婚約者が最凶すぎて困っています

白雲八鈴

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第9話 最凶の婚約者

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 長い回想でしたが、未だに衝撃が来ないとはどれだけ深い谷なのでしょう。

 あら? でも胃が浮くような浮遊感は、いつの間にかなくなっていますわ。もしかして、回想している間に、上手く川に落ちたとか?

 都合のいいことを考えていますと、ドンという衝撃が下からやってきました。何処かに落ちたというよりも、何処かに置かれたという感じです。

 そして、何かをバキっと破壊する音。

 次いで襲ってくる得も言われぬ恐ろしい圧迫感。

 私が入っている箱らしきものが浮き上がり、再び地面に置かれる振動。

 足元から響く破壊音と、そこから入ってくる光。いいえ、箱を粉砕するが如くに続く破壊音。

 現状が見えないため恐怖しかありません。ここまで箱を破壊する意味あります?

 最後は箱の蓋を一気に開けたようなメキッという音と入ってくる光。ですが、私の目には目隠しがされているようで、周りの風景は全く見えません。

 ということは、腕も縛られて猿轡されて、目隠しもされていると言うことですか!いつの間に!
 私の記憶はジェイドの離宮から帰るのに馬車に乗ったところまでしかありませんわ。

 どうしてこうなったのか考えていますと、視界が開け、銀色の光が目に飛び込んできました。

 やはりジェイドでしたか。

 しかし、よく私が箱に入っているとわかりましたわね。
 この状態は私が魔力を使えないようにしているという意味もありますが、私の魔力を追えないように魔力が封じられていたと思いますのに。

「ぶっ殺す」

 怒気をはらんだ声が耳に入ってきました。え? 私が殺されるのですか?

「俺のイリアにこんなことをした奴は絶対に許さない」

 はっ! 犯人が命の危機に!
 私が思うに、犯人の方を手に掛けるのは控えた方が、よろしいのではないのでしょうか?

「この術式に見覚えがあるのだな?」

 ん? 誰かそこにいるのですか?

「ああ、『錮雪の眠りレーヴァグラシエ』だ。術が完全に解けるまで触らない方がいい。下手すると廃人になる……です」

 おや、この声は……私はムクリと上半身を起こします。

「お久しぶりですね」

 ジェイドの背後に見慣れた人物が、木の板を持って立っていました。金髪の体格のいいおっさんが、タバコを吹かしながらいます。奴隷商人のフォールです。

 ああ、あのあと結局、ジェイドにバレてジェイドに殺されかけたところを、止めに入って、ジェイドに逆らわないという契約を結ぶことで、折り合いをつけました。はい。思いっきり隷属の魔術でした。

 それも人を売買する奴隷商人を止めさせて、ジェイドに情報を提供する行商人になるという契約を結ばせたのです。
 違いますわね、契約を押し付けたの間違いですわね。

 今では、ジェイドに有意義な情報を提供するために帝国と属国の間を行き来していると聞いています。

「イリア! 身体は大丈夫なのか?」

 ジェイドが私の身を心配してくれますが、たかが半日寝ていたぐらいで、大したことはありませんでしたもの。

「はい。なんともありませんわ。ジェイド。助かりましたわ」
「イリアを探しだすのに五日もかかってしまった。すまない」

 そう言いながらジェイドは私の手を背後で縛っている物を取ってくれました。安堵のため息が出ます。助けに来てくれると思っていましたが、凄く不安でした。思っていたよりも早く……?
 ……って五日?
 五日も経っているのですか?

「私の感覚では、昨日ジェイドの離宮を訪ねたと思っているのですけど……五日ですか」

 ということは皇都から大分離れてはいますが、辺境までは行っていないという感じですね。

「そう言えば、先程おっしゃっていた『錮雪の眠り』とは何ですか?」

 聞いたことがない言葉ですわね。

ひつぎの中に生きた人間を入れて、そのまま眠りながら殺す魔術だ」

 なんと非効率な魔術なのでしょう! 邪魔な存在を排除するのであれば、そのままサクッとヤッてしまったほうがいいはず。

「力の無駄遣い。無意味」

 あまりにも非効率さに思わず言ってしまいました。

「それがそうでもねぇ。高位貴族になると、守護石っていう物を持っている者が多い。生きているのか死んでいるのかわかる代物だ」

 それを持つ意味がわかりませんわ。
 私は首を傾げてしまいます。

「今はそうでもねぇが、帝国が領土を広げていった四代前の皇帝の時代だ。貴族も普通に戦に駆り出されていたからな。戦いに出ていったヤツの無事を知らせるっていうのが本来の使い道だ」

 ああ、例えば当主が戦に出て戻らなかった場合、次代がいればいいけど、親戚縁者が口を出してきて、乗っ取られないように、当主はまだ生きているから口出ししてくるなという感じでしょうか?

