神守の少女、二度目の人生は好きに生きます〜因縁相手は勝手に自滅〜

雪水砂糖

文字の大きさ
37 / 96

36 辺境の地3(領主娘視点)

しおりを挟む
 私は社交が苦手だった。
 我が領地は辺境にあり、とりわけ強い禍憑が出るため、王都のような華やかさとは無縁。質実剛健こそが生きる術であり、強くなくては生き残れない。ここに住まう者は皆、物心つく前からそう教え込まれて育つ。

 もちろん、私も弟も幼い頃から神気の制御や体術の訓練を欠かしたことはない。
 その気風に加え、王都から遠いせいで、家格は低くないにも関わらず「田舎者」と侮られることも多かった。

 そんな状態なので、王都で開かれる大規模な茶会など気が進むはずもなかった。けれど、いやいやながら母に付き従い、水無瀬家の透子様にご挨拶へ伺った。

 母は透子様の筋金入りの信奉者である。学生時代は親衛隊副隊長を務め、今も会える機会があればいそいそと駆けつけ、帰宅してからは上機嫌で当時の思い出話をしてくださるほどだ。
 その日、透子様には娘君もご同席だった。私より一つ年下の少女。透子様が凛とした精霊の女王なら、その娘は儚げな妖精のような雰囲気を纏っていた。

 私は逡巡した。訓練に明け暮れる私と、妖精のような彼女――何を話せばよいのだろう。
 だが彼女の方から口を開かれた。
「辺境では強い禍憑が出ると伺いました。だから領民の方々も、皆日々鍛錬を積んでいると……。遥様も幼い頃から鍛えておられるのですか?」

 正直、またこの質問か、と思った。答えれば決まって「大変ね」と同情の顔をしつつ、内心では蔑むのが常だからだ。
 それでも無視はできない。私は簡潔に答えた。
「はい。物心ついた頃には始めていました」

「まあ……すごいですね」
 彼女は本当に感心したように微笑んだ。
 そして続ける。
「私も神守として強くなって、お父様やお母様のお役に立ちたいです」

 それからは、幼い頃どんな訓練をしたのか、今はどんな修行をしているのか――興味深そうに次々と尋ねてくださった。
 妖精のような彼女が、私に興味を持ってくださっている! その驚きと喜びに、初めて王都の茶会を楽しいと感じた。

 帰りの馬車で、私は母に言った。
「お母様、透子様の娘の瑞葉様は、とても素敵な方でした。私より一つ下なのに、立派な淑女のようで……」

「ふふ。そうね、とても一つ下には見えなかったわね」
 母は茶化すように笑った。

「……お母様。私、訓練は怠りませんが、これからは淑女教育も頑張ります」

「まあ! 嬉しいわ。もちろん辺境に生きる以上、肉体の強さは必要よ。でも、女には女の戦いがあるの」

 それから私はさぼりがちだった淑女教育を再開し、今では王都のご令嬢たちにも引けを取らない自信がある。母からも及第点をもらえた。

 ――そして、ある日。母は私と弟にある役目を与えた。

 茶会で、沼安姫花の娘・花蓮に屈辱を与えること。
 母親の姫花には、母と隣領の当主夫人――つまり私の婚約者の母が組んで制裁を下す手筈だという。

 理由を聞いた私は怒り狂った。
 なんてこと! あの親子が、私の“妖精”に向かってひどい言葉を浴びせ続けていただなんて!

「お任せください。全力で当たります!」

「では、お願いね」

「はい! ……で、樹、どうする?」

「……僕が考えるの?」

「得意でしょ?」

「まあね。じゃあ、こういうのはどうだろう――」

 ――――

 そして茶会当日。

 花蓮が姿を現した瞬間、思わず吹き出しそうになったが、なんとか堪えた。まさか、あそこまで酷いとは。
 あのドレスは、場違いどころの話ではない。王都でさえ舞踏会の夜会にしか許されぬ代物。宝石をこれでもかと縫い込み、肩や胸元まで過剰に飾り立てて……。

 この辺境では、いつ高位の禍憑が現れるか分からない。茶会や宴の場でも動ける衣を選ぶのが嗜み――母から何度も叩き込まれた常識だ。

 けれど、わざわざ口に出す必要はない。
 私はにっこりと笑い、言葉を選んだ。
「まあ、とっても豪華なお召し物ね」

 花蓮の顔に愉悦の色が広がる。
「王都ではこのくらい普通なんですけど……辺境はやっぱり地味なんですね」

 ……平民が神守に向かってこの態度とは。不敬にもほどがある。正直、これだけで今日の目的は達せられる。だが、それだけでは面白くない。もう少し踊ってもらおう。

 その時、樹が声を上げた。
「花蓮殿は教育係いなかったのですか? 今は平民ですが、元は神守なんですよね?
 この地の茶会では、万一に備えて走ったり戦ったりできる格好でないとだめなんです。たまに王都からこの地の茶会に参加される人はいるけれど、みなさん勉強して、きちんとした格好で参加されていますよ」

