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23 神月の宴1
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慌ただしく過ごしているうちに、あっという間に《神月の宴》当日となった。
光矢は初めての宴のはずなのに、まったく緊張していない。
我が家で合流し、一緒に向かう叔父様と馬車の中でずっとしゃべり通しだ。ちなみに叔父には治める領地はなく、水無瀬家本邸のすぐ近くに研究所を構え、そこで生活している。
ほんとうにこの二人は馬が合うようだ。
六歳の子どもの言葉を叔父様はときに真剣に受け止め、ときに大笑いしている。その様子を両親は微笑ましく見守っていた。叔父様は私に対しても朗らかに接してくださり、お話はどれも面白い。私もときどき質問をするが、素人にも分かりやすく答えてくださる。本当に頭のいい人だと思う。
前の人生では、まったく関わりがなかったのでどんな人か知らなかったが……とても素敵な人だ。あの人たちと縁が切れて本当によかったと思う。まあ、叔父様ご本人は一切気にしていなかったのだけれど。
賑やかに過ごしているうちに、会場に到着した。
会場は天璽家の直轄領にあるが、わが領地は隣接しているため、移動時間はそこまでかからない。
なかには、この宴に参加するため二週間前から旅の予定を組んで来る家もあるという。それはそれで旅行のようで楽しそうだ。いつか叔父様も含めて家族全員で旅行に行ってみたい。こんなことを考えるなんて、前の人生ではなかったことだ。
そんな感慨にふけっていると、お母様が微笑んだ。
「瑞葉、今日の姿、本当に素敵だわ。とっても綺麗よ。もう立派な淑女ね」
瑞葉の衣装は、母と一緒に選んだ特別な思い入れのある一着だった。
薄い桜色のシルクのドレスは、光の加減で柔らかく艶めき、裾は子どもらしい膝下丈に仕立てられている。胸元から裾へかけては、銀糸で繊細に水無瀬家を象徴する桔梗の刺繍が施され、見る角度によってきらりと輝いた。また桔梗の意匠をあしらった白金でできた小さなペンダントと髪飾りを身につけ、公の場にふさわしい装いを整えている。
髪は緩やかに巻いてハーフアップにまとめ、化粧は唇に淡い桃色の紅を差すだけだ。
「お母様、衣装合わせのときから何度も聞きました」
私が照れてそう返すと、母は少し目を細めた。
「今までも言いたかったのよ。でも言えなくて……でも、今日は本当に大人びて、淑女の仲間入りをしたみたい」
「ありがとうございます。神殿での活動のおかげでしょうか? 本当に色々学ばせていただいています」
胸の中が少しだけ高鳴る。母の言葉を聞き、誇らしい気持ちになった。
「では、行こうか」
父が母をエスコートし、私は光矢と手をつないで会場へ入った。
通常の会であれば、上位の家格以外は受付で招待状と本人確認を行う。だが今回は、上位の神守と功績を収めた者のみの宴。受付の者たちは全員の名と顔を覚えており、笑顔で迎えてくれた。
受付を通り抜け、一歩足を踏み入れると――
そこはまさに豪華絢爛の一言に尽きた。
天井には無数の水晶灯が輝き、壁や柱の随所に天璽家の花紋――黄金の菊が意匠としてあしらわれ、場の威厳をよりいっそう際立たせている。床には絹織の絨毯が広がり、香の薫りがほのかに漂う。華やかな衣装を纏った人々が集い、すでに優雅な音楽が奏でられていた。
さすがは天璽家、正統の象徴を掲げつつ、美と威厳を兼ね備えた空間だった。
瑞葉は会場に目を奪われて気づかなかったが、姉弟が並んで足を踏み入れた瞬間、周囲の視線が一斉に集まった。
母譲りの美貌と可憐さを備えた少女、そして父譲りの整った容貌に母親の可憐さも少し混じる少年。二人が揃って立つ姿は眩しく、人々の目を惹きつけたのだった。
顔見知りの家々と挨拶を交わしていると、私の社交界唯一の友人、雪代家の長女・涼風が姿を現した。
「瑞葉、久しぶりね」
「涼風!ほんとに久しぶり!話したいことが山ほどあるの」
「なんだか……すごく生き生きしてるわね。何かあったの?あちらでゆっくり話しましょう」
「ええ!行きましょう!」
