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42 御所
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お仕事から帰ってこられたお父様から
「明日、家族全員で御所へ行くことになった」
事前に聞いていたとおり、皇女誘拐未遂事件の件で、関わった人々に皇太子ご夫妻直々の聞き取りが行われているそうだ。
「公式な場ではないから、緊張する必要はない。とくに瑞葉と光矢は、皇太子ご夫妻にとって恩人だ」
翌日。朝から身支度に余念がなかった。家族みな御所へ参内するにふさわしい装いを整えられる。
やがて御所の門前に着く。幾重にも巡らされた高い塀と、荘厳な瓦屋根が朝日に照らされ、まるで別世界のような静けさを湛えている。門を守る近衛兵が姿勢を正し、私たちの名を確かめると、低く頭を垂れた。
香木の香り漂う長い回廊を進むと、広間に通された。
その奥に、皇太子ご夫妻が並んで座しておられた。皇太子殿下は凛とした眼差しに威厳を宿し、妃殿下は柔らかい微笑みを浮かべられている。
「よく来てくれた。先日の件では、まず水無瀬殿夫妻に礼を申す。禍憑が現れた際、当主殿は率先して前線へ行き、数多くの禍憑を討伐し、夫人は結界を張り、混乱を抑えてくれたと聞いている。あの場に居合わせた者たちが無事に退避できたのは、そなたらのおかげだ」
父と母は恭しく頭を下げた。
「もったいないお言葉にございます。神守として当然の務めを果たしたまで」
殿下は深くうなずき、今度は私と光矢を見やられた。
「そして瑞葉殿、光矢殿。あらためて礼を申さねばならぬ。そなたたちの働きにより、我らが娘は救われた。あの誘拐未遂は、未然に防がれなければ、いかなる禍根を残したか計り知れぬ」
妃殿下は私たちに向けて、より一層やわらかな微笑みを浮かべられた。
「瑞葉殿、光矢殿。あの時の勇気は決して忘れません。幼い娘も、あなた方を恩人と慕っております」
光矢が少し照れながらも真っ直ぐに頭を下げる。
「身に余るお言葉、ありがたく存じます」
私は緊張で声が震えぬよう、胸の前で手を重ねて言葉を選んだ。
「皇女殿下がお無事で何よりでした。わたくしどもはただ、その場に居合わせた者として、当然のことをいたしたまでです」
ご夫妻は微笑まれ、しばしの沈黙ののち、殿下が穏やかに続けられる。
「本日は事の詳細を伺うための場である。気負わず、知っていることを話してくれればよい」
厳粛でありながら、どこか温かさを感じるその声に、張り詰めていた空気が少し緩んだ。
家族で事前に打ち合わせしていた通りのことをお話しした。決して嘘はついていないが、すべてを話すわけではない。
あの日、みんなが禍憑の対応をする中、ふと皇女殿下が避難されている様子が目に止まり、胸騒ぎがしたこと。もしかしたら、護衛の者に違和感を覚えたからかもしれないが、はっきりとは覚えていないこと。
こっそり後をつけると、護衛がいきなり別の護衛を斬りつけたこと。
皇女殿下を抱き上げていた侍女が驚くことなく、他の護衛と共に立ち去ろうとしたため、侍女も仲間と判断し、皇女殿下と侍女を引き離すよう結界を展開したこと。
弟から渡されていた神具で場所を知らせ、叔父と弟が駆けつけるのを、ひたすら結界の中で耐えていたこと。
そして弟と叔父、さらには清瀧家の碧人様が駆けつけてくださったこと。
「うむ。その辺りからは碧人から聞いたな」
「その位置を知らせる神具というのは、どういうものですか?」
と、妃殿下が尋ねられた。
「はい。こちらなのですが、これは叔父と弟が共同で開発している、まだ世には出ていない試作品です。こちらの突起を強く押し込むと、受け手に通知が行き、位置を知らせられるようになっております」
「まあ。光矢殿はまだ六歳なのに、凄いのね。殿下、こちらわたくしたちにも必要ではないかしら」
「そうだな。水無瀬殿、これは発売したら天璽家にも売ってほしい」
「もちろん、献上いたします」
「よろしく頼むよ」
「今回の件は、やはり全人教の仕業ですか?」
「まだ確実とはいえないが、十中八九そうだろうな。そなたの弟君が開発した高精度の結界を作る神具を四つ配置していたのだが、全て壊されていた。この度の出席者の中に紛れ込んでいたのだろう」
「なかなか尻尾を見せませんね」
「あぁ、やつらは実行犯である下っ端を使い捨てるから、情報が何も引き出せないんだ」
そこへ侍従が殿下の傍らに寄り、耳打ちをした。
殿下は苦渋の面持ちを和らげ、ふっと微笑まれる。
「間に合ったか。水無瀬家の皆、皇女が直に礼を申し上げたいと言っておる。この場に呼んでもいいだろうか」
