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52 私の主人(佳乃視点)
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私が瑞葉様にお仕えし始めたのは、瑞葉様がまだ三歳で、私が中等部に入学した年のことだ。
ただし、その頃は学業を最優先とする「お試し期間」のようなもので、本格的に侍女として仕えるようになったのは、高等部を卒業してからである。
瑞葉様は、私が仕え始めた頃からすでに頑張っておられた。ご両親から十分な愛情を感じられず、「もっと頑張ればきっと見てもらえるはず」と信じて。
その姿を、私はずっと間近で見守ってきたのだ。
その一方で、二歳下の弟君・光矢様をとても可愛がっておられた。まるで、自分がご両親にしてもらいたかったことを光矢様に注いでいるように見えた。
私は、透子様から瑞葉様の好きな色や好みをよく尋ねられ、集まりで着る衣装や装飾品を選ぶ姿を知っていたから、やきもきしていた。
透子様は確かにお子さまたちを愛していらっしゃる。けれど、最上位の神守出身であるがゆえに、自分が親から愛情を受けて育たなかったため、どう子に接していいかわからないのだと。
なんとももどかしかった。私が慰めの言葉をかけても、きっと本当の救いにはならないだろうから。
だが、八歳になった瑞葉様ご自身が動いて、状況は一変した。
なんと、蒼一様と透子様の誤解を、ご自分の力で解いてしまわれたのだ。
その日から、ご両親は反省し、こどもたちへの愛情を隠さずに注がれるようになった。
そして瑞葉様は透子様に願い出て、戦闘訓練を受け始められた。
結界術や治癒術は天賦の才を開花させ、驚くほど優秀であったのに、禍憑への攻撃だけはどうしてもできなかった。
ご両親との溝から生じた自己肯定感の低さもあって、どれほど結界が優れていても、どれほど見事な治癒術をお持ちでも、瑞葉様は「討伐ができない」という一点をずっと気にされていた。
けれど、ご両親との仲が和らぎ、さらに神父様からのありがたい御言葉に励まされたことで、御自身のできることを力いっぱい頑張ろうと前向きになられた――そのとき、私はようやく胸をなで下ろしたのだった。
そんな折、以前から親しくしていた“アオくん”こと清瀧碧人様が、一緒に討伐に行かないかと仰った。
瑞葉様は前向きにそのお誘いを受け、二人で出かけられた。本来なら侍女として、いかなるときもお傍に仕えるべきなのだろう。だが碧人様ならば信頼できるし、実力も十分。無謀に深手を負わせるような真似をする方ではない。
私は位置を把握できる神具を持っているので、何かあれば押すようにとお伝えして、お見送りした。
すると、残った碧人様の従者に「ついていかなくていいの?」と声をかけられた。
「誰も“ついていかない”とは言っていません。少し離れたところから見守ります」
そう答える。ここで待っている、などとは一言も言っていないのだから。
「まあ、そうだよね。俺もだよ」
と彼も笑い、二人でこっそり尾行することにした。あの清瀧家のことだ。きっとこの従者だけでなく、他にも見守っている影は潜んでいるだろう。
しばらく様子を窺っていると、瑞葉様は碧人様に、薄いが濃密な結界を纏わせた。あれなら邪魔にはならず、しかし十分に安全を守れる。下手な者がやれば攻撃の妨げにしかならないのに。
そして、碧人様が穢牙兎を難なく片づけたかと思うと、今度は猪八怪の群れが現れた。碧人様は素早く立ち回り討ち取っていくが、その数は多い。
そのとき、瑞葉様は悔しそうな表情で言葉を発し、攻撃を試みられた。けれど、できない。
代わりに――なんと、結界の中へ素早い猪八怪を閉じ込めてしまわれたのだ。なんという精密な技術だろう。
おそらく、せめて足止めにと考えられたのだろう。だが結界に囚われた猪八怪は次第に弱り、やがて黒い煙となって消滅した。
私は、本当に嬉しかった。ずっと間近で苦悩する姿を見てきたからだ。
二人はその光景に呆然とされていたが、やがて瑞葉様は碧人様に向かって満面の笑みを浮かべ、言葉をかけられた。
その笑顔を見たら……碧人様はさすがに、ご自分の想いをはっきりと自覚されたに違いない。
隣で碧人様の従者が、
「うわぁ。完全に落ちたな」
と、家臣らしからぬ言葉でつぶやいた。
碧人様は、岩毛熊との戦いや皇女様誘拐未遂の折にも、ご自分の危険を顧みず、真っ先に瑞葉様のもとへ駆けつけ戦ってくださった。
きっとご本人は自覚されていないだけで、瑞葉様のことをすでに深く想っておられたのだろう。
三歳のころから瑞葉様をお見守りしてきた私にとっても、碧人様ほど相応しいお相手はほかにいない。
先ほどから、この従者は頻繁に話しかけてきて、正直鬱陶しくもある。だが、これから長い付き合いになるかもしれない。ならば、程よく応じておこう。