私は両親に声をかけ、涼風と一緒に会場の端にある二人掛けのソファへと移動した。涼風は腰を下ろすなり、待ちきれないとばかりに身を乗り出す。
「で、何があったの?」
「まずね……うちの家族、誤解が解けて仲良くなったの」
「そうなの?確かに……今までのご両親は、いかにも“神守の夫婦”って感じだったのに、今日はずっと並んでご挨拶してるわね」
私はこれまでのいきさつを、かいつまんで話した。
涼風は目を丸くし、そして憤るように言った。
「なるほど。表向きは『花蓮を克己様の実子だと偽っていたことが判明し離縁』って話になってたけど……そんな裏まであったなんて。ほんと、あの人たち性根が卑しいわ。私、大嫌いだったのよ。あなたの従姉妹だと思ってたから一応我慢してたけど、そうじゃなかったら、もっと早くお父様に言いつけてたわ」
「ふふ……でも涼風、ちゃんと注意してくれてたよね」
「まあね。でも注意すると、すぐ『いじめられた』って騒いで、近くにいる見目の良い男の人に甘えて……ほんと見てられなかったわ。まあ、相手にはされていなかったけれど」
「それと、私自身もね。少し変わったのよ……今思うと狭い世界で必死に生きてたなって思うの。お父様とお母様の愛情ばかり求めて、成果を出さなきゃって」
「そうね。あなた、子どもなのにずっと背伸びしてた。でも今は肩の力が抜けて、生き生きとして見えるわ」
「お父様もお母様も、ちゃんと私と光矢のことを愛してくれてたって分かったの。今はお母様に神気や体術の訓練までしていただいてるの」
「まあ……すごいじゃない。なんだか急に大人びたわね。まだ八歳なのに」
「そんなこと言う涼風こそ、出会ったときからずっと大人っぽかったわ。同い年なのに」
「ちょっと、やめてよ」
思わず笑い合う。
涼風は母譲りの凛とした美貌を持つ、とても綺麗な子だ。初めて会ったとき、私は息を呑んだのを覚えている。一見近寄りがたい雰囲気だが、最初から気さくに接してくれた。
そんな楽しい時間も束の間、やがて場内の空気が変わる。
「そろそろ天璽家の方々が入場なさるわね」
「まだ話足りないわ。また後で話しましょうね」
「ええ。必ず」
それぞれの家族のもとに戻ると、まもなく天璽家の御一行が入場してきた。
光矢は初めての宴のはずなのに、まったく緊張していない。
我が家で合流し、一緒に向かう叔父様と馬車の中でずっとしゃべり通しだ。ちなみに叔父には治める領地はなく、水無瀬家本邸のすぐ近くに研究所を構え、そこで生活している。
ほんとうにこの二人は馬が合うようだ。
六歳の子どもの言葉を叔父様はときに真剣に受け止め、ときに大笑いしている。その様子を両親は微笑ましく見守っていた。叔父様は私に対しても朗らかに接してくださり、お話はどれも面白い。私もときどき質問をするが、素人にも分かりやすく答えてくださる。本当に頭のいい人だと思う。
前の人生では、まったく関わりがなかったのでどんな人か知らなかったが……とても素敵な人だ。あの人たちと縁が切れて本当によかったと思う。まあ、叔父様ご本人は一切気にしていなかったのだけれど。
賑やかに過ごしているうちに、会場に到着した。
会場は天璽家の直轄領にあるが、わが領地は隣接しているため、移動時間はそこまでかからない。
なかには、この宴に参加するため二週間前から旅の予定を組んで来る家もあるという。それはそれで旅行のようで楽しそうだ。いつか叔父様も含めて家族全員で旅行に行ってみたい。こんなことを考えるなんて、前の人生ではなかったことだ。
そんな感慨にふけっていると、お母様が微笑んだ。
「瑞葉、今日の姿、本当に素敵だわ。とっても綺麗よ。もう立派な淑女ね」
瑞葉の衣装は、母と一緒に選んだ特別な思い入れのある一着だった。
薄い桜色のシルクのドレスは、光の加減で柔らかく艶めき、裾は子どもらしい膝下丈に仕立てられている。胸元から裾へかけては、銀糸で繊細に水無瀬家を象徴する桔梗の刺繍が施され、見る角度によってきらりと輝いた。また桔梗の意匠をあしらった白金でできた小さなペンダントと髪飾りを身につけ、公の場にふさわしい装いを整えている。
髪は緩やかに巻いてハーフアップにまとめ、化粧は唇に淡い桃色の紅を差すだけだ。