父は恭しく頭を下げて答えた。
「ありがたき幸せにございます」
「明日、家族全員で御所へ行くことになった」
事前に聞いていたとおり、皇女誘拐未遂事件の件で、関わった人々に皇太子ご夫妻直々の聞き取りが行われているそうだ。
「公式な場ではないから、緊張する必要はない。とくに瑞葉と光矢は、皇太子ご夫妻にとって恩人だ」
翌日。朝から身支度に余念がなかった。家族みな御所へ参内するにふさわしい装いを整えられる。
やがて御所の門前に着く。幾重にも巡らされた高い塀と、荘厳な瓦屋根が朝日に照らされ、まるで別世界のような静けさを湛えている。門を守る近衛兵が姿勢を正し、私たちの名を確かめると、低く頭を垂れた。
香木の香り漂う長い回廊を進むと、広間に通された。
その奥に、皇太子ご夫妻が並んで座しておられた。皇太子殿下は凛とした眼差しに威厳を宿し、妃殿下は柔らかい微笑みを浮かべられている。
「よく来てくれた。先日の件では、まず水無瀬殿夫妻に礼を申す。禍憑が現れた際、当主殿は率先して前線へ行き、数多くの禍憑を討伐し、夫人は結界を張り、混乱を抑えてくれたと聞いている。あの場に居合わせた者たちが無事に退避できたのは、そなたらのおかげだ」
父と母は恭しく頭を下げた。
「もったいないお言葉にございます。神守として当然の務めを果たしたまで」
殿下は深くうなずき、今度は私と光矢を見やられた。
「そして瑞葉殿、光矢殿。あらためて礼を申さねばならぬ。そなたたちの働きにより、我らが娘は救われた。あの誘拐未遂は、未然に防がれなければ、いかなる禍根を残したか計り知れぬ」
妃殿下は私たちに向けて、より一層やわらかな微笑みを浮かべられた。
「瑞葉殿、光矢殿。あの時の勇気は決して忘れません。幼い娘も、あなた方を恩人と慕っております」
光矢が少し照れながらも真っ直ぐに頭を下げる。
「身に余るお言葉、ありがたく存じます」
私は緊張で声が震えぬよう、胸の前で手を重ねて言葉を選んだ。
「皇女殿下がお無事で何よりでした。わたくしどもはただ、その場に居合わせた者として、当然のことをいたしたまでです」
ご夫妻は微笑まれ、しばしの沈黙ののち、殿下が穏やかに続けられる。
「本日は事の詳細を伺うための場である。気負わず、知っていることを話してくれればよい」
厳粛でありながら、どこか温かさを感じるその声に、張り詰めていた空気が少し緩んだ。
家族で事前に打ち合わせしていた通りのことをお話しした。決して嘘はついていないが、すべてを話すわけではない。
あの日、みんなが禍憑の対応をする中、ふと皇女殿下が避難されている様子が目に止まり、胸騒ぎがしたこと。もしかしたら、護衛の者に違和感を覚えたからかもしれないが、はっきりとは覚えていないこと。
こっそり後をつけると、護衛がいきなり別の護衛を斬りつけたこと。
皇女殿下を抱き上げていた侍女が驚くことなく、他の護衛と共に立ち去ろうとしたため、侍女も仲間と判断し、皇女殿下と侍女を引き離すよう結界を展開したこと。
弟から渡されていた神具で場所を知らせ、叔父と弟が駆けつけるのを、ひたすら結界の中で耐えていたこと。
そして弟と叔父、さらには清瀧家の碧人様が駆けつけてくださったこと。
「うむ。その辺りからは碧人から聞いたな」
「その位置を知らせる神具というのは、どういうものですか?」
と、妃殿下が尋ねられた。
「はい。こちらなのですが、これは叔父と弟が共同で開発している、まだ世には出ていない試作品です。こちらの突起を強く押し込むと、受け手に通知が行き、位置を知らせられるようになっております」
「まあ。光矢殿はまだ六歳なのに、凄いのね。殿下、こちらわたくしたちにも必要ではないかしら」
「そうだな。水無瀬殿、これは発売したら天璽家にも売ってほしい」
「もちろん、献上いたします」
「よろしく頼むよ」
「今回の件は、やはり全人教の仕業ですか?」
「まだ確実とはいえないが、十中八九そうだろうな。そなたの弟君が開発した高精度の結界を作る神具を四つ配置していたのだが、全て壊されていた。この度の出席者の中に紛れ込んでいたのだろう」
「なかなか尻尾を見せませんね」
「あぁ、やつらは実行犯である下っ端を使い捨てるから、情報が何も引き出せないんだ」
そこへ侍従が殿下の傍らに寄り、耳打ちをした。
殿下は苦渋の面持ちを和らげ、ふっと微笑まれる。
「間に合ったか。水無瀬家の皆、皇女が直に礼を申し上げたいと言っておる。この場に呼んでもいいだろうか」
父は恭しく頭を下げて答えた。
「ありがたき幸せにございます」
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