どうかこれからも、瑞葉様が幸せに日々を過ごされますように――私は、願わくば生涯にわたり、そのお傍でお支えしていきたい。
ただし、その頃は学業を最優先とする「お試し期間」のようなもので、本格的に侍女として仕えるようになったのは、高等部を卒業してからである。
瑞葉様は、私が仕え始めた頃からすでに頑張っておられた。ご両親から十分な愛情を感じられず、「もっと頑張ればきっと見てもらえるはず」と信じて。
その姿を、私はずっと間近で見守ってきたのだ。
その一方で、二歳下の弟君・光矢様をとても可愛がっておられた。まるで、自分がご両親にしてもらいたかったことを光矢様に注いでいるように見えた。
私は、透子様から瑞葉様の好きな色や好みをよく尋ねられ、集まりで着る衣装や装飾品を選ぶ姿を知っていたから、やきもきしていた。
透子様は確かにお子さまたちを愛していらっしゃる。けれど、最上位の神守出身であるがゆえに、自分が親から愛情を受けて育たなかったため、どう子に接していいかわからないのだと。
なんとももどかしかった。私が慰めの言葉をかけても、きっと本当の救いにはならないだろうから。
だが、八歳になった瑞葉様ご自身が動いて、状況は一変した。
なんと、蒼一様と透子様の誤解を、ご自分の力で解いてしまわれたのだ。
その日から、ご両親は反省し、こどもたちへの愛情を隠さずに注がれるようになった。
そして瑞葉様は透子様に願い出て、戦闘訓練を受け始められた。
結界術や治癒術は天賦の才を開花させ、驚くほど優秀であったのに、禍憑への攻撃だけはどうしてもできなかった。
ご両親との溝から生じた自己肯定感の低さもあって、どれほど結界が優れていても、どれほど見事な治癒術をお持ちでも、瑞葉様は「討伐ができない」という一点をずっと気にされていた。
けれど、ご両親との仲が和らぎ、さらに神父様からのありがたい御言葉に励まされたことで、御自身のできることを力いっぱい頑張ろうと前向きになられた――そのとき、私はようやく胸をなで下ろしたのだった。
そんな折、以前から親しくしていた“アオくん”こと清瀧碧人様が、一緒に討伐に行かないかと仰った。
瑞葉様は前向きにそのお誘いを受け、二人で出かけられた。本来なら侍女として、いかなるときもお傍に仕えるべきなのだろう。だが碧人様ならば信頼できるし、実力も十分。無謀に深手を負わせるような真似をする方ではない。
私は位置を把握できる神具を持っているので、何かあれば押すようにとお伝えして、お見送りした。
すると、残った碧人様の従者に「ついていかなくていいの?」と声をかけられた。
「誰も“ついていかない”とは言っていません。少し離れたところから見守ります」
そう答える。ここで待っている、などとは一言も言っていないのだから。
「まあ、そうだよね。俺もだよ」
と彼も笑い、二人でこっそり尾行することにした。あの清瀧家のことだ。きっとこの従者だけでなく、他にも見守っている影は潜んでいるだろう。
しばらく様子を窺っていると、瑞葉様は碧人様に、薄いが濃密な結界を纏わせた。あれなら邪魔にはならず、しかし十分に安全を守れる。下手な者がやれば攻撃の妨げにしかならないのに。
そして、碧人様が穢牙兎を難なく片づけたかと思うと、今度は猪八怪の群れが現れた。碧人様は素早く立ち回り討ち取っていくが、その数は多い。
そのとき、瑞葉様は悔しそうな表情で言葉を発し、攻撃を試みられた。けれど、できない。
代わりに――なんと、結界の中へ素早い猪八怪を閉じ込めてしまわれたのだ。なんという精密な技術だろう。
おそらく、せめて足止めにと考えられたのだろう。だが結界に囚われた猪八怪は次第に弱り、やがて黒い煙となって消滅した。
私は、本当に嬉しかった。ずっと間近で苦悩する姿を見てきたからだ。
二人はその光景に呆然とされていたが、やがて瑞葉様は碧人様に向かって満面の笑みを浮かべ、言葉をかけられた。
その笑顔を見たら……碧人様はさすがに、ご自分の想いをはっきりと自覚されたに違いない。
隣で碧人様の従者が、
「うわぁ。完全に落ちたな」
と、家臣らしからぬ言葉でつぶやいた。
碧人様は、岩毛熊との戦いや皇女様誘拐未遂の折にも、ご自分の危険を顧みず、真っ先に瑞葉様のもとへ駆けつけ戦ってくださった。
きっとご本人は自覚されていないだけで、瑞葉様のことをすでに深く想っておられたのだろう。
三歳のころから瑞葉様をお見守りしてきた私にとっても、碧人様ほど相応しいお相手はほかにいない。
先ほどから、この従者は頻繁に話しかけてきて、正直鬱陶しくもある。だが、これから長い付き合いになるかもしれない。ならば、程よく応じておこう。
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