 場が一瞬静まり、次の瞬間、小さな笑い声があちこちで漏れた。七才の弟の言葉は正論すぎて、かえって痛烈だ。もちろん彼も、この会の意図を理解している。

 花蓮はみるみる顔を赤らめ、私の婚約者・彰仁に潤んだ瞳を向けた。着いて早々から狙っていたのだろう。
「……教育係なんて付けてもらえないんです。私、悪くないのに……全部お母様のせいで……」

 これも彰仁に向けての言葉。

 彰仁は柔らかな笑みを浮かべ、低く穏やかな声で応じた。
「そうか……それは可哀想だね」

 一見、慰めに聞こえる。しかし私には分かる。同情に見せかけた嘲りだ。花蓮が気づいていないのが、むしろ滑稽だった。

 私は場を仕切り直すようににっこりと手を広げる。
「さあ、皆さん席に着きましょう。花蓮さんはまだこちらに来て日も浅いですし、この土地のこともご存じないでしょう? 名産のお菓子もご用意してありますのよ」

 あえて、私と、婚約者の妹であり友人・紗栄子の間――最も格の高い席を用意しておいた。破格の待遇だ。
 ところが花蓮は首を振り、わざとらしく笑んだ。
「まあ、そんな席、私には不釣り合いですわ。こちらに座ります」

 指差したのは、彰仁の隣。

 出席者たちは一様に「非常識だ」と目を見交わした。だが私はにこやかに笑みを崩さず答える。
「そうですか。お気になさらなくてよろしいのに……でも、花蓮さんがその席のほうが楽しく過ごせるのなら、構いませんわ。お客様ですもの」

 彰仁も心得ている。すっと立ち上がり、椅子を引いた。
「では、花蓮嬢。どうぞこちらへ」

 花蓮は破顔した。「興味を持たれている」とでも思ったのだろう。優しい言葉と態度に、ますます調子づく。

 しばらくの間、会話は和やかに見えた。だが花蓮の視線はほとんど彰仁に釘付けで、私たちは眼中にない。彰仁はというと、馬鹿を相手にするときの、あの薄ら寒い笑みを浮かべながら、にこやかに応じていた。

 やがて花蓮は周囲をぐるりと見渡し、紗栄子に視線を止めた。

 彼女は淡い色合いの落ち着いたドレスに身を包んでいた。飾りは控えめだが布地も仕立ても最高級。宝石などほとんどなくとも、清楚な雰囲気と立ち居振る舞いがすべてを引き立てている。――その凛とした気品は、どこか瑞葉様を思い出させた。

 だが花蓮にとっては、それが気に障ったのだろう。
「まあ……そんな貧相なドレスしか着られないなんて、お可哀想に。それに、その鈍く光るブローチ……まさか錫(すず)? しかもたんぽぽだなんて。もしかして、ご存じないですか?たんぽぽは雑草なんですよ?」

 ――空気が凍りついた。

 彼女は静かに立ち上がり、背筋をぴんと伸ばす。
「……なるほど。わたくしの家の花紋を、雑草と馬鹿にされるのですね。我が家として正式に抗議させていただきます。――皆様、失礼いたします」

 その声音は冷ややかでありながらも、凛とした誇りに満ちていた。彼女は優雅に身を翻し、静かに退場していく。その背には威厳が宿り、むしろ誰もが魅了されていた。

 私は席を立ち、声を上げる。
「紗栄子さま、お待ちください!」

 廊下へと駆け出す際、彰仁と弟に視線で合図を送った。
 ――あとは任せるわ。
 二人は同時に口の端を上げ、にやりと笑った。似た者同士、懐に入れた相手には甘いが、敵には容赦しない。花蓮には“現実”を突きつけてくれるだろう。