「今では奴隷を管理したり、貴族の子供に使われたりする。まぁ、保険って言うやつだ」

 確かに奴隷を認めている帝国では見た目がいい貴族を他国で高く売るっていうのは可能でしょうね。
 ですが、たかが生死がわかるという守護石に何が意味があるのでしょう。せめて居場所がわかるものを作ればよろしかったのに。

「だから、さっさと殺すより、生かしたまま遠くに運ぶ方法が奴隷商の奴らの中で広まったんだよ」
「犯人はお前か!」

 堂々とタバコを吹かしているフォールに指を差した。
 結局、かばってやったけど、ジェイドのときの犯人もオッサンだったのか! 
 これは奴隷として売るのに好都合な魔術ということだ。生きているとわかれば、身代金を請求でき、本人は既に他国に行って奴隷として売られているという二重取りができる流れになる。

「お嬢ちゃん。地が出ているぞ」
「失礼しましたわ。ほほほほほ。貴方こそ貴族に対する物言いではありませんわよ」

 だから、私はジェイドの婚約者には向いていないのだ。
 直ぐに、子爵令嬢の皮が剥がれる。

「俺は元々魔術が得意じゃねぇ。将軍閣下の時は既に術が掛けられた棺を渡されただけだ。あと敬語は苦手だ」

 ということは、ジェイドの時は何かの拍子で術が解けてしまったということですか。私のときのようにです。

「イリア。安心しろ。取り敢えず皇太子はぶち刺しておいた」

 全然安心できないことをジェイドが言ってきました!
 第二皇子だった現皇太子殿下は全く関係ないと思います。だってよく『皇太子って面倒。兄上に押し付けたい』と愚痴を私に言ってくるぐらいですもの。色々と面倒くさがりで、仕方がなく皇太子の座についているという方なのです。

「ジェイド。皇太子殿下には謝罪しましょう。今回のことは全く関係ありません」
「俺がいない間、よく一緒にお茶をしていたと聞いたが?」
「はい、皇太子妃様の好みが全くわからないと泣きつかれましたので」

 元ジェイドの婚約者であったシャンヴァルド公爵令嬢は現在、皇太子妃としてご成婚されて、帝国の為に日々忙しくされております。

 私がアドバイスできることは、お二人でお茶の時間でも作って、お話をしてくださいということだけです。お互いにお忙しいですからね。すれ違いが起きる前に、その溝を埋めておくべきですわね。

「わかった。戻ったら殴っておく」

 どうしてそうなるのですか!

「あと第三皇子と母親の第三側妃は処分しておいた」

 ちょっとおかしな言葉が聞こえてきましたわ。
 五日も寝ていたといいますから、調子がおかしいのかもしれません。

 第三皇子殿下と第三側妃様を処分……処分!

「ジェイド。また暴走しているの? どうして私がちょっと皇都を離れたら、そんな問題が起きているわけ? それ、皇帝陛下から許可を取ったの? 取ってないよね?」
「後で取る」
「事後報告! 何をどう処分したの! さっさと皇都に戻って、取り消して!」

 私は立ち上がって、しゃがんでいるジェイドを見下ろす。

 って私が怒っているのに、なぜ、ニヤけているわけ?

「嬢ちゃん。目が光っているぞ。絶対にこっちを見るな」

 はっ! しまった思わず魔眼の力を解放してしまった。

「そうだな。ランドヴァランの魔眼を使われたら、それに従うしかないな」
「ジェイドが私の魔眼の影響を受けないことぐらい知っているからね。そんなことを普通に言うから、学園でも遠巻きにされているの!」

 そう、一応子爵令嬢だけど、ジェイドの婚約者という立場上、高位貴族と一緒に勉強をしている。いや、勉強という名の貴族同士の付き合いだ。

 そこで私はとてつもなく居心地が悪い思いをしている。子爵令嬢っていうのもあるけど、あのジェイドルークス将軍に言うことを聞かせている、恐ろしいランドヴァランの魔眼持ちだと言われているのだ!
 私の魔眼はジェイドに効かないことぐらい立証済みだ。
 出来ていたら、こんなに苦労していない!

