話だね。

「そもそも私の側に立てない貴女が婚約者というのがおかしいのですよ」
「ひっ!」
「きゃぁ!」
「っー!」
「うぐっ!流石です殿下」

 背後から聞こえた声は無視して、次々にガーデンパーティー会場にいる人達が倒れていっている。
 ジェイドが何がしたいのか、私にはさっぱりわからない。

 そう思いながら、最後の一口を食べて、紅茶で流し込む。
 食べきったぞ! 激甘プリン。

「イリア、何を食べているのですか?」

 皇子モードのジェイドが話しかけてきた。ここは無視して素通りして退場すべきところだよね。

「激甘プリン。甘すぎ」
「砂糖は希少ですから、ふんだんに使っているのでしょうね」
「これは食べ続けると病気になる甘さ。なんでも程々がいい……ですわよ」

 ヤバい。激甘プリンに脳がやられてしまっていた。

 ジェイドはクスリと笑って、座っている私を抱きかかえて歩き出す。
 え? どこに連れて行くつもり?

 サクサクと歩くジェイドに私は小声で降ろせと言ったけど、そのまま歩き続け、ご令嬢方が使用人たちに助け起こされている間を通り抜け、ピンクゴールドの髪の女性の前に立った。

 誰か知らないけど、絶対にお偉い女性だよね。

「母上。私は運命の人に会いましたので、この令嬢を私の婚約者にします」

 ……ははうえ? ジェイドのははうえ? アスティア国から嫁いできたという皇妃様……何をこんなところで公言しているのだ!
 これ絶対に皇妃様が画策したお茶会を逆手に取って、婚約者のすり替えをやろうとしているよね。

 ジェイドさん、根本的な問題があるのをお忘れですか?

 私は子爵令嬢ですよ。

 あちらこちらで悲鳴が上がり、皇妃様はそのまま気を失って倒れてしまわれた。

 ジェイド。これは問題になると思う。




 そう問題になる。

 問題になっている。

 私はお呼び出しを食らった。ジェイドと共に。


 それはどこかと言えば、ジェイドそっくりの男性がいる執務室。皇帝陛下の御前だ。

 三十代のジェイドはこんな感じになるのだろうなという、銀髪に紫紺の瞳を持つ、冷たい雰囲気を纏う男性。

 その前に私はジェイドに抱えられながら連行された。途中何度も下ろすように言うも、私の意見は通らず、ここまで来てしまったのだ。

「ジェイドルークス殿下。そのご令嬢を下ろしてはいかがでしょうか? 陛下の御前ですよ」

 知らないおじさんが諭してくれたお陰で、私は床の上に立つことができた。
 私は口を閉じた貝の如く、何も言わずにただ頭を下げる。見様見真似のカーテシーだ。

「ジェイドルークス。これはなんだ?」

 冷たい声が降ってくる。コレか……ネズミ扱いでもいいので、さっさと私を放逐してほしい。

「私が婚約者と望んだ令嬢です」

 それは無理だって、何度も言ったのに……皇帝陛下の前で堂々と言わないでほしい。

「子爵令嬢と聞いたが?」
「はい」
「このモノに何の価値がある」
「何者にも代えがたいほどの者です」

 すると皇帝陛下の気配が動いたかと思えば、耳元で「キンッ」という音が聞こえた。
 その聞き慣れない音に、思わず顔を上げてしまう。

 私の目の前にいる皇帝陛下。その横をかすめる銀色の光。私の胸元で爆ぜる火花。

 火花?

 よく見ると、鋒がない剣の刃が私の心臓の上で火花を散らしている。

「父上!」

 あーこれはもしかして、ジェイドが世迷い言をいいだした原因を始末しようとしたってことかな?

 身体に沿うように結界を張っていて良かった。でないと先に首と胴が離れて、心臓が串刺しになっていただろう。
 ジェイドが暗殺されかかる恐ろしい皇城に立ち入るのだからと、結界を張っていたのだ。

 私の結界と皇帝陛下の剣が火花を散らしている中、私はスッと手を上げる。

「発言許可をください」

 私に言い訳をさせろと言う。
 すると皇帝陛下は折れた剣を引き、光をまとった剣を私に投げつけていた。

 大人げない。自分の力が私に及ばなかった不満がありありと見て取れる。

 受け止めようか弾き返そうか迷っていると、腕を横に引っ張られ、剣を避けることができた。

 が、私の背後から悲鳴とざわめきが起こっているので、もろに当たった人がいたのだろう。

「イリア! 大丈夫か! 怪我は!」

 私は話していい許可をもらっていないので、頷くだけに留める。

「父上! イリアに何をするのですか!」
「それが、お前とその者の立場の差だ。まだ、その子供の方が己の領分をわきまえている分利口だ」

 これはジェイドが試されているのかな? まぁ、私が死んでも皇帝陛下としては痛くも痒くもない。
 身分が低い者を側に置くということは、こういうことだと見せつける為の、いい素材になったことだろう。