「お母様、衣装合わせのときから何度も聞きました」
私が照れてそう返すと、母は少し目を細めた。
「今までも言いたかったのよ。でも言えなくて……でも、今日は本当に大人びて、淑女の仲間入りをしたみたい」
「ありがとうございます。神殿での活動のおかげでしょうか? 本当に色々学ばせていただいています」
胸の中が少しだけ高鳴る。母の言葉を聞き、誇らしい気持ちになった。
「では、行こうか」
父が母をエスコートし、私は光矢と手をつないで会場へ入った。
通常の会であれば、上位の家格以外は受付で招待状と本人確認を行う。だが今回は、上位の神守と功績を収めた者のみの宴。受付の者たちは全員の名と顔を覚えており、笑顔で迎えてくれた。
受付を通り抜け、一歩足を踏み入れると――
そこはまさに豪華絢爛の一言に尽きた。
天井には無数の水晶灯が輝き、壁や柱の随所に天璽家の花紋――黄金の菊が意匠としてあしらわれ、場の威厳をよりいっそう際立たせている。床には絹織の絨毯が広がり、香の薫りがほのかに漂う。華やかな衣装を纏った人々が集い、すでに優雅な音楽が奏でられていた。
さすがは天璽家、正統の象徴を掲げつつ、美と威厳を兼ね備えた空間だった。
瑞葉は会場に目を奪われて気づかなかったが、姉弟が並んで足を踏み入れた瞬間、周囲の視線が一斉に集まった。
母譲りの美貌と可憐さを備えた少女、そして父譲りの整った容貌に母親の可憐さも少し混じる少年。二人が揃って立つ姿は眩しく、人々の目を惹きつけたのだった。
顔見知りの家々と挨拶を交わしていると、私の社交界唯一の友人、雪代家の長女・涼風が姿を現した。
「瑞葉、久しぶりね」
「涼風!ほんとに久しぶり!話したいことが山ほどあるの」
「なんだか……すごく生き生きしてるわね。何かあったの?あちらでゆっくり話しましょう」
「ええ!行きましょう!」
私は両親に声をかけ、涼風と一緒に会場の端にある二人掛けのソファへと移動した。涼風は腰を下ろすなり、待ちきれないとばかりに身を乗り出す。
「で、何があったの?」
「まずね……うちの家族、誤解が解けて仲良くなったの」
「そうなの?確かに……今までのご両親は、いかにも“神守の夫婦”って感じだったのに、今日はずっと並んでご挨拶してるわね」
私はこれまでのいきさつを、かいつまんで話した。
涼風は目を丸くし、そして憤るように言った。
「なるほど。表向きは『花蓮を克己様の実子だと偽っていたことが判明し離縁』って話になってたけど……そんな裏まであったなんて。ほんと、あの人たち性根が卑しいわ。私、大嫌いだったのよ。あなたの従姉妹だと思ってたから一応我慢してたけど、そうじゃなかったら、もっと早くお父様に言いつけてたわ」
「ふふ……でも涼風、ちゃんと注意してくれてたよね」
「まあね。でも注意すると、すぐ『いじめられた』って騒いで、近くにいる見目の良い男の人に甘えて……ほんと見てられなかったわ。まあ、相手にはされていなかったけれど」
「それと、私自身もね。少し変わったのよ……今思うと狭い世界で必死に生きてたなって思うの。お父様とお母様の愛情ばかり求めて、成果を出さなきゃって」
「そうね。あなた、子どもなのにずっと背伸びしてた。でも今は肩の力が抜けて、生き生きとして見えるわ」
「お父様もお母様も、ちゃんと私と光矢のことを愛してくれてたって分かったの。今はお母様に神気や体術の訓練までしていただいてるの」
「まあ……すごいじゃない。なんだか急に大人びたわね。まだ八歳なのに」
「そんなこと言う涼風こそ、出会ったときからずっと大人っぽかったわ。同い年なのに」
「ちょっと、やめてよ」
思わず笑い合う。
涼風は母譲りの凛とした美貌を持つ、とても綺麗な子だ。初めて会ったとき、私は息を呑んだのを覚えている。一見近寄りがたい雰囲気だが、最初から気さくに接してくれた。
そんな楽しい時間も束の間、やがて場内の空気が変わる。
「そろそろ天璽家の方々が入場なさるわね」
「まだ話足りないわ。また後で話しましょうね」
「ええ。必ず」
それぞれの家族のもとに戻ると、まもなく天璽家の御一行が入場してきた。
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