 やがて廊下で追いつくと、紗栄子はくるりと振り返り、ぱっと顔を輝かせた。
「どうだった? 私の演技」

 その表情に、思わず笑いが込み上げる。
「見事だったわ! 完璧よ。向こうから自滅してくれるなんて。それに、まさか白金を錫と間違えるなんて、無知にもほどがあるわね」

「ふふふ。今ごろ、兄と樹君が仕上げに入っている頃でしょうね」

「ええ、あの二人なら心配いらないわ」

「本当は私も、もう少し見ていたかったのだけど」

「まあまあ、私の部屋へ行きましょうよ。ちょうど窓の下が会場なの。お母様方のご様子が少しは見えるはずよ」

「素敵! ぜひ!」

 私たちは顔を見合わせ、弾む心を抑えきれず、足早に部屋へと向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

復讐は、冷やして食すのが一番美味い

Yuito_Maru
ファンタジー
3度目の人生を生きるピオニー・レノドン。 1度目の人生は、愛した幼馴染と家族に裏切られ、無垢で無力のまま命を落とした。 2度目は、剣を磨き、王太子の婚約者となるも、1度目より惨めに死んでいった。 3度目は、微笑の裏で傭兵団を率い、冷たく復讐の刃を研ぐ。 狙うは、レノドン伯爵家、そして王家や腐った貴族たち。 「復讐とは、怒りを凍らせて成就する歪んだ喜びだ」――ピオニーは今、その意味を体現する。 ----- 外部サイトでも掲載を行っております

私の風呂敷は青いあいつのよりもちょっとだけいい

しろこねこ
ファンタジー
前世を思い出した15歳のリリィが風呂敷を発見する。その風呂敷は前世の記憶にある青いロボットのもつホニャララ風呂敷のようで、それよりもちょっとだけ高性能なやつだった。風呂敷を手にしたリリィが自由を手にする。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

白い結婚にさよならを。死に戻った私はすべてを手に入れる。

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
商人であった父が、お金で貴族の身分を手に入れた。私というコマを、貴族と結婚させることによって。 でもそれは酷い結婚生活の始まりでしかなかった。悪態をつく姑。私を妻と扱わない夫。夫には離れに囲った愛人がおり、その愛人を溺愛していたため、私たちは白い結婚だった。 結婚して三年。私は流行り病である『バラ病』にかかってしまう。治療費は金貨たった一枚。しかし夫も父も私のためにお金を出すことはなかった。その価値すら、もう私にはないというように。分かっていたはずの現実が、雨と共に冷たく突き刺さる。すべてを悲観した私は橋から身を投げたが、気づくと結婚する前に戻っていた。 健康な体。そして同じ病で死んでしまった仲間もいる。一度死んだ私は、すべてを彼らから取り戻すために動き出すことを決めた。もう二度と、私の人生を他の人間になど奪われないために。 父の元を離れ計画を実行するために再び仮初の結婚を行うと、なぜか彼の愛人に接近されたり、前の人生で関わってこなかった人たちが私の周りに集まり出す。 白い結婚も毒でしかない父も、全て切り捨てた先にあるものは――

無能だと捨てられた第七王女、前世の『カウンセラー』知識で人の心を読み解き、言葉だけで最強の騎士団を作り上げる

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
エルミート王国の第七王女リリアーナは、王族でありながら魔力を持たない『無能』として生まれ、北の塔に長年幽閉されていた。 ある日、高熱で生死の境をさまよった彼女は、前世で臨床心理士(カウンセラー)だった記憶を取り戻す。 時を同じくして、リリアーナは厄介払いのように、魔物の跋扈する極寒の地を治める『氷の辺境伯』アシュトン・グレイウォールに嫁がされることが決定する。 死地へ送られるも同然の状況だったが、リリアーナは絶望しなかった。 彼女には、前世で培った心理学の知識と言葉の力があったからだ。 心を閉ざした辺境伯、戦争のトラウマに苦しむ騎士たち、貧困にあえぐ領民。 リリアーナは彼らの声に耳を傾け、その知識を駆使して一人ひとりの心を丁寧に癒していく。 やがて彼女の言葉は、ならず者集団と揶揄された騎士団を鉄の結束を誇る最強の部隊へと変え、痩せた辺境の地を着実に豊かな場所へと改革していくのだった。

ここは少女マンガの世界みたいだけど、そんなこと知ったこっちゃない

ゆーぞー
ファンタジー
気がつけば昔読んだ少女マンガの世界だった。マンガの通りなら決して幸せにはなれない。そんなわけにはいかない。自分が幸せになるためにやれることをやっていこう。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

【第2部開始】ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜

月森かれん
ファンタジー
 中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。 戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。 暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。  疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。 なんと、ぬいぐるみが喋っていた。 しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。     天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。  ※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。

処理中です...