「次期皇帝はお前だと言っていたはずだ。それなのに、このような者を婚約者にだと戯言をいうのも大概にしろ!」

 皇太子としては立っていないけど、内々には決められていたのか。だったら余計に駄目だね。

「イリアを妻にできないのでしたら、皇帝の座などいりません」

 うぉ! それは言っちゃ駄目だ。
 私はジェイドを思いっきり押し倒す。

 私の上を何かが通り過ぎていった。

 背後を見れば、そこに立っていただろう護衛たちの成れの果てが横たわっている。

「ばか! それは言っちゃ駄目! 自分の価値を皇帝陛下に示すの!」

 私は我慢が出来ずに声を挙げてしまった。そして、ジェイドと自分を覆うように結界を張る。

「しかしイリア……」
「そんなことを口にすると、ここで死ぬか、帝国から逃げ続ける人生か。どちらかなの!」

 せっかく生き延びたのだから、ジェイドが望む道をいけばいいと思っているのだけど、これはジェイドの人生を狂わせる言葉だ。

「何事にも抜け道がある。皇帝に立つ条件ってあるはず、今のジェイドはそれを満たしている。皇帝になるのが嫌なら、条件を満たさなければいい」
「……あ、……そういう考え方か」
「それから、ジェイドは帝国に利になる立場であることを提示すること」

 これは矛盾していると言っていい。だけど、皇帝の座につけずとも帝国の歯車の一つになると示すことが、この状況から脱却する最善策。

「もしくは素直に皇帝を継ぐことを宣言するか」

 ジェイドが素直に皇帝になると言えば一番いいことなのには変わりはない。

「父上」

 ジェイドはそう言って私の右手を握りしめながら立ち上がった。そして、どこからか隠し持っていた短剣を取り出す。
 取り上げたのに、便利そうだから欲しいと言われたので、毒をキレイに洗い流した暗器だ。

 その暗器を右手で掲げ、上から下に振り下ろす。ジェイド自身に向けて。

 確かに皇帝になる条件があるはずとは言ったけど、自分の片目を潰すことは無かったはず。

 ジェイドの行動に唖然とする私。そして、いつの間にかジェイドに向かって攻撃をするのを止めた皇帝陛下。

「私は帝国の為に軍を率いて帝国内の統制を行います。父上が私達に傷一つつけられなかったように、イリアの魔術は他の者とは逸脱してます。その教えを請い、手に入れた力を帝国のために奮いましょう」

 そう言ってジェイドは、執務室全体を覆うような陣を描き出す。私が適当に教えた陣形術式だ。
 陣形術式は物に対して使うときに一番威力を発揮することがわかったので、なかなか便利に使っている。

 原点回帰の陣。皇帝陛下の斬撃によって壊された部屋が元の状態に逆再生されたように戻っていっている。

「はぁ。そのような力を持っていることを最初に言えば解決しただろう」

 皇帝陛下はため息を吐きながら、剣を鞘に収めている。
 私が特殊な能力持ちという価値を最初に言えば良かったという話だ。

「イリアは私だけのイリアなので、帝国には差し上げません」

 ん? 何かおかしな言葉が聞こえてきた。帝国に差し上げる?
 皇妃となれば、帝国の者として立たなければならない。

 私を婚約者にって言っていたのは、もしかして……ジェイドは元から皇帝になる気が無かったってこと?

「誰かジェイドの治療をしろ。話はそれからだ」

 皇帝陛下はそう言って、疲れたと言わんばかりに、執務室をでていってしまった。
 これは私が治療した方がいいのか?



 結局、帝国屈指の治療師が治療を行ったものの、ジェイドの目は潰れたままで、右目が眼帯の第一皇子が誕生したのだった。

「イリアがあの男を治療したことを思い出したんだ。視力が欠けた者は皇帝に立てない。だけどイリアなら治せる」

 ジェイドは言いながらくっそ悪い笑顔を浮かべている。

 あとで、こっそりとジェイドの右目は私が治しておいた。だから、実は眼帯の下の右目は普通に見えるのだった。




 こんな流れで、イリア・サルヴァールは子爵令嬢の身で、帝国の第一皇子であり、軍の将軍閣下であるジェイドの婚約者になったのでした。

 皇帝陛下が認めてくださっているから、皇妃様もそれに従っていますが、内心は穏やかではないでしょう。

 皇帝の妻から皇帝の母になるはずだったのですから。

 そんなこんなで、私は現在狭い空間に閉じ込められて、自由落下をしているのです。

 下が川であることを祈りますわ。

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