 はっ! またしても言葉遣いが失礼しましたわ。

「第三皇子は俺の代わりにアスティア国の反乱を収めて来いと言ってある」

 ん? アスティア国?
 少し前に聖女が化現されたとか怪しい噂が出てきた国ですね。

「第三側妃には、今回の罰として、この前制圧した蛮族の族長との交渉に行けと命じた」
「今回? 第三側妃様は全く関係ない話ですよね」
「外交官は付けている。第三側妃が好きな金が産出する地域だ。強欲な女は上手く動くだろう」

 ……それ処分ではなく、帝国の利になるように動いてもらったというだけで、処分ではないと思います。それから私の質問に答えていないです……これはもしかして……。

 はっ! またですか!

 私は周りを見渡します。すると、軍人たちに捕まっている今回の運び屋たちと目が合います。とても怯えた目で私を見て、すぐさま逸らされてしまいました。

「ちょっとまた、私の悪い噂が流れるじゃない! 将軍閣下を魔眼で操る悪女って噂が!」
「俺のイリアに手を出そうとする奴らが減っていいじゃないか。それに今回は駄目だ」
「何が?」

 またしても私の疑問に、ジェイドは答えず立ち上がって、周りの者たちに声をかけてます。

「一足先に皇都に戻る。お前たちはクソどもを引っ張って来い。逃がしたり殺したりするなよ。俺が直々に手を下す」
「「「了解です! 閣下!」」」

 その答えに満足したジェイドは私を抱え上げます。あの、自分で立てますけど?

 すると、足元に見慣れた陣が描かれていきました。これはまさか!

「転移は人前で使わ……」




「ない!」

 と言ったところで、周りの風景は全く変わっていました。先程までは周りに何もない荒野という感じでしたが、ここは見慣れた白い建物が建っており、見慣れた金髪碧眼の男性が玄関の扉の前に立っております。

「お帰りなさいませ。ジェイド殿下」
「ああ、ラグザ。用意はできているか?」
「はい、万全にできております」

 はい、ここはジェイドに充てがわれた離宮で、玄関に待ち構えていたのは執事のラグザです。

 あの、いったい何をするつもりなのでしょう?
 用意が万全って嫌な予感しかしません。

 しかし、これだけは言っておかないといけません。

「ジェイド様。転移は人前では使わないと約束しましたわよね。それが教える条件だったはずです」

 普通の人は転移など出来ないと言われましたので、ジェイドには教えるつもりはありませんでした。
 でも敵から逃げるのにいいとか。直ぐに隠れられるとか言われてしまいますと、ジェイドの心の平穏が保てるのであればと思い、条件付きで教えたのです。

 これは約束と違いますわ。

「今回のことでよくわかった」

 何がでしょう?

「俺のイリアにちょっかいをかけようとする奴らが多いことに」

 ……誰かさんのお陰で、私は皇城でも学園でも腫れ物扱いですわ。

「そもそもだ。イリアが可愛い過ぎるのが悪い」
「私は可愛くはありませんわ。背なんて全然伸びませんし」

 ここの国の方々は基本的に大きいのです。よくお話をするエリアーナ様なんて165セルメルセンチメートルも身長があるのです。

 片や私は150セルメルセンチメートル。同じランドヴァランの血族とは思えない身長差。

「そこが可愛いのに」
「ある意味、絵面が印象に残りますね。殿下の周りをウロウロしている黒猫です」

 そこの執事! 私を動物に例えて、足元をウロウロするなと言いたいのですか!

「それにイリアを聖女だなんて持ち上げようとしているやつらもいたし」
「はぁ、それは慈善事業で、治療をやっていただけです。ジェイド様の婚約者という立場上、そういうこともしなければならなかっただけです。問題が起きて、ジェイド様が暴れてからはしていません」

 あれも酷い有り様でした。治療で中央教会を間借りしていたところに、例のアスティア国の教主という者がやってきて、私を国に連れ去ろうとしてきたのです。
 私が丁寧にお断りを入れていたところに、ジェイドがやってきて、何故か中央教会が半壊することに……あとで、原点回帰の陣をつかって、教会は元通りに直しておきました。

 しかし、それが悪かったのでしょう。
 一般庶民からも遠巻きにされるようになり、結局慈善事業も行わなくなりました。

「その所為で、殿下を皇帝にと後押しする話が持ち上がってきましたね」

 ……教会を壊しておいて、それは無いと思います。ジェイド主義の執事の勘違いだと思います。

「そうだな。もっと早くに決断すべきだった。俺が皇帝に立つことに」
「